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あいつのために俺ができること 4

3で悟の声を聴いていた生徒目線

 木田悟――その名前だけは前々から知っていた。

 二学年の親衛隊持ちで、抱きたいランキング、抱かれたいランキング双方に入っている中性的な顔立ちの男。

 親衛隊だろうと、他の人間にだろうと、告白されれば必ず断っていて、ノンケだと噂されている男。

 ――そして、入学してきた一年である斎藤杏に心を奪われた一人と噂されていた。

 だけど、俺は――、聞いてしまった。

 『しん、ご…』

 越前信吾の名を悲痛そうに呼ぶ声を。

 愛おしそうに、苦しそうに漏れる声を。

 切ないまでに震えている声を。

 耳にしてしまったんだ。

 その声を聞いた時、思わず耳を奪われた。

 何処までも苦しそうで、だけれども愛おしそうな声に、胸が揺さぶられた。

 誰なんだ、と慌ててトイレから出てみた所――見えたのは木田悟の後ろ姿だった。

 ……そうして、俺は気付いてしまった。

 木田悟が、斎藤杏ではなく、越前信吾を思っている事を。

 それから、気になって、気になって仕方がなくて、木田悟の事を調べた。

 そしたら、どうだろう――あいつは、越前信吾の恋のお手伝いをしていた。

 わざわざ生徒会とかの親衛隊にまで頭を下げて、斎藤杏へと制裁をやめてもらってもいた。(親衛隊が中々口を割らなかったが、脅して割らせた)

 わざわざ頼む、と頭を下げて、そうして、越前信吾には応援するって話を聞いているのも何度か目撃した。

 ああ、と思った。

 無理して笑顔を浮かべて、越前信吾に笑いかける姿に。

 斎藤杏に笑いかけて優しくする姿に。

 越前信吾と斎藤杏のすぐ隣で苦しそうに顔を歪めている姿に。

 ―――何て、綺麗な奴なんだろうと思った。

 人なんて――特にこの学園の奴らなんて自分の欲にまみれている奴らが多い。

リンチ、強姦――、親衛隊…そんなものが普通に存在している場所がこの場所だ。

 誰かを手に入れるためにストーカー行為に走る奴だっている、親衛隊は慕っている対象に近づく人間には制裁をする、斎藤杏に惚れている奴らだって自分の思うがままに行動している。

 ――それなのに、木田悟は、越前信吾のために自分の思いに蓋をしてまで動いている。

 苦しいはずなのに悟られないように笑いかけて、

 悲しいはずなのに応援するとそこにいて、

 妬ましいはずなのに斎藤杏に向かって笑いかける。

 斎藤杏も、越前信吾も、他の斎藤杏に惚れてる奴らも、木田悟がしている事を知らずに笑ってる。

 突然、親衛隊の奴らが制裁をやめたことに疑問と疑いは持っていても、真実まで知ろうとはしていない。

 親衛隊に問い詰めれば、すぐに出てくる話なのに。

 それでも、その影で動いてる事や思いが知られなくても木田悟は越前信吾のために動いてる。

 ――欲しいと思った。

 越前信吾を思って泣いた、あの切ない声で、自分の名を呼ばれればどれだけ気分がいいのだろう。

 ―――越前信吾は、斎藤杏が、純粋で綺麗で真っすぐだから好きらしいが、俺からしてみれば木田悟の方が綺麗な奴だと思う。

 「―――いらねぇなら、もらうだけだ」

 そういって、俺は笑うのだった。




 ある日の事だ。



 「木田悟、あなた最近親衛隊の連中と仲良いんですって?何を企んでいるんです」

 「そうだ。俺様の親衛隊とも話しているだろう?

