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そうして、俺は見つけた。

世界は俺に~、そうして~シリーズの川上藤次side

 俺は、幸せだった。

 色んなものを持っているつもりで、大切だったものが失われることなんて予想も何もしていなかった。

 ――そんな、バカな餓鬼だった。

 中学の頃、やりたい事があった俺は留学することになった。ヨーロッパ方面に。

 笑顔で送り出してくれた、兄さんと母さん。

 大切だった。

 明るくて、真っすぐで強い兄さん。

 俺達兄弟を愛してくれてる、優しい母さん。

 そして、兄さんと俺を自慢に思ってくれてて、母さんを愛してた父さん。

 幸せだったんだ。まぎれもなく。

 大切だったんだ。どうしようもなく。

 兄さんが、叔父である理事長にしつこく誘われて転入したらしい。

 兄さんも母さんも毎月のように連絡をくれていた。

 学園が楽しいと笑っていた兄さん。

 友達を困らせてる奴がいるんだってだからどうにかしてあげたいっていってた兄さん。

 兄さんが寮にいって、俺は留学で、それで心配してた母さん。

 俺の体調とか、どんな調子だとか笑顔で聞いてた母さん。

 優しい二人が、好きだった。

 ―――帰ったら、きっと笑顔で兄さんも母さんも、そして父さんも迎えてくれるんだって事を疑いもしていなかった。

 確かにしばらく連絡がなくて、どうしたんだろうって不思議だった。

 でも兄さんは頑張ってるかな、って母さんはそっちを心配してるのかなってそう思ってた。

 でも、違った。

 留学が終わって、帰国した時、大切なものはもう、そこにはなかった。

 迎えの車の中で、執事にそれとなく兄さん達の事を聞いたら答えてくれなかった。

 不思議だった。だけれども、笑顔で迎えてくれると信じて疑わなかった。

 でも――、

 「母さんが、病んだ? 兄さんが、いない!?

 どういう事だよ!!」

 母さんが精神的にまいってて、大事な兄さんが戸籍からも外されて家にいなかった。

 何を言われたかわからなかった。

 兄さんが、いない?

 母さんが、壊れた?

 そんなもの信じたくなかったんだ。信じられなかったんだ。

 でも、父さんや叔父は残酷に笑うんだ。

 「アイツが問題を起こして家を潰される所だったんだ。

 でも、跡取りとして優秀な藤次がいるから安心だよ」

 「あの子のせいで学園が大いに荒れてねぇ…。全く何であんな子を可愛がってたんだか」

 「…何を、いってるんだ」

 理解できなかった。

 父さんにとって、兄さんは自慢だった。

 叔父さんにとって、兄さんは周りが見て気持ち悪いと思うぐらいに溺愛する対象だった。

 ――それが、たった数カ月で、こんなに変わるものなのか。

 「何をって、あの子は最低だったんだ。私たちを騙してたんだ」

 「あんな子だとは…」

 ふざけるな、と思った。

 椅子に腰かけて、後悔したように言う言葉に怒りを覚えた。

 その後ペラペラと兄さんが起こしてしまった事を喋る父さんたち。

 兄さんが最低? 騙してた?

 何で、何で、そんな事を言うんだ。

 兄さんは何かを起こしてしまったかもしれないけど、兄さんがそういう人じゃないって事二人とも知ってるはずなのに。

 何か理由とかが、あったんだと思った。

 何で、何で……、そんな金持ちの連中のいいなりになったんだっておもった。

 何で、兄さんを父さんたちだけでも守らなかったんだ!!

 兄さんが仲良くしてた不良チームの連中も兄さんを捨てたって。

 何で、あんなに兄さんが自慢だったんだろう? 兄さんの事大切だっていってたじゃないか。

 それを、どうして――…簡単にいいなりになれたんだ。

 どうして、兄さんを…!!

