4.新しい仲間
僕の住んでいる安いけれどなかなかの大きさである一軒家に帰った。
担いでいる下半身のないモノをゆっくりとリビングの中央に置く。
このままだともちろん死んでしまうだろう。
けれど僕には助ける術がある。
それは僕の固有スキルで可能となった。
時たまジョブを取得する際、魔法や攻撃スキルを手に入れることが出来る。それの効果はジョブの等級の高さに比例する。それは僕も例外ではなかったようだ。
僕のジョブは人類限界の『戦闘治癒師』である。
運良く会得できたスキルは回数制限の魔法とパッシブスキルであった。
普通、スキルや魔法というものは会得した者に師事を受けて身につける場合が多い。
けれど、この最初のスキルや魔法は独自性が強いものが多く、後に伝えることが難しいものが多い。これを『固有スキル』というのだが、取り敢えずは置いておく。
僕が会得した魔法とパッシブスキルはそれぞれ1つずつだ。
1度限り使用可能の魔法『全回復』、そして常時発動のスキル『自動修復』。
『全回復』というのは文字通り、相手又は自分の怪我や能力低下の呪いなどを文字通り全て回復させる魔法。この魔法の発現が奴隷市場で欠損奴隷を購入したことに大きく影響している。
またパッシブスキル『自動修復』。己が怪我した時など、魔力の続く限り永遠に回復させるスキルだ。このスキルに使用制限はなく、これがあるから目前にいる奴隷に『全回復』を使うことに決めた。
『全回復』頭の中にある、この魔法が使うことが出来るという感覚。これを使えば目前の欠損奴隷を助けることが出来るだろう。
僕は意を決して、はっきりと詠唱した。
「傷ついた体を癒し、安穏をもたらしたまえ『全回復』」
そう唱えた瞬間、目前にある肉塊と言っても過言ではないモノが緑色に光り輝き始めた。
とても明るい光であまり詳細は分からないが、もともとなかった下半身がだんだんと2つの足になり、ちぎれていた腕は指先までしっかりと治っていった。
発光が終わるとそこには、明らかにおかしい光景が広がっていた。
全てが抜けきっていた髪は5メートルほどの長い美しい銀髪になり、体は先程よりも1.5倍ほどある。
けれど注目するのはそこではない。
大きくはないが、発展途上の膨らんだ胸に、視線を下にずらせば男にはない女の特徴がある。
「性別はまだ分からないと聞いていたけれど……」
別に性別が女であることに問題はあまり感じていない。確かに男の方が旅では色々と楽ではあると思っていたが。
僕が問題としているのは別で、目前に居るのは少女ではなく女性なのだ。成人ではないだろうけど、明らかに僕と近い年齢15、16歳ぐらいである。
「何が起こったんだ……」
僕は動揺を隠しきれず、現状があまりにも突拍子もないもので受け入れきれなかった。
男か女かも分からない、花の肥料よりも軽い欠損奴隷を治したら、いっぱしの女性になることを誰が予測することができようか。
長いけれど1本、1本まるで作られた糸のようにきめ細やかで、ひっそりと細い眉。 目は閉じられており分からないが、眉毛がとても長い。そして潤いを保ったピンク色の唇。3年間ほど、この街で働いていたがこれほどまでに美しい女性はまだ見たことがなかった。
そして極めつけは頭から出ている2つの大きな突起物。グニャリと中心から内側に曲がった真っ黒の2本の角は薄く黒光りして、ある種の芸術品かと思われた。
「どうしようか。奴隷館での憎しみに囚われた瞳を見る限り、人族に恨みのあることに間違いはないだろうけど」
問題の張本人は先程から、ゆっくりと胸を上下させ眠りについている。
床に寝させるのも申し訳ないので自分のベットに寝かせた。もちろん、身体中汚いのでしっかり拭いた後だ。他意はない。
僕は1度大きくため息をついて、自分に言い聞かせるように言った。
「取り敢えず、このやせ細った体を見るにしばらく何も食べていなかったのか。服と、シチューでも起きる前に作っておこうか。服は新しい仲間祝いってことで」
そうと決まったら行動を開始する。
