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修羅の国〝福岡〟

独断と偏見と小指の甘皮ぐらいの誇張がありますので、真に受けないでください。

 今日も外が騒がしい。

 いや、賑やかだ。


 聞こえてくるのは銃声、悲鳴、そして爆発音。

 それでいて誰も気にした素振りさえ見せない。

 むしろ、


「おっ、今日は機関銃まで出すやつがいるな」とか、

「あら、手榴弾よ。ダメじゃない、こんなところに落としてちゃ」とか、

「見ろよ、あいつポントウ出してきたぜ。とりあえず蜂の巣にすっか」とか、


 とにもかくにも物騒である。


 そう、ここは日本でも唯一治外法権と化した修羅の国〝福岡〟だ。

 ちなみに日本最後の秘境が〝群馬〟である。似たようなものだろう。

 たぶん群馬の方がひどいので、福岡県民としてはそこらへんに多少の優越感がある。

 なんてったってあそこは未開の地だ。侵入したものは生きて帰れない。


 福岡はさすがに帰れる。たまに骨になって帰るやつもいるけど。


 僕は防弾ジョッキを学ランの下に着込んで登校した。

 銃弾飛び交う戦場の如き通学路を歩く。きちんと物陰に隠れながら移動する。

 流れ弾に当たったら冗談では済まないのだ。


 前方で何やら二つのグループが争っている。

 大人数なのが「ラーメンはとんこつ以外認めない」族だ。

 そして少数なのが「ラーメンよりうどんだろ」族。


 どっちでもいいじゃん。そう思っても口には出さない。

 そんな日和見な意見を口に出したら、その瞬間に頭が吹き飛んでいる。

 我々には正か負か、陰か陽か、右か左か、カタかバリカタか。

 そういう二律背反しかないのだ。(だが、ベタナマは狂ってる。繰り返すが狂ってる)


 しかし、面倒なものである。

 ラーメンはカタかバリカタというくせに、うどんはべろんべろんの伸びきった状態を好む。

 牧のうどん信者はとくにひどい。

 あいつらは親の仇のようにネギを載せ、そして伸びきった麺がふやけてもさらに出汁を足して伸ばし食う。


 それはそうと、戦況は一方的だ。

 どっちが勝っても興味はない。でも、数が多い「ラーメンはとんこつ以外認めない」族が優勢だ。


 一昔前までは「ラーメン? うどんだろ」族が多かった。それがいつしか「ラーメンよりうどんだろ」族へと変わった。

 今となっては多くのうどん屋が駆逐され、牧のうどん、ウエスト、資さんの三大チェーンだけが残った。


 戦況に変化があったようだ。


「とんこつラーメンなんて豚臭えだけじゃねえか!」

「バリカタなんて食えたもんじゃねえ! 生の小麦粉食っても腹壊すだけだろうが、ばーか!」

「なんてったって、うどんは福岡発祥だ! 伝統じゃあラーメンに負けねえんだよ!」


 うどん派は攻勢をしかけたようだ。

 一方でラーメン派は突然の反攻にも冷静に対処している。


「肉うどんなんて出汁の味消してるだけだろうが!」

「うどんなら家で食え! 家で!」


 対するうどん派も応戦している。


「ごぼう天うどんは正義だ!」

「なっ、おいちょっと待て! そこは丸天だろうが!」

「おれ釜玉」

「かまたまあああっ!? 外道めがっ!」


 内部紛争勃発である。

 これはもう勝負は決まったか。

 そう思ったが、ラーメン派も内ゲバが始まった。


「ラーメンといえばとんこつ、とんこつといえば元祖。常識だろうが!」

「いや、おい。待て。元祖は違うだろ。あれが好きってお前味覚おかしいぞ」

「はあっ!?」

「あれは絶対に麻薬か何か入ってるぜ。あの味でまた食いたくなるっておかしいだろ」

「さてはてめえ一蘭の回し者だな!?」

「そういうお前は辛子高菜絶対入れるマンだろうが!」

「紅生姜を忘れるな!」


 どうやら勝敗はつかないようだ。

 僕は巻き込まれないように回り道をした。



 *



 ようやく学校についた。


 友人の宝町純也を見つけて挨拶を交わす。


「おはよう!」

「おはよう。聞いてくれよ、宝町。今日はラーメン派とうどん派の争いに――」


 言いかけて口を閉じる。

 市民の百道浜麗子が悠然とリムジンから降りるところだった。


 校門に続く坂道を生徒たちが彼女のために道を開ける。

 彼女こそは福岡市民だ。家は早良区の海に面した高級マンションだという。


 市民ってだけでお高く止まりやがって。


 ちなみに福岡で「市内」と言えば、間違いなく「福岡市」を指す。

 春日市や大野城市、筑紫野市ではない。あれは市というが実質ベッドタウンであり、ただの住宅街である。行政区分上は市なのだろうが、福岡市民からすれば「市を名乗る何か」である。


