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魔界物語 ~遺産相続したら魔界で爵位まで継承しちゃった件~  作者: 桜二朗
【第一章】 爵位継承編
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ヤマダ

 『ピンポーン!』マッタリと迎えるグラビア観賞から賢者タイムへの移行を邪魔するチャイムの音。

 無視して神聖なひと時への集中力を高めようとするが、再びチャイムが鳴る。


 きっと面倒事に違いない。

 気配を悟られないように静かに歩み寄りドアスコープを覗く。

 そこには予期せぬ来訪者が立っていた。


 黒色の山高帽と同じ色の袖なしの外套がいとうを肩からかけた、小柄な老紳士がレンズ越しに映る。

 左目には黒色の革製の眼帯をしている。外国人。もしくはハーフだろうか。そんな顔立ちだ。 

 どことなく漂う気品と相反する左目を覆う黒色の眼帯が怪しさを増長させている。


 母の客か。一瞬そうも考えたがオレはすぐにその考えを否定する。

 守秘義務だからとオレにも詳しい話しはしないが、母の顧客リストには高級官僚や一部上場企業の重役

などが名を連ねているらしい。そんな人物なら立場上、絶対にその性癖が外部に漏れる事を良しとはしない。たとえ一般人でもその性癖が世間にばれるのはマズイだろう。

 

 そのため彼ら(もしくは彼女ら?)が自らの足でこの場所を訪れる事は考えられない。

 それに、母も客を自分のプライベートに踏み込ませることは絶対にない。

 

 そんなことを考えながらドアスコープを二度見する。

 老紳士が綺麗に刈り揃えられた白色の口髭の端を少しつり上げて優しい笑みを浮かべた。

 何だコイツ。オレの姿が見えているか。いや、そんなはずはない。偶然だ。


 それにして何者だ。どう見ても新聞の勧誘には見えない。

 オレは念のためドアチェーンをしっかりと掛けて静かにドアを開けた。

 ドアの隙間から老紳士と目が合う。


 「ダン様、お迎えにあがりました」


 老紳士は帽子を手に取りそう言うと、ゆっくりと綺麗な動作で深々と頭を下げた。最敬礼だ。

 『あの、人違いじゃ────』咄嗟にそう言い掛けて、はっきりと自分の名前を呼ばれたのを思い出す。

 敬称が『様』なのは気になるが、はっきりとオレの名前を口にした。


 「あの、どちら様でしょうか?」

 「これは大変に失礼いたしました。ヤマダと申します。年甲斐もなく興奮してしまったようです」


 老紳士はそう言って恐縮したように再び頭を下げる。

 

 「おお、申し遅れました。ダン様、二十歳のお誕生日おめでとうございます!」そう言って老紳士は感極まったようにオレを見つめる。

 

 この古ぼけたアパートと不釣り合いな風貌と、いちいち高いテンション。

 何となく怖い。


 「私、亡くなられたお父上の執事をさせていただいておりました。このたびはダン様が二十歳を迎えられたと言うことで、遺産相続の手続きをさせていただきに参りました」

 「父の遺産相続……ですか?」


 父が他界して約十年が経過している。なぜ今更。

 この山田と名乗る老紳士の丁寧過ぎる態度が、逆にオレの猜疑心を刺激する。

 もしかして新手の詐欺か。


 「お父上の遺言により、ダン様が二十歳の誕生日を迎えられるまで、この相続物件は我々の手により管理するように申し使っておりました」


 ヤマダがまるでオレの心の中を見透かすかのように説明する。

 しかし、いきなり遺産相続と言われても。


 「あの、相続っていったい……」

 「よろしければ、まずは相続の内容をご説明させていただきたいと思います」ヤマダの視線が部屋の中に向けられる。


 父の執事をしてくれていた人であれば普通ならば部屋に上がってもらうべきだ。

 そのうえ遺産相続の話など玄関先でチェーン越しに済ませるべきものではないはずだ。

 ただ、どこか腑に落ちない。そもそもこんな時間に遺産相続の話をしに来るなど常識外れだ。


 そんな彼を部屋へ招き入れるのはちょっと怖い。

 オレの中のビビり警報は玄関の扉を開けた時からずっと鳴りっぱなしだ。


 「静子様は外出中のご様子ですね」ヤマダは母の事も知っているようだ。

 

 母のことまで知っているのか。やはり母の客なのか。

 いや、逆に母の名前を出すことで怪しい者ではないというアピールをするあたりが怪しい。


 「ダン様さえよろしければこの場で説明を続けさせていただきますが?」


 オレが迷っているのを察したのだろう。

 ヤマダは遺産相続の話をこのまま継続することを提案する。

 もし本当に遺産相続の話を目的に来たのだとすれば、この対応はヤマダに対して失礼過ぎはしないか。

 父は生前、海外で勤務していたらしい。もしかしてヤマダも海外からわざわざ尋ねてきたのか。

 そう考えればこの遅い時間の訪問も納得がいく。


 「あの、散らかってますが中に入られますか?」

 「よろしいのですか?」ヤマダが意外そうに聞き返す。 


 はっきり言ってかなり怪しい感じはある。ただ、オレにはどうしても悪い人には見えない。

 当たり前か。悪いことを企んでいる人が明らさまに悪そうな見た目では話にならない。


 「はい。どうぞ」


 オレはドアチェーンを外し山田を部屋の中へ招き入れた。

 感激したような面持ちで玄関へ入ったヤマダは『失礼いたします』と言って部屋へ上がった。

 

