君は、僕の犬でしょう? 2
「時弥様を誘惑するなんて」
「平凡の癖に!!」
「それに立花様達にまで――」
僕は現在不機嫌だ。
僕の犬に会いに行こうとしていたら、何だか親衛隊なるものに呼びだされてしまった。
時弥の親衛隊と、立花達――生徒会の奴だ。
生徒会室に呼ばれて雑談したのが悪かったらしい。
全く、立花の奴が面白がって生徒会室になんて呼びだすから…と思う。
僕は生徒会なんて興味ない。
そりゃあ、立花とは家同士の付き合いがあるし、友人だとは思っているけれど、それでもぶっちゃけどうでもいい。
僕がいなくなったら困るのは時弥だけ。僕は自分の犬が居なくなるのがいやだと思うだけの冷たい人間だから。
「時弥様にあんたなんて似合わないの!!」
「平凡で家柄もよくないのに!! 時弥君にはもっと可愛い子の方が似合う!!」
「立花様に近づくなんてっ!!」
「どうせ体でも使ったんでしょ! 時弥君は遊んでるだけだよ!」
「さっさと離れて!!」
あー、煩い煩い煩い。
僕が犬の傍にいるのをどうしてそんな風にキャンキャン言われなくちゃいけないんだ。
時弥が僕で遊んでる?
どうしてそんなありえないことを言えるのだろうか。時弥が、僕以外を求めるなんて僕は許さない。
僕の腕の中に入ったのは時弥自身。僕の犬になったのは時弥の意思。
あれは、僕の犬。あれは、僕のもの。
「何か言いなさいよ!!」
「煩い。キャンキャンほえないでくれる? 大体、僕と時弥の事に何でお前らが口にするの?
立花とただ友人で呼ばれただけだし、立花の事とか僕そういう性欲の対象としてなんて見てないし」
めんどくさいめんどくさい、めんどくさい。
時弥に会いに行こうとしているのに。どうして、こんな、邪魔なものにつかまってしまうんだろう。
「な、生意気いってんじゃないよ!!」
「一般家庭のくせに!!」
そもそも、一般家庭って、面倒でばらしてないだけで、僕の実家って権力持ってるし。
立花の家と並ぶぐらいの権力はあるし、普通に。
本当、煩いバカは嫌い。
目の前の奴らは要らない。時弥だけがいれば僕はいいし、こんな奴らを相手にするぐらいなら犬とじゃれている方がいい。
「煩い。邪魔なんだけど」
「なっ、何よ、あんた!こっちは――」
「時弥様は、」
「とき――」
色々な身長の低い男達が喚くのに、いら立って、思わず手が出てしまった。
ボコッ、という音と共に、倒れ込む一人の生徒。
「ねぇ、僕の時弥の名前呼ばないでくれない?」
僕の犬の名前をどうして、そんなキャンキャン喚きながら口にするの?
苛々する。
だって、時弥は僕のなの。僕の犬なの。
どうして、僕の時弥を知ったかぶったように語るの? 僕の時弥の名前をほかの奴が呼ぶのは苛々する。
「な、何すんの、あんた!!」
「殴るなんて最低!!」
「とき――」
「だから、僕の時弥の名前、気やすく言わないでくれる?
そもそも僕と時弥を認めないんだっけ? それなら、君らの事、潰さなきゃ」
だって、うざいから。
だって、面倒だから。
僕と時弥が一緒に居るのを邪魔する奴なんて存在している価値なんてない。
時弥、時弥――、僕の可愛い犬。
時弥に親衛隊があるのも、本当はいや。
だって、時弥は僕の犬なのにって思うから。
それでも目立ちたくないから我慢してたんだ。
でも――、もう、目立っちゃってるんだから、いいよね。
僕はそれを思って、笑った。
拳が振るわれる。
殴り飛ばされた小柄な生徒が、宙を舞う。
僕は、暴走する時がある。
立花に、”『狂犬』なんかよりお前のがよっぽど危ない”なんて言われるぐらい、僕は暴れたら見境がない。
とはいっても僕は犬の事以外では取り乱すことはない。
僕をとりみだせるのは、僕のただ一人の犬の事だけ。
きっと、犬にとっても取り乱すのは僕の事だけなんだろう。
「……この現状はどういう事だ。田中こむぎ」
風紀が駆け付けた時には、僕は流石に冷静になっていた。
冷静になった僕の拳ににじむのは、血液。
倒れ込んだ親衛隊の面々。
あー、立花の親衛隊まで殴っちゃった。
やってきたのは風紀委員長(前の風紀委員長は立花達に追い出されて新しい人)は訝しそうにこちらを見ていた。
「どういう事って、僕の犬の名を何度も何度も呼び続けるとか、思わず手が出たってだけですけど?」
あーあ、制服が穢れちゃった。寮に戻ってシャワーでも浴びなければ。
僕の返答に、風紀の面々の顔が恐怖や困惑に歪む。
「…犬?」
「え、だからって暴れたのか…?」
口々に困惑した声をあげられるけれど、僕は特に何も思わない。だって、どうでもいい奴にどう思われようとも僕にとってはどうでもいいことでしかない。
時弥さえ失わなければ僕はいい。
時弥さえ傍にいるなら僕はいい。
他の誰が何処かに行こうとも、僕を異常とみなしたとしても、どうでもいい。
時弥さえ、僕を求めて、僕のそばにいればいいんだ。
ま、どうでもいいかって事でその場から去ろうとしたら、風紀委員長に止められた。
「ま、待て! 事情を聞かなきゃいけないから、風紀室に来るんだ」
「どうして? 僕は速くシャワーを浴びて、犬の所に行かなきゃいけないんですけど」
どうして、そんな面倒なことを僕がしなければならないのだろう?
