5.魔導書
すいません、都合で明日、明後日と投稿できません。なのでちょっとボリューム多めです
それから何日か経ち、女は自分で食事をすることができるようになった。
けれどまだ喋ることが出来ず、日々のコミュニケーションは取れていない。
僕は彼女を見捨てるという選択肢は持ち合わせていない。妹の復讐のためにこの王国を潰すことに決めた。それを実行する計画をジョブを変更すると同時に明確に決めた。
それには協力者が必要だ。それもその役割は8割の確率で死ぬ。
だから奴隷を買った、死にかけを買った。
放っておいたら死ぬような奴の方が僕の良心が痛まなかったから。
そして僕は表面上だけ、彼女の回復を祈りつつ、計画の実行にあたっての下準備に入った。
その計画では、多分僕も死ぬだろう。
けれど王国への復讐で死ねるなら本望だ。
#
「何のようだ、坊主。ここは坊主のような奴が来る所じゃないよ。さっさと失せな」
しわがれたれた声でその老婆は吐き捨てた。
あの奴隷館があってスラム街の地下にある、闇市場。僕はそこに魔法を取得する目的で来ていた。
今、僕が使える魔法は何も無い。
だから闇市場で魔法書を手に入れることにした。
魔法書とは、目を通すだけで書かれている魔法が使えるようになるという、まさに魔法の本のことだ。
普通に魔法書を手に入れようと思うと、めちゃくちゃ高い、すっかり貧乏になってしまった僕には手が出せないのだ。
「あんたが闇市の魔法書で有名なガルラだろ。魔法書が欲しい」
敬語は奴隷館と同様に使わない。取引という形で関係ある者とは敬語はなるべく使わないのだ。まぁ、後暗い闇市場や奴隷館という場所に限るが。
ガルラは僕をじっと睨みつけるように見て、ふんっ、と鼻で笑った。
「坊主に何が出せるって言うんだい。ここは金で物が買えるような甘い所じゃないよ」
闇市場ではお金が流通していない。よく分からないが、要するに物々交換なのだ。
「欲しい人体部位20箇所」
僕がそう言うと一瞬、ぽかんとした顔をしていたガルダは、言っていることを理解したのか怒りの表情を浮かべた。
「舐めてるのかクソガキ、殺すぞ」
ガルダの背後から赤いオーラが視認できる。
魔法の発動前の特徴だ。
重くのしかかってくるその圧力に冷や汗をかかされる。次の言葉を間違えば吹き飛ばされること待ったなしだ。
「嘘じゃない、俺ならできる。そういう固有スキルなんだ察してくれ」
しばらく赤い魔力が僕の首筋に刃物を当てているようだったが、急にそれが霧散した。
ガルダはため息をつきながら僕に言う。
「鮮度のいいものを持ってこい。左右の腕5本ずつと、左右の足、5本ずつだ。魔法書はそれらを受け取った後だ」
どうやら僕が他の誰かから、腕や足を調達してくるのだと勘違いしているようだ。
それもそうか、腕まで治るような魔法やスキルは珍しく、一般的ではないのだから。
「ここで出してもいいか?」
少し意地悪してやることにした。
僕の固有スキル『自動修復』は自分の怪我を魔力の続く限り治すのだ、腕1本分回復させるために必要な魔力がどれほどなのかも確かめておきたい。
「出せるなら出してもらって構わんさ、けれどアイテムボックスを持っているようには見えないが?」
家から持ってきたナイフを出す。
一瞬、ガルダは身構えて何かを言い出しそうだったがそれを聞く前に僕の右腕を切り落とした。
切り落とそうとしたはずだった。
けれどやはり一般的に流通しているナイフは切れ味が悪く、そのナイフは僕の右腕の骨を断ち切ることが出来ずに止まった。
血が、ガルダの目前で吹き出した。
「あんたは馬鹿かいっ?! そんなナイフで腕が切れる訳がないだろう!」
僕は痛すぎてその言葉に返すことが出来ず、ナイフで腕を切り落とそうとしたことを後悔しながらその場にしゃがみ込んだ。
「なんなんだいあんたはっ?! 急に来たと思ったら目の前で自殺行為をしやがって、片付けるのも面倒なんだから止めてくれ! それにあんた…………え?」
ガルダが汚い唾を散らしている間に、僕の腕が白く光だす。そしてナイフが貫通したまま、まるで元々ナイフが刺さっていたかのように皮膚が繋がり、血が止まった。
右肩からナイフが中途半端に生えている。
