途中下車
夢の中で、私は電車に揺られている。
満員電車、とまではいかないけれど、椅子はほとんど埋まっており、空いているところも窮屈そうで、とても座る気にはなれない。
吊り革につかまって立っている人も多く、少しバランスを崩すと鼻の頭が目の前にいる人の背中にぶつかりそうだった。車内の人々は皆、手に持った小さな四角い枠の中に心を奪われている。
惰性のように“それ”の画面をスクロールする者もいる。
私だってそうだ。この窮屈な夢という枠の中にとらわれながら、安寧を求めている。
夢の中で私が乗っている電車はいつも目的地に辿り着かない。
何故か途中の駅で降ろされてしまって、その駅で再び電車に乗ることもなく夢が終わってしまう。
夢はあまりにリアルな現実の光景を私に突きつけるのに、何のために電車に乗っているのか、その意味は全く分からなかった。
「はあ…」
「どうしたんです、川村さん。そんなに大きなため息なんかついて」
お昼休憩中にコーヒーを飲みながらため息をつく私に話しかけてきたのは同僚の岡田君だった。
「岡田君は、毎日同じ夢を見ることってある?」
「夢ですか?見てますよ」
「え、本当に?」
「はい。いつか海外で暮らすっていう“夢”を毎日見てます」
「いや、そっちじゃなくて……」
わざとなのか、岡田君はいたずらっ子の笑みを浮かべていた。きっと私のことをからかいたかったに違いない。
「なになに、夢の話?あたしにも聞かせてよ」
私と岡田君の会話に割って入ってきたのは同じく同僚の三浦香苗だった。
「夢は夢でも“目標”とか“希望”とかの夢じゃなくて、寝てるときに見る夢のことよ」
「うんうん、それで?」
私は香苗が「夢」の話にこれほど興味を持つと思わなかったので少し面食らったが、「電車に乗っているけれど途中で降ろされてしまう」夢を毎日見ることを話した。
「なるほど…『途中で電車から降ろされてしまう夢』ねぇ…面白そうだし、夢占いで調べてみない?」
「夢占い?」
「そう、“こんな夢を見ると○○の意味があります”ってやつ」
「そんなの胡散臭い」
「いいからいいから」
気乗りしない私をよそに、好奇心旺盛の彼女がスマホで私の夢の意味を検索し始める。
「えっと、電車に乗っても途中で降ろされてしまう夢は…『掲げていた夢や目標を途中で辞退することの暗示』だって」
「なにそれ、随分後ろ向きな意味ね…」
「ま、占いなんて所詮こんなもんよね」
香苗は無責任にそう言い放つとそそくさと自分のデスクに戻っていった。
「まああまり無理したらだめですよ」
隣で二人の会話を聴いていた岡田君は気の毒そうな表情で心配の言葉をかけてくれた。
「はいはい、ありがとう」
残業が終わって時計を見ると午後八時半。机の周りを整理して退社し、遅れないように帰りの電車に乗り込む。夢の中でも電車に乗っているのに、現実でも電車なんて、もうこりごりだわ。
香苗から教えてもらった夢占いは、案外当たっているのかもしれない。残業が多い今の仕事を辞めてしまいたいと思っている自分がいるから。
電車の中では夢で見るのと同じように、ほとんどの人がスマホの画面とにらめっこしている。
けれどそんな中で、一人の高校生の女の子が熱心にファッション雑誌を見ているのに、私は気づいた。しかもそのページは、きらびやかな洋服の写真が一杯載ったページではなく、『女優オーディション』と書かれたページだった。
「あ……」
よく見ると、その女の子はどこか緊張したような、それでいてきらきらした表情をしていた。
“夢”を見ているんだな。一目でそうと分かった。そして、それがとても眩しくて、応援したくなった。
この狭い枠の中でも、夢に想いを馳せている彼女の姿が、確実に私の心を動かした。
そうだ、私も前に進まなくちゃ。
仕事という狭い枠なんて気にしちゃいけない。今度こそ、途中下車なんかしなくていいように。
FIN