3話:影
「あ、ちょうど最後の席だね〜。ここにしよっか」
「うん、そうだね」
てきとうに美味しそうなものを買った僕らは、石畳を渡りきった所にある休憩所で昼食を摂ることにした。
設置されているのは横長のベンチと簡単な机のセット。
この時間になるとこの辺りは混雑してくるようで、僕らが見つけたのは最後の席だ。
「よかったね。席に座れて」
そう言いながら僕は帳簿をつける。
「本当ラッキーだよね、歩きながらこれ食べたらきっと落としちゃうよ」
「確かに、するっと落ちそうだね、それ」
エリーが買ったのは、平たい紙のお皿にのった平たい鉄板料理。美味しそうな匂いだったから、僕も同じのを買おうとしたんだけど、エリーに「別のにしたら?」って言われたので別のにした。
ブロンズコイン二枚のそれは、エリーにはとても小さい。
……僕の分も食べるつもりなんだろうな。まぁ、僕はエリーと違って小食だからいいけど。
「ねぇ、冷めないうちに食べちゃお?」
「そんなに急がなくても、まぁそうだね。じゃあ、いただきます」
「いただきま〜す」
貰った割り箸をパキッと割って自分の分を食べる。茶色いごわごわとした麺の塊だけど、その香ばしい香りが食欲を掻き立ててくれる。
味も、美味しい。香りと酸味がいい。それに、ところどころ麺に振り掛けられた青や赤の薬味がアクセントになってて旨味を引き立たせている。多分、最後まで飽きさせないように工夫してるんだろう。
ふとエリーの視線を感じて顔を上げると、口をうすーく開けたまま、僕の料理を眺めていた。
可愛い。まだ一口しか食べてないけど、ついあげたくなってしまう。
「それ食べたらあげるから、ね?」
そう言うとエリーは、「ほんとに!?」と言って目を輝かせた。
「本当だよ。でもゆっくり食べてね。火傷するかも……って、大丈夫そうだね」
「もぐ、らいじょ〜ふ!」
ガツガツと食べ進むエリーには、もあもあと湯気を上げる料理の熱さなど、全く気にならないみたいだった。
結局、僕が三口目を食べたと同時に、エリーは自分の分を食べ終わった。
「はやいね」
「ふつーだよ。ふつー」
「いやいや、僕からしたら全然普通じゃないからね?ほら、あげるよ」
まだ二口しか食べてないけど、僕は自分の分を差し出す。
「やった!ありがと〜!」
それも一瞬で、ずぞぞぞぞ〜〜っとエリーの胃袋に吸い込まれていった。
「ごちそうさまでした」
エリーの胃袋に全てが収まったのを見て、僕は食後の挨拶をした。
あれ?エリーはそれに続かない。それどころか、俯いて険しい表面をしている。
「どうしたの?お腹壊した?」
心配して席を立ち、エリーの隣に寄り添う。
「違うよ……まだ食べたいの」
あぁ、そういうことか。
「……ここで待ってるから、買ってきたら?」
「う〜ん」
エリーは屋台の方を見て唸りだした。よほど迷っているのか、眉間にシワがよっている。
「……じゃあ、ちょっとだけ行ってくるね。絶対ここから動かないでよ?」
「大丈夫だよ、行ってらっしゃい」
「絶対だよ!」
そう言って名残惜しそうにチラチラとこっちをみながらも、エリーは次第に人混みの中に消えていった。
しばらく、一人だな。
席に座り直し、エリーを待つ。
アイはまだエリーの頭の上だから、エリーと一緒に買い物に行っている。
取り敢えず、パラパラと帳簿の確認をして閉じる。
ほかに何かすることもないので、懐からエリーの絵を取り出し、眺めていることにした。
相変わらず、原形が理解できない程に酷いけど……愛着が湧いてくる。エリーが僕にくれたものだから。
そうやってしばらく時間を潰していると、横から黒い人影が近づいてきた。
「あれ?速かっ……」
そこまで言って振り向いたところで人違いに気付いた。
エリーとは違う、でかすぎる影が僕を覆う。
目が合ってしまった。すぐに逸らしたが、もう遅かったようだ……。
「おい、お前!なんで奴隷のくせに、誰に許可取って座ってやがんだよ!殺すぞコラ!」
ガンッと机を蹴られ、カランカランっと容器が落ちる。僕は刺激しないように、視線をそらす。
「しかもなんだそれ?」
「あっ!!」
相手をよく見ていなかった僕は、絵を簡単に奪われてしまった。
巨漢は僕から奪った絵を一目眺める。
「キモチワリィ」
黒い巨漢はそう吐き棄てて僕の絵をビリビリに引き裂いた。破られた紙がひらひらと宙を舞う。せっかくエリーが描いてくれたのに……!
