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エノクの楽園  作者: ⊃(烈)⊂
6/9

星の煌めき


「おはようございます。」


「「「おはようございます。」」」


職員室に入ると皆一様に疲れたような顔立ちをしている。元気がないとか、風邪を引いてるとかそういう次元ではなく、著しく生気が奪われたような、そんな表情だ。


そのいつも変わらない皆を横切りながら、自分の机につくと、傷のつく古いノートパソコンと使い古されすぎて黄ばむどころか印刷が剥げてしまっている教科書が目に映る。


「あぁ、そうだ。頼んどいた資料、ある?」


隣の同僚に尋ねる。


「あぁ、あの『教育大全』ですか?ありましたけど相当奥にしまってありましたよ?あんな古文書みたいな古い本何に使うんですか?」

「なにって…そりゃ教師としてどんな教育方法が最適なのか調べようと…。」


「うわ~真面目。いつも色んな所で頑張ってるのにここでも頑張ってたら身が持ちませんよ?」

「いっつも上司によく言われる。」


えへへとはにかみながら返答すると、同僚は溜息をつきながら呆れたような表情でこちらに指を指す。


「いいですか?ここで仕事したって保護者はここを保育所程度にしか思ってないんです。真面目な所は私も尊敬してるけど、こんな所で頑張っても意味ないんですよ?」


このご時世、社会層の親など子供を荷物としか思っていない。子供などという面倒なものは無能力層の働く塾や学童に押し込んでしまえば良いと思っている。そして、その裏で自分達だけが快楽を貪るのだ。


「でも…私は子供達にそんな無責任な大人にはなってほしくないから。」


そんな親を子供が見て育つことでそれが当たり前だと認識し、周りの子供同じような状況であることを知って、さらにその認識を堅くする。


「はぁ~…そんなことだからアンタはいつまでも苦労性のままなのよ。ま、どうせ言っても止めないんでしょうけどね。」


諦めたように大きく溜息をついた同僚はノートパソコンに目を移して仕事を再開した。


「次、授業ですよ。先生。」

「えっ?あっ!ホントだ!ごめん、ありがとう!」


慌てた様子で教本を手に取り、靴を床に躓かせながら部屋から出て行く。彼女の消えた職員室からは、カタカタとキーボードを叩く軽い音が響いていた。




「…お疲れ。」

「あっ、ありがとう。」


隣の同僚から暖かいカフェオレが渡される。暖かく、ミルクたっぷりの砂糖少なめ。コーヒーが苦手な私を気づかってくれる同僚に感謝しながら、暗く陰った塾の職員室の中でゆっくりとカフェオレを飲む。


「はぁ~」

「塾長も酷いわよね、子供持ちの職員に残業させるなんて。」


今日は珍しく残業だった。

塾なんて名ばかりの保育園なんてどんなにテキトーな仕事をしても何も言われない。むしろまともな仕事をされると資料確認など仕事が増えるため嫌がられる。ましてや残業など手当を出さなければいけないためもってのほかだ。


「しょうがないよ、私嫌われてるし。それに最近面倒な仕事が重なってたしね。」


「……。」


同僚はしばらく彼女を眺めた後、大きなため息をついて彼女のデスク上の紙束を持って行った。


「後は私がやっておくからさっさと帰りなさい。」

「え、悪いよ。私の仕事まだ沢山残ってるのに…」

「いいから帰る!」

「は、はいっ?!」


言われるがままにあくせくと準備を進めていると、突然彼女がクスッと笑った。


「何がおかしい?」


「あ、ごめんごめん。私も、あなたもお互い不器用だなぁって思って。…ありがとう、後宜しく。」


彼女はそのままドアから姿を消した。

スライド式のドアの為、バタンという扉の音がないせいなのか同僚は少しむなしさを感じていた。


「…知ってるわよ。そんなの、昔から。」




塾を出て最寄り駅へと向かう。残業を肩代わりしてくれた同僚が気になっていたが、家へと向かう足が止まることは無かった。


改札口で体内に埋め込んだicチップをかざす。ホームで電車を待ち続けていると、ようやく電車が来た。遅い時間の為もちろん中のはほとんど誰も居ない。居るのはせいぜい酒に酔って泥酔状態で電車に乗ったような奴らだ。