悪いのは、僕と時弥の事に口出しをした親衛隊なのに。
「どうしてって――」
そうして、風紀委員長が何かを言いかける中で、
「こむぎっ!!」
「わお、派手にやったなぁ」
「何この地獄絵図」
声が響いた。
振り向いた先に居たのは時弥と立花と、風霧だった。
「こむぎ、喧嘩したのか?」
「うん、こいつらが時弥時弥うっさかったから思わず殴っちゃった。制服が穢れちゃったし、人の血とか付着しているなんて気持ち悪いから洗いたい」
「うん、俺もこむぎに誰かの血がついてるとかいやだなぁ。あ、こむぎの血ならなめとってしまいたいぐらいだけど」
「残念、僕は怪我してないからこれは汚い他人の血だよ」
近づいてきて僕に笑いかけてくる時弥に、僕も笑ってかえす。
「…相変わらず怖い会話だな、面白いけど」
「素で言ってるあたり本当おもしれぇ」
立花と風霧がそんな言葉を零しながら呆れたようにこちらを見ている。
「ま、今回呼びだしたのは俺らと時弥の親衛隊だし、厳重に俺らから手を出さないように注意しておこっか」
「いや、つか、口出したら殴られるのわかってて絡む奴いるか?」
「あー、言えてるこむぎって、切れたらめっちゃ暴れるしね」
立花と風霧がそんな会話を交わしだす。
「俺の親衛隊が、こむぎにねぇ…? こむぎに話しかけるなんて、こむぎに触れたなんて、ああ、殺したい」
「時弥…。こむぎが自分から殴ったんだろ?」
僕の血のついた手を手にとって、放たれた時弥の言葉に立花が呆れたように言葉を放つ。
周りに居る風紀達はそんな僕たちに固まったままだ。
「こむぎの手に汚い血なんてつけて、こむぎの肌に触れただなんて……、今までキャーキャー騒いでてもどうでもよかったけど、つぶそっかなぁ…」
「うん、僕も時弥の親衛隊潰したいなぁ。だって、時弥は僕の犬なのに。僕の犬の事勝手に噂して知ったかぶってるなんて、本当考えただけで苛々する」
「こむぎも時弥も物騒なこと言うのやめない? 俺からお前らの事時弥の親衛隊にしっかり言っておくからさ」
「立花がいったぐらいで僕の犬の親衛隊は収まるの?」
「うーん、わかんないけど、次こむぎに手を出したらどうなっても知らないよって忠告しておくから。次手を出してきたら本当に容赦なしにぶっ潰していいよ。
俺が許可する」
にっこりと笑ってそんな事を言う立花はいい性格をしていると思う。
「た、橘! そんな、許可を――」
「委員長、黙ってて。本当、こむぎも時弥も『触るな危険』なんだから。下手にちょっかいだすと確実に地獄絵図が完成されるんだし
俺は別にこいつらが暴走しても楽しいからいいけど、流石に退学者ばっかとかなったら困るしね。生徒会として」
風紀委員長の言葉を遮って黙らせて、立花は僕と時弥を見る。
「し、しかし、謹慎ぐらいは――」
「謹慎ねぇ? こむぎ、謹慎しろってよ、どうすんの?」
「…不服だけど、暴れたのは僕だし、仕方ないか」
「こむぎ、俺も一緒に居るから」
暴れちゃったのは僕だし、謹慎するだけなら別にいい。
「風紀委員長、謹慎何日ぐらい?」
「あ、ああ、3日だ」
「わかった。時弥、行こう」
「ああ」
どれだけ謹慎をすればいいか聞いたらもう僕はこの場に居る必要はないと思った。
だから、時弥に声をかけて、そのまま寮へと向かった。
立花の提案に乗って、次に何かしてきたら思いっきり潰そう。
だって、僕の時弥の事を慕っている存在がいるってだけで、僕はいやだから。
end
―オマケ こむぎ+時弥のその後の会話のみ―
「シャワーあびなきゃ。汚いし、制服も洗わなきゃね」
「一緒入ろうよ、こむぎ」
「うん、いいよ」
「それにしてもこむぎに触れていいのは俺だけなのに…。ああ、やっぱあいつら殺したい」
「ま、立花が言ってたみたいに次手を出してきたら潰そうよ」
「ああ」
「それにしても、時弥は僕の犬なのに親衛隊って煩いよね」
「……俺も親衛隊要らない。というか、最近こむぎが周りに注目されてて噂されてていやだ」
「うん、僕も時弥の噂してる連中見ると喉を潰してやりたくなる」
――お互い様な何だか危ない二人の会話。
end




