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1.我が身を売った二人

 鬼は人と比べてとても力が強い。その上個体ごとに不思議な能力を持つ生き物である。人の数千分の一程度と非常に少ないが、ここニッポン国には古来より鬼が生息していた。


 長く将軍家が政権を握り鎖国を続けていたニッポン国は、十年ほど前に大政奉還を行い開国に踏み切った。

 西洋列国が威信をかけて大型船でニッポンにやって来る中、貧弱な兵備しか持たない軍部は危機感を持ち、兵力の増強を急いていた。


 戦国時代の昔より鬼を兵士とする試みはあったが、人を傷つけることを嫌う心優しい鬼は戦闘には全く向いていなかった。

 ニッポン軍も鬼をただの兵士にするのは難しいと結論づけたが、鬼の不思議な力を兵力として利用できないかを研究する施設を山奥の廃村跡に作っていた。



 ハヤテは七年前、自らの身をニッポン軍に売った。

 ハヤテの父親は炭鉱作業員であったが、落盤事故の際、人を庇って大岩の下敷きになって死亡した。鬼は情が厚く心優しいい生き物である。鬼であるハヤテの父は、自分一人だけなら逃げることができたはずだが、逃げることはぜずに人を助ける道を選んだ。


 父親の死後、母親と三人の姉妹。そして、十歳のハヤテが残された。十歳とはいえハヤテは人の成人男性を凌ぐ力を持っていたので、土木作業員として働けば家族を養えると思っていた。


 ハヤテは目を凝らすと空に反射した可視光を含む様々な波長の電磁波を見ることができる。ハヤテを中心としたチキュウの半分の出来事が遅延なく確認することができるのだ。

 そのことを知ったニッポン軍の兵士がハヤテを買いに来た。

 その提示された金額の多さにハヤテが自らを売ることを決めた。母親と姉妹は当然反対したが、貧しい暮らしでは大食らいのハヤテが飢えてしまうかもしれないと心配した母は、十分な食事を与えるという兵士の言葉を聞いて、泣く泣くハヤテを売ることに了承した。



 それ以来、山中の研究所にある鉄の壁に囲われた部屋で、足首を鎖で繋がれてハヤテは生活している。

 約束通り人の三倍ほどもある大量の食事を与えられ、一日数時間外に出されて空を見上げる。鎖に繋がれているとはいえハヤテはそれほど酷い扱いを受けてはいなかった。


 ハヤテの不思議な目の分解能は三ジョウほどあり、大型船の運行が把握できる。西洋であった火山の噴火も言い当てた。

 ハヤテの能力はかなり有用であると軍部は認めていた。しかし、成長するに従って筋肉も発達し、力強くなっていくハヤテを脅威に思っているのも事実である。人を傷つけるのを極端に嫌う鬼だが、長年囚われの身であったハヤテが反乱を起こさないという確信がなかった。


 人には強力な拘束力を持つ鉄の檻と鉄の鎖であるが、鬼のハヤテがその気になれば鎖など引きちぎってしまうだろう。鉄の壁さえ叩き壊すかもしれない。

 研究所の長である中尉は、ハヤテを逃さないために女を宛てがうことにした。情の深い鬼の性質を利用して、女をハヤテの枷に使おうとしたのだ。



 鬼は男性しか存在しない。鬼が父親であっても女の子は普通の人である。男の子は必ず鬼として産まれてきた。両方の祖父が鬼であっても隔世して鬼が産まれることはない。

 力強く心優しい鬼に惹かれる女は皆無ではない。そうであれば鬼は絶滅しているはずだ。しかし、異形の鬼に身を任せようとする女はごく僅かであるのも事実だった。


 普通の女では鬼の相手をすることを了承しないと考えた軍部は、色街の芸妓を探すことにした。そして、二十一歳のフジイサヨが選ばれた。ハヤテと同じように貧しい村で育ち十歳で置屋に売られた娘だ。

 父親が病気をしたせいで借金が増えていたサヨも、ハヤテと同じように大金につられて身を軍に売ることにした。


 ハヤテは十七歳になっていた。鬼としては細身だが引き締まった筋肉質の体をしている。たんぽぽのような黄色い真っ直ぐな髪の毛と金色の虹彩を持ち、頭にはそれほど鋭くはない二本の角があった。肌は人より少し赤みを帯びている。爪は伸ばせば鋭いが、今は短くやすりをかけられていた。人よりも長い牙を持っているが、それ以外は普通の青年である。



「ハヤテ、今日からお前の世話をするサヨだ。仲良くしろ」

 ハヤテの住む鉄の檻は八畳ほどの広さを持つ。六枚の畳が敷かれ、二畳ほどの板間がある。窓は高所にあり昼間でも薄暗かった。しかし、不思議な目を持つハヤテにとってはそれほど不便はない。

 そんな部屋に連れて来られたサヨを見て、ハヤテは首を傾げた。子供の時にはいなかった世話をする女が、なぜ大人になった今となって現れたのか、ハヤテには理由がわからない。


 サヨ用に布団が一組運び込まれた。行灯に火がつけられ、鉄の檻は少しは人が過ごす部屋の様相になってきていた。

「ハヤテさん、私はサヨと申します。可愛がってくださいませ」

 狹い畳の上でサヨが三つ指ついてハヤテに頭を下げた。


 田舎育ちのハヤテはそのような挨拶をされたことはない。

「俺はハヤテ。よろしく頼む」

 慌てたハヤテはサヨを見習って正座をして頭を下げた。


「でも、狹い部屋なので掃除は一人でできるし、食事は運んでもらえる。俺はもう大人だし世話になるようなこともないと思う」

 なぜサヨがここに連れて来られたのか、ハヤテにはわからない。

「ハヤテさんは寂しい身だから、お慰めするように言いつかっております」

 大きな体で正座しながら首を傾げているハヤテがとても可愛いとサヨは思ってしまう。体は立派だが四歳も年下なので、はやり動作は幼く感じた。

「なんだ。話し相手か。そうだよな。いつも一人だったから確かに俺は寂しかった」


 鬼は寂しがり屋の生き物である。サヨが話し相手だとわかり、ハヤテはとても喜んだ。

 サヨは少し戸惑ったが、ハヤテが話し相手を求めるのならば、要望に答えなくてはいけないと思った。

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