第四話 輝いた高校時代 中編
それから毎日、校門前では女子高生がキャーと叫んでいた。
ある日、柳田監督は選手を呼び出してた。
「皆さんに大事なお知らせがあります。
私柳田孝弘は六面大学付属高校野球部監督を辞任させていただきます。
理由は二つあります。
一つは、世の中は私を有能監督と称賛しているのですが、私の実力では、甲子園に行けません。
もう一つは、交換です。
NPBは私と東北楽天さんと監督を交換させることです。
ですから、この野球部の監督は梨田さんに就任しました」
監督が辞任する気持ちと梨田監督が就任する気持ちが入れ混ざった。
秋の大会直前になった。
梨田監督はスタメンを発表した。
「一番サード岡田、二番ライト金森、三番キャッチャー福浦、四番レフト坂内、五番ファースト森崎、六番ピッチャー西本、七番ショート田中、八番セカンド佐藤、九番センター小林」
スタメン発表の後、梨田監督に呼ばれた。
「福浦くん、君はこんにゃく打法がいい。
ちょっとやってみよ」
フリーバッティングでこんにゃく打法をやってみた。
するとボールは今まで以上に鋭く、ほとんどの玉がホームランだった。
秋の大会を迎えた。
一回戦の相手はそこそこの学校。
この試合は西本が完封。打線は七得点で完勝。
二回戦、ここで記録が生まれた。
三対五のビハインドの場面、八回。
ランナー満塁の場面だった。
バッターはゲン。
平行カウントの第六球。
カキーーーン。
ボールは地方球場の場外へと消えていった。
満塁ホームラン。
実はゲンはこれで高校通算七十号ホームランだ。
女子高生は舞い上がった。
勝負あり。
七対五で勝利。
第三戦、弱小の高校だった。
ボッコボコ、メッタメタに五回までに三十得点。
コールド勝ち。
ピッチャー西本も完全試合。
準決勝、相手は中堅高校。
西本は、三回まで無失点に抑えるも、
四回に先頭にフォアボール。さらにヒットとデッドボールでノーアウトランナー満塁。
ここで相手の七番バッターに二点タイムリー。
その後の試合は落ち着き、八回まで同じ得点だった。
九回の表の攻撃。
先頭バッター岡田がサードゴロ。
その後ツーベースが出て、ランナーは二塁。
ここでバッター、キャプテンのゲン。
球場からの歓声が響き渡る。
その1球目、真ん中を通る球だったが、ゲンはわざと見送った。
2球目も真ん中を通るスピードボールだった。
しかし、これも見送った。
そんなとき、ゲンは妙なことをやった。
ゲンは右中間スタンドを指差した。
「あそこへ打つぞ」という合図なのか
そして三球目、バッテリーは内角のスライダーを投げた。
しかし、ゲンはこんにゃく打法を生かし、腰の回転を利かせて、右中間スタンドへと伸びていく。
ゲンは間違いなく、ホームランだと確信した。
予告した通り、右中間スタンドへ打球が入った。
同点アーチ。
歴史的なホームランだった。
その後、十回に勝ち越しをし、試合終了。
歴史的勝利を手にした。
球場は冷めやまぬ歓声。
翌日の多くのトップ記事は、ゲンの同点ホームランだった。
そんな中記事を観ていると。
こんな記事を見つけた。
「まるでベーブ・ルースのようだ」
そう、ここで少し、ベーブ・ルースについて話そう。
ある年のワールドシリーズ、ベーブ・ルースの所属しているヤンキースは、ナショナルリーグのカブスとワールドシリーズを争うことになった。
第一試合、第二試合を勝利した、ヤンキース。
しかし、シカゴに移ると異様な雰囲気だった。
ベーブは第二試合、カブスの選手に向かって、盛んに野次を飛ばしていて、シカゴは怒っていた。
そして第三試合、0-0で迎えた四回、ベーブがバッターボックスに入ると、シカゴカブスのファンは、色々なものをなげてきた。
審判がタイムをかけて、投げるものがなくなったときに試合を再開。
その1球目、真ん中のボールをわざと見送った。
球場がわぁ、と叫んだ。
2球目、これも真ん中の球。これも見送った。
球場は今にも倒れるか、という騒ぎだった。
そこでベーブは妙なことをやった。
右中間スタンドをめがけて、指を差した。
「やってみるなら、やってみろ」
そして三球目、ここでカブスバッテリーはウエストボールを投げれば良かった。