その人達を避けるようにして座席にすわると、電車が動き出した。早く着いて欲しいと思っていたのか無意識に窓を眺める。窓の中には光の消えたオフィス街から、淡いピンク色から目立つ黄色のネオンの光がある歓楽街まで映っている。彼女はそれを見ながら何を考えるわけでもなく、ただ早くこの風景が過ぎて欲しいとだけ思っていた。


窓を見ているといつの間にか寝て居たようで、気付いたときには目的の駅に着いていた。慌てて駅のホームまで駆け抜け近くの椅子にもたれ掛かりながら息を整える。


目的の駅といってもまだ乗りかえだ。いったん職場最寄りの駅から都市部の方へと移動し、路線を変えて自宅へと向かう。これが彼女のいつものルートだった。


「…早く帰ってあげなきゃ。」


立ち上がり、エスカレーターを登って別路線へと移動する。道中も駅は静まりかえっており、それは彼女に不思議というよりも恐怖の感情を与えた。


電車を駅のホームで待っていると、ふとオレンジ色の輝きが瞬いた。


「……?」


気のせいかと疑うも、また一つまた一つと不規則にオレンジ色が瞬く。


「花火…?こんな時期に?」


――――――ヒュゥゥウ…ッドゴォ!!


直ぐそこの線路が爆ぜる。落ちたのが砂利だったからかそれとも元からなのか、落ちてきたそれは不発に終わった。


流線型の形状をした先端と円柱の胴体、そして尾にだけついた四枚の羽。つまるところ、それは爆弾だった。


空を見上げれば、これでもかとオレンジ色の()が瞬いている。彼女は急いでホームを駆け抜け、駅のシェルターに籠ろうとする。がしかし、その道程には跨線橋を渡る必要があった。


「こんなときに!」


彼女は一瞬ためらったあと、意を決して階段を駆け上っていった。一段、また一段と登るたび、そこかしこで爆煙が上がっている。爆音で既に彼女の耳は音を捉えていない。


泣きながら跨線橋を渡り続け、今度は下り坂に差し掛かる。


「よし!いける!」


彼女は冷静だった。パニックを起こしかねない状況の中、発狂しそうになる心を自制し、生きるための最善策を採り続けていた。おおよそ一般人が持っているとは思えない凄まじい胆力。


――――ベギギィッ!バギャッ!!


「……ぁ」


彼女は一瞬にして輝き始めるそれを研ぎ澄まされた感覚の中、振り返って少しだけ認識した。


――――ドォォォッ!!


顔が灼ける、胸が灼ける、脚が灼ける。解き放たれる灼熱で服を消し、炎が彼女の柔肌を撫でる。コンマ1秒にも満たないその一瞬で炎は真皮層まで到達する。溢れ出そうになる血液を炎は片っ端から蒸発させる。遅れてやって来る爆風に彼女の体は簡単に吹き飛ばされる。その衝撃に肋骨が全て折れたと思えば次の瞬間には天上に叩きつけられる。肺を潰されながら爆風に飛ばされるまま天上もろとも空へと飛ばされると同時に彼女の体に大中小様々な大きさの鉄の塊が突き刺さる。耳を貫き、鎖骨を貫き、内蔵を貫き、腕を貫き飛ばす。そのまま数メートル飛ばされた所で彼女の体は地面に落ち、二度ほど跳ねたあと残った左腕を引きずるようにして着地した。


もはや原型などどこにも留めてはいなかった。


「…………。」


その晩サイレンは鳴ることはなかった。

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