お帰り!ただいま!
・・・またこの夢だ・・・9年前からよく見る夢。悲しかった・・・悔しかった・・・無力な自分が、幼かった自分が・・・
―――「やだよ!ねえ何でお姉ちゃんがこの家から出て行くの!?」
「仕方ないんだ。我慢してくれ」
お父さんこっちを向いて言ってくる。でも嫌なんだ。
「僕も行く!」
「誠人・・・」
「誠人。わがまま言っちゃだめ。帰ってくるから、待っててね」
お姉ちゃんは泣いていた。けど笑顔で言ってくれた。何で・・・なんで何も出来ないんだ?なんで・・・・・・子供だから?大人が勝手に決めちゃうのは僕が子供だから?
何も出来ない・・・泣いて我儘言うしか出来ない。・・・悔しいよ。
「もう行くね」
「待って!」
僕は止めたかった。でもお姉ちゃんは行ってしまった。
お姉ちゃんが行った後、お父さんは僕を抱きしめ言ってくれた。
「ごめんな。父さんのせいで」
お父さんのせい?お父さんが悪いの?
「お父さんなんか嫌いだ!」
走って家を出た。靴も履かずにお姉ちゃんと一緒に行った場所に。
たどり着いた場所には誰もいない・・・静かだった。
僕は泣いた。気の済むまで泣き続けた。―――
「・・と・・・きて」
声がする。しつこいぐらいに聴きなれた声。
「誠人君起きて!」
「・・・頼む後2時間」
「長いよ。早くしないと朝ご飯片付けるよ?」
「それは嫌だ」
「じゃあ起きて」
「分かったよ。すぐに行くから先に下に行ってろ」
「もー。絶対だよ」
布団の中から言ってるからだろう。全然信用されてなかった。
仕方なく布団を出る。そして母さんの写真に挨拶をする。
「おはよう。母さん」
俺は日比谷誠人高校二年生。母さんは俺が幼い頃に死んでいる。だから親父にここまで育ててもらった。でも一時期親父を酷く嫌った事があった。9年前姉さんがこの家を出てから2年ほどの間口も利かなかった。だけどその後で分かった事、親父のせいじゃないのに親父は自分のせいにしていた事。
日比谷奈緒俺の姉さん。でも姉さんは義理の姉だった。親父の姉の娘だったらしいが、所謂育児放棄で家が引き取ったと言っていた。そして姉さんが出て行ったのは、伯母さんが親父に迷惑だからって施設に預けてしまったからだった。
「さてと。着替えてから行くか」
下の階に行くといい匂いが漂っていた。
「今日も一段と美味そうだな」
「うん。だって明日だもんね。奈緒ねぇが帰ってくるの」
「そうだな。やっとだな」
そう。明日やっとこの家に帰ってくる。約束を守って。
「ところで・・・美希、なんで制服なんだ?」
藤桐美希幼馴染で歳は一つ下。今年から俺と同じ学校に通う事になった。
見た目は髪が短いがボーイッシュな感じではなくて、幼い身なりをしてるがしっかり者で料理上手で掃除好き。ただ勉強がイマイチなできで俺と同じ学校に受かったのが奇跡のようなものだった。
俺の家にいるのはいつも朝と夜はご飯を作りに来てくれるからだ。
「なんでって明後日から高校生だよ」
「そうじゃない!学校でもないのになぜ制服を着ているのかって」
「一番に見て貰いたかったんだよ。誠人君に・・・で、どうかわいい?」
確かに可愛かった。まだ中学生のような顔立ちに体型でって俺は変態かーーー!
