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僕らは夫婦で魔王になります。  作者: 九里 睦美
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2話:地下

 

 時刻は昼前。カコカコと靴を鳴らす、外出用の服を着たエリーに手を引かれ、僕は石畳の道を歩いていた。

 エリーは大人っぽい黒い外套だって難なく着こなす。口を開けば、その大人っぽいイメージは崩れちゃうけど。


 アイは普段の定位置、僕かエリーの頭の上。今はエリーの頭の上だ。見てみると、興奮した様子でキョロキョロと辺りを見回していた。


 数時間前、朝ご飯を済ませた後、宿屋に出かけてきますと伝え、僕たちは街に繰り出した。


 そしてここは様々な出店が立ち並ぶ商店街。石畳が敷き詰められた歩道を挟んで、所狭しと店がならんでいる様子は、まるで祭りのよう。何かを焼く香ばしい匂いまで立ち込めている。


 通行人もちらほらと見られ、白と茶色が交互に並ぶ道を歩いていると、何人かの、色とりどりの皮膚をした人たちとすれ違う。


 通行人は祭りのように多くないが、「らっしゃいらっしゃーーい!!」と店の主人たちが威勢のいい声を張り上げることでお客を呼び込んでいる。

 痩せこけているような人は見受けられず、逆に伸び伸びと羽を伸ばした恰幅の良い男たちが多く見られるので、さほど苦しい生活ではないんだろう。


 さて。

「ねぇ、今日の目的は?」

 いつもの飄々とした感じと違い、エリーは何かに向かって一直線に向かっているようだった。僕の手を引いて歩いているくらいだから、きっと目的があるんだろう。


「そうだね〜。お金が減るばっかりでもダメだからね。今日はちょっと、昔の知り合いに仕事でも貰おうかなって」

「へぇー!やっと帳簿の収入欄を使えるんだね」


 初めて収入欄に記帳することができるかもしれない、と僕はすこしだけ浮き足立った。あと、エリーの役に立てるかもしれない、とも。


「確かに、そういえば初めてだね。あっ、ここだよ」

 エリーが指差したのは、店番の人も、商品も何も置いていない、ただ地下への階段があるだけの黒いテント。

 白や黄色の出店が立ち並ぶ中で、それは異彩を放っていた。……明らかに怪しい。


「大丈夫なの?」

「しっかり手握っててね?」

 エリーはそう言ってにこりと微笑むだけ。

 何も言ってくれないほうが怖いんだけどな……。

 それでもエリーは、僕の左手を引っ張って、地下への階段を降りて行った。


 地下は、等間隔に設置されている松明に照らされて、何やら仰々しい雰囲気となっている。


「アイ、頭ぶつけない?」

 狭い洞窟のような階段は、とても音が響く。アイはそれできゃっきゃと無邪気に喜んでいる。

「大丈夫だよ。アイちゃんが立っても、もうちょっと余裕ある」

「そう」

 エリーでちょっとなら僕の身長だとアイは頭を打つだろう。


 アイとエリーのような能天気さがない僕は、そんなこと以外、この不気味な階段で喋る気になれなかった。


 そして無邪気なアイも、カコ……カコ……という足音にもだんだん飽きてくる。その頃にようやくエリーが口を開いてくれた。


「もうすぐで部屋があるからね」

 エリーがそう言ってすぐ、松明に照らされたドアが出てきた。金庫のドアであるかのように分厚く、金属質の光を放っている。


「厳重だね」

「うん。ここの元締めみたいな場所だからね。ね、入る前に……」

 そう言ってエリーは繋いだ手の指を絡めてきて、さらにもう片方の手を僕の腰に回した。

「え、エリー!?」


 エリーの潤んだように煌めく碧眼が近づいてくる。

 僕はその蠱惑的なまでに美しい瞳に魅入っていると、急にその瞳が見えなくなり、代わりにアイの瞳が視界に入って来た。


 エリーはそのまま僕の鎖骨辺りに吸い付く。

「ちゅ〜」

「ちょっと、アイも見てるよ!?」


 純粋な瞳で見つめられてる!