 聞けば、母さんは兄さんのために頼んでたらしい、許してほしいと。

 それなのに、そんな母さんを黙らせたんだって、この、目の前の二人は。

 ああ、と思った。

 父さんの事、普通に尊敬してた。

 叔父さんの事、兄さんを溺愛してるのは気持ち悪いとは思ってたけど、別に嫌いじゃなかった。

 でも、そんなの全部消えてしまった。

 あらがったのは母さんだけだったんだ。

 他の連中は、兄さんを、裏切ったんだ――…。

 悲しかった。苦しかった。

 でも、泣いてなんていられないと思った。

 「これからは跡取りとして頑張ってくれ」

 そんな言葉を俺は聞かずにその場を飛び出して、母さんの部屋に向かう。

 兄さんを捨てたショックで、母さんは心を無くしてしまったようだと父さんはいった。

 それに、「あんな奴忘れればいい」なんていった父さん…。

 ああ、きっと母さんは優しいから兄さんを捨ててしまった事が耐えられないのだ。

 母さんの部屋の中に入る。

 そこには、メイドに話しかけられながら、何も頷かない母さんがいた。

 「…藤次様」

 そのメイド、長くこの家に仕えている和子さんは俺を見て呟く。悲しそうに――…。

 「母さん、母さん……」

 話しかける。

 ぴくりと反応して、俺の方を見るけれども、母さんは「壱…ごめんね、壱…」そればかり、呟く。

 「藤次様、申し訳ありません。私には旦那様の決定を覆す力なんてありませんでした」

 和子さんは、ベッドの横の椅子から立ち上がって、悲しそうに泣きながら言葉を放つ。

 真っ白なシーツのベッドに座ったままの母さんと和子さんを見る。

 ああ、和子さんは父さんたちと違って兄さんの事を気にしてくれてるんだ。

 そう思っただけで、泣きたくなった。

 どうして、家族なのに、どうして……、兄さんを躊躇わずに捨てれたんだ。

 そんな風に思って、何を信じたらいいかわからなくなってたような心が、ちゃんと兄さんの事を気にかけている人がいるんだって思えるだけで、大丈夫だって思える気がした。

 「和子、さん…。兄さんは、何処にいるんですか?」

 「わからない、んです…。調べようにも、何処にいったのか…。私たちも色々探してるんです。でも…」

 「……兄さんのために、泣いてくれてありがとう、和子さん」

 そういってから、俺はこれからどうすればいいか、考える。

 本当はくじけて、泣きわめいて、現実逃避したくなる。

 でも、昔兄さんは言ってたんだ。

 ”諦めなければなんとでもなる”って、”変えようと少しでも動いてれば少しずつでも動くはずなんだ”って。

 そうだよ、兄さんはいつだって、真っすぐで、前を向いてた。

 ちょっと考えなしに動いちゃうときもあったけど、それでもそんな兄さんの行動はいつだって前向きだった。

 兄さんは明るくて、その性格に、いつだって俺は救われてた。

 ――…俺の憧れてた兄さんなら、こんな時に躓いてなんていないんだ。

 とりあえず、母さんを治してあげたい。

 そして、兄さんを見つけたい。

 ――…俺にだって、きっとできる事があるはずなんだ。

 決めたんだ、どうにかしようって。

 頑張ろうって。

 泣くのは、兄さんに会ってからにしよう。

 泣いてる場合なんかじゃ、ない。

 大事だった人が消えて、壊れてしまったなら。

 探して、治るように努力すればいい。

 「……和子さん、俺、ちょっと出かけます。母さんをお願いします」

 俺は和子さんにそういった。

 ―――俺は人づきあいなんてそこまで得意じゃないけれど、兄さんを慕ってた人が、本当に全員兄さんを捨てたとは思えない。

 きっと、居るはずなんだ。兄さんを探してる人が。

 母さんを病院にまず連れていきたい。

 父さんは、精神科にいかせるなんて恥だとかいって、母さんを隠してる。

 でもそんなんじゃ、きっと母さんは治らない。

 母さんに、笑いかけてほしいんだ。

 昔みたいに、笑ってほしいんだ。

 ――……失ったものを、取り戻したい。

 それから、俺は兄さんの居たチームにいった。

 幹部の人達は、兄さんがあんな性格だったなんて、騙されてたなんてお互い災難だななんていってた。

 本当、バカらしい。

 友情も結局、家族間の関係も結局あっけなく消えてしまうんだと思った。

 兄さんは、何を思っただろうか。

 裏切られて、見捨てられて…。

 そんな風に感じながらも下っ端の連中とかに話しかけて、色々話した。

 そうすれば、上の連中より下の連中の方が兄さんを気にかけてた。

 ああ、居るんだって思った。

 兄さんを気にかけて、兄さんの事で悲しんでいる人がいるんだって。