しかし、また真ん中のボールだった。
それをベーブは見逃さなかった。
ボールは一直線に右中間スタンドへ。
もしかして、ゲンはベーブ・ルースの生まれ変わりだったかもしれない。
ここまでたどり着いた。
ついに決勝戦に臨む。
去年、決勝で敗北した相手の高校だった。
相手のスタメンをみてみると、そこには、「四番ピッチャー、森」
なんと、あの森はエースで四番だった。
うちの学校は一学年で百三十人もいたため、誰かが転校しても、とくにお知らせされなかった。
決勝戦は因縁の対決となった。
そして試合が始まった。
一回の表の守備。
エース西本は緊張のせいか・・・
先頭の五十メートル六秒代の選手にフオアボールを与えると
二番バッターがバスター。
西本はバントだと思い、甘いボールを投げてしまった。
これがツーベース、なんといきなりノーアウト二塁三塁の大ピンチ。
ここからは、得点圏打率三割越えの最強クリーンナップが待ち受ける。
西本は一度深呼吸をした。
まずは三番バッター。高校通算六十打点のバッターだ。
ストレートでファールを打たせて、五球目のフォークでセカンドフライ。
そして、ついにこの対戦がきた。森との対戦。
ゲンは森のことをよく知っていた。
初球は低めのスライダー
二球目は高めのチェンジアップ。
勝負は三球目だった。
カコーン。
痛烈なライナーはファーストの頭を抜けるかと思った。
しかし、森崎はジャンプしてボールをとっていた。
ランナーも戻れずダブルプレー
嬉しい西本と悔しい森がいた。
一回の裏の攻撃。
先頭の岡田はセーフティーバント。これがきまった。
二番の金森が送りバント。
しかし、森は焦って悪送球。
ボールはミットにおさっまたが間に合わなかった。
ランナー一塁二塁。
そして、球場の目線が一点に集まった。
「三番、キャッチャー、福浦」
この歴史的の対決だった。
しかし、初球がまさか・・・・・・・・・・・・。
森が投げた球がゲン顔面に直撃。
ゲンは倒れてしまった。
監督が駆けつけたが、顔から血がだらだらと出てくる。
その血も青紫色に変色していた。
その時の森が投げた球は百四十七キロだった。
球場はブーイングが鳴りやまなかった。
その後救急車が球場に出てきた。
ゲンは、負傷退場となった。
後の医師の診断によると、右頬を骨折。
しかしそれよりも驚かされたのが腰、
なんとヘルニアが出ていた。
結果、ゲンは完治十カ月になった。
試合では、一年生のキャッチャーが守備につくも、ゲンとの差は桁違いだった。
ゲンがいなくなったことにより、相手の打線が爆発。
タイムリー、タイムリー、スリーランからの二者連続ホームラン。
三対九で完敗。
試合後、SNSでは大炎上した。
「あの人本当に盟友なの!?」
「ホントマジふざけんな」
「どうしてくれるの、あの森――怒怒」
さらに炎上することがあった。
試合後のロッカールームで相手監督と森が握手していた事が、写真に収められた。
炎上に炎上した。
冬に入った。
相変わらずゲンは入院していた。
そんなとき、ゲンは看護師にこう言った。
「お願いします、僕を練習させてください」
ゲンはこのままではプロに入れないと思った。
ここで予想外の発言を看護師さんがした。
「肩を動かすだけならいいですよ」
「ありがとうございます!」
というわけで、ゲンは車いすに座りながらキャッチボールをした。
これが後にゲンの代名詞「座り送球」の原点となる。
その後、手術を計五回しながら、練習を続けた。
一月二十三日、春の甲子園出場の電話がかかる当日だ。
選手達は不安があった。
チャンスはあるが、出場する可能性はとても薄かった。
そして、マネージャーが監督からの電話を受け取った。
ここで全てが決まる。
「ブー、ブー、はい川崎です・・・あ・・・そうですか!お電話ありがとうございました」
まだわからない。
「皆さんに結果を発表します。結果は・・・・・・
出場しま・・・・・・・・・・・・・・・した!」
「やったぜーーーーーー」
念願・・・いや、悲願の甲子園を手にすることができた。
病院にいたゲンも電話を聞き、飛び上がりそうになって喜んだ。
一人一人の先生に挨拶をした後、近くの病院にいたゲンにも挨拶をしにいった。