「なんだよその目は。ほんとに死にてぇらしいな」
黒い体毛に覆われた巨漢は腕を大きく振りかぶる。
太陽が拳で隠された。
「くっ!」
殺られる……。
そう思ってギュッと目を閉じた。
次の瞬間、
「ちょっと待って!!」
と、エリーの叫び声が聞こえた。
「あぁ?」
閉じた目を薄っすらと開けると、そこには両手に船形の容器を持ったエリーが。
「ごめんなさい、私の奴隷が何か無礼なことをしてしまいましたか?これを差し上げますのでどうかその手は収めてください」
しまった。今僕はエリーに迷惑を掛けてしまっている。僕は急速に心の奥が冷めていくような感じがした。まるで心臓に氷の刃を突きつけられているような気分だ。
「ふんっ、なかなか美味そうじゃねぇか。しゃあねぇ、許してやるよ。それにこんなところでこいつの血をぶち撒けたら掃除も大変だろうしなっ。ハッハッ!」
「ありがとうございます。ほらあなたも頭下げて」
ガシッと強い力で頭を抑えられた僕は、それに抗えず、頭を下げた。
「ほらいくよ」
そのまま腕を強引に捕まれ、席から引っ張り出された。ガタガタと椅子が揺れる音が耳に響く。
男はもうすでに興味の対象が僕から料理に映っていたようで、僕が退いた反対側の席にドカリと座り、エリーが買ってきた料理を貪り始めていた。
僕はそのまま街の離れまで引っ張られ、屋台や民家が見られなくなったところでようやく解放された。アイが力なく目尻を下げて僕を見ている。
風が冷たい。
「どうしてあぁいう人に逆らっちゃったの!?」
エリーは僕の両肩を掴んで叫ぶ。両肩からはエリーの怒りの感情がひしひしと伝わってくる。
ちょっと力が強すぎて、僕は持っていた帳簿をパサリと落としてしまう。
「ごめん、でも……」
「でもって、子どもみたいなこと言わないで!あぁいう人に逆らったら危ないってことぐらいわかるでしょ!?考えてよ!自分が奴隷だって自覚してるんでしょ!?」
エリーの言い分はもっともだった。
自分のことを考えた挙句に、主人であるエリーに迷惑を掛けてしまった……。
僕はエリーの目を見ていられず、視線を落とした。
冷たい風が吹き付ける。
落とした帳簿がパラパラとめくられ、最初のページが開かれた。その最上部には『僕、ゴールドコイン三十枚』と書かれている。
「ごめん……」
こんな風に、はっきりと自分が『買われた存在』である証拠を肌身離さず持っていたはずなのに、エリーと一緒に居られることに浮かれて、つい驕ってしまった。そのせいで今日はエリーの役に立つどころか、嫌な思いをさせてしまった。
「本当だよ……。次はないかもしれないんだから、気をつけてよね……」
エリーが両手に込めていた力が緩んだ。
「うん、わかった」
泣きそうになって顔を背けると、エリーの手が肩から離れ、僕の左手へと移った。
その手を引かれ、浮いていた足がずしりと地に着く。
「じゃあ帰ろっか」
「……うん」
心の表面をたわしで擦られているような痛みともとれる感覚を噛み締めながら、黒い帳簿を拾って頷く。
そのまま僕らはパキパキと乾いた音のする茶色い枝や枯葉を踏み締め、宿へと帰った。
きっと、僕は幸せなんだ……。
無言のままの移動を終え、宿に到着しても、僕らの間に漂う、流氷のような空気は変わらなかった。
「じゃあ私とアイはお風呂に入るから」
「うん」
一言だけの会話を交わし、硬い椅子に深く座り込む。
脱衣所のないこの宿では、部屋の中で服を脱ぐことになるんだけど、そんなことは見なければいいだけだ。
パサリと、すべての服を脱ぎ終わったエリーは、ガラガラとお風呂場の戸を開き、てちてちと中に入っていった。
しばらくして、役立たずの僕はいっそのこと、このまま居なくなったほうがいいんじゃないか、というバカな考えが僕の中に浮かんできた。