 それで、その下っ端の一人の家が病院を経営してて、そこに母さんを入院させてもらえるように色々手続きをした。

 父さんは、「精神科に入院するなら恥だ。ただでさえアイツのせいで評判が落ちてるのに…」なんていって、文句をいった父さんは離婚届を差し出してきた。

 壊れてしまった母さんに離婚するかしないかの判断はできなかったけれど、俺はこんな母さんをどうにもせずにほっとくのが嫌だった。

 そうして、離婚した。

 金だけは持ってるからって、生活費は父さんが送ってくれることになった。

 俺は、なるべく金をかけたくなかったから、中学を卒業したら兄さんが居た学校に行こうと決めている。

 特待生なら、お金がかからないから。

 そして、情報を集めたい。

 兄さんが何処にいるかを。

 兄さんを慕ってた人達も行くっていってた。兄さんが通ってた学園に。

 学園に入学して、俺は親衛隊なんてものが出来て、うんざりした。

 兄さんも、きっと最初から叔父さんの言う事なんて聞かずに素顔で入学すればよかったのに。兄さんは美形だったから。

 どちらかというと女顔とも言えるかもしれない。

 それにしても俺は留学してたから知らなかったが、ボサボサと毬藻みたいな頭に瓶底眼鏡だなんて――!! 叔父さんは兄さんに何を求めてたんだ…。

 まぁ、生徒会に任命されたのはいい意味で誤算だったけど。

 現生徒会長は、兄さんを追い出した張本人。

 そして、兄さんは災厄と呼ばれた最低最悪の奴で、現生徒会長は救世主なんだって。

 ………俺の知ってる兄さんは、そんな人じゃないのに。たった数カ月しか一緒にいなかったのに、どうして兄さんを決めつけてるんだろう。

 俺はずっと、生まれた時から兄弟として兄さんと一緒に育ってきたんだ。兄さんの事、凄くわかってるつもりだよ。

 兄さんの噂をひたすら集めた。

 その結果思った事は、何てバカなんだろうって冷めた目。

 兄さんを光といって傍においたのに、すぐに兄さんを捨てただなんて。色々な兄さんの”最低”な噂が舞い込んでくるけど、俺はそんなの信じない。

 自分で見たものしか、俺は信じない。

 兄さんを見つけた時、俺が知ってる兄さんがそのままいるなら、きっとこの学園での事は悪気もなくやらかしてしまったって事なんだろう。

 兄さんは頭はいいけど単純な所があったから、間違ってしまったのかもしれない。

 単純だから、間違えそうになる兄さんを俺や周りの人がいつもそれはだめだよって説明してた。

 兄さんはちゃんと説明をすれば、”ごめん、俺考えなしだったかも”ってちゃんと考えを改めてくれる人だった。

 話を聞く限り、当時兄さんの取り巻きなんて言われてた連中は、兄さんを絶対的として兄さんが言う事を何も否定しなかったらしい。

 それに俺の親衛隊隊長はそこまで兄さんの事を悪くは思ってなかったみたいで、兄さんの事、それとなく聞いた時いってたんだ。

 「僕の知り合いが、此処に通ってたんです。その人がバカやらかしたって前にいってたんですよね。何でも此処で当時の生徒会の親衛隊してたらしくて、過激派の筆頭だったって、いってました。

 その時に、生徒会の皆様を思うがあまりに、転入生に手を出して退学にさせられたんだそうです。生徒会の人達はその転入生に盲目的で、転入生に何かする生徒を次々と退学にさせていって、理事長までそれに便乗してたらしくて…。そのせいで余計悪循環だったらしいんです。

 だから、その話聞いて僕は一概に転入生だけが悪いんじゃないかなって思いましたよ。確かに、転入生は学園をひっかきまわしたのは事実ですけど、それを助長させたのは当時の人気者達ですから。それに、その人、人気者が手の平を返したように平凡に惚れて追い出したってきいて、「じゃあ、追い出された僕たちはなんだったんだ」っていってたんですよね。呆れてましたよ、手の平の返しように。何で僕あんなのに惚れてたんだろうって、すっかり学園の外で過去の自分を恥じてたんですよね。でも、退学は親衛隊なんてやらかしてた自分の自業自得だっていってましたけど。

 僕親衛隊って面白そうだなって思って、入りたかったんですけど、その話聞いたら会長達の親衛隊に入る気なんてしなくて、川村様は一年で生徒会なんて凄いなって思って、入ったんですよね」

 当時の人気者や叔父さんが全員兄さんを溺愛してて、権力乱用しまくてたって事か。

 というか、叔父さん…もうおっさんでいいや、あの人何やってんの。兄さんの性格わかってただろう?それとも表面上だけしか見てなかったっていうのか、付き合いが長いのに。

 それに、どうして――…。会長達は罰を受けていないんだ?