「みんな、本当に良かったよ・・・決勝戦、僕が途中で退場して本当に申し訳なかった。だから、秋の甲子園頑張れよ!諦めるな、落ち着いていけ!」
そんなことで二月を過ぎ、三月になった。
試合が近づいてきた。
練習は激しさを増す。
三月中旬、我が高校はバスと飛行機で甲子園に着いた。
練習する場所は甲子園球場から二キロの練習場。
試合は四日後の第四試合だ。ゲンは練習を見学し、試合は応援スタンドで応援している。
初戦の相手は和歌山県代表の強豪校となっている。
スタメンが発表された。
「一番サード岡田、二番ライト金森、三番ピッチャー西本、四番レフト坂内、五番ファースト森崎、六番ショート田中、七番キャッチャー黒沢、八番センター小林、九番セカンド佐藤」
開会式、選手宣誓は青森県代表のキャプテンが務めることになった。
始球式は高校野球連盟会長が務めた。
その球は見る限り速かった。
今年で六十三歳になるという。
一回戦の試合が始まった。
エース西本は決勝戦での反省を生かし、落ち着いて投げた。
キャッチャーのリードを信じ、五回まで強豪校の打線を無失点。
しかし、六回。相手二番バッターにセンターバックスクリーンにホームランを許し、先制される。
さらに引きずり、連打でワンアウト二塁一塁。
テレビで観戦していたゲンも心配した。
西本は帽子の中を見た。
「諦めるな、落ち着いていけ・・・」
天からゲンの声が聞こえるようだった。
「落ち着いて、落ち着いて、」
「よし、やってやるぞ」
「オリャ!オララ!〇×#&@¥!どうだ!!!!」
あっという間に二人を打ち取った。
テレビで見ていたゲンも思わず手を叩いた。
打線は七回まで無得点だったが、八回に猛攻が始まる。
先頭から三連打でライトへ二点タイムリー、これで逆転。
さらにホームラン、エンタイトルタイムリーツーベース、スリーランホームラン、またタイムリー、またまたスリーランと14得点をこの回だけで奪った。
西本は、大量援護に恵まれ、その後は無失点。大勝で飾った。
二回戦は新潟県代表のこちらも強豪校だ。
この試合は一年生キャッチャーがうまく西本をリード。完封勝利になった。
打線は二本のソロホームランで苦勝。
三回戦は激戦区の西東京を勝ち抜いた中堅校。
西本が二回にスリーランホームランを浴びた。
打線は五回に二点を取るが八回までに相手エースの緩急に苦しみ、点が奪えない。
九回、この回が無得点なら、自分たちは大分に帰ることになる。
こんな形で帰ったら大分県民に申し訳がない。
絶対に優勝して帰る!
一人一人の思いは強かった。
それが表れるとゲンは思っていた。
先頭バッター森崎がフォアボールで出塁すると、監督からヒットエンドランのサインを送られた田中がバッターボックスに入った。
ここで事件が起きた。
初球から森崎は走り、田中はサイン通り打った。痛烈な当たりだ。
しかしその打球がピッチャー返しされ、相手エースのつま先を直打した。
相手エースは倒れこみ、ボールが取れず、バッターランナーも出塁した。
その後、ベンチの三年生二人に担がれ、球場外へと運びだされた。
そして試合が再開された。
ピッチャーはダブルエースを出してきた。
その代わりばなの初球だ。
「カキーーーーーン」
間違いなくホームランだった。
レフトスタンドへ黒沢は運んだ。
サヨナラホームランで順調に駒を進めた。
準々決勝、相手は福井県代表の初の甲子園の高校だった。
エース西本はストレートを中心に使い、たまにカーブを入れて完封勝利。
打線は先発全員安打。勝ったことは言うまでのことではない。
そして準決勝まできた。野球部がベスト4に入ったことで、大分県は大いに盛り上がっていた。
ゲンも緊張していた。
「大分県に夢を与えろ!大分六面大学附属高校野球部」
しかし梨田監督はちっとも緊張していなかった。
準決勝前日のインタビューではこう答えていた。
「私は優勝しないといけないという使命を受けたので、とても責任はあります」
準決勝はまさにシーソーゲームだった。
初回、西本は先頭打者ホームランを浴びるなど、四点を奪われた。
しかし二回、ノーアウト満塁から走者一掃タイムリー。一気に一点差に詰め寄る。