 右手に持った帳簿でトントンとエリーの背中をタップするけど、全く聞いてくれない。


「ちゅぱっ!」


 しばらくしてようやく唇が離れた時には、赤いキスマークがくっきりと付いてしまっていた。

「あぁ……こんなくっきりと……」

「えへへ〜。じゃあ行こっか?」

「もー……」

「なに?文句いうならもっと付けたげようか?」

「あ、いや、文句なんてないよ」

「よろしい」


 そう言ってにっこりと微笑むエリー。見慣れているはずなのに、見慣れない。いつ見ても、見惚れてしまう。そして、僕の胸には、温水のようなものが注がれる、不思議な感覚が。


「じゃあ、扉開けるね」

「う、うん」


 頬の辺りが熱い。きっと今の僕は真っ赤に染まっているんだろうな。必要なことで、エリーは全然気にしていないってわかってるけど……。

 僕は帳簿をうちわ代わりに、地下のひんやりとした空気を顔に集めた。


 その間にも、ギィィィィという重々しい音を立てて扉が開き始めていく。

 中は明るくて、暗い階段に慣れていた僕はその眩しさに目を瞬かせる。


「よいしょ〜!開いたよ?」

「ちょっとこれ目立ち過ぎない?」


 自分でも確認して出来る程、くっきりと鎖骨の下に刻まれた所有印キスマーク


「えへへ〜、いいじゃんべつに」


 恥ずかしい……。まぁ、エリーがいいっていうならいいか。


「じゃあ行くよ」

「うん」

 そのまま手を引かれるのに任せ、僕は扉の中に入って行く。


「うわぁー。すごい……」

 扉をくぐってすぐ目に飛び込んできたのは、巨大な金や銀の柱。これが松明の光を反射して眩しく見えたのか。僕はアイと一緒に、辺りを忙しなく見回す。


「リッチィーー!」

 エリーは驚く僕の横で、部屋の中に声を響かせた。


 声が反響し、三回くらいエリーの声が聞こえただろうか。部屋の奥からふっくらとした球体がコロコロ……じゃなくてトコトコとやって来た。


 彼は一瞬、僕の鎖骨辺りに目を向け、顔を顰める。そりゃそうだよな……。こんなところですみません……。


「なんの用や?」

 彼はぶっきらぼうにそう吐き棄てた。機嫌が悪いようだ……。僕はこれ以上機嫌を悪化させないように、キスマークをエリーの背中に隠した。


 エリーはそれを手助けするように一歩進んで一言。

「仕事をもらいに来たよ。仕事ないの?」

「ん?あぁ、あんたさんやったんか。さっきは声が反響し過ぎてわからへんかったわ。すまんなぁ」


 仮の姿だとしても声は変わらないらしく、球体男はエリーの声を直接聞いた瞬間に人物を特定したようだ。


 球体は大理石のように白い自身の頭をペシリと叩いた。

 トゲトゲしい雰囲気が無くなったので、僕はホッと一息吐く。


「別に気にしてないよ?」


「おおきに。それにしても、あんたさんみたいな高名な人が仕事を求めてくるやなんて珍しいなぁ。せやな……」

 彼は一瞬だけ、下卑た目を僕に向ける。

「最近、奴隷売買の動きが怪しいらしんや。なんか他人の奴隷を攫って転売するんやと。現場を見つけたらでええから手伝ってくれへんか?」


 反射で、キュッと、エリーの手を握り込んでしまう。するとエリーも同じ力で握り返してくれた。


 ちらりとエリーの横顔を伺うと、眉が少しだけ寄っているような気がした。


「見つけたらやっておくけど、今できる仕事はないかな?」

「今できるものかいな……。うーんと、せやな。これを隣街ダジュンに届けてくれへんか?料金の半分は前払いするで」


 そう言って彼が取り出したのは一枚の手紙。真ん中の赤いシールの上に、押し印が押されている。


「簡単そうだけど、いいの?それで」

 エリーはそう言って首を傾げる。確かに、何か裏がありそうなくらい簡単だ。

「もちろんやで、商人はウソつかへん。信用なくしたら大事おおごとやしな」