 あんな奴らと仲良くするなどとは、貴様には杏は似合わないな」

 「「杏に嫌がらせしてた子とも話してたよねー。木田先輩って何考えてるの?」」

 「あ、もしかして自分で杏を襲わせて助けて惚れさせようとでも思ってた?」

 木田悟とどうやって接触しようか、そんな事を考えながら歩いていれば、生徒会の奴らの声が聞こえた。

 自意識過剰で、斎藤杏を思うばかりか、冷静さが欠けてきている奴ら。

 親衛隊を毛嫌いしている癖にセフレとかにしていた奴ら。

 その言葉に、責められているのが、木田悟なのだと理解する。

 生徒会とか、斎藤杏の取り巻き達は、斎藤杏への嫌がらせがなくなってきていることを”親衛隊が何か企んでいる”と認識しているらしい。

 だから、最近親衛隊と仲がよい木田悟を責めているというところか――。

 冷静になれば、わかるはずなのに。

 木田悟が斎藤杏に興味がない事ぐらい。

 だけど、恋に盲目で、斎藤杏を守りたいとでも思っている奴らにはわからないらしい。

 「俺は、何も企んでませんよ。ただ単に親衛隊の子と少しは喋る仲だってだけです」

 生徒会と、越前信吾と、サッカー部のエースと、斎藤杏……それらが、木田悟の目の前にいるを見る。


 「本当ですか? 木田悟、あなたは親衛隊とはそこまで仲良くなかったはずです。それがこんな突然仲良くなるなんておかしいです」

 「俺様の杏を制裁していた奴とも話しているなどとは気がしれん。そんなクズと話すなどとは…」

 「俺を制裁していた人と仲良くしているって、本当、何ですか…?」

 ああ、何てバカな奴ら。

 そんな風に思ってしまうのは仕方ない事だと思う。

 斎藤杏の傷ついたような顔に周りの取り巻き達の顔がこわばるのがわかる。

 ――それは、越前信吾だって例外ではない。

 「悟…、本当に杏に嫌がらせしてる奴らと仲良くしているのか?ウソだろ…」

 裏切られた、というような表情を浮かべる越前信吾に、バカらしいと呆れる。

 誰のために木田悟が親衛隊と話したかもしらないで、

 誰のために頭を下げて回ってるかも知らないで、

 ただ”斎藤杏を制裁していた人間と仲良くしている”という表面だけを見てそんな表情をするなんて。

 「…制裁しているからって根が悪い人間ってわけじゃない。それに斎藤への嫌がらせをしてなかった奴らややめた奴らだ、全員」

 どんな思いで、木田悟は越前信吾の言葉を受け止めているのだろうか。

 「「それが怪しいんだよー」」

 「大体、制裁をやめたとはいっても親衛隊は親衛隊です。神経を疑います」

 「そう、ですか。そう思うなら勝手にどうぞ、思ってください。

 ……俺、ちょっといく場所あるので、いきますね」

