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君に伝えたいことがあります。

無口書記の双子の弟の話。兄よりも喋れません。

 僕達、双子は昔から喋るのが苦手だった。

 言葉は一種の凶器で、怖いものだと少なくとも僕は認識している。

 言葉は平気で誰かを傷つけて、周りに影響する。

 それに、怖さを見出してしまった僕はすっかり何も喋らなくなった。

 それは、僕の兄でもある道も一緒。

 でも、道はまだ喋る。とぎれとぎれだけれども。

 何も喋ることをしなくなった、僕とは違う。

 人に注目されることも嫌い。目立つ事も嫌い。

 そう思った僕は、すっかり自分の顔を隠してしまった。

 道と似ていて、僕の顔は整っているらしいのだ。

 言葉は恐怖。

 視線は恐怖。

 人と関わることに脅えた僕は、今日も自分の世界に閉じこもる。

 「キャーッ、会長様ぁ!!」

 「かっこいいですー」

 「道くーん」

 「会計様ぁぁ」

 食堂に入ってきた生徒会の面々に、周りが叫び声にも似た声を上げる。

 僕も生徒会の面々を見る。

 好きな人がいる。その好きな人は、この学園の生徒会長である柳田香様だ。

 柳田様に視線を向けていれば、僕の双子の兄であり生徒会書記を務めている道と目があった。

 道が、笑う。

 そうすれば、周りが「きゃー、笑った」、「かわいいー」とか騒いでる。

 よく、道はあんな叫び声が耐えられるなと感心する。

 凄いと思うんだ、純粋に。

 人の声も目も嫌いで、閉じこもってる僕とは大違いで、道は頑張ってる。

 初等部の頃には、もう、色々色々怖くなくって、眼鏡や髪で顔を隠している。

 だって、怖い。

 道とそっくりなこの顔は、周りから見れば整っているらしい。

 ……だから、嫌なんだ。

 美形崇拝の傾向にあるこの学園で、騒がれるのも目立つのも、嫌なんだ。

 だから、隠してもう長い。ずっと隠し続けていたからか、もうすっかり周りは僕と道が双子だって事、家族だって事、忘れてしまっている。

 眼鏡をかけて、長い髪で顔を見えにくくしている僕はきっと周りからみれば根暗か何かに見えるんだろうと思う。

 クラスメイトとは当たり障りのない関係しか築いていない。

 そもそも、僕は道以上に喋れない。

 もう、ずっと言葉を口にしてないから喋れない。

 筆談の僕を嫌いもせずに日常的な会話をしてくれる同室者だけが僕の友達と言えるかもしれない。

 初等部の頃から、柳田様の事知ってた。何となく見ていて、それが恋だって気付いたのはつい最近。

 ずっと視線を向けてて、気になってて、見てた。

 でも、それが恋なんて知らなくて。

 道にメールでいったら、何だか会長の事好きなの? って聞かれて、そっかぁって自分で納得した。

 好き、と言葉にしたいと思った。

 筆談ばっかの僕だけど、告白する機会があるなら、好きだって言いたいって思った。

 でも…、僕なんかに告白されても気分よくないんじゃないかなとか思ったり…。

 …道が、接点作りたいならいってみようかとか言ってたけど、喋れる自身もないし、頑張って言葉で言えるようになったら…、嫌がられるかもしれないけど、自分の言葉でいってみたいなって思った。

 ああ、今日もかっこいいなぁ。

 いつだって、僕は柳田様を見ているんだ。

 いつか、伝えたい。

 自分の、言葉で。

 そんな事を考えて少しずつ喋る練習をしていた。

 とはいっても、ずっと喋ってなかったから、うまく声を出せないけれど。

 「……や……さ……」

 ああ、言えない。

 柳田様、というその言葉がまず言えない。

 一人でもこれなんだから、人前じゃもっと無理だ。

 でも、僕頑張る! 今まで喋ること怠けてたんだから…。他の人には筆談でも正直いいけど…、告白ぐらい自分の口で言いたい。

 そんな風に思って練習している中で――、季節外れの転入生がやってきた。

 そして、その子と僕は同じクラスだった。

 「野口ヒカルっていうんだ! 見た目で判断する奴とは仲良くしたくない!!」

 何てしょっぱなから言い放つ子だった。

 クラスで担任が来たからって読んでいた本を閉じて、前を見たらボサボサの頭に瓶底眼鏡の人が居たから驚いた。

 僕も人から見たら根暗に見えるだろうけど、僕よりひどい…。

 周りが中傷にも似た言葉を放っていたら、転入生は言ったんだ。

 仲良くしたくないって。

 そんな事いって苛めでも受けたいんだろうか…?