びっくりな腕が1本、完成してしまった。
肝心の魔力は海のようにある僕の魔力のほんの一部だったようだ。けれど腕を復元するとなるとまだ魔力がどれほど必要となるのか分からないので参考にならなかった。
「あんた……それ。部位を治すこともできる固有スキルなのかい?」
白色の光が消えて、痛みもなくなったが右腕に生えるナイフが気持ち悪い。
「だから目の前で部位20個渡そうとしたんだ」
「はぁ……。それを早く言うんだよ! この店のもう1階地下に部位を切り落とす最適な部屋がある、付いてきな」
そう言ってガルダは店の奥に消えてしまった。
僕もナイフの生えている腕の変な感覚に違和感を感じながらガルダの背中を追った。
#
「ここは……」
そこには拷問器具が10以上あり、それら全てが赤黒く、それでも整備はしているのか刃の部分などは銀色に光っていた。
「どれを使うんだい?」
ガルダはニヤニヤとした笑みを浮かべながら、僕に聞いてくる。いつもは何に使うのか絶対に聞いてはいけない気がした。
僕はざっと部屋を見て周り、1番良さげなものを指差す。
「ギロチンかい。確かにそれなら早く済みそうだねぇ……」
ガルダはそう言って、ギロチンの取っ手のような部分を回して、刃を上へ持っていく。
「ほら、さっさとナイフの生えた腕を置くんだよ」
さっきの痛みを思い出しながら、ちゃんとナイフごと切れるように右肩に近い部分から切断できるよう置いた。
ガルダがバーのような棒状の金属を上に引くと刃が勢いよく落ちてきて僕のナイフの生えている腕を飛ばした。
「ああああああぁぁぁぁぁっ!」
僕は腕を抑えながら、じたばたとその場で転げ回る。
するとすぐに白い光が僕の腕を覆い、綺麗に腕を生やしてくれた。
魔力量は、全体の1パーセント程か。結構、余裕だ。
痛みを感じるのは10秒程で我慢が出来なくはない。とても痛いけれど。
「本当にそんな希少な固有スキルを持っているなんて驚きだよ。わしのスキルと合わせれば病院が開けるんじゃないかい? どうだい坊主、わしと一緒に治療院を開いてみるかい?」
闇市場のガルダが有名な訳は彼女の固有スキルによるものが大きい。
彼女の固有スキルは『人形師』 魔法で作った糸で失った人間の部位を、他の人間の部位で繋げ合わせたりすることが出来る。
そしてそれで繋げた腕や足は、繋がった人間の体に合うようにに大きさが変わる。よく腕や足がなくなる『冒険者』によく頼られていると聞いた。
人間を治すという点では僕と彼女は天性の相性だろう。
「断る。俺にはしなきゃならないことがあるんだ」
「そうかい。そりゃ、残念だ。ほら次いくよ」
彼女の勧誘を断りながら、僕は1つのアイディアが浮かんだ。
10秒しか痛まないと言っても、痛いものは痛い。だから、首ごと切ってしまえば、もし首から下が生えてくるのであれば、一気に4つの部位を手に入れることが出来るし、気を失うから痛くないのではないか? という仮説がアイディアかよく分からないものが浮かんだのだ。傍から考えれば頭がおかしいように感じるが、僕にとっては名案に思えた。
次にギロチンが上がりきったとき、僕は首をのせた。
「あんた、次は腕じゃなくて首を飛ばすのかい? 首が飛んだら死ぬんじゃないのかい? それに魔力量が……」
「いいから早くしてくれ」
「はいはい、分かったよ。どうなっても知らないからね……」
僕はスーっと一筋の汗を流して、目を瞑る。
ガルダがもう一度バーを引く音が聞こえるやいなや、僕は意識を失った。
#
「頭から体が生えて来た時は、本当に驚いたよ。あんた本当に人族かい? どんな魔力量してるんだ」
意識を取り戻すと、そこには僕の服を着た首のない死体が目前に転がっていた。
僕は今、素っ裸になっており、それと同時に自分の魔力量が全体の10パーセントほど減っていることに気がついた。
成功だ。僕は嬉しさのあまり笑みを浮かべてしまう。
「気持ち悪いねぇ……あんた、私が見てきた人間の中でも1番、気持ち悪いよ」
ガルダは数歩後ずさって僕を蔑むような、同情するようなよく分からない表情を浮かべていた。
痛くないし、あと4体ほど全然余裕だ。
僕はもう倫理的な観点は全て無視し、自分でギロチンを上げて、首をセットし、足でバーを蹴り上げギロチンを下ろした。