 どうして、兄さんを、戸籍から外して追い出すなんて真似までしたくせに平然と暮らしてるんだ。叔父さんだってそうだ。職権乱用しといて、どうして今も理事長席についてるんだ。

 ―――兄さんを知っている俺からすれば、全ての責任を兄さんに押し付けて正義ぶってるようにしか見えなかった。

 「そっか…」

 「はい。ところで、川上様は当時の事をよく聞いてますが、どうしてですか?」

 「……探してる、人が居るんだ」

 兄さんに会いたい。

 俺の願いはただそれだけ。

 俺は、留学から帰って来た時、家族が笑って迎えてくれればそれでよかったのだ。跡取りなんて地位臨んでもいなかったし、大切な人がいればそれでよかった。

 それなのに、帰ったら沢山のものがなくなってたんだ。

 「…そうですか。見つかると、いいですね」

 「ああ」

 そうして、そいつの言葉に俺は頷くのだった。

 ずっと何も喋らずに兄さんに惚れてたという、人気者達や兄さんに親友認定されて巻き込まれた救世主と呼ばれる彼を見ていた。

 元から聞いてはいたけれど、本当に兄さんの事を誰も気にかけてもいないし、後悔もしていない。

 それどころか、兄さんを特別扱いにしすぎて退学にさせた生徒達の事も気にかけていないようだった。

 心底呆れた。

 退学にして家から戸籍を外させて、そんな真似をしておきながら何も気にしないなんて。

 寧ろ兄さんなんて居なくなっても誰も悲しまないとでも思ってたのもしれない。本当、兄さんをわかってもいないのにって思った。

 違うよ、俺は悲しんでる。違うよ、母さんは壊れてしまった。すこしずつ入院生活でよくなってきてるけど、それでも壊れてしまったままなんだ、まだ…。

 母さん側の親族はいないんだ。生活費や入院費をアイツが、送ってくれてるとしても大変なんだ。だからわざわざ俺は学費免除の高校に情報集めも兼ねてきたんだ。

 俺や母さんにとって、兄さんは特別で、大切な人だったんだ。

 それを奪っといて、どうして――…。

 生徒会室では、ずっと苛々してた。何で何で何でって、兄さんをあんなに追い詰めて後悔もしてないのか! と何で、兄さんを簡単に裏切って何も感じてないんだ! と。何で、俺の前から兄さんと母さんの笑顔を奪ったのかって!!

 怒鳴りつけてやりたかった。

 「川上君」

 「………何ですか」

 「僕、川上君ともっと仲良くなりたいんだ。ねぇ、喋ろう」

 兄さんを追い出した元凶に話しかけられたのは、生徒会室でたまたま二人っきりになった時だった。

 ――ああ、と思う。

 仲良くなりたいなんてそんな事を言うこいつをぶちのめしたい。

 救世主、なんて会長が呼ばれてようと、俺にとって会長は…、兄さんを奪った原因の一つでしかない。

 「ねぇ、川上君、僕が”救世主”って呼ばれてる事しってる?」

 「……はい」

 「その当時の話しよっか。僕あの時大変だったけど、皆が居るから立ち直れたんだ」

 思わず表情が固まる。

 何が、立ち直れただ。何を自慢げに兄さんを追い出した事をこいつは話してるんだ…!!

 「でね、その雪村壱って子を……」

 「……もういいです」

 出てくる兄さんの悪口にも似た言葉に、思わず低い声が出てしまう。

 兄さんを語るな。知らない癖に。兄さんの事、ちゃんと知らない癖に…っ。

 得意気に笑顔で語る顔に、いら立ちを感じた。

 俺の目を見てびくっと震える姿に、苛立った。

 結局兄さんが追い出されたのは、こいつの力ではない気がする。

 話を聞いてても、結局当時の生徒会が兄さんに惚れて堕落して、勝手に会長に惚れて兄さんを見限ったとしか思えない。

 そもそも、生徒会が仕事を放棄したのが一番悪いのだろう。親衛隊が居るというのにべったりとひっつきまわったり…。

 どうして、兄さんだけが批難されなきゃいけなかった。何で、兄さんだけが、俺達家族から奪われなきゃいけなかった!!