 「あの、ここで大丈夫ですか?」

 「ええ。もちろんでございます」

  

 ダイニングのテーブルを指して聞くと、ヤマダが丁寧なお辞儀をして答えた。

 椅子を勧めると山田は黒色の山高帽と外套がいとうを脱ぎ、にこやかな表情で礼を述べて腰を掛けた。とりあえずお茶でも出すべきか。


 「早速でございますが」立ち上がろうとするオレを制止するようにヤマダが口を開く。

 「ダン様が相続の権利を有されるのは、生前にお父上が所有されていたお屋敷と領土それと家財でございます」

 「お屋敷と領土!?」


 何だ、その規模を取り違えた表現は。屋敷はまだしも領土というのはおかしいだろ。

 驚くオレにお構いなしいに、ヤマダは鞄の中から一枚の古めかしい書類を取り出した。


 「こちらが相続に関する契約書でございます」


 説明文は英語とも違う見たことの無い言語で書かれている。

 書類の署名欄は二つあり既に一方には名前が書き込まれていた。

 亜門レイ。父の名前だ。


 「こちらの署名はレイ様が生前にお書きになられたものでございます」


 何度も見たことがあるはずの父の名前が何故かまったく別のものに感じる。

 その父の名前が書かれた欄の下にもう一つの空欄があった。


 「相続にご了承いただければ、この空欄にご署名をいただきたく存じます」

 

 ヤマダがその空欄を指さしながら説明する。

 書類が日本語で書かれていないということは外国なのだろう。

 そこに署名することでオレは外国に建物と土地を所有することになる。

 その時、素朴な疑問が浮かぶ。これって母が相続するべきものではないのだろうか。 


 「あの、このことって母は?」

 「もちろん静子様は了承しておられます」


 ヤマダはそう言って鞄から別の書類を取り出す。

 そこには父の署名の隣に母の直筆を思しき署名があった。


 「これはお父上の財産の全てをダン様が相続することを、静子様が了承するという内容の署名でございます」ヤマダは母の名前が書かれた書類を見せて説明する。

 「ちなみにこちらの内容はダン様の六歳の誕生日に、静子様が自らお書きになられたものでございます。もちろんこちらの内容は現在も有効でございます」

 「六歳の時に!?」


 この相続内容は父も母もずいぶん前から了承していたようだ。

 でも、なぜ母ではなくオレを相続人にしたのだろうか。

 疑問には思ったがそれをヤマダに問うことはしなかった。

 

 「ダン様、大変に恐縮なのでございますがお時間のほうが迫っております。どうか速やかにご署名をいただきたく存じます」


 ヤマダが丁寧だが急かす様な口調で言う。

 良く見ると額は薄らと汗ばんでいるようだ。

 

 焦らせて判断力を低下させ、思い込ませて決断させる。よくある詐欺の手口だ。

 だが、仕立ての良さそうな三つ揃いの黒色の燕尾服と、白色のワイシャツに臙脂色の蝶ネクタイ。

 詐欺師がわざわざこんな目立つ格好をするとも思えない。


 「えっと、とりあえず一度、母に連絡させていただいていいですか?」

 「もちろんでございます」ヤマダが笑顔のまま答える。


 『ただいま電話に出ることができません────』


 仕事プレー中だ。母は仕事中は絶対に電話に出ない。

 仮に放置プレー中でも大切な世界観を壊す行為はタブーなのだそうだ。

 そのことは本人が日頃から宣言していることなので間違いない。

 

 「ダン様、ご用がお済のようでございましたら、何卒、ご決断を」


 優しい口調だったか静かな圧力のようなものを感じる。

 ヤマダの立ち振る舞いや所作には悪人のものとは思えない上品さがある。

 そして、何よりも彼の言葉には父に対する敬意が感じられた。


 「ヤマダさん、一つ確認させてほしいのですが父の名義で借金とかはないんですよね?」

 「もちろんでございます」

 「その後の複雑な手続きや税金の問題とかはどうなるんでしょうか?」 

 「そのあたりの事は全て私にお任せください。一切の手続きが完了するまでをお父上には申し使っておりますし、そのための対価も既に頂戴しております。いずれにしろ今回の相続に関しましては、この国の法律が適用されることはございませんのでご安心ください」


 この国の法律が適用されないって。

 いったいどこの国の法律が適用されると言うのだ。


 ヤマダの灰色掛かった右目が静かにオレを見つめる。

 ここまで外堀を埋められていては悪戯に話を長引かせることもできない。

 オレは押し切られるように書類に署名をした。


 「それではコチラに人差し指を────」


 ヤマダはどこからともなく蛇のような生物の頭を模した小さな筒を取り出した。

 口の部分が大きく開いている。そこへ人差し指を指し入れろという意味らしい。

 オレは少し不安を覚えながらも言われるがままに人差し指を蛇の口に差し入れた。

 

