1.殺してやる
「どうか、どうかお許し下さい」
僕の目に映ったのは下に薪がくべられ柱に括りつけられた最愛の妹だった。
周りからは「魔女!」「しねぇ! クソ女」「あぁ神様、どうかあの女に捌きを」など様々に言い、中には妹に向かって石をぶつける者をいた。
「魔女裁判にのっとり、シルベール・ヒスメロディアを火刑に処す」
そう言った真っ黒のローブを着た審問官は手に持つ魔法の媒介とする杖を天に高く持ち上げ、詠唱を行った。
僕は周りの人垣をくぐり抜けた。
あと数秒で最愛の妹を失う。
絶対にさせない。
その為にずっと貯めてきたお金を魔道具屋で攻撃用の魔具を買ったんだ。
急げ! 間に合え!
妹は神童だ。
15の時に与えられるジョブが『聖女』であったため、神殿に入り勇者のパーティに入った。
それに比べ、僕は『花屋』であった。どちらが国民や国に必要とされるのは明白だ。
ジョブというのは言ってしまえばその人の才能を表す。
妹はその名に相応しい、『神に選ばれた童』であったのだ。
「どうか、どうかもう一度お考え下さい」
妹の悲痛な声に応えるものは誰一人いない。みんな、妹を悪だと決めつけ、投石し傷をつけている。
ふざけるな。
しかし周りは国の近衛達に取り囲まれ、戦闘職でない僕が助け出せるような現状ではない。
足が震える、体の芯が冷えているのか熱いのかよく分からない感覚に襲われた。
もうすぐ死ぬ。誰が? ぼくの妹が?
その現実がまるで夢のような実体のない虚無感として僕にのしかかる。
もうあと10メートルだ。
急げ、走るんだ。
僕の妹は品行方正で人当たりが良く皆に愛される理想的な女性であった。
それに加え、僕と同じ金髪に翡翠色の目は多くの者を虜にした。
そして今でも鮮明に思い浮かぶかつての記憶。
一緒にご飯を食べたような些細な記憶から、誕生日プレゼントを隣町まで買いに行き、帰ってこられず結局誕生日に渡すことができなかった時の怒ったような安心したような妹の顔。
なんで、誰も気づかない!
ぼくの妹が魔女な訳がないだろう!
魔女は人に化ける上位の魔人のことだ。その性格は残虐非道。魔人の中でも特に危険とされる魔物だ。
習性は、人の国に入り人を襲う。そして人と同じような生殖能力を持つ。だから魔女は昔から人族の国に住むゴキブリのような扱いだった。
ずっと一緒に生きてきたんだ、妹が魔女でないことは1番俺が分かっている。
今目の前で処刑される意味が分からなかった。
そして審問官の詠唱が終わり、杖の先端部分に大きな火球が現れる。
「くそっ! やめろぉぉぉぉぉぉっ!」
ぼっ、と妹の柱の下に火がついた。
あらかじめ油がかけられていたであろう薪は勢いよく燃え上がった。
僕の声は周りの喧騒にかき消された。
「痛い、熱い。やめ、ぁぁぁぁぁあああああっ! 助けて! 誰か助けて! 兄さんっ!」
僕は走った、日頃から花屋として働いている自分の弱い体にムチを打ち。
「くそくそくそっ! ふざけるなぁ! くそがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
まだだ、まだ間に合う。命は助けることができるっ!
その瞬間、僕は近衛の振り下ろされた鞘付きの剣に叩かれ、意識を失った。
涙ながらに最後に僕と目が合い微かに笑った妹の最期と共に。
#
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
僕は先程の記憶を思い出しながらはね起きた。
「あら、起きたの。大変だったのよ、近くで魔女の死刑があって、うちの宿屋の前であなた倒れていたんだから。まったくはた迷惑よこっちは」
「妹っ! シルベールは?」
「シルベールって、あの魔女のこと? あなたあの子の家族だったの? てことはあなたも!」
「くそっ!」
「ちょっと待ちなさいっ! 」
僕は何も考えずに宿を飛び出した。
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「嘘だ……嘘だろ……」
膝から崩れ落ち、周りにまった灰が自分の体につく。
目の前には焼け崩れた酷い女の死体が横たわっている。少しだけ残っている金色の髪がシルベールであることを証明する。
「あぁ……たった1人の妹、家族だったんだ。なんでだ、なんで急に魔女裁判なんて……」
周囲からすっかり人の気配は消えている。さっきの喧騒が嘘のようだった。
妹の魔女裁判にはどうしても納得いかない。前から少しだけ、きな臭いとは思っていた。
第2王子がシルベールに婚約を申し込み、それをシルベールが断ったことは知っている。
けれどそこからシルベールは勇者パーティーを脱退し、急に魔女である疑いをかけられて火刑にされた。
そう、何かがおかしい。
けれど今はそんなことはどうでもいい。
「あぁ。ジルベール本当にごめん。僕が……戦うことを選ばなかったから……」
柱は燃え尽きた時に崩れたのか、シルベールの死体だけが中央に破棄されていた。
僕はシルベールの死体をぎゅっと抱きしめる。ひどく臭ったが、今はそうしなければならない気がした。
「全ては僕のせいだ、ごめん。シルベール。ごめん……」
光を失った目からは生気を感じられない。僕はさっと手を重ね、瞼を下げた。
「覚悟が決まったよ。僕はこんな世界大っ嫌いだ」
既に辺りは薄暗くなっており、静まっている。
「こんな国も、この国の人も、全人族、全員嫌いだ。絶対にシルベールを殺したことを後悔させてやる」
シルベールに誓いをたて、僕は1つだけ使える魔法『花創生魔法』を使い、この当たり一帯を花畑に変えた。周りが赤、青、緑、白、紫色などに色付いていく。
シルベールから漂う悪臭も周りの香りの強い花によってかき消される。
今頃、この辺り、つまり住居の中にまで花だらけになっているだろう。
僕の魔力量は人の常識を超えている。だからこの魔法を放つにしても、半径2kmは花畑になってしまう。
しかし今ではそれがいい気分であった。
「安らかにおやすみ、シルベール」
そっと花で作ったベットにシルベールを寝かせ、僕は神殿に向けて歩き出した。
まずは力だ。力をつける。
そして全員、殺してやる。