序幕 1
夜のとばりが落ち、漆黒に染められた世界の中にぽつんと佇む学校。その屋上に少女の姿があった。
こんな時間に学校に残ってことには当然、理由がある。中学に入ってから少女は痛烈に生きることが苦しくなった。主な原因は友人関係。
——ねぇ、神様?聞いてますか。私はこれから死のうと思います。もう辛いことは嫌なんです。なんで、私がこんな苦しい思いしなきゃいけないんですか?教えて下さい!
天に向けて放つ、少女の心の叫びに返事はない。
「何言ってんだろ……わたし」
——もういいって決めたんじゃない。どうせ誰も助けてなんかくれない。
少女は意を決して屋上の端に進んだ。
「こんばんは」
突然、少女の背後から声が響いた。
「え!?」
少女はびっくりして振り向く。しかし背後には誰もいない。
「……あれ?」
——気のせい……?
少女は前に向き直る。
「綺麗な夜空ですね。ほら、星と月があんな鮮やかにコラボしてますよ」
今度は少女のすぐ隣から声が聞こえた。
「きゃあああああっ!」
少女は堪らず叫び声をあげる。
「大丈夫ですか?」
声の主は中腰の姿勢から立ち上がると、心配げに少女に目を向けてきた。
そこには長い黒髪を夜風になびかせ、人懐こっそうな大きな瞳をしたセーラー服姿の女性が立っていた。月明かりに照らされた肌は透き通るように白い。
少女は立ち上がろうとした——。が、腰が抜けて動けない。
「ゆ……幽霊……」
少女の怯えた様子を見て、セーラー服がはにかみながら頷いた。
「そうそう!もう夏だし、旬ものだし、深夜の学校ときたら幽霊でしかないっしょ!——ってちがーーう!!」
ブラウンのカーディガンを羽織ったセーラー服が、ノリツッコミをかました。
「私、ちゃんと生きてますからっ!ほら見て、ちゃんと足もついてるでしょ!?てか私、美脚すぎてやばくない?」
彼女の言う通り、特に足が透けている様子はない。
「だ……だれ?」
「ああ!そうだよ、ビックリさせてごめんね。申し遅れました。私、スピリチュアル少女をしてる、如月チトセって言います」
チトセは少女に向かって、ペコリとお辞儀をしたあと、にっこりと微笑んだ。
「そうそう、ちなみに現役女子高生だよ」
——いや、女子高生とかはどうでも良いし、て言うか聞いてないし。どっちかと言うとスピリチュアル少女という意味不明なワードの疑問に答えて欲しかった。
「今、石倉イオリちゃんが考えてること当ててあげよっか?」
「え?」
少女は仰天した。
「なんであたしの名前、知ってるの?」
イオリの質問に答えず、チトセは微笑を浮かべながら、彼女の隣に座る。
「あなたの心の声が聴こえてきたんだ。〝辛い。苦しい。死にたい。誰か助けて〟って。だから、如月チトセは馳せ参じました!」
「私の心の声……?」
——そんなこと有り得るんだろうか?という疑問が頭をかすめる。
だがイオリの瞳からは、その疑問を押し流すように、止めどなく涙が溢れでていた。
チトセは慈愛に満ちた表情で、泣いているいおりの頭を優しく撫でる。
「あた……し。親友だった友達と……急に上手くいかなくなって、理由も分からなくて……凄く辛かった……」
感極まって、うまく喋れない。チトセは「うんうん」と相槌を繰り返した。