 何て思ってたら、担任がいった。

 「ヒカルは、アイツの隣だ」

 そうして指さしたのは、僕――相良捺サガラナチだった。

 転入生が隣かぁ、と思いながら机からメモ帳を取り出す。

 話しかけてきたら対応しなきゃだしね。

 「なぁなぁ、お前名前なんていうんだ」

 ”相模捺っていいます。よろしく、転入生君”

 さらっとメモ帳に書いて、転入生に見せる。

 だって、怖いから初対面の人となんて喋れない。まして、僕は本当に家族とさえ筆談なんだ。

 「何で喋らないんだよ!!」

 ”僕、喋るの――”

 メモ帳に答えをかこうとしたら、腕を掴まれた。

 思わず体がびくっとなる。

 怖い、怖い怖い怖い。人に触れられるのも、喋りかけられるのも僕は全部怖い。

 それなのに、どうして、僕に…、ああ、気持ち悪い!!

 腕を掴んで顔を近づけてくる。

 「なぁ、喋れよ!!」

 「――……っ」

 怖い、怖い怖い。道、道助けて…!! と思うけれど、此処に生憎道は居ない。

 生徒会の仕事で道は滅多に教室に来ないのだ。

 人が怖い。声が怖い。

 どうして僕にこんなに近づくの。

 怖いよ、怖いよ。

 「喋れよ! そうやって同情ひこうとしてるんだろ!!」

 ――怖いっっっ!!

 この子は怖い。僕に踏み込んでくる。怖い、怖い――…。僕に、関わらないでほしい。

 「何でしゃべ――」

 「何をやっている」

 転入生の声に重なって、一つの声が響き渡った。

 その声に僕は、すぐに反応を示してしまう。だって、顔を見なくても、誰の声かわかったのだ。

 一学年先輩である柳田様が、どうして此処に居るのだろうと正直不思議だったのだけれども、その声を間近で聞けた事が何だか嬉しかった。

 ちなみにいうと、道だけが一年生で、後の生徒会の会長、副会長、会計は二年生だ。

 三年は外部受験をするものもいるし、生徒会は一、二年で結成されることになっている。

 「会長様ー!!」

 「柳田様だ…」

 クラスメイトから感嘆にも似た声が漏れる中で、僕は転入生に腕を掴まれたままだ。

 誰かに触れられているというのが、正直怖い。

 だから、思わず体がぶるっと震えた。

 「なんだよ、お前! お前かっこいいな、名前なんていうんだ!!」

 そういってくるっと柳田様の方に駆け寄る転入生は僕の腕を掴んだまま引っ張る。

 やめて、離して。気持ち悪い…!!

 「………っ」

 怖い怖い怖い怖い――!!

 それに、掴まれた腕が痛い。

 「…俺は年上だ。先輩には敬語を使え。それと、そいつを離してやれ、青ざめてるだろ」

 「何で、そんな事言うんだよ! 友達だろ!! こいつとは俺が友達になってやるんだ! 喋れるのに喋らないし、治してやんなきゃ!!」

 ああ、気持ち悪い、気持ち悪い……。柳田様の視界に入ってる事は、嬉しい…けど、それを喜ぶどころではない。

 吐きそうだ。触らないで、関わらないで、気持ち悪い!!

 「……転入生君、そいつ離して」

 そういって、べりっと僕の手から転入生を離してくれたのは同室の荒井君だった。

 僕が人に触られるのも苦手だってわかってるからこそ、やってくれたんだと思う。

 正直、凄く助かった。

 でも、まだ気持ち悪い。体が正直よろける。

 腕を見れば、掴まれた痣が痛々しく残っており、掴まれた感覚を思い出して本気で吐きそうだ。

 「…大丈夫か」

 「何すんだよ! 俺はそいつと友達になるんだ!!」

 荒井君が騒ぐ転入生の言葉に反応も示さずに、僕に問いかける。

 僕はそれに首を振って、

 ”気分悪いから…、保健室、行く。吐きそう…”