 何で――っ!!

 思わず睨みつけてしまって、ますます会長の目が固まった。体が、震えていた。

 「生徒会長、聞いていいですか」

 「え、あ、う、うん」

 「生徒会長は、雪村壱の事を、”自分の事を正しいと思いこんでいて、美形に好かれたがってる最低な奴”って言いましたね」

 「……」

 俺の言葉に驚いたように脅えたように、こちらを見る会長に俺は告げる。

 「美形としか仲良くしたくない、怪我をしてた自分をあざ笑ってたって。本当にそう思ってるんですか」

 「……そ、そうだよ。だって実際に――…」

 「生徒会長の言葉を借りたら最低最悪の自己中人の、雪村壱の事、生徒会長はちゃんと知ってるんですか。性格も、思ってた事も」

 「……だ、って」

 泣きそうなまでに顔を歪めてる会長に、ああ、殴りたいと思わず思ってしまった。

 兄さんだって人間だから悪い所だってもちろんある。でも、俺も母さんも、兄さんのよい所も悪い所も含めて好きだった。

 ――でも当時の生徒会は、そうじゃない。惚れて追いかけたくせに、兄さんの悪い部分を見たら切り捨てた。

 ―――そして、もっともむかつくのは目の前の会長。

 兄さんは本当に無理やり連れ回したのか。俺の知ってる兄さんはそんな人じゃない。

 それに殴ってきた人間と仲良くやってるなんてある意味おかしい。

 …そもそも、兄さんだけが悪かったなんてどうして言える。

 兄さんを最低、最悪っていって、自分を「正義」にでも仕立てあげてるつもりか。

 本当に、兄さんが居なくなっても誰も悲しまないって思ってた所に虫唾が走る。

 「地味で目立たない子が苛められてた、だから苛めてた連中を説教した。

 友人が族に絡まれた。それを助けるためにたった一人で乗り込んだ。

 悲しい顔をしてたクラスメイトがいた。いきなり聞いちゃ悪いかもと仲良くなることに決めた」

 「…?」

 「喧嘩なんてやめてほしい。笑っててほしい。色んな人と仲良くなりたい。

 それでいて友人を死んでも裏切ろうとしない。言った事を全部信じ込む」

 「……な、なにをいって」

 「客観的に見れば、ただのバカかもしれない。確かにあの人は、後先考えずに行動してしまったり、少し人より手がでやすかったり、周りに居た人が尻拭いをすることもあったさ。

 ………でも、そんな面倒な尻拭いをしてもいいかなってぐらい、そのバカに救われてたんだ」

 そう、兄さんは客観的に見たらバカだったかもしれない。信じ込んじゃうから騙されそうで俺達はいつもちょっとハラハラしながら兄さんを見てた。

 面倒事を兄さんが持ってくることもあった。

 でも、そんな尻拭いをやってもいいと思うぐらい俺は兄さんが好きだった。

 「頭はいいけど、バカで、だけれども優しくて、周りを放っておけない人。

 騙されることだってあって、ハラハラして、一緒にいようって思って、だけど強くて、真っすぐな人。

 少なくとも、俺の知る雪村壱は、そんな人間」

 「か、川上君、あいつに、騙されたまま、なの?」

 そんな事を聞いてくる会長に思わず、侮蔑にも似た感情が浮かんだ。

 騙す? 人を騙すなんてする人なんかじゃない。兄さんは、違う。

 「騙されて?

 生徒会長は何をいってるんですか?」

 「え、だ、だって僕らが雪村壱を野放しにしたから…、出会って騙されたんでしょう? 学園から去った後の雪村壱に…。川上君顔がいいから…。この学園の事も悪い風にでも…」

 ああ、苛々する。

 顔がいい奴に、兄さんが近寄って騙す?

 何をバカな事を…ふざけるな!!

 「残念ながら、それは違いますよ。俺はあの人にこの二年、いや、三年近く、会えていません。生徒会長達のせいで」

 「…え?」

 俺の言葉に、まるで悪意を向けられることが信じられないとでも言う目を浮かべる会長。

 脅えたような目。

 ああ、むかつく。

 「……俺の家、離婚してるんですよ。二年前に」

 「…り、離婚?