 そして福岡市南区に隣接する筑紫郡の住民にいたっては「郡民」と罵られるのだ。

 その筑紫郡はかつて春日や大野城、太宰府なども含めた郡だったのだが、今では那珂川町を残す限りである。


 だがそれも今は昔。

 那珂川町は単独で市に変貌を遂げた。

 しかし、待っていたのは「成り上がり」という誹りである。

 福岡市民は度量が狭い。福岡市の水甕は五ヶ山ダムだというのに。


 ちなみに福岡市と那珂川市はその昔、京都と滋賀のような関係にあった。

 蔑む市民と「水止めるぞ」と脅す郡民。正直、どっちもどっちである。


 なんとか百道浜麗子をやり過ごし、僕らは教室に向かう。

 クラスメイトの蒲池洋子が疲れた様子で座っていた。


「どうしたの、蒲池さん。今日も電車疲れ?」

「うん。やっぱりしろしかよねえ。とくに早起きがちかっぱしろしかもん」

「親戚がこっちにいるんでしょ? 前はそこを頼るかもって言ってなかった?」

「えー、だって西鉄大牟田線ですぐやけん」


 出た。お決まりのフレーズだ。

 福岡県民、とくに西鉄大牟田線沿線の住民は中心部である天神、博多から離れていることを指摘されると決まって「西鉄大牟田線ですぐやけん」と言い出す。

 博多の人間じゃないくせに博多弁を使いたがる。福岡県は全域が博多弁のような勘違いをしている県外の人間が多いが、全くそんなことはない。大まかに分けると、北九州市、福岡市、久留米市、この三つの周辺地域である程度別れる。


 ちなみに蒲池さんは大川市道海島に住んでいる。佐賀との県境に面した市というか、もはや佐賀である。橋を渡れば佐賀だから、もう佐賀である。


 ちなみのちなみに、福岡と佐賀は仲が悪い。

 正確には佐賀が一方的に福岡を嫌っている。

 なんというか、目の上のたんこぶみたいなものだ。

 福岡県としては佐賀なんて佐賀平野しかない田舎だと思ってるし、佐賀県としては九州のリーダーぶりやがって鼻持ちならないと思っている。


 もうちょっと大分あたりを見習った方がいい。

 あそこは「温泉県」とかいってわけのわからない独自路線を突き進んでいるし、ゆるキャラなんて目も当てられない。

 メジロンまではなんとかかわいいが、かぼたんなんて眼が死んだまりもっこりである。まあ、まりもっこりの眼もお世辞でも褒められないが。


 さらに言うと、未だに大分の英雄は大友宗麟である。キリスト教に嵌まって国を潰したやつだ。それ以上の評価は過分である。九州探題とかいって調子乗ってたら鹿児島の島津に攻められて秀吉に泣きついただけである。


 英雄視するにはなんというか頼りない。メジロンもかぼたんもやっぱり頼りない。ふなっしーぐらいのバイタリティーが欲しいところである。


「購買行こうぜ!」

「まだ登校したばっかりじゃん」


 宝町の提案に呆れて問い返すが、仕方がない。

 さきに食堂でお昼のお弁当を注文しておこう。


 食堂に行くとおばちゃんたちがパンを売りさばいていた。

 弁当の注文を済ませたところで、僕はマンハッタンを購入した。


 もちろん土地じゃない。パンだ。

 チョコレートのドーナッツである。

 もはやブラックモンブランと並ぶ福岡県民のソウルフードと言っても過言ではない。

 ……ような気がする。


 教室に戻り、ホームルームが終わると授業が始まる。


 授業を受けながら窓の外を見る。

 隣接する小学校のグラウンドでは児童たちが体育の授業の真っ最中だ。


「立ちまーす、立て!」

『やあああっ!』

「座りまーす、座れ!」

『やあああっ!』


 見慣れた光景だが、未だにあの『やあああっ!』の意味がわからない。

 あれって必要なのだろうか。



「次回! 北九州市民現る! ~成人式はスペースワールド~」乞うご期待(大嘘)

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― 新着の感想 ―
[一言] 豚骨ラーメンならハリガネか粉落としやろがバリカタとか信じられへんわ、と生粋のオオサカジンが言ってみます。
[一言] お初でございます。 うどんですが、最近は豊前裏打会やどきどきうどんなんて派閥もありまして…。(´ω`)
[良い点] 三井郡と言いつつ1つの町しか残ってない大刀洗町出身な自分には爆笑してしまうネタばかりで最高ですw [一言] どの作品も読みやすい文体で楽しく読ませてもらってます。お身体に気をつけて更新を頑…
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