四回にはサヨナラホームランの黒沢が逆転ツーランホームラン。
主導権は来たと思ったが、六回に二点タイムリーで逆転される。
その後もタイムリーで一点を追加された。
しかし八回、一番岡田がヒットを打つと、二番金森がバント。
ここで、西本がバントの構え。
「何をするのだろう」
ピッチャーが初球を投げた時、西本はバスターをした。
ナイスアイディアだ。
なんとこれがポール際へぐんぐん伸びている。
まさか入ってしまった。
これで同点となった。
それより遥かに衝撃だったのが次の坂内だった。
相手エースは自暴自棄したのか・・・。
力が抜けて投球はど真ん中への失投となった。
坂内は思いっきり引っ張った。
甲子園のライトスタンドの上段に突き刺さった。
後に飛距離を測ったら、推定153メートルもあった。
なにより、これで逆転した。これからは守りを固める。
八回、九回を守り、勝利となった。
ゲンも手を何十分もたたきつけた。
梨田監督も、安心した表情だ。
明日は決勝。さて、どんな試合になるか。
そして当日を迎えた。
この日はたこ焼きやさん、綿あめ屋さんなど、売り切れが相次いでいた。
空には黄色く見える鳥、最高の晴天だった。
そんな中、対戦相手のスタメンをみると、いつかどこかでみたような気がした。
「四番 投 盛り」
一回の表の攻撃
相手エースの前に手も足も出なかった。三者凡退。
相手エースは150キロの直球が武器だと感じた。
さらにそのストレートで相手の選手を傷つけたことがあるという。
「どこかで聞いたことがあるような・・・」
その後、西本と相手エースは激しい投手戦が続いた。
そして七回まできた両投手。
試合を動かしたのは相手チーム。
先頭を抑えるも、連打でタイムリー。さらにスリーランでかなりの点差を背負ってしまった。
その回が終わると、甲子園に音楽が流れた。
それは何とも言えないきれいな歌だったが、心を動かしたのはこの歌詞だった。
「きみも、負けじゃだめだその手で栄冠をつかむ、あの時の友を忘れないで」
この歌詞は選手の心の奥深い所まで刻みこまれた。
さぁ、八回ここで点を取らなければかなり厳しくなる。
先頭が出塁の根性を見せ、粘り続ける。粘る、粘る。十三球まで
その十三球目で左中間を破るツーベースを放ち、チャンス。
二番の金森は華麗な流し打ちでノーアウト1塁3塁。
ここでバッターは西本。
フルカウントまできた六球目だった。
「カキーーーーン」
右中間を真っ二つにしたタイムリーになった。
二点が入り、二点差
さらに坂内、森崎を連続フォアボールで満塁。
ここでバッターは田中。
初球は外角低めにストライク。
二球目は内角ボール。
三球目、高めボール
四球目、内角ストライク
五球目、外角外れてボール
そして、明暗を分けたのは六球目だった。
相手ピッチャーの投げた球は真ん中低めストライクゾーンに入っていたが、田中は振らなかった。
なんとこれを審判はボール判定。
三塁ランナーがゆっくり帰ってきた。
相手ピッチャーはがっくりした様子だった。
攻撃ムードはまだ収まらない。
そして、今日のターニングポイントの黒沢だった。
いままで何回もチームを救ってきた黒沢。
梨田監督はこの漢に何か神秘的なものがあると信じていた。
その思いは実現した。
運命の四球目だった。
「カーーーーーーン」
その思いと情熱は空高く舞い上がり、甲子園の風に乗って歓声と共にレフトスタンドの中段まで運ばれた。
甲子園はわれんばかりの歓声、この綺麗の青空、黄色の鳥が、柳田監督は見ているのだろうか、ゲンはどんな心境なのだろう
そして九回最後のバッター。
「さぁ、その栄冠はすぐ目の前!
打ちました!さぁ打ち上げました、レフト坂内が手を挙げて、そして、グラブの中にボールを収めました。試合終了!!今年の春の栄冠は六面大学附属高校に持たされました!!」
大分県民、小学校時代のコーチ、監督や同級生、そして何よりもゲンだった。
閉会式。
高校野球連盟会長から優勝旗を受け取ったのは西本だった。
そして母校で行われた全校朝会では野球部が登壇した。
ゲンも車いすになりながらも登壇した。
そして校長から感謝状が贈られた。
このことは忘れられないだろう。