 と、よろけて壁によっかかったままメモ帳に書いて見せた。

 「…そうか、顔色悪いけど一人でいけるか?」

 こくりっと頷く。

 ちなみに僕は保健室の常連だ。人に囲まれてたり、話しかけられたり、触られたりすると気持ち悪くてトイレに駆け込んで吐いた事もあるぐらいだ。

 まだ、道とか家族に触られるのは気にならないけれど、初対面の人に触られたりすると本当に気持ち悪い…。

 「なぁ、お前何で喋らないんだよ! 喋れよ! 同情引こうとしてるのか? 喋れるんだろ!!」

 また、僕に近づいてこようとするから思わずびくっと体が震えた。

 「あー、野口。相模は本気で喋るの苦手で喋らないから騒ぐんじゃねぇーよ」

 「あー、お前も名前で呼べっていっただろ!」

 「…俺は教師だ。敬語使え。

 相模、保健室行くなら襲われないように気をつけろよ。そういうバカもいるから」

 担任の言葉にも、こくりと頷く。

 「なんだよ、それ! 教師が贔屓とかしちゃいけないんだぞ!!」

 「…野口、相模は本気で駄目なんだ。それに見ろ、顔色が凄い悪いだろ」

 担任が、呆れたように言葉を放つ。

 周りのクラスメイト達も、転入生を睨んでいる。

 ああ、気持ち悪い…。とりあえず、保健室にいこう…。

 「顔色、本当に悪いな。大丈夫か」

 「――…っ」

 保健室に行こうと、ドアへ向かっていれば、転入生を呆れたように見ていた柳田様に声をかけられた。

 思わず動揺してしまう。

 何だか衝撃に、気持ち悪さが少し吹き飛んだ気がする。

 それと同時に胸がどくんっどくんっと鼓動する。

 ――柳田様が、僕に話しかけてる!!

 それだけで、胸が歓喜と緊張に染まる。

 こくん、こくんと緊張しながら頷く。

 「…心配だから保健室まで届ける」

 柳田様は、僕の顔がよほど青白く染まっていたのか、僕にそういうのだった。





 *



 現在僕は心臓をバクバクさせながら、柳田様と一緒に歩いている。

 柳田様が、僕の隣を歩いているなんてこれは夢だろうか。

 ああ、ドキドキしすぎて僕近いうちに死ぬんじゃないかとさえ思える。

 「そういえばお前名前は?」

 ”相良捺です”

 さらっとメモ帳に名前をかいて見せる。

 ああ、声を出せればいいのにどうしても言葉に出すのは躊躇ってしまう。それに、あの子怖かった。

 あれこそ言葉の暴力を体現した子だと思う。

 その言葉が人を不愉快にさせるとも全く気付かずに言い放つ。

 何て怖いんだろう…。

 「捺か」

 こくりこくりと柳田様が僕の名を呼んだのが何だか嬉しくて、頬を緩ませながら頷く。

 「喋れないのか?」

 ”…人と喋るの怖くて、ずっと喋ってないので、喋れる自信ない、です…

 「…そうか」

 こくんこくんと頷く。

 柳田様の声がすぐ近くで響いているだけで、嬉しかった。

 こんなに近くで見て居られるだけで嬉しかった。

 好きだと伝えたい、っていつかは思ってるけれど喋れないのだ。

 僕なんかに言われても不愉快な気分にさせるかもしれないけど、言葉で好きですって伝えたいと思った。

 そうして、会話らしい会話なんてしないままに保健室に到着する。

 保健室には、保険医の先生がいて柳田様が先ほどの転入生の事を先生に話している。

 「顔色悪いな…とりあえず、寝てろと、俺職員室いかねーといけねーんだ。柳田、しばらくこいつ見ててくれないか?

 たまに、此処に不良とか来るからよ。一人で居させるのが不安でな」

 保険医の先生が、僕を柳田様にまかせてさっさと職員室に行ってしまった。

 …柳田様と、二人っきりとか何だか本当に緊張する。

 「保健室、よく来るのか?」

 こくりとベッドに横になりながら頷く。

 そして、さらっとメモ帳に書いた文を見せる。

 ”僕、人が多い所にいったり触られたりすると気分悪くなるから”

