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狼はお人好し

とある国にこんな伝説がある。


「心優しき狼、悪しき者が国を蝕む時現れ、悪を払う。されど、何人もかの狼に懇願してはならない。かの狼、人が己の力で悪に立ち向かうことを望む。人よ、悪に屈するな、恐れず立ち上がれ。さすれば、かの狼は正しき人の為に現れる」


その国では子供でも知っている伝説だ。

遥か昔、その国は隣国に攻め入られ、その従属国となり暗い時代を迎えたことがあった。

しかし、人々は武器を取り、かつての平和を取り戻すため隣国と戦うことを決意し、立ち上がった。

戦力差は圧倒的であったが、人々は恐れず立ち向かった。足りない力を戦略で補い、団結し、平和の為に戦い続けた。

だが、その意志も隣国の圧倒的な力の前に折れかけた時、たった一匹の狼が現れ奇跡を起こした。

狼は隣国の兵を次々と薙ぎ倒していった。隣国のいかなる攻撃も寄せ付けず、傷つき倒れていった民を癒し、ついに隣国を倒したのだ。

人々は感謝した。狼は神の使いなのだと崇め讃えた。

しかし、狼はこう言った。

「お前たちは巨悪に立ち向かい、最後まで諦めなかった。だからこそ、私はお前たちを助けたのだ。お前たちが私を呼び、お前たちの力で勝利したのだ。忘れるな、人は逆境に立ち向かえることを」

狼はそれだけを言い残して平和を掴んだ国から消えた。

それから人々は狼の残した言葉を胸に刻み、国を復興していった。

国は大陸きっての大国となった今でも狼を讃え、年に一度敬狼祭と呼ばれる祭りが開かれ、国一番の心身がともに優れた者を決める催し物が名物となっている。




ある小さな村にはこんな慣習がある。

それは狼を決して殺してはならないというものだ。

その村は山に囲まれた小さな国だった。豊富な鉱山資源によって鍛冶が発達していった。それに平行して、狩猟技術も発達していった。

獣の毛皮は交易品として高く売れ、特に狼の毛皮はとりわけ高く売れたため、多くの狼が狩られていった。

そんなある日、一匹の狼が現れた。その狼は美しい銀色の毛並みで多くの狩猟者がその狼を我先にと狩ろうとした。

しかし、誰一人として狼を仕留めることが出来なかった。いかなる狩猟道具も狼の前では無力であった。

そして、狼は国に向かってこう言った。


「お前たちは私の同胞を殺しすぎた。これ以上の殺生は見過ごすことは出来ない。もし、お前たちが同胞にこれ以上手を出すのならばこれまで殺された同胞の数だけお前たちを殺そう」


国は恐怖した。どんな狩人も仕留めることが出来なかった狼が今度は自分たちを殺すといってきたのだ。

しかし、ある欲深い狩人はその忠告を無視し、一匹の狼を殺してしまった。

そして、待っていたのは虐殺だった。

狼はその狩人を殺した後、国の人々を殺していった。初めに王族が殺され、次に狩人と商人、最後に農民が殺された。

ついに狼の虐殺が終わったころには、わずかばかりの民しか残っていなかった。

狼は残った人々にこう言った。


「私を恨んでもいい。憎んでいい。しかし、これはお前たちが選んだことだ」


狼はそう言い残してどこかに消えていった。

残された人々は森を切り開き、そこに小さな村を作った。畑を耕し、山の恵みに感謝し、自然と向き合った慎ましい生活を送っている。

しかし、彼らは決して狼を殺さない。かつて自分たちを恐怖の底に叩き落したあの狼の怒りに触れないためである。




さて、そんないろいろ噂や伝説が絶えないかの狼は現在も存命している。

かつて狼は神の使いとして人間を導くことを使命とし、多くの人間を時には救い、時には殺した。

それから幾星霜、もはや人間は彼が導かなくてもいいほど成長した。自らの過ちを自らの手で裁けるようになった人間に自分は必要ではないと考えたからだ。

そのため、彼は人が決して辿り着くことが不可能な孤島に移り、静かに暮らしている。

そんなある日の朝、彼は妙な違和感に気づき、ゆっくりと目を開ける。

自分の周囲の魔素が歪んでいる。誰かが自分に対して魔法を行使しようとしていると理解した彼はすぐに解除しようとするが、ここでもう一つの違和感に気づく。

助けて、とかすかなその言葉を彼の耳が捕らえた。


「・・・人間はもう成長した。私は必要ないのだ。だが、助けを求められ、それに答えないのは私の理に反するな」


彼はお人好しだ。助けを求められたならそれに答えずにはいられない。それによって自分に益がなくとも、自分が悪と見なされようともだ。

彼は解除をやめ、ただ身を任せる。

不意に体が浮くような感覚が訪れた瞬間、彼は眩い光に包まれた。

光が収まり、彼が静かに目を開くと、一人の少女が目の前に立っている。

ゆっくりと周りを見回せば、少女の同い年くらいの少年少女が複数立っている。そのどれもが目の前の少女に嘲笑の眼差しを向けている。

彼は大きく息を吸い、吼えた。目の前の、自分に助けを求めた少女に挨拶するように、彼女を侮辱する者たちに忠告するように彼は吼えた。

そして彼は少女に一瞥し、声を掛ける。


「初めまして、人の子よ。お前の小さな助けの声は確かに聞き届けた。お前が望むその時まで、私はお前の剣にも盾にもなろう」


少女は見とれた。今目の前にいる狼は確かに自分の味方なのだと、自分を救ってくれると、その美しい銀の狼を見つめた。


「私の名はフーリエ。さぁ、お前の名前を教えておくれ」 


少女はゆっくりと名前を紡ぐ。少女自身を認めてもらうように、狼に名前を告げる。


「ふむ、いい名前だ。久しぶりに良き人間に巡り会えたこの日に感謝しよう」


それは契約だった。決して折れぬことを誓うものだった。

少女は確信に近い感覚で自分の運命が険しいものだと知る。だが、少女に恐れはなかった。彼女はすでに覚悟を、誓いを立てたのだ。狼とともに歩むことを決して恐れないと。

少女は狼と歩む。恐れず、挫けず、自分を曲げず生きていく。

狼は少女に寄り添い、少女を導く。

これはそんな二人の物語である。

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