僕は妹を助けるために買った魔具を売った残り少ないお金を持って商店街に繰り出した。
#
買い物を済ませ、家に戻ると、僕のベットの上で寝ていた彼女は起き上がって天井を見つめていた。
僕と目が合うと、先程店で見たような憎しみの色が浮かんでいなかった。何も映していないような空疎な目だ。
「名前は何ですか?」
反応はない。聞こえなかった可能性を試しもう一度聞いた。
「名前は何ですか?」
「…………」
このままではどうしようもない、僕は取り敢えず買ってきた服を取り出して、女の目前に出した。
「これ、買ってきたんです。良かったら着て下さい」
ハイライトのない目はその衣服を捉えているのかどうかですら分からなかった。
これは、思っていたよりもよっぽど深刻かもしれない。
#
コトコトと、シチューを煮る良い香りが部屋を満たしていく。
そろそろ出来ただろう、小皿に少しだけすくって味見をした。
美味しい。
僕はその鍋をぐっと持ち上げて、ダイニングにある机の上に置いた。
そして大皿2皿と、スプーンを出す。それに加えてパンを4つほど。
椅子はよく店長が来るので余分にある椅子を使えばいい。
「食事の準備が出来ました」
女に呼びかけるが、返答はもちろん、相槌すらない。
「食べなきゃ本当に死んでしまいますよ?」
ピクっと眉が少し動いた。
僕の言葉に反応したのだ、どの部分に反応したのか分からないが、どうやら聞こえてはいるらしい。
はぁ、と一息ため息をついて。僕は机を引きずってベットの近くまで移動させた。
女は目線を少し下げ、シチューをじっと見つめている。
僕は椅子を運び、座ってお祈りを済ませて食事を始めた。
僕が食べているのを見て、食べてくれればいいと思ったからだ。
けれどその期待も外れ、僕が食べ終わってもじっとシチューを見つめたままだった。
「食べなきゃ、本当に死んでしまいますよ? どうですか1口だけでも」
また少しだけ眉が動いた。
けれど一向に手をつけようとしない。
「はぁ……どうやら新しい仲間は僕が思っていた以上に甘えんぼさんのようですね」
僕は台所から、食事中に食べ物をこぼしても服が汚れないようにするための布を持ってきて、女に着せた。
そして、スプーンでシチューをすくって口元に持っていく。
「ほら、1口、1口だけでいいですから食べて見てください」
少なからず時間が経ったので、鍋にあるスープはまだ温かいが大皿によそったスープは既に冷めていた。
「口を開いてください」
僕は口前まで持ってきたスプーンを唇に押し付けた。
すると少しだけ開いて、スープがゆっくりと零れながら女の口の中に入っていく。ゴクッと喉がなる音を聞き安心する。
「良かった、少しでも食べてくれて……」
少しでも食べられるのなら大丈夫だ。
僕はもう一度、スープをすくって口元に持っていく。
また少しだけ開けられた口に、零れながらスープが入っていった。
昔、妹に食べさせたことを思い出し、新しい仲間に対するもどかしさと、僕の心の憎しみの炎が少しだけ大きくなった。
何度繰り返しただろうか。
いつの間にか、大皿に入っていたスープは全てなくなった。
最後の方は、零す量も減っていたからこの調子で行けば、2、3日もすれば全て食べさせることが出来るかもしれない。
食事を終え、僕は女性に着けていた布を取り外そうとした。
「う……うぅ…………。うぅぅ…………」
まるで喋ることがいけないことのように、声を押し殺して女は泣いていた。
大粒の涙がスープで汚れた布を濡らしていく。
辛かったのだろう。
9歳で奴隷として売られ、下半身を切断されたのだ。死んでいない方が不思議であった。
どれほどの痛みを感じ、憎しみ、自分の無力さと現実の残酷さに絶望したのだろうか。
考えるだけで心が押しつぶされるようだった。
僕は何も言わずに、汚れている布を取るのも忘れ、抱きしめていた。ぎゅっと強く抱きしめた、なるべく僕の体温が伝わるように。
しばらくの間、声を押し殺して女は泣き続けた。
こいつの下半身を切った奴にも同じ苦しみを与えてやる。ただで死ねると思うなよ。