途中2度目で失敗して体が半分になりめちゃくちゃ痛い思いをして気絶した。それを除き、僕は要望より少し多い23本の新鮮な足と腕をガルダに渡した。
「…………もう何も言わないよ私は。確かに受け取った、けれど3本多いし、内蔵なんかも人間4人分貰ったしね、特別に魔法書を選ばせてやる、付いてきな」
そう言ってガルダは拷問室を出て、廊下を何度か曲がると鍵のついた部屋に行き着いた。
厳重に管理しているのだろう、2つの鍵がかかっていてガルダは懐から鍵を出して部屋を開けた。
目に飛び込んで来た光景に僕は目を見開いた。
そこには5畳ほどの大きさの部屋に、本棚が並べられていて、びっしりと隙間なく、恐らく魔法書が並べられていた。
「こんな量……これあんたが使ったらこの国で最強になれるんじゃないか?」
「あんたは馬鹿かい。人が覚えられる魔法には限界があるんだよ。私はもうその限界を迎えたから売りに出してるんだ、少し考えれば分かるのに。……やっぱり馬鹿なのかい」
「大きなお世話だ。それでこの中から選んでいいのか?」
「あぁ、いいとも。けどねぇ、1つ注意しておきな、高位の魔法書ってのは生きてるんだ。馬鹿な話かと思うかもしれないが、人を選ぶ。開けようとして開かなければ無理に開けようとするんじゃないよ。魔法書に殺されちまうからさ。まぁ、お前は少々ムキになって開けてもいいかもしれないけどさ」
「……分かった」
さっきからガルダは馬鹿にして来るがそんなことを、今気にしても仕方がない。
僕は部屋の中に一歩踏み入った。
急に僕の腹に痛みが走った。
僕が部屋に入ると、何冊かの本が色々な光で光出して僕の体に飛びついてきたのだ。
僕はその反動で倒れ込んでしまう。
飛んで来たのは全部で5冊だ。
その中でも一際、水色の魔法書が光輝いている。
遅れて入って来たガルダは流石にこれには空いた口が塞がらないようだった。
「お前さん、そんなに魔力量が多いのかい。想像もつかないね。魔法書が進んで人に飛びつくなんて初めて見たよ」
飛びついてきた本が地味にグイグイと自分の体? 本を押し付けてくるので痛い。何やら宝石や、石などを表示に埋め込んでいるのか、素っ裸な僕の体から血が滲み始める。
僕はため息をつきながら、それらの本を無視して部屋を見回した。本がより一層、力強く押してくるが本当にやめて欲しい。
その中でも本当に、水色に光るそれはとても力が強く、ついに僕の皮膚を破って血が溢れ出てきた。僕は少し焦ってその本を手に取る。すると水色に光るそれが、今でも眩しいのに直視出来ないくらいの眩い光を出した。
「もしかしてあんたは本物の化け物なのかい? 魔法書から歓喜の感情が伝わるなんて……化け物だよ。あんた……」
僕にもそれは伝わってきて、自分を選べと必死に訴えかけてきた。
そして眩しく光る水色の魔法書を手に取るの同時に残り4冊も棚に返っていく。
「こんなに俺を求めてくれるなら、これにする、いいかガルダ?」
「いいよ……にしてもその魔法書か。よりにもよって私が開くことの出来なかったやつかい。もしかしたら私は歴史的な化け物の誕生をこの目で見ているのかもしれないね」
何やら物騒なことを聞きながら、僕はその水色の魔法書を見た。
銀色の金属のようなものがふちを囲って、中心に大きな見たこともない宝石が付いている。
その宝石は全体的には水色なのだが、中心だけが紫色でなぜか薄く光っている。
「開いてご覧」
ガルダのアドバイスを聞いて魔法書を開いてみる。
するといきなりその魔法書が煙を出して、自分の手から離れていった。
煙が晴れるとそこにはまた美女がいた。
背中まで伸びたその水色はまるで清流を表しているようで、僕と同じ碧眼なのにどこか憂いを感じさせるその瞳は澄んでいる。
純粋な水。なんの不純物も含まない清らかさを体現したような女性だった。
彼女が来ているローブは真っ白で、彼女の水色の髪をより一層強調していた。その中心には魔法書の中心に付いていた、不思議な色合いの宝石がついている。
けれどそのどれよりも勝って彼女の存在を強調しているのはやはり、彼女の頭に乗った、小さな王冠だった。
「光栄に思え、下僕。妾の奴隷にしてやる」