 彼の口許が吊り上っているのが気になるけど、言っていることはまともだ。彼を信用するかどうかは、彼と昔からの知り合いであるエリーに任せるしかない。


「ふ〜ん。じゃあそれ受けるよ」

「おおきに」


 受けるんだ……。

 依頼を受けると言ったエリーの手にはその手紙と、ゴールドコイン二十枚が手渡された。

 僕はその依頼料の高さに目を見張る。普通の仕事なら一ヶ月分の給料となっても十分過ぎる額だ。


「もう半分は向こうの街で貰ってや。場所わかるやろ?」

「隣町の商工会議所でしょ?大丈夫、わかるよ」

「合ってるで。んじゃ頼みますわ」

「こっちこそ、いい仕事教えてくれてありがとね」

「そりゃどうも」

「じゃあね」


 これで用が済んだと、エリーは金銀煌めく部屋から退出する。


「また来てやー」

「機会があったらね」

 ギィィィィと、また重々しい音を立てて扉が閉まった。


 振り向くと、目の前には幾段もの段差が。

 この長い階段を、今度は上がらないといけないのか……。


「どうしたの?行くよ?」

「あ、うん」


 エリーが僕の手を引く。最初はそのスピードに遅れないように階段を登っていったけど、それがだんだん速く感じていき、登りきる頃にはすっかり息を切らしてしまった。


「はぁ、はぁ」

「もぉ〜!疲れ過ぎだよ〜!」


「ごめん、でも階段が長すぎるよ、あれは……。エリー?アイ?」


 息を整えて顔を上げると、エリーとアイがじとっーとした目で僕を見つめていた。

 あぁ、アイにまでそんな目で見つめられることになるなんて……。


「あ、えっと。これから隣町に行くの?」

 視線がチクチクと痛くなってきたので、僕は無理やり話題を変える。

「行かないよ」

「え?どうして?依頼を受けたのに」


 まさか、考えにくいことだけど、エリーは前金を踏み倒すつもりだろうか……。


「こんな依頼あるわけないじゃん」

 そう言ってエリーは手紙の封を乱暴に開ける。ビリっと破けた音がした。


「あぁっ!」

「ほら、これ見て」

「え?」


 エリーに見せられたのは、ただの白紙。でも、ただの白紙とは思えない……。


「鉛筆で擦るとか、炙り出しとかじゃなくて?」

「絶対違うよ。表面に凹凸もなければ、何かが塗られた匂いもしないし」

「そっか……」


 エリーが『絶対』と言えばそれは確かな事実だ。これは今まで一緒にいて一度も揺らいだことがない。少なくともあの球体男よりも千倍は信用できる。

 だけど、なんでそこまでしてウソを吐いたんだろう。


「でもなんでゴールドコイン二十枚を渡してまでニセの手紙を?」

「最初に言ってたじゃん。奴隷攫いをどうにかして欲しいって。どうせそれの本拠地がダジュンの辺りにあるんでしょ」

「へ、へぇー」


 そういうことか……。

 つまり彼は、二十枚のコインで白紙の手紙を重要な書類だと思い込ませ、真に頼みたいことである奴隷攫いの案件に僕たちをぶつけようとしたのか……。


「商人って怖いね……」

「あなたも気をつけてね?信用してっていう人ほど信用したらダメだからね?絶対」

「うん、わかったよ」


 僕はもう、一人で商人には会わないと誓った。怖くなったし。いや、元々一人で会う機会なんてないだろう。


「じゃあ、そろそろいい時間になってきたし、お昼ご飯にしよっか!」

「そうだね。僕も、緊張から解放されたら急にお腹が減ってきたよ」

「ふふふっ、じゃあ行こっ!」


 エリーは僕の手を引いて屋台へと向かっていく。


「ちょっと、そんなに急がなくても屋台は逃げないよ!」

「えへへ〜」


 食べ物の事になるとはしゃぎ過ぎるエリーを窘めながらも、僕は地下とは違う、胸に溜まる暖かい陽の光を感じていた。


 いつもこうだったらいいのにな。


読んで下さり、ありがとうございます。

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