3.醜いモノ
スガル王国、このクソみたいな国にはクソの中でもクソの場所がある。
スラム街だ。
裏路地に入れば、腐った死体の腐臭がし、スラム街に1歩踏み入れれば、追い剥ぎに遭う。
スラム街には身寄りのない子供や、バックグラウンドが暗い者達が集まる。
全く舗装されていない道を僕は進んでいた。
そして、雑多に並ぶ家屋の中でも1つだけ大きな店の前で止まる。
その建物だけは、他のスラム街とは異なり、ドアに傷1つついていないし、この建物に繋がる街からの道は追い剥ぎなどは一切ない。
鈴がなる扉を開いて、僕は奴隷商館に入った。
「いらっしゃいませ。今日はどのような奴隷をご希望ですか?」
すぐさま、お腹にでっぷりと脂肪を付け、常時ハンカチで汗を拭っている、近寄るだけで嫌悪感を醸し出す男が出てきた。
「人族以外」
中年太りの男は少し眉を上げるとすぐに営業サービスの笑顔で奴隷を見物する場所へと連れていった。
「人族以外となりますと、やはりお客様はエルフやアマゾネスがご希望ですか?」
エルフは森に住む、耳の長い種族。そしてアマゾネスは生まれる子供は全て女性という特徴を持つ種族だ。
また、それら全員美しい女で評判だ。
なので貴族などは自分の性欲を満たす為に買うのがしばしばあった。
「特に希望はない、取り敢えず見せてくれ」
いつもの敬語は一切使わない。奴隷商人に舐められたら無事に帰ることが難しくなるのだ。
連れてこられた部屋には、大部屋に、10人ほどの薄い麻の服を着た女性達がいた。
服が薄く、体のラインがしっかりと伺える。
みんな顔の造形に優れていて売れ筋なのだろう。
僕は彼女らの瞳をじっくりと見つめる。
そしてため息をつくと奴隷商人に言った。
「全員気に入らない、次を出せ」
この言葉には流石に奴隷商のプライドが傷付けられたらしく、眉をひそめた。
けれど流石はプロと言ったところか、30秒も満たない間に次の奴隷達が僕の前に並べられた。
「失礼ながらお客様、この者達は先程よりも上玉になっており、お値段が多少かさばるのですがよろしいのですか?」
言外に「お前そんな金持ってねぇ癖にイキってんじゃねぇ」とひた脂肪を揺らしながら言ってくる。
そしてまた瞳をじっくりと見つめる。
あぁ、ダメだ。
全員、人族と同じ目をしてる。濁ってるんだよ。
僕はそのもの達も、拒否しそれを何度も繰り返した。
「全員気に入らない、次だ」
10回が過ぎた頃、流石に奴隷商も我慢の限界を迎え怒りに震えていた。
そこてその奴隷商に近づく者が1人。
同じ従業員らしいが、顔を黒い布で隠し表情を伺えない。
彼か彼女か分からないがその黒布が奴隷商に耳打ちをする。
それは妙案だとばかりにデブの奴隷商はニヤァと脂ぎった顔で卑しく笑った。
「失礼ながらお客様。どうやら貴方様に相応しい奴隷はこの奴隷館ではなく奴隷館の側にある倉庫にしか居ないようです。倉庫に案内しますのでついてきてください」
男はブルンブルンとお腹を揺らしながら奴隷館の横に並ぶ倉庫に僕を連れていった。
「少々、刺激が強いかもしれませんが、全員人族以外ですのでご希望に沿っているかと思います」
そして倉庫の扉を開くと、ハエが何匹か外に飛び出した。
それと同時に、腐臭が鼻につく。
中はまさに阿鼻叫喚というべきか。
そこらじゅうに、鎖で括られたモノが転がっている。
そのモノ達は顔が犬であったり、角があったり人間や亜人と異なっていた。
魔族。人は異なる異形の存在。
しかしここで特質するのは全員が魔族であることでは無い。
それらは全員、足や腕などが全員切断されていたのだ。
スガル王国では奴隷についての法律がある。
生きていくなかで最低限の物を与え、不当な暴行などを加えてはならないというものだ。
実際はもう少し詳しいのだが、大体そんな感じだ。
けれどそれは人族、亜人にだけ適応される。
魔族は例外なのだ。
では魔族とはどういうもののことを言うのか、これははっきりと定義されているわけでなく王国が魔族かどうかを判断している。
だからここにいるモノ達はそういうことなのだろう。