 そうやって筆談をしていれば、バンッと勢いよく保健室の扉が開かれた。

 「…なん、でかい、っちょ…いる?」

 保健室にはいって来たのは僕の片割れである相模道だった。

 道は柳田様が居るのに驚いたような表情を浮かべる。

 「あ? 道じゃねぇか。保険医が一人でこいつおいておくの心配だからっていっていったんだよ。

 お前は何しに来たんだ?」

 「…な…ち、から、ま、たき、いたから」

 「何だ、知り合いか?」

 「な……ち、は、おれ、……おと、うと」

 「弟? って家族なのか?」

 柳田様が、道の言葉に驚いたような表情を浮かべた。

 そうして、僕と道を交互に見る。

 「ちょっと待て、弟って…、初等部ん時も双子だったんじゃないのか? じゃあ、三つ子だったのか?」

 「…ちが…。しょ、とぶの、ときのおと、と、な、ち。

 め、だ、つい、やって、かく、してる、けど、お、れら、そっくり」

 初等部のはじめの頃はまだ僕は顔なんて全然隠してなかった。

 喋るのは苦手だけど、少しは言葉を口にしていたし。

 だんだんそれが出来なくなってしまっていたのだ。

 「……転校したんじゃなかったのか」

 「そ、れ、ただの、うわさ。

 おれも……、な、ちもしゃ、べるにがて。な、ちのが、おれ、よりひどいけど」

 マジマジと二人に見られて、何だかどうしたらよいかわからない。

 というか、僕の事覚えてる人いるんだと正直思った。

 皆僕の事なんて欠片も気にしてないし忘れてるかと思ったのに。

 「どれ…」

 「……っ」

 柳田様は僕に近づくと、僕の長い前髪と眼鏡をどける。

 柳田様に触れられてるって居実に、ぼっと体が熱を持つのを実感する。

 知らない人に触られるのは怖いし気持ち悪い。でも柳田様に触れられるのは嬉しいし恥ずかしい。

 「お、本当に道とそっくりだな」

 「……ん。おれ、ら、そっくり」

 柳田様にじーっと見られて、いまだに髪を上げるために触られたままで、心臓がバクバクする。

 しばらくして、柳田様は僕から手を離して眼鏡を返してくれた。

 「それ、より…なち、だい、じょぶだ、った?」

 ”うん、大丈夫だったよ。同室の子が腕放してくれたし”

 「…うで、つか、まれた?」

 ”うん、それで気持ち悪くなっちゃって…”

 「てん、にゅ、せい、うざ、いってふくか、ちょいってた」

 僕の横になっているベッドに近づいてきて、話しかけてくる道に僕は返答を返す。

 「アレは本当に高校生なのか疑問に思うぐらい何か…、餓鬼だったな」

 「…よう、ち、えん、から、やりなお、せばいいのに」

 「…今日は毒舌だな、道」

 「ん。な、ちに、めいわ、くかけた、やつ、おれ、きらい」

 そういって親しそうに喋る道にちょっと羨ましくなる。

 自分で言葉も出せないくせに、仲良しな二人を見ると僕も柳田様と仲良くなりたいってそんな気持ちになる。

 「…な、ちも、いっしょ、かいちょとはな、そ」

 僕の視線に気づいたのか、道はそういって笑ってくれる。

 道は優しい。大事な双子。

 僕の声が出なくても僕の事を理解してくれてる。

 僕も双子だからか、道の仕草とかでも結構わかる。

 「道は捺の前だと結構笑うな」

 「…ん。おれ、なち、だいす、き」

 「お前ブラコンかよ」

 「ん! だか、ら、な、ちに、なにか、あるの、や!」

 そういって道は僕の方を見る。

 ”道、僕も道の事大好きだよ”

 「ん、うれ、し」

 何だかベッドに座りこんだ僕はぎゅっと道に抱きつかれた。

 道って懐いた人とか親しい人にはスキンシップ激しいからなぁ。それ以外には無理だけど。

 「てんにゅ、せ、な、ちのこと、こわが、せる?」

 ”うん…。あの子は怖かった”

 「ん、じゃ、お、れがんば、ってな、ちまも、る」

 道は僕にひっついたままそういったかと思えば、会長の方を見る。

 「かいちょ、もな、ちまも、って?」

 「俺も?」

 「ん」

 「まぁ、いいけど…。そいつ、転入生に絡まれたらぶっ倒れそうで心配だし」

 柳田様が、僕を心配している。

 僕の事を…。

 ああ、何かもう死んでもいいぐらい幸せな気がする。

 「ん。お、れのしん、え、たいもうごか、す」

 ”道の親衛隊を?”

 「ん、というか、な、ちのふぁん、もい、る」

 ”え?”