「どうしたの?考え込んだりいきなり「俺は変態かーーー!」て叫ぶし」
「・・・声に出てたのか?」
可哀想な人を哀れむような目をしながら無言で頷いた。
「いやな、まあ、うーん・・・男の性だ!」
さらにきつい目で見られた。
「違うぞ!余りにも美希が可愛かったからちょっとした想像を」
「妄想でしょ?」
「ぐっ・・・そうとも言う」
完敗だった。結構悔しい。
「そんな事どうでもいいから早く食べてよ」
「・・・はい。いただきます」
でもご飯は美味しかった。冷めていたけど。
「そろそろ行くね」
「バイオリンか?」
「うん。そろそろちかいからね」
「コンクールか」
「そーなの!期待されてるんだよ!」
美希はバイオリンを習っていて色々なコンクールで優勝をしているぐらい上手だった。
「頑張れよ!」
「うん!・・・あと・・・誉めてくれてありがとう」
照れながら言うと走って行ってしまった。あんなに照れられると言ったこっちが恥ずかしくなってきた。
「さーてと。どう過ごすかな・・・桜でも見に行くか」
普通ならもう散っているかもしれないがこの町には一木だけどの季節にも咲いている桜があった。なぜ散らないのかはまだ分かっていない。だけどこの町には特別な物がある。それは本当に望んだ人しか手に入れられない“魔法”だ。
この町に住む人には誰にでも可能性がある。ただし一人一回、そして叶えたい事を何よりも強く願った人にだけが使える特別な力。
だからあの樹も魔法で散らないんじゃないかと言う人もいれば異常現象で散らないんじゃないかと言う人もいた。
桜の場所にきても誰もいない。でもここに足を運ぶのは姉さんとの思い出の場所だからだ。危ない場所だけどここは町を見渡せるいい丘だ。
「相変わらず誰もいないな。でも一人の方がゆっくりできるか」
桜に寄りかかって座った。暖かい陽射しに心地良い風があって眠くなってきた。
風が冷たくなったと思い目を開けるともう夕方だった。
「かなり寝てたな」
「そうですね」
「ああ。ぐっすりだよ」
「可愛い寝顔でしたからね。ふふふ」
「見てたの?ってかあなたは誰!?」
普通に話をしていたがそれは知らない女性だった。髪は長く大人びていて顔立ちも大人の女性らしかった。それに夕日に染まって綺麗だった。きっと普通に見ても綺麗だろうと思った。
「そうですね。初対面ですものね。私は双海千歳です」
「俺は藤桐誠人です」
「なぜ敬語なんですか?」
「え、だって年上でしょう」
「私高校3年生ですよ」
「うそ!?もう大人かと・・・」
よく見るとさっきより見やすいせいか俺の学年の女子と同じくらいに見えた。
「でも、俺よりは一つ年上だな」
「すぐにため口に戻りましたね」
「千歳って呼んでいいか?」
「いいですよ。では誠人君でいいですか」
「好きにしてくれ」
誰がどう呼ぼうと俺は俺だから今までもそして、これからも気にするつもりは無かった。
「じゃあ誠人君でお願いします」
「そういえば、ここで何してたんだ。こんな桜しかないところに」
「誠人君もそうじゃないですか。桜しかないところに来て」
「そうだけどさ。・・・ここ、想い出の場所なんだ」
言ってもしょうがない事だけど損はしない気がした。でも逢ったばかり人話すことでもなかったが。
「お姉さん・・・ですか」
「何で知ってるんだ!?」
千歳はクスッと笑って言った。
「寝てるときに寝言で言ってましたよ」
変だった。昼寝をしてる時にあの時の夢を見てなかったはずだ。なのに千歳は知っていた。前に会った事があるのかと思ったが記憶に無い。
そう考えてる時。
「私がここにいた理由・・・ここは町を見渡せるくらい高いところですよね」
確かに。この辺で高いところはこの丘ぐらいだった。
「そうだな」
「翼があったら・・・この空を飛んで見たいと思いまして」
「翼か・・・確かにあったらいいな・・・けど、一人が翼を手に入れたら他の人も欲しがる。そして、みんなが空を飛べたら人はきっと歩く事を忘れちまうんじゃないか?」
千歳はきょとんとしていた。きっとそれが普通の反応なんだろう。ただ俺の考えが変わってるだけで、だからきょとんとしてるんだろう。
「そうかもしれませんね」
思っていた反応とは違ったので呆気に取られた。
「本当にそう思うか?」
「本当かどうかは分からないですけど、面白い考えですね。・・・流石あの方のお子さん・・・」
「何か言ったか?」
「いいえ。なんでも。私そろそろ帰りますね」
気付くともう日が落ちて薄暗くなっていた。
「送っていこうか?」
「大丈夫です。すぐに着きますから」
「でも危なくないか?」
「本当に大丈夫です」
「そうか・・・気を付けてな」
「はい。おやすみなさい」
そう言って走って帰っていった。
「俺も帰るか。美希待ってるかな。ま、家が隣だし大丈夫だろう」
丘を下り小道を歩いていると猫が目の前に現れた。気にせず歩いていても着いてきた。仕方なく抱き上げるとくびわがついていた。
「お前飼い猫か。家の人が心配するぞ。って猫に言っても分からないか」