 それと、何の関係が…」

 「俺は、留学してました。やりたいことがあって。その間に、数カ月兄さんや母さんから連絡がなくて不思議だったんです。

 父さんが俺に連絡しないのは、よくありましたけど、二人とも留学してる俺を心配して一ヶ月に一回は必ず連絡をくれてたんです。

 不思議だったけど、兄さんはまた何か面倒事に足突っ込んでだけど頑張ってるかなって、母さんは、そんな兄さんが心配で俺の方を気にかける余裕ないのかなって。俺と違って、兄さんは無茶をしますから」

 母さんと、兄さん。

 二人と話すのが好きだった。

 家族で笑って過ごすのが好きだった。

 「久しぶりに留学を終えて帰ったんです。迎えは執事で、兄さんや母さんの事聞いても教えてくれなかった。

 何でかわからなかったけど、二人がサプライズで出迎えてくれるのかなって思った。

 ――けど違った。

 帰ったらどうなってたと思います?」

 「どうなってた…って」

 「兄さんは、家から…いえ、戸籍から排除されてて、母さんは精神的に病んでたんです。

 もちろん、何が起こったか理解できなかったです。だって留学する前は、仕事で忙しい父さんはともかく、母さんも兄さんも居て笑ってましたから」

 本当に、信じてたんだ。失われることなんてないって。

 「父さんと、”自分の学園にぜひきてくれ”と無理に兄さんを学園に呼びだした叔父は笑ったんですよ?

 ”あんなのを可愛がってたなんて”、”あの子のせいで大変だった”って。

 おかしいでしょう? 父さんにとってあることが起こるまで兄さんは自慢だったはずです。母さんの事も愛してたはずです。それなのに父さんは兄さんを見捨てて、病んだ母さんに”あいつの事は忘れろ”なんて言うんです。

 叔父は、兄さんを気持ち悪いぐらいに溺愛してて、兄さんを自分の学園に無理によんだくせに、兄さんを見捨てたんです。

 何事もなかったように、笑って、次の後継者はお前だって、お前が優秀でよかった。これで家は安心だって…。ぶち殺してやろうかと思いました」

 あの男達二人は嫌いだ。もう二度と父さんとか叔父さんなんて呼びたくない。

 兄さんを、信じたり守ったりしなかった。あの二人は…!!

 「川上君、きっと事情があったんだよ。そのお父さんたちにも、それなのに――…」

 「あなたが、それを言うんですか? 事情? 俺はあんな人達を尊敬してた自分を恥じますよ。

 俺の大切だった家庭は壊れたんです。兄さんのせいだって言うかもしれませんけど、確かに兄さんのせいかもしれませんけど。

 間接的には、あなたたちに―――…兄さんを、雪村壱を追い出したあななたちにも原因があるんですよ?」

 お前が言うな。お前が口にするな。

 兄さんを、追い出したお前が…!!

 殴りかかってしまいそうなほどのいら立ちを必死に抑える。

 「……ぼ、僕らが悪いって、悪いのは学園を荒らした――」

 「黙れ」

 思わず口からこぼれた声は、自分でも驚くほどに冷たかった。

 「兄さんに騙されてる? 兄さんが最悪で自己中…? ふざけんな! 美形しか侍らしたくない? そんなわけない。兄さんは、そんな人じゃない」

 「た、大変! せ、洗脳でもされてるの…?」

 本気で言っているような会長に、思わず苛立つ。

 兄さんをそんな人間だとか勝手に決め付けんな。

 本当に、殴ってしまいたい。

 「…お前は、何を知ってる。兄さんの何を知って、俺が兄さんに騙されたっていって、洗脳されてる、なんて口にする?」

 「…い、一緒に、いた、時の、事で、わか、ったんだ」

 「…たった三カ月で兄さんを全て理解したって?へぇ、凄いですね。他の人達も俺からしたら、バカですよ。

 いきなり兄さんを気にいって、短期間で兄さんをけなしたんでしょう?

 兄さんは、人を裏切ったりしない人だったのに。皆、兄さんを裏切ったんですよね」

 そういって、睨みつけるように会長を見れば、会長は震えた。

 脅えたように。

 「…俺に脅えてるんですか。おかしいとでも思えますか? でも、俺がおかしいのは、あんたたちが兄さんを、俺と母さんから奪ったからですよ」

 俺がおかしいとすれば、それは兄さんが居なくなって母さんが壊れたからだ。

 大事なものが失われれば、誰だって壊れるだろう?