 「ん。しょと、ぶから、いる、子はな、ちのこと、すきも、いる。な、ちのこ、といわ、れな、くてもわか、ってた」

 あれ、今さらっと衝撃的な事を言われた気がする。

 確かに、僕と道が初等部の頃一緒にいて騒がれてた記憶もあるけど…。

 道の親衛隊に僕のファンもいる…? え、ええと、理解が追いつかないんだけど。

 というか、いわれなくても変わってしまった僕に気付いてたの…?

 「ん。てん、にゅ、せいが、なち、のこと、こわがら、せたいったら、たぶ、んおれ、のしん、えたいの子、達怒る。

 しんえ、たい、のこも、一緒、にまも、る」

 ”ありがとう、道”

 「ん、な、ち守る、とうぜん」

 にっこりと道は笑った。

 「仲良いな、本当におまえら」

 ゛大切な兄ですから゛

 「な、ち大事な…きょ、だいだか、ら」

 二人して言えば、柳田様は笑った。

 その笑みにどうしようもなく胸が高まった。

 ああ、好きです。柳田様。

 ぽーっとなって柳田様を見つめてしまう。

 何で、笑っただけでこんなにかっこいいんだろうか…。

 「ん? どうした、俺の方みて」

 ”かっこいいなぁと…”

 正直にメモ帳にかく。

 僕も道もコミュニケーション能力が不足しているから、伝えたいこと伝えなくて不本意に怒り買うのも嫌で結構素直に受け答えするようにしているのだ。

 「かい、ちょ、な、ちかわい、でしょ…?」

 あれ、何故か道に耳ふさがれた。

 道が柳田様に何かいってるみあいだけど正直聞こえてこない。

 「ああ、そうだな」

 「ん。おれ、のおと、と、せか、い、で一番、かわ、い!」

 「おい、それ亜樹が聞いたら煩いぞ」

 「ん、あ、きなんて、どう、でもいい」

 「……道、お前アイツがお前に惚れてんの気付いてるだろ?」

 「ん。でも、お、れべつ、にす、きちがう。お、れのいちば、んは昔から、な、ちだもん」

 本当に何を喋ってるんだろう…?

 何で僕耳をふさがれたまま何だろう。

 思わず首をかしげてしまう。

 「くび、かしげ、たな、ちかわ、い」

 「まぁ、そうだな」

 「ん! かい、ちょならな、ちのこ、とすき、なって、もいいけど、傷つけ、たらつぶ、す」

 「…お前何さらっと恐ろしい事いってんだよ」

 「な、ち、俺と、ちが、ってどんか、んだし、しんぱ、い」

 「顔隠してるけど仕草とか可愛いから狙われそうだもんな」

 「ん! だから、俺の、しんえ、たい捺の、事も、みてる。な、ちしら、な、けど。悪い、虫は、く、じょする!」

 「…お前がブラコンだって事はよくわかった」

 柳田様は何だか呆れたような目で道を見ている。

 本当に何を話してるんだろう。

 「てんにゅ、せ、追い出す、のおれ、やる」

 「…いや、俺もやるが」

 「や! かい、ちょはな、ちまも、って。

 かいちょ、がな、ち守って、くれ……るなら、俺も、しんえたい、もおもい、っきり動ける」

 「まあ、いいが、いつまで捺の耳ふさいでんだ」

 「ん。かい、ちょ。すき、ちがう、のになちに、手だした、ら……ゆるさ、ないから」

 「俺どんだけ信用ねえんだよ。んな無理やり手出すように見えるか?」

 「みえ、ないけど、な、ちかわ、いから」

 「……そうか」

 「ん!」

 柳田様の言葉に道がうなづいて、そうしてようやく手をどけてくれる。

 それからの日々は僕にとっては怖かったと同時に幸せだった。

 道の親衛隊の中に居る僕のファンだって子達と会ってみたり、柳田様が傍にいてくれたり、絡まれそうな所を道が助けてくれたり――…。

 すっかり僕と道が双子だって事も露見していて、注目されたりして正直怖い思いもあった。

 だけど、柳田様が僕に話しかけてくれてるっていうそれだけで幸せで仕方なかった。

 接点を持てただけで僕にとって幸せなのだ。

 今まで見ているだけだった。

 声をこんなに近くで聞くことさえ、姿をこんなに近くで見ることさえできなかったのだから。

 柳田様が近くに居るってだけで心臓が煩い。

 ドキドキして、嬉しくて、ああ、好きですって思いが溢れる。

 「捺」

 柳田様が僕の名を呼ぶ。

 好きですって思いが溢れてきて、本当に言葉で伝えたいと思う。

 いつも一人部屋で喋る練習してるけれど、やっぱりずっと喋ってなかったからか中々喋れないのだ。

 きちんと、伝えたい。

 柳田様が好きですって。

 折角接点を持てたんだから、伝えたい…。

 「転入生に絡まれなかったか?」

 ”はい。道とかクラスメイトも助けてくれました”

 柳田様の言葉に頷いて、僕はそれを見せる。

 ”あの、転入生の子が問題起こして忙しいみたいですけど、此処にいていいんですか?”