その声は海の小波のように爽やかで、心地よい。
「過去の文献で魔法書が人の形で使用者の前に現れると見たことがあるけど、本当だったとはねぇ、長生きはしてみるもんだ。それにその宝石。まさかね……」
「下僕の返事が聞こえないが、死にたいのか? 妾を待たせてくれるなよ」
じっと僕の方をふたつの碧眼が見つめている。最近、絶世の美女と形容しても差し支えない女性を2人も見るなんて、世の中何が起こるか分からない。
けれど僕は言わなければならない。悲しい事実を彼女に伝えなければならない。
「チェンジで」
ガルダと魔法書(人型)がぽかんと口を開け、何というか間抜け顔だった。
しばらくの間、魔法書でいっぱいの書庫に沈黙が訪れたので僕はもう一度、はっきりと言った。
「違う魔法書でお願いします」
魔法書(人型)は口をパクパクとして、清流のような髪と相まって本当に水の中にいる魚を起想させた。
「……は? 何を言っている……?」
「まぁ、あんたが決めることさ。けれど本当にいいのかい? せっかく魔法書から現れて来てくれたんだ、たぶん相性も良いんだろうさ」
「あぁ、この娘には悪いけれど他の魔法書にする」
僕は1度、魔法書(人型)に頭を下げると、もう一度、魔法書を物色し始めた。
すると先程、寄ってきてくれた魔法書がまた来てくれた。目の前の女性とは異なり押しが弱い。
ガルダが言っていたことを参考にすると、人型になるのは珍しいのだろう。たぶん、この魔法書達は人型にはならない、僕の勘がそう告げていた。
どれにしようか、手を遊ばせていると頭を掴まれて無理やり視線を固定された。
「おい人間。あまり調子に乗るなよ。妾がお前の面倒を見てやると言っている、なら素直に従え」
「離してくれないか?」
「せめて理由を申せ」
眉をひそめ、僕をめちゃくちゃ睨んでくる。凍りつきそうなその視線に鳥肌がたった。
「俺は近々、自殺行為のような行動に出る。それに無関係のお前に同行させるようなことは出来ない」
「何故だ。事と次第によっては本当に殺すぞ」
凄い重圧だ。ガルダの比ではなかった。その重圧に反応してか、目の前でぷかぷかと浮かんでいた魔法書はまた同じ棚に戻っていった。
「元が魔法書でもお前が人間にしか見えないからだ、俺は無関係の人間を俺の私事に巻き込みたくない。それも死ぬかもしれないだ。いやたぶん死ぬ。お前だって無事では済まないだろう。今いち魔法書については分からないが、燃やされたり殺されたりしたら無傷ってわけにいかないだろうが」
一瞬、そうほんの一瞬だけ女の表情が照れたようなものになったがまた鋭いナイフのような表情に戻る。
「安心しろ、妾は死なん。妾は貴様が思っているよりもその倍は強い。それに貴様はさっきから妾を魔法書と呼んでいるが、妾をそんな格下に見るな。妾は『魔導書』だ。魔法書の上位存在であり自我を持ち合わせ、使用者を魔法の極地へ導く」
「そういう問題じゃないんだ。自我を持っているお前だから嫌なんだよ。俺がしようとしていることは酷く残虐で誰からも理解されない」
僕の意固地な姿勢に、『魔導書』は青筋を浮かべた。
「分かった……」
「そうか分かってくれたか……。なら離してくれないか?」
「妾と契約しないならここにある魔法書は全て破壊する」
ガルダと魔法書が焦ったようにガタガタと騒ぎ立て始めた。
「ちょっと何言ってるんだいっ! そんなことはさせないよっ!」
『黙れ』
先程の威圧感よりも勝る重圧がかかった言葉だった。さっきのはその場にいるのが苦しかったが、今ではもはや恐ろしい。今すぐこの場から逃げさりたくなる。
『次、言葉を間違ってみろ。ここらいったい全て吹き飛ばしてやる』
僕は乾いた口の中を唾で濡らしながら、やっとのことで口を開いた。
「なぜ、そんなに俺にこだわる?」
僕が質問すると、雪のように白い頬が赤く染まった。
「一目惚れだ、言わせるな」
表情を見せたくないのか、掴んでいた頭の方向を強制的に曲げ、僕の視線が女の顔にいかないようにした。
グキっと嫌な音が首からした。
力が過ぎたのか、僕の首の骨はあっさりと折れて意識を失った。
これが僕の運命を大きく変えることになる、アメル・テイラーとの出会いだった。