2.別れを告げて
僕は石造りの神殿に足を踏み入れた。
するとすぐに真っ白の修道服を着た女性がこちらにやって来る。
「今日はどのようなご用事で? つい先日花を頼んだばかりだと思うのですが」
「いつもありがとうございます。けれど今日はジョブ変更をしようと思って来ました」
その言葉を聞き修道女は目を微かに大きく開いた。
普通、人は1つのジョブしか与えられない。けれど希に2つ、3つと受け持った人が出てくるのだ。
そしてそれらの複数ジョブ持ちのほとんどは英雄または勇者と呼ばれるような存在だ。
だから一介の花屋に過ぎない僕が複数のジョブを持っているなんて夢にも思っていなかったのだろう。
「なるほど、しかし複数のジョブを持っているとの報告は受けた覚えがありませんが?」
少し圧力をかけてきた。
複数のジョブを会得した場合は、必ず神殿に報告する義務がある。規則として明確に明文化されている訳ではないから罰則という風にはならないのだが、それが暗黙の了解であった。
「すいません……僕のジョブはどれも優れたものではなかったので報告を省いてしまったのです」
「そうですか……どのようなジョブなのか伺っても?」
「『花屋』『農家』とどちらも非戦闘職です……」
「なるほど……今回は農家になるのですか? それはまたどうして?」
「妹が亡くなったので、地元の田舎に帰ろうかと思いまして」
そこでさっと修道女の顔が暗くなった。何か思い当たる節があるようだ。
「それは残念ですね……あの花屋の花はとてもお気に入りだったのですが」
「大丈夫ですよ。僕が辞めてもまだ店長がいますから」
「そうですか……」
「あの、ジョブ変更の場所へ案内してもらえますか?」
「わかりました、こちらです」
そういった修道女は僕をジョブ取得の儀式の間に導いた。
目の前には大きな石盤があり、それらの表面は精密に文字が掘られている。
「では、手を当てて見てください」
僕は早速、石盤に手を当てた。
それと同時に石盤の文字が光り出す。
そして直接頭の中に流れてくるジョブ取得の情報、15の時と同じだ。
ー『花屋』ー
花の栽培、魔法、ありとあらゆる花に関連する技巧の成長速度が上がる。
ー取得可能ジョブー
『戦闘治癒師』
『聖者』
分かる通り、先程は嘘をついた。しかし『戦闘治癒師』、『聖者』は戦闘職で、これが発現した者は義務として王国の騎士にならなければならないのだ。だから僕は、要らぬ争いに関わらないようにこの中で最も平凡な『花屋』を選んだのだ。
僕は妹のジョブ『聖女』の男性バージョン『聖者』も取得可能ではあるが、今日の目的はこれではない。
頭の中で、『花屋』から『戦闘回復師』にジョブ変更する旨を唱える。
すると体の芯から何かが作り替えられるようなむず痒さを感じた。
「どうやら無事、ジョブ変更を行えたようですね、では献金をお願いします」
僕はあらかじめ準備してあった1000ゴールドを修道女に手渡した。
彼女はそのお金を確認すると、用は済んだとばかり自分の持ち場へと帰っていく。
お金にがめつい感じが否めなかった。
取り敢えずは良い。けれど絶対にあの修道女もこの教会も跡形もなく吹き飛ばしてやる。妹の復讐として。
僕は心に憎しみの炎を燃やし、神殿を出た。
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ところでジョブとは何なのか。
ジョブには『戦闘職』『治療職』『生産職』の3つに分かれる。
主な『戦闘職』では『戦士』、『魔法士』。上位の者になると『剣聖』や『賢者』などになる。これらは主に冒険者や騎士団で多く見られるジョブだ。
『治療職』では『看護』や『治癒』、上位のものは妹や僕の『聖者』、『聖女』などになる。基本的に神殿の職員はこれらのジョブに付いていることが多い。
生産職はこの2つのものとは例外で上位のジョブがない、『花屋』や『農家』なら一生それらなのだ。なので国民達からの認識では外れジョブとして扱われていた。