 道に聞いても教えてはくれないけど、噂で転入生が問題を起こしているってことは聞いている。

 それで風紀と生徒会は忙しいんだって。

 それなのに忙しいのに此処に柳田様が居ていいんだろうかと不安だった。

 もし、僕の存在が柳田様に迷惑をかけていたらどうしようって。

 「ああ、心配するな。忙しいっていっても処理できる範囲だからな」

 ”そうですか。流石柳田様ですね”

 「それに道とか他の連中も使えるからな。問題ない」

 ”生徒会の皆様は凄いんですね。道が頑張ってるみたいで嬉しいです”

 大切な双子の片割れ。

 それが道だから。

 道が頑張って、柳田様や他の皆様と信頼関係が持ててる事実が何だか自分の事のように嬉しかった。

 「本当、仲良いな」

 ”はい。道は大事な双子ですから。

 道はいつも僕を助けてくれて、優しいんです”

 「そうか…。それにしてもそんなに喋らないんじゃ困らないか?」

 ”今の、所は…。自分でもこれじゃ駄目だってわかってるんですけどね…”

 人とそこまで関わりたくないと思う。

 だけど結局喋らないって事は色々と将来を考えると駄目なのだ。

 喋らないで生活することを周りが許してくれてるのは、僕に対する甘えだ。

皆の優しさに僕は縋ってる。

 ”あの、柳田様。僕今喋る練習してるんです。

 もう少し、道みたいにでもいいから喋れるようになったら、聞いてほしい事があるんです”

 言葉も、目線も、全て怖い。

 喋るのは苦手。

 だけれども、好きですって思いだけは自分の言葉で伝えたい。

 柳田様に伝えたいから、僕は喋りたいって思ったんだ。

 声を出したいって。

 もし伝えられたなら、きっと甘えた僕が一歩踏み出せる気がするんだ。

 僕の言葉に、柳田様は頷いてくれた。

 頑張って、もっと練習をしよう。

 声を出す練習を。

 そして、頑張って言うんだ。

 好きですって。その言葉を。

 そう僕は決意をして、僕は頑張ろうと意気込むのだった。

 目標は、”柳田様好きです”っていうその言葉を言えるようになることだ。

 練習をしながら過ごす中で、道達は転入生や理事長をどうにかするために色々とやっていた。

 どうにかするってどうするんだろうと思うけれど、転入生のおかげで学園が少し荒れているからそれをどうにかしちって柳田様や道達は思っているのだ。

 柳田様と話せて幸せ。

 頑張って、言葉を口にしよう。

 人に注目されて怖いな。

 周りの目や、声が怖い。

 そんな二つの思いを抱えながら僕は過ごしていた。

 そんな時、

 「おい。お前!!」

 一人でトイレに行った時に転入生に絡まれてしまった。

 思わず体がびくっと震えた。

 「喋らないふりして同情を誘って最低だ!!」

 怖い、怖い怖い――…。はやく、ここから出てしまいたい。

 どうしてだろう、ようやく少しずつ言葉を口にできるようになっていたのに、近いうちに柳田様に伝えるんだって思ってたのに…。

 頑張ろうって思ってたのに、怖くて怖くて僕は動けない。

 足が動かない。

 転入生の目が怖い。僕を罵倒する声が怖い。

 息が苦しい。

 どうして、僕に近づいてくるの。

 「最低だ、同情を誘って道達を侍らせるなんて! 俺が愛されるべきなのに! お前が居るから!!」

近づいてくる転入生。

 震える足は動かない。

 怖くて、苦しくて、どうしたらいいかわからない。

 ずかずかと近づいてくる。

 その目は僕を睨みつけている。

 その声は僕を蔑んでいる。

 そんな目でミナイデ。

 そんな声はヤメテ。

 人の目が、怖い。

 人の声が、怖い。

 …ああ、何て怖いんだろう。

 「何かいえよ! 喋れるのに最低だ!!」

 やめて、やめて、やめて!! 腕を掴まないで!!