この王国の悪趣味な奴らに弄ばれたに違いない。
実際、もう事切れているモノ達もちらほら見かけた。
「貴方様にはお似合いだと思いますが……」
つくづくこいつは性根が腐っていると思う。
しかし僕にとっては好都合。
腐臭を我慢し、中にずけずけ踏み入る。
靴底には固まった血液がねとりとつく感覚がありあまり気持ちのよいものではない。
辺りのモノ達の瞳を必ず合わせながら、1つずつ見定めていく。もちろん目のないモノもいるが、そいつらは選定に入れない。
見つけた。
下半身がなく、お腹に白い包帯だっただろうそれは赤黒く染まり、右腕は肘から先が千切れ、髪の毛は抜けきったそれ。
しかし目は、ハイライトが消えているなか、それに映しているものは憎しみの1色。ただ憎しみだけに囚われ、他に一切の色を映さない澄んだ瞳。
同類だ。
「こいつを貰う」
隣にいたのは先程の奴隷商ではなく、別の店員だった。
恐らく倉庫当番なのだろう。
醜い豚のような奴隷商に変わって、筋肉が程よく付いた短髪の男が隣に来る。
男は長靴を履いており、まさに家畜を育てるような服装であった。
「こいつですか……こいつはワケありですが良いので?」
「ワケとはなんだ」
「こいつは何族かも分かってねぇ。それに族の特徴か何かで10歳になるまで男か女か分からなかったんだ。それなのに9歳で変態な貴族様に買われちまって、それ目的だったんだろうさ、性器がないことに激怒して下半身ごと切っちまった」
「それは……」
「下半身が切られた状態で返却されちまってよ、それでもまだ顔は可愛かったから食事を与えてたら、食事当番に噛み付いたときた、それで腕までちぎられてこのザマよ」
ストレスで髪の毛が抜けてしまったのだろうか。もう可愛いかったと呼ばれる面影は一切ない。
けれど気に入った。
「こいつを貰う、いくらだ?」
「いやいや、値なんて付いてねーよ、欲しけりゃ勝手に持って行ってくれ。魔族と言っても殺してしまったら罪に問われるからな」
「分かった」
僕はそれを担ぎ上げた。
10歳で上半身だけの2分の1の重さなのだ、花屋で運ぶ花の肥料の方が重い。
体に膿や血やらがつくが気にはしなかった。
「世話になった」
「いやいやお前さんこそ、帰りには気をつけた方がいいぞ、店長めちゃくちゃキレてたから」
あのデブ、店長だったのか。どおりで金の装飾やらをジャラジャラ着けていた訳だ。
そんなことを思いながら汚く臭い、まるで地獄のような場所から新しい仲間を担いで外に出た。
奴隷商館を出る途中、案の定と言ったところか、ゾロゾロと顔に黒布を付けた者が5、6人で僕を囲んだ。
その後ろで店長と呼ばれていた豚が卑しい笑みを浮かべて、近寄ってくる。
「おいおい、商品をタダで持ち帰ってもらっては困るな」
「こいつは値が付いてなく、タダと聞いたが」
「それも商品だ、俺がタダじゃねぇって言ったらタダじゃねぇんだよ」
黒布達は、手にナイフや棍棒などを持って威嚇する。
「大体なぁ、金も持ってねえ奴が冷やかしに来てんじゃねぇよ、奴隷商舐めてんだろ? あぁっ?!」
首の下についた脂肪がぶるぶると喋る度に揺れ、笑いを誘う。
僕は笑いを必死に押し殺して言った。
「いくらだ?」
ひどく歪んだ顔をより一層歪ませ、卑しいというよりは汚くゲラゲラと笑う。
「100万ゴールド」
もちろん、そんな値段はしない。
この奴隷館で最も高い者が95万ゴールドだったことも考慮してみると、このモノにそれ以上の価値があるとは考えにくい。
ふっかけてきているのだろう。望むところだ。
僕は腰に付いている金袋を取ると奴隷商に投げつけた。
「つりは要らん」
そう言って、来た道を引き返す。
奴隷商は中身を確認すると、その場で尻餅を付いた。
「14、15枚。白金貨15枚、 150万ゴールドだと……?! 」
多額のお金に度肝を抜かれたのかその後、僕を付けてくる者はもういなかった。
そのお金は妹の貯金、全てだ。今日、家に送られて来たもので僕はもともとその全てをここで使うつもりだった。
そのお金を僕は早く使い切りたかったのだ。