ジョブはその人の成長と共に進化するのでいつまでも下位のジョブであることはない。
けれど上位のジョブでも同じことが言え、もともと上位のジョブはその更に上をいくことができるので、1番初めのジョブを『自然職』と言い、大体それでその人の才能の有無が見られる。
なら僕のジョブ『戦闘治癒師』はどのようなジョブなのか。
これは最上級ジョブの更に上、超級ジョブに分類される人類が到達可能の限界ジョブだ。
故に戦闘職と治療職のどちらの役割も上級のレベルで使いこなすことの出来るジョブである。しかも戦闘という名の通り、戦闘で使う武器や魔法なら大抵が扱うことのできるという無限の才能を秘めているジョブだ。
確かに僕はこのジョブが発現した時、何が起こったか分からなかったが、もしこのジョブを公表すれば、『自然職』で超級職『戦闘治癒師』など王家に馬車馬の如く戦争の道具に使われるのは想像に難くなかった。
だから非戦闘職の『花屋』にしたというのに……。
妹が『聖女』のジョブしか発現しなかった時に、ジョブ変更を申し込もうかと考えなかった訳では無い。
けれどいい加減、過保護になるのはやめようと思ったし、妹なら立派に『聖女』の役割を果たすことが出来ると思った。
あの時にこのジョブを選んでいれば、助けられたかもしれない。いや、確実に助けられた。せめて魔女裁判のことを、もう少し早めに聞いていれば……
嫌なことを思い出しながら、僕は自分の働いていた花屋に足を運んだ。
#
「絶対にダメ! ダメなもんはダメ! ダメダメダメ! 辞めるなんて許さないんだから」
「店長……すいません」
「ふんっ!」
目の前には、桃色の髪をアップにした猫目の少女。綺麗というよりは可愛いという形容詞が似合う子だ。見た目は7、8歳に見えるが小人族であるため、実年齢はもっと高い。
これがこの店の店長なのだから笑い話にもならなかった。
「なんで、アルくん辞めちゃうの?! 辞めちゃったら私しか残らないじゃんっ! 力仕事はっ!? 売上とかの計算はっ?! どうすんのよ!」
別に僕がいなくとも、そんな大きな花はこの店では扱っていないし、売上の計算はもともと店長の仕事だ。
「すいません……決めたことなので……」
店長は僕をキッと睨むと。俯いた。
あ、やばい。
「うっ、うぅ……なんで、なんで辞めちゃうの……わたし……わたし……」
滑なか白い肌をつたって大粒の涙が床にシミを作っていく。
「店長……」
「まだ、ちゃんと伝えたいこともあるのに……なんで? ほかの店に行っちゃうの? それならもう少し給料上げるから……」
「あ、いや。そうじゃなくてですね」
「じゃあなんでなのよっ! バカバカバカっ!」
ポカポカと、2人向き合って座っていた体制から、僕の身によじ登って胸を叩いた。
見た目からして、全然痛くないのだが、心が痛む。
一瞬だけ、この店で働きながらでも良いかもしれないと思ったが、流石に王国を落とすのに国内で動くには分が悪いので考えを改める。
「店長……」
「なによ……」
まるで餌を取られた子猫のように寂しげな目で僕を見る。
「僕はこの店も店長も好きです」
「ひゃあっ!」
店長の顔が急に真っ赤になるが、僕は続けた。
「だからこれはただの独り言なのですが」
「い……今……好きって。え? 本当に……?」
「この街から店を畳んで出ていってくれませんか?」
真っ赤になった、店長の頭はぷしゅーと、音をたてて僕のお願いに答える前に気絶してしまった。
頭が僕の胸に倒される。
「はぁ……これはどうしたら良いのでしょうか。取り敢えず、ここに置いて一応、挨拶は済んだのだからいいか」
僕は店の2階にある、店長の部屋に店長を運び込んでベットに寝かせた。
「ごめんなさい、店長。こればっかりは譲れないんです」
僕は店長の机の上に辞めることの旨を書いた手紙をそっと起き、3年間働いた思い出深い花屋から出た。
次はそうだな、旅の仲間でも買う(・・)としよう。