 がしっと掴まれた腕から感じる体温が怖い。

 怖い存在に触れられているせいか、体が一気に震える。

 ああ、吐きそうだ。気持ち悪い!!

 「お前最低だ!! 喋れるんだろ、喋れよ!!」

 僕の事を真っすぐに見る目がこわい。

 苦しい。

 怖い。

 気持ち悪い。

 誰か、誰か――…。

 タスケテ。

 「―――っ」

 転入生に揺さぶられるのが、転入生にじっと見られるのが、転入生に腕を掴まれているのが、気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がなくて僕は気付けば吐いていた。

 今朝に食べた朝食が、溢れ出た。

 「な、何だよ! 汚いな!!」

 転入生は、思わず吐いてしまった僕にそういって文句をいって、僕をつき飛ばす。

 トイレの壁に激突した衝撃と、気持ち悪さに、吐き気は止まらない。

 ああ、頭がぐらぐらする。

 「俺にそんな汚いものかけようとするなんて最低だ!!」

 そういって喚く転入生に、僕はどうしたらいいか、わからない。

 頭がくらくらする。

 吐き気がする。

 気持ち悪い。

 どうして、僕に構うの。どうして、僕に話しかけるの。

 ああ、なんて怖いんだろう。

 怖い怖い怖い怖いコワイ、コワイ――…。

 そんな気持ちに僕はいっぱいだ。

 「謝れ!! 謝れよ!! 最低だ!」

 そうして、壁によっかかりうつむいている僕に詰め寄る転入生。

 近づいてくる、それが怖い。

 顔を上げられない。この子は怖い。

 そうして、恐怖にかられてる中で、

 「な、…ち!」

 「おい、何やってやがる」

 道と、柳田様の声が響いた。

 「あ、香に道! こいつ最低なんだ! 俺に向かってわざと吐いたんだ!」

 「…な、ち、はい、た? だい、じょぶ?」

 道は転入生の言葉は聞こえていないとでも言う風に、スルーして近づいていった転入生を押しのけて僕に駆け寄る。

 文字をかく気力もわかないぐらい、頭がぐらぐらしていたから僕はただ頷いた。

 「何で、俺の心配しないんだよ!!」

 「……う、る、さい。お、れの、だいじ、な…、おと、とにひどい、こと、する奴……、おれ、きらい」

 ぎろりっといつもとは違う怖い顔をして、道は転入生をぎろりと睨んだ。

 「道、俺がこいつ引きとどめとくから、捺を保健室連れていけ」

 「ん。かい、ちょ、ありが、と」

 「弟って何だよ! 駄目だろ、家族なら――」

 柳田様の言葉に道が頷いて、そのまま道は僕を抱え込む。

 双子だけど道のが身長が高いし、力も強い。

 僕と違って運動もするのも好きだし、顔は僕と道って似てるけど中身は違うのだ。

 ―――そのまま、僕は道に抱えられる中で気持ち悪さが消えなくて意識を手放すのだった。






 *




 目を開ける。

 抱えられながら、意識を失っていた僕はどのくらい寝てたんだろうか。

 場所は保健室だった。

 ベッドから起き上がって、今は何時だろうと目で時計を探す。

 「……っ」

 そうしていて、視界に入ってきたのは柳田様だった。

 って、え、何で柳田様が此処に。

 椅子に座って寝てるんだろうか…。

 寝顔もかっこいい。それに綺麗だ。

 思わずその整った顔立ちに見惚れる。

 「や……な…、さま」

 此処に柳田様が居る。柳田様を視界に映せる。

 それだけで、幸せ。

 それだけで、僕は――…。

 「す……き、……す」

 練習して、ようやくまだちゃんと言えてないけど言えるようになった言葉が漏れる。

 久しぶりに出す声は、小さい。

 好きです、って思いが柳田様と関わりを持つようになってから一層増した。

 頑張って、起きてる時に言えるようにならなきゃ、なんて思っていたら、バチリッと柳田様の目が開いた。

 思わず柳田様が目を覚ましたことにびくりっとなる。

 柳田様はこちらをじーっと見ている。

 そして、口を開いた。

 「……捺、今何ていった?」

 その言葉に、さっきのもしかして起きてて聞いてた…!? という驚愕に僕は答えられない。

 僕の反応に、柳田様は楽しそうにこちらを見ている。

 「声、出せるようになったのか?」

 「ぁ………に」

 ああ、駄目だちゃんと声が出ない。

 『柳田様、好きです』、その言葉だけでもきちんと言おうと思って練習してたけど他はまだ無理だ。

 ”練習してたんです。だから、多分、ちょっとは…”