 「知ってました? 俺や兄さんを慕ってた人達は、皆此処に入学したんですよ。兄さんが消えてから、手がかりが欲しかったから。

 俺ずっと聞いてたんですよ、あなたや生徒会や、他の一匹狼とか呼ばれてた不良とかが、兄さんをすっかり忘れて、後悔もせずに笑ってるの」

 震える会長に、俺は続ける。

 「あ、あんな奴の、た、ために復讐なんて…」

 「誰が復讐するっていいました? そんな事しませんよ。兄さんを見つけた時に、兄さんが悲しむでしょう。俺が、俺達がそんな事をしたなんて知ったら。

 俺は顔はいいですから、あんたと接点持てると思って入学したんです。

 兄さんをどうしたか聞きたかったですし。さっき野放しにしたってことはあんた、今の兄さん知らないんでしょう?

 じゃあ、俺達はもう此処に用はない」

 本当に兄さんが、復讐に喜ぶ人間だと信じ切っている事に呆れた。

 何も兄さんをこいつはわかってない。

 あの人は、兄さんは人のために泣ける人だ。優しい人だ。

 それを、俺は誰よりも知ってる。

 「では、俺は…、学園をやめます。もう二度ときません。もちろん、他の連中も…

 復讐なんてしませんから安心してください。口にしたのは、あまりにもいら立ったからですから。

 別に言いたければ取り巻きにいってもいいですよ?