首輪に名前が書いてないかと見ると名前だけじゃ無く、住所までしっかり書いてあった。
「ココか。可愛い名前だな」
ココの頭を優しく撫でてやると気持ちよさそうに脱力していた。
「人懐っこいな。住所もこの辺だし届けてやるか」
「確かこの辺の北条北条・・・っとあった。ここだ・・・お屋敷?」
目の前にあったのは立派なお金持ちの住むようなお家だった。
しばらく立ち止まっていると足音が近づいてきた。振り向くと大勢の似たような格好をした人たちだった。
そしてその人たちに囲まれてしまった。
「な、なんなんですか!?」
「ココ様を発見しました」
その中の一人が携帯電話でどこかに連絡していた。
「大人しくしていれば危害は加えないから一緒に来てもらおう」
「ちょっと待った!何で猫を届けただけでここまでされなくちゃいけないんだ!」
「つべこべ言うな!」
されるがままにお屋敷に連れ込まれてしまった。外から見ても凄かったが中もかなり凄かった。
ふと美希の事を思い出した。連絡くらいしないと心配するだろう。訊いてみよう。
「あの・・・」
「なんですか」
「家族に連絡をさせてくれません?」
「いいですよ。ただしここでしてくださいね」
「はい」
ポケットから携帯を取り出し美希に掛けた。
「もしもし、美希か?」
「あ!誠人君!何してるの?」
「それがまだ帰れそうに無いから一応連絡を」
「じゃあ帰ってきたら連絡してね」
「ああ。悪いな」
「ううん。気を付けてね」
話し終わり携帯をポケットにしまった。
「終わりましたか」
「はい」
そう答えると、その人は扉を開けた。その先にはこの家の主らしき人と長い髪にウェーブがかけてある綺麗な人だった。
「入りなさい」
「はい」
言われた通り中に入り二人の前に座った。
「いや〜手荒な事をしてすまなかったな」
俺は唖然としてしまった。入った時とギャップがまるで違ったからだ。
「ん?どうしたんだ?固くならずに寛いでくれ」
「あ、はい」
「ほら、菫もお礼を」
「ありがとうございました」
口調がきつい感じでクールな人だと思った。
「いえ、そんな」
「すまないな。こんな時間なのに」
時刻は9時を回っていた。
「こちらこそ。夜分遅くにお邪魔してしまって」
「では、もう帰ってしまうのか?」
「できれば。親父も心配するだろうし」
「そうか・・・ではまた。誰か!玄関まで送って差し上げろ」
―――――
「やっと帰ってこれた。さっそく美希の作ってくれた飯でも食うかな」
キッチンカウンターには俺のために作った夕食と書置きがあった。
『ちゃんと食べてよ。あと電話もしてよ 美希』
「いつもありがとう。美希」
電子レンジで温めて食べた。その後風呂に入り寝た。
「誠人君!起きろーーー!!」
「わーーー!なんだ!?」
耳がキーンとする。そして目の前には美希がいて怒っていた。
「あ!電話!」
「そうだよまったく。ちゃんと書置きまでしたのに」
「読んだけど風呂に入ったら忘れちまった」
「ほんとにいつもこうなんだから」
小さい子を仕方なく許すような顔をして言った。
「悪かったって」
「わかったよ。朝ご飯食べるんでしょ?」
「ああ」
いつも通り美希の作った朝食を食べた。
「なあ。姉さん帰ってきたら朝夜どうする?」
「そうだね。どうしようか」
「朝夜一緒に食べるか?」
美希は首を振った。
「朝は迎えに来るからいいよ」
「わかった。でさ、今日はどうする?迎えに一緒に行くか?」
「うん。そりゃあ行くよ!早く会いたいもん」
「じゃあもう行くか。確か着くのが10時って言ってたし」
「まだ早くない?」
確かにそうだった。まだ9時にもなっていない。それに駅まで20分もかからない。
「ゆっくり行こう!いろいろと歩き回って終点が駅だ。どうだ?」
「誠人君ってさシスコン?」
シスコン疑惑を掛けられた。軽くショックだったが、そこまで思わせるほどだったのだろう。
「一度兄弟と別れてみろ。きっと分かる」
「兄弟・・・か」
NGワードだった。美希には兄弟がいた。しかし、事故に遭ってしまった。車道に飛び出した小学生の代わりに。
嫌な事を思い出させてしまった。
「悪い。そんなつもりじゃ」
「分かってるよ。それに私の弟はいい事をして逝ったんだよ?それだけで充分」
「ああ。中学生なのに偉いよな」
「暗くなっちゃったね。迎えに行こ!」
本当は辛いはずなのに強い子だった。
「よし!行こう!」
まず商店街を見て回った。春物の洋服が見たいと美希が言ったからお店に行った。どれも春らしく涼しそうな服だった。美希は色々手に取り悩んでいた。そこに露出度の高い服を持って行き、これは?と訊いたら怒られた。
あれこれやってるうちに時間は過ぎていった。気付くと9時40分。後ちょっと〜と言い張る美希を無理矢理連れ出し駅まで行った。
そこには懐かしい人がいた。
その人は俺たちに気付くと手を振った。近づいていくとあの頃より大人っぽく、綺麗になった姉さんがいた。
「お帰り。姉さん」
「お帰りなさい。奈緒ねぇ」
「ただいま。誠人、美希ちゃん」