 「へぇ。で、俺の事好きなのか?」

 あああ、やっぱり聞かれてた。

 …うん、でも逃げちゃだめだ。伝えたいって思ったんだから伝えようって思った。

 だから、僕は、

 「だ、……す、き……す」

 言えてないけど、柳田様を見て”大好きです”と告げた。

 そして急いでメモ帳に文字を走らせる。

 まだちゃんと喋れないのだ。僕は。

 ”迷惑かもしれませんが、僕ずっと柳田様の事好きだったんです。

 だから、その、口で言いたいなと思って練習してたんです。

 筆談でごめんなさい。まだ、ちゃんと喋れないので”

 そんな文を見せる。

 迷惑かもしれない、気持ち悪いかもしれない。

 それでも言いたかったのだ、僕は。

 「捺、もう一回言ってみて」

 柳田様に何故かそう言われて、僕は頑張って口を開く。

 「……す、き…で、す」

 「可愛い」

 そういって、柳田様は僕の頭をなでる。

 ぼっと顔が赤くなるのがわかる。

 柳田様が、僕の事可愛いって言った!

 それだけで何だか本当に嬉しくて、嬉しくてたまらない。

 「照れてるのか?」

 ぶんぶんと首を縦に振る。

 何だかじーっと見られて、可愛いなんて言われて、頭なでられるなんて頭がパンクしそうだ。

 嬉しさと、恥ずかしさが心を埋め尽くしてる。

 「返事は聞かないのか?」

 何て聞かれて、一瞬ぽかんとしてしまった。

 返事? 返事って告白の?

 柳田様が僕何かと付き合うなんてありえないだろうから、って言うだけ言おうって思ってはいたけどそんな事全く考えてなかった。

 好きだって、気持ちをただ伝えたかった。

 それだけだったのだ。

 「そんなの考えてなかったって顔してる」

 ”答えてほしい何て高望みはしてないんです。僕はただ好きだから伝えたかったんです”

 正直に、その気持ちをかいて伝える。

 そうすれば、僕の頭から手をどけた柳田様は笑った。

 「いいな、捺は。謙虚で可愛い」

 そういった柳田様の手が僕の頬に触れる。

 「俺も、好きだ」

 そうして、真っすぐに僕を見て柳田様は驚くべき言葉を言い放ったのであった。

 しばらく、言われた言葉が理解できなくて、僕は唖然とする。

 「え……ぁ?」

 思わず口から何だか変な声が漏れる。

 「ふは、驚きすぎだろ。

 別におかしくはないだろ。あんな可愛い告白されたら心揺らぐって」

 そういって、柳田様は笑っている。

 「ほ……と?」

 「ん?」

 ”ごめんなさい。うまく喋れなくて。驚いてしまって、本当にか疑ってしまって…”

 流石に道と違って僕の言葉はいえなさすぎているらしい。

 僕は慌ててシャーペンを手にとって文字をかいた。

 「ああ」

 ”僕は柳田様が好きで、柳田様も?”

 「ああ。疑うな、本心だから。そもそも嘘でいってたら道に殺される」

 そんな風に笑う柳田様に、目元が熱くなる。

 「って、何で泣いてんだ」

 ”嬉しくて。柳田様を見て、声を聞けるだけで幸せだったから”

 「…そうか。これから恋人になるんだからそのくらいで嬉し泣きなってたら大変だぞ?」

 ”はい、でも嬉しいです”

 そうかいて、柳田様に僕はまた告げる。

 「す…き、です」

 君に伝えたい言葉がある。

 何度でも、僕の思いが枯れない限り、ずっと伝え続けたい言葉。




 ―――好きですと、伝えよう。

 (どうしようもなく好きでたまらないから、何度でも伝えよう)




end



ナチ

王道書記の双子弟。人が怖い。素直でブラコン気味。

王道書記以上に喋れない。


柳田香ヤナギダカオル

生徒会長。

文武両道。常識人。



王道書記の捺の双子の兄。

ブラコン。道のためならきっと何でもやる。

あと転入生のその後をかきこめなかったんですが、きっちり怒った道がやらかしました。


亜樹

名前だけ出てきた会計。道が好きだけど、全く相手にされていない可哀相な人。

外見チャラ男だけど一途。


他生徒会も王道は相手してない。

信者は理事長だけ。



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