無意識に席を立ったけど、同時にお風呂場の戸が開き、びしょ濡れのアイがこちらにやって来た。
いつもより早いな……。
バスタオルを手に取り、拭いてやる。
水気を含んでごわごわになった身体で歩み寄られると、拭かないわけにはいかなくなる。
しっかりと、白い体毛に染み込んだ水気を拭う。
そうやっていると、いつもと変わらず目を細めてくれるアイに、心が少し安らいだ。
固まっていた心が少し解れたところで、ちょうどペタペタとエリーがやって来た。またいつものバスタオル姿。
「あなたもお風呂に入ったほうがいいよ。あったまるから」
「うん、そうする」
確かに、今日は冷えた。あったまったほうがいいかな。
僕は服を着るエリーの後ろで服を脱いだ。
別に、側で服を脱いだって見られるもんじゃない。僕が気にしなければいいだけの話だ。
脱いだ服を畳んで戸の前に置き、中に入った。
肌色の光が、風呂場の湯気を暖かそうに照らしている。僕もその中に混じる。
お湯は少し熱めだった。
「ふぅーー」
お湯に押し出されるようにして溜息が漏れる。
程よく頭に血が回り、思考がまとまってきた。
今日は彼女に迷惑を掛けてしまった。本当ならそれは許されないこと。なのに僕は今、こうして生きながらえている。
彼女は偉大だ。
今は僕と同じような姿をしているけど、やっぱりそれは『仮の姿』。僕とはどうしても、圧倒的に、絶対的に、本質から違う。
姿が同じでも、僕は一目で人間だってバレるし、彼女は魔族だと認識される。その身に纏うオーラが圧倒的に違うんだ。その本質はどこに行っても、誰が見ても、疑いようもなく、魔族なんだ……。
僕のように、何の力も、何の取り柄ない人間が魔族に捕まれば、もう奴隷として生きていくか、その場で殺されるかしかなくなる。
なのに彼女は、奴隷として空っぽな、一つの恋で死に急ぐような僕を買って、契りまで結んでくれた。彼女には、感謝したって仕切れない。
元々偉い存在なはずなのに、僕なんかのために、あんな下卑たオークなんかに頭まで下げてくれて……。
僕は幸せだ。
そう割り切って湯船から出た。僕の心の灰汁が滲み出たような湯は流しておく。
濡れないところに置いていたバスタオルで身体から滴る水滴を拭き取り、お風呂場の戸を開けてみると、彼女は自分の分と僕の分の料理を並べて待ってくれていた。
「着替えたら食べよ?」
裸でも大丈夫。彼女は僕の方をちらりとも見みていない。
「うん。今着替える」
彼女を待たせないようにサッと着替えて席に着く。料理は昨日と全く同じもの。多分、昨日の内に予約でもしていたんだろう。
湯気の立たない冷めた料理が、作り置きしていたことを示している。
「いただきます」
「いただきます」
どちらともなく料理を食べ始めた。
だけど、冷めてしまい、硬くなった肉はとてもじゃないけど僕には食べられるものではなかった。
「ごめん、もういらない」
二口齧ったところで降参する。
「そう。私が食べるから、置いといて」
「うん」
彼女の横にお盆ごとずらした僕は、帳簿を取り出し、『夕食、ブロンズコイン十六枚』と記帳する。
「もう寝るね」
帳簿を付け終わり、することがなくなった僕はもう寝ることにする。ほんとに僕はこれしかすることがない。
「わかった……。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
すでに寝ていたアイと並んで横になる。今日一日、彼女にくっ付いていたアイからは、仄かに彼女の匂いが香る。
その匂いと、彼女が夕食を食べたり、帳簿をペラペラとめくったりする音に背を向け、僕は無理やり自分の意識を、分厚い毛布の闇に沈めた。
読んで下さり、ありがとうございます。