 でもま、思い知ってください。この学園に、あなたを”救世主”と拝み、他の連中を崇める生徒達の中に、どれだけ兄さんのためを思ってこの学園にやってきた人がいたのかを」

 もう、用はない。

 学園に居る意味はない。

 俺がやりたい事は兄さんを探すこと。

 それから、違う高校に通ってきっちり卒業して大学にいった。

 別に何処でもよかった。

 ただ兄さんに会いたかった。

 壊れてしまった母さんをもとに戻したかった。

 俺の気持ちはそれだけ。

 もう一度、母さんと兄さんと、俺で笑いたいんだ。

 大学を卒業しても、見つからなかった。

 就職活動をめいいっぱいした結果、俺は宝竜寺っていう有名な家が経営する企業に。

 なんとなく、仕事をしていた。

 だって、どうでもよかった。

 仕事をして、母さんの入院費が稼げればそれで……。

 そうして何となく仕事をしている中で、俺は―――、

 「…兄、さん!!」

 兄さんの姿を社内でみかけた。

 わかったよ。見ただけで。すぐにわかったんだ。

 あれから何年もたってたけど、面影があるしわかったんだ。

 兄さんは宝竜寺家の当主である女性と、一緒に話しこんでいたのだ。

 「……藤次!?」

 「兄さん、兄さん!!」

 思わず抱きついてしまった。社内だというのに。

 だってずっと、ずっと探してたんだ。

 「あら? 壱の弟…?」

 「うん、そうだよ。菖蒲さん。えっと、仕事中だけどちょっと話していいかな?」

 「いいわよ。壱の分はあたしがやっておくから。

 会うの久しぶりなんでしょ。ゆっくり話してきなさい」

 兄さんが、当主の事を菖蒲さんなんて親しげに呼ぶから俺は思わず驚いてしまった。

 驚きよりも嬉しさが勝っていて思わず何だか嬉しくて、泣きそうだった。

 「藤次、ちょっとあいてる部屋で話そうか」

 こくりっと俺はもちろんそれに頷いた。






 *




 「兄さん、俺、ずっと兄さんを探してたんだ。ずっと、ずっと会いたかった!」

 二人っきりになって思いっきり泣いた。

 会いたかった。ずっと兄さんに会いたかった。

 「…探しててくれたのか?」

 兄さんは何故か驚いたように言う。

 それが不思議で問いかければ、

 「……学園の奴らが、俺は家にも捨てられたって誰も味方なんて居ないって。家族も誰も味方いないって言ってたんだ。

 叔父さんもそういう態度だったから、もしかしたら、藤次にも嫌われたかって思ってた」

 悲しそうに、兄さんはいった。

 そうか、散々悪者扱いされて、兄さんは人を信じられなくなってたのかもしれない。

 「そんなわけないよ、兄さん。俺も…母さんも、兄さんが居ないのが嫌だった!!」

 「母さんも…?」

 「そうだ、聞いて兄さん。母さん、兄さんを守れなかったことで自分を責めて……、病んでしまったんだ…。

 だから、一緒にお見舞い、行こう、兄さん。

 きっと兄さんが元気にしてるのみたら母さん元気になると思うんだ。俺だけじゃ、駄目だった…っ」

 必死に、俺が言葉を告げれば兄さんは悲しそうな顔をした。

 「俺のせいで…母さんが…。それに藤次の名字、違うし、もしかして俺のせいで、離婚した…?」

 「違うよ! 兄さんのせいじゃないよ。

 兄さんを守りもせずに、急に態度を変えた父さん達に俺も母さんも耐えられなかったんだよ」

 変わってない。

 その事実が、嬉しかった。

 やっぱり、兄さんは兄さんだ。

 こんな風に悲しんだりできる、優しい人だ。

 「でも…俺も悪かったよ。学園でちょっと間違えちゃったのは事実だから…」

 やっぱり、兄さんと学園の奴らは違うよ。

 兄さんの方が、優しいしずっと真っすぐだ。

 誰かのせいにして自分が悪いことを認めないアイツらなんて俺は嫌いだ。

 「兄さん…。でも兄さんを探してた人俺以外にも居るよ。

 チームの下っ端の人達も、探してたよ。だからあいつらにもあってよ。兄さん」

 そう言えば、兄さんは驚いて嬉しそうにはにかんだ。

 本当に兄さんっていつまでたっても女顔だよなと思う。

 「それで、兄さんはどうしてたの…?」

 「俺は――…」

 それから兄さんはこれまでの事を語ってくれた。

 学園から追い出されて、誰も味方が居ないって自棄になってたらしい。

 そこで中学の頃の友人が助けてくれて、嬉しかったって。

 結局一人だっておもっても助けてくれる人が居たって。

 それから、バイトをしながら高卒試験をとるための勉強してたらしい。

 そこで宝竜寺菖蒲―――宝竜寺家の当主にあったらしい。

 それで付き合いだして、今は結婚してるなんて言うんだからびっくりした。

 「俺、菖蒲さんの旦那だって胸張って言えるようにやろうと思って今補佐的な役割で働いてんだ」

 そういって笑う兄さんは、昔の兄さんのままで、輝いていた。

 「兄さん…。母さんの所いつ行ける?」

 「今日仕事が終わってから、行こう」

 「うん!」

 母さん、俺は兄さんを連れていくよ。

 だから、一緒に笑おう。

 三人でまた、仲良くしよう。

 俺の願いはそれだから。





end



(兄さんはやっぱり俺の大好きな兄さんのままだった)



藤次の願いはただ、『母さんと兄さんと三人で笑いたい』ってだけだったんですよね。


大切だったものが失われて、だから何が何でも取り戻したいって願ってずっと探してたんです。


学園での兄の悪評を聞いても、それでも信じてたんです。

そんな事しないって。俺の知る兄さんは違うって。



そしてこいつは大分ブラコンなので一郎達の事は大嫌いです。



そして父親と叔父も態度を変えすぎで本当に嫌いです。


壱はバカだから学園で間違ってしまって、

菖蒲はそんな壱に二度と間違わせないと誓って、

会長は気付きながらも見ないふりをしてだけど気付いて、

一郎はずっと見ていた夢からようやく目を覚まし、

藤次は取り戻したいがために行動してた。


壱も学園の時は間違ってるなんて思ってなく、行動してましたし、

一郎はもう精神的にも肉体的にもボロボロで腐男子の言葉が甘い蜜のようだったんですよね。

ボロボロだったから何とかしたくて、そんな一郎にとって従兄の言葉は魔法だったんですよね。それで信じて行動して夢から覚めて後悔した。



藤次は兄と母が大好きで、だから一郎達が憎くてたまらなかった。もう一度会いたいと願ってた。


会長は気付きかけてたけど、全部に蓋をして見ないふりをしてた。見たくないことを見ないふりって結構誰でもありますよね。


菖蒲は皆なんか悪いって、客観的に見てるから言えて間違わせないようにしようって誓って。



学園から見たら、一郎が正しくて、壱が間違ってる。


藤次から見れば、一郎達が憎くて、壱は大切な人。


菖蒲からすれば中立的な考えで、両方とも何処か悪い。


結局違う側面から見たら物ごとって、色々思う事がありますよね。


ある人から見れば、正しくても、ある人から見れば間違ってたりとかあるでしょうし。


結局判断の方法って私情がはいりますからねぇ。


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