 斎藤杏は”親衛隊は無くすべき。あったら先輩達が孤独になるだけだから”だの言ってたらしいけれど、この学園で親衛隊なくなったら狙われるだけなのだ。

 ずっと存在していたものを無くせば、そこの秩序がなくなるのぐらい当たり前な事なのに。

 そんな簡単にそういう風習がなくなるはずもないのに。

 木田悟は、そのまま、その場を後にする。

 「「何あれ、逃げたー?」」

 「やっぱり、やましいことでも考えているのか」

 「……悟」

 責められて逃げるように去っていったから、口々にそんな事を言う奴ら。

 きっと、逃げたのは泣きたかったから、だと思う。

 俺は、木田悟を追いかける事にした。

 越前信吾達から逃げるように、足を進める木田悟の後を追う。

 木田悟はどんどん人気のない場所に向かっているようだ。


 そして、たどり着いたのは人気の少ない、裏庭。



 「―――っ」

 木田悟はきょろきょろと周りに人がいないか確認すると(俺は隠れてて気付かれなかった)、声にもならない嗚咽を漏らし始めた。

 ああ、と思う。

 こうやって一人で泣いて、一人で苦しんで、全て一人で木田悟は抱え込もうとしているのかと。

 越前信吾に思いを伝える気はない、というのは木田悟を見ていてわかる。

 だからこそ、きっとさっきも反論できなかったのだ。

 木田悟は他人に興味ない事でも有名だ。

 わざわざ頭下げたなんていって、勘付かれるのがきっと嫌だったのだろう。

 ”親友”という関係を壊したくない、とでも思ってるのかもしれない。

 ま、俺からすれば越前信吾にそれだけの価値があるようには見えないけれど。

 「しん、ご……っ」

 越前信吾の名前を呼んで、そうして涙を流す木田悟を綺麗だと思った。

 それと同時にそんな綺麗な涙、越前信吾にはもったいないとさえ思った。

 「…木田悟」

 そうして俺は誰もいないと安心しきって涙を流す、木田悟の名を呼んだ。

 木田悟は俺の呼びかけに驚いたように、こちらを振り向く。

 「……前園、泉」

 前園泉マエゾノセン――そんな俺の名前を呼んで、驚いたように固まる木田悟。

 俺も一応親衛隊持ってるし、あっちが俺の事知っていても特に驚く事ではない。

 「木田悟」

 「……何だ、よ」

 涙を拭って、泣いていた事がバレバレなのに取り繕おうとする木田悟を見る。

 「思いっきり泣けば? 俺、お前が泣いてるの知ってるし」

 「…なっ」

 「数日前、トイレで泣いてたのお前だろ? 越前信吾の名を呼んで、泣いてたの」

 ますます驚いたような顔になる木田悟。

 まさか、誰かいるとはきっと思っていなかったのだろう。

 「…見てた、のか」

 「ああ。それに知ってるぜ。お前が越前信吾のために親衛隊に頭下げてる事も。さっき、色々言われた事も」

 「……ストーカー?」

 「ちげぇよ!