 「あっ」指先に微かな傷みが走る。


 その作り物の蛇に咬まれたのかと錯覚した。 

 指先に注射針のようなものが刺さり、蛇の顎の下部分にある穴からオレの血が滴った。

 

 白い書類の上に赤い滴が落ちる。

 ヤマダは悪びれる風もなく優しい微笑みを浮かべたまま書類に視線を落としていた。

 

 その刹那、そこに書類の上に光る紋章のようなものが浮かび上がった。気がした。

 背中にゾクゾクと違和感も覚える。やはりバイトの疲れが出ているのだろう。

 書類をもう一度見直したが何もおかしな点は見当たらない。

 やはり見間違いだろう。


 「ありがとうございます。これで無事にレイ様からダン様への遺産相続の手続きが済みました」


 少し安心したように言うと、ヤマダは時間に追われるように荷物をまとめはじめた。

 そして、山高帽をかぶり外套を着ると真っ直ぐにオレを見つめる。


 「では、ダン様、早速でございますが参りましょう」

 

 『ふぇ? どこへ?』間違いなくオレの顔にはそんな文字が浮かんでいたはずだ。

 しかし、ヤマダは先程までと変わらぬ優しい笑みを浮かべたまま玄関の方へ手を向ける。

 外まで見送ってくれという意味なのだろうか。

 

 玄関の方へ伸ばした左腕の袖から数珠状の腕輪が覗く。

 闇を思わせる黒色の珠が連なる中程に三つだけ金色の珠が混じる。


 「あの、お茶でも入れますのでもう少しどうですか?」慌てて声を掛けた。

 「とてもありがたいのですが残り時間が差し迫っておりますので────」


 ヤマダはそう言って丁寧にお辞儀をする。

 先程からずいぶんと急いでいる。何の時間が差し迫っていると言うのだろう。

 早く署名させるための口実かとも思っていたがそうでもなさそうだ。


 「さあ、ダン様」ヤマダが再びオレを誘うように語り掛ける。


 そう言いながら自分の腕輪に視線を落としたヤマダの眉間に深い溝のような皺が入る。

 数珠の金色が二つに減っている。それとも最初からそうだったのだろうか。 

 ヤマダの顔からいつもの優しい微笑みが消えたのはたしかだ。


 もしかしたら国へ帰る時間を気にしているのか。

 これから空港へ向かい、今夜のうちに国際線で国に帰ろうとしてるのか。

 それなら納得がいく。飛行機に乗り遅れては大変だ。

 無理に引き止めてはかえって迷惑になる。


 「ヤマダさん、ありがとうございました」

 「いえ、こちらこそありがとうございます。この日を迎えられこの上ない喜びを感じております」

 

 オレは席を立ちヤマダを見送るために玄関へと向かった。

 父の執事を務め亡くなった後もオレが成人するまでずっとその職務を継続してくれた。

 そんな彼にお茶の一つも出さないだけでなく、途中まで詐欺師かとも疑ってしまった。

 何と失礼なことをしてしまったのだろう。


 「ダン様、もう時間がございません。こちらの扉を拝借させていただきます」ヤマダはそう言って玄関の扉に手を添えた。


 扉を拝借だなんて妙な日本語を使うな。いくら流暢に話すとは言えそこは外国人か。

 そんな彼が十年も前に課された使命を全うするために、ここまでわざわざ来てくれたのだ。

 今更だがゆっくりと父の思い出話なども聞きたかった。


 ヤマダの袖口から見える黒色の数珠の間に輝く金色の珠が一つに減っていた。

 今度こそは見間違いではない。

 

 その不思議な腕輪に気を取られていると、ヤマダが目を閉じて何事かひとり言のように呟いた。


 「異界の門よ、隔たりし世へ我が身を運べ────開放!」


 その言葉に反応するようにヤマダの腕にある数珠が音もなく砕け散った。

 ドアノブの手を捻ると扉の隙間から眩い光が差し込む。

 何が起こっているのだ。そこに見えるのはいつもの薄暗いアパートの二階廊下ではない。

 まるで扉の枠の大きさ通りに切り取られたかのような、闇と光がない交ぜになった空間が広がる。


 「さあ、ダン様。異界の門が閉じる前に速やかにお進みください」


 ヤマダが優し気ではあるが、選択肢を与えない強い意思を感じさせる口調で語り掛ける。

 この中へ。いやいや、無理だろこんなの。進めるわけがない。

 

 詐欺とかじゃないのはわかった。

 父の思い出話もいらない。

 だから一人で帰ってくれ。


 「ヤ、ヤマダさんこれって────」

 「ドンッ」

 「あっ!!」


 ヤマダの方へ向き直ろうとした瞬間に押された。

 いや、解釈によっては突き飛ばされたとも言える力加減だ。

 こうしてオレは不本意ながらも不思議な空間へと飛び込んでしまった。

読んでいただきありがとうございました。

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