 泣いてたから気になって調べたんだよ。あとさっきの見たのはたまたまだ」

 ストーカー、なんて不思議そうにつぶやく木田悟に思わずそういってしまう。

 まぁ、確かに最近木田悟の事目で追ってたし、色々調べてたけどストーカーでは断じてない。

 「…それで、俺が信吾の事好きで、色々やってんの見て、笑いにでもきたわけ?」

 強がらなくていいのに、と思う。

 きっと泣きたいはずなのに、誰かの前では泣けないとでもいうような木田悟にこっちの胸が痛くなるのを感じる。

 「ちげぇよ。

 笑わねえよ。寧ろ、すげぇと思う」

 「……」

 「あー、なんて言ったらいいかわかんねぇけど、俺の胸ぐらいなら貸してやるから、泣けよ。

 きっと、泣いたらすっきりするぞ?」

 何て言えばいいかわからない。

 正直話したいと思ったし、惹かれたのも確かで、欲しいと思った。

 強がって、越前信吾のために何かやろうとしてるこいつに何かしてやりたいって思った。

 「……何で、そんな事、言うんだよ」

 震えた声。泣き出しそうな声。

 「興味、持ったからかな。ちょっと調べたらお前が何してるのか、わかったしな」

 本当に、親衛隊に問い詰めればすぐに木田悟が何をしていたか何てわかるのだ。

 それなのに、斎藤杏とか、取り巻き達はそれさえもしない。

 ”親衛隊は平気で嘘をつく”なんて口にして。

 さっき、越前信吾に向けられた視線に、言葉に、きっとこいつは泣きそうになっている。

 そんな確信があったから、近づいて、木田悟の手を引いて、引き寄せた。

 驚いた顔をする木田悟をそのまま、胸の中に収める。

 「な、にすんだ」

 震える声に、胸が揺さぶられる。

 「いいから、思いっきり泣けっつーの。

 今、モヤモヤしてんだろ? 別にバカにも何もしねぇよ。スッキリした方が絶対楽だろ?」

 「―――っ」

 腕の中に収まった木田悟が声にもならない、声をあげる。

 「なん、で、そんな、優しく……する、んだよ…。

 我慢、してた、のに……っ」

 ああ、木田悟が泣いてる。

 我慢できずに涙を流す木田悟を見る。

 「……俺、しん、ごの事ずっと、好きだった。

 あい、つが…っ。俺の、事……しん、ゆうとしか見てないって、わか、ってた」

 途切れ途切れに、言葉を零す木田悟。

 その声には、”越前信吾”へのどうしようもない思いがつまってる。

 「しん、ごに……セフレが、でき、た時だって……ほんとは、いや、だった!

でもっ。つら、いとか、くる、しいとか、言えるわけ、なくて…」

 どれだけ我慢してたんだろうと思う。

 どれだけずっと気持ちを押し込めていたんだろうと思う。

 「セフレ、は……、しん、ごの心まで、奪ってなかった!だか、ら……、まだ、我慢、できたのに…っ。

 なん、で。ぱっと、出てきた、さい、とうが信吾に……、あんな、愛される、んだよ……っ」

 叫ぶような嗚咽と共に漏れる言葉。

 ”何でアイツが愛されるんだ”

 それが越前信吾のために、って行動してた木田悟の本音。

 「俺のが、ずっと……、ずっと一緒に…、いた、のに!

 ……ずっと、しん、ごが、好きだったのにっ」

 俺の制服が、涙でぬれるのがわかる。

 ああ、泣いてる。どうしようもない思いに、あの日見た時よりも激しく、泣いてる。

 「……さい、とうを見てると、みじ、めになる。

 俺は斎藤、みたい、に純粋、になんて、なれない! いま、だって……、斎藤が、ねた、ましくて、仕方が、ないのに…。どう、して…! しん、ごが、好きに、なった奴は…、俺と、正反対、なんだ!

 俺、は、斎藤、みたいにはなれない」

 劣等感でも木田悟は感じてるのかもしれない。

 斎藤杏と自分は正反対だと、嘆いてる木田悟の言葉を聞きながら、思う。

 「しん、ごのそばに…、ず、っといたい。

 でも……、斎藤に…、笑いかける信吾なんて…、見たくない…っ。

 おう、えんするって、決めた、のは俺なのに!何で、俺、は……っ」

 きっと、木田悟の中にある応援したい、って思いは本当の気持ちなんだろう。

 でも、妬んでるのもきっと本当の気持ちだ。

 斎藤杏は、人に愛されて生きてきたような人間だと知り合いがいっていたのを思いだす。

 誰かを嫌いになることをまず考えない。愛されて生きてきて、妬みの感情なんて浮かばないような人間だと。

 でもそれは、きっと……、そういうのが浮かぶような場面に直面した事がないだけな気がする。

 だって、斎藤杏だって人間だ。誰かを妬む感情ぐらい当たり前に持ち合わせているはずである。

 「しん、ごに、笑ってて、ほしかった。だか、ら、斎藤、を……守ろう、って思ったのに!さい、とうに危害を加える、気なんて、ないのにっ」

 先ほどの越前信吾の目や言葉を思い出しているのか、木田悟の体と声が震えているのがわかる。

 きっと、木田悟をこれだけ取り乱させられるのは、越前信吾だけなのだ。

 それを思うと、なんだか面白くない。

 そうして、しばらく木田悟は俺の腕の中で嗚咽を零しながら、どうしようもない気持ちを言い続けたのだった。

 その後、泣きやんだ木田悟は、先ほど泣いていたのが嘘かのように…、「迷惑をかけたな…」といって、去っていった。

 ―――とりあえず、接触はできたわけだし、これからちょくちょく木田悟に会いにこようと思う。

 だって、木田悟は越前信吾にはもったいない。

 それに、欲しいと思ってしまったのだから――。




end


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