そうして、僕は気づいた。
世界は俺に優しかった、そうしてシリーズの巻き込まれ君side
あの日、僕の人生は変わった。
元々一人部屋だった部屋に、転入生が来ると言われた。
僕はどんな子なんだろうってわくわくしていた。
今まで一人部屋だったからこそ。
転入してきた彼は、雪村壱といった。
恰好はボサボサと鬘みたいなもので、ダサイ眼鏡をかけていた。
何でそんな恰好をしてるかわからなくて、はじめびっくりした。
壱君は元気な子だった。
そして、トラブルを起こす子でもあった。
転入して来てすぐに生徒会とかの人気者に惚れられていた。
――そして、それから僕の地獄は始まった。
生徒会の人達は、壱君が親友と呼び傍に置いていた。
何処にでも僕を連れていこうとする壱君。
そして、人気者に守られている壱君に手を出せないからって親衛隊の矛盾な同室者の僕に来た。
「その傷どうしたんだ…?」
そんな風に問いかけてきた壱君…。
しらじらしい。壱君のせいなのに! 知ってるくせに!
そんなに美形に好かれたいのか。そんなにいい顔したいのか。
正直そんな思いしかわかなかった。
怪我の事、前から知ってた癖に、美形の前でしか聞かないなんて…!!
苛立った。
こいつから離れたかった。傍にいるのが苦痛だった。
だけど、壱君は”親衛隊に絡まれたら大変だから一人になるな”なんてもっともらしい理由を連れて僕を連れ出すのだ…。
それに優しいとデレデレしている人気者達に睨まれて、僕は頷くしかなかった。
―――親衛隊に呼びだされたり、人気者に手をあげられたり…、そんな僕は限界だった。
友達は、アイツのせいで離れていった…。巻き込まれたくないとそんな風に告げて。
そんな中で仲の良い従兄のお兄ちゃんが電話をかけてきた。
『久しぶり』
そういって笑う声に、思わず涙が出た。
だって、その時久しく優しくされてなかったから。
そんな僕に驚いたお兄ちゃんは、何があったか僕に聞いた。
『え、嘘アンチ王道ってマジでいんの。これは脇役フラグ立てれるか…?』
ブツブツと僕の言葉に色々と言ったお兄ちゃんは言った。
『じゃあ、奪っちゃえばいい。アンチ王道ならさ――』
諭せばいい。単純な事で落ちた生徒会なんて。
きっとアンチ王道なら、喚くはずだから。
そんな無様な姿を周りに見せれば、きっと連中の熱も冷める。
そうして、沢山の情報をお兄ちゃんは僕にくれた。
そういう、物語があるらしいのだ。ボーイズラブのジャンルに。
そして、壱君はそれにそっくりなんだって。
”これが成功すれば、もう一郎は苦しまなくて済むんだ。だから頑張って戦って。そして脇役受けを俺に見せてくれ”
最後の方何をいってるかわからなかったけど、興奮したようなお兄ちゃんに僕は頷いた。
――成功すれば、この地獄のような日常から抜けられるのだ。
大丈夫、できるんだ。
お兄ちゃんがこの状況を打破する手を教えてくれたんだ。
大丈夫、大丈夫――…。
僕は不安ながらも、お兄ちゃんに言われた事を、実行してみた。
そうすれば、本当にびっくりするぐらい簡単に人気者達は僕を見てくれた。
冷めた目何かじゃない、優しい目で。
嬉しかった。
この学園で、皆が僕を敵視する中で、誰かに優しくされる事が。
お兄ちゃん、成功したよって電話で笑った。
お兄ちゃんも、興奮したように笑った。
お兄ちゃんの言ってる事は、全部正しいんだ。成功するうちにそんな思いに満ち溢れた。
だから、お兄ちゃんの言う事を全部信じた。
誰かの優しさに飢えてたんだ。
誰かに傍に居てほしかったんだ。
――どんどん周りから人が居なくなる壱君を見て、少し心が痛んだけど、それでも壱君が悪いんだ。
壱君が、僕を巻き込んだから。
壱君のせいで、僕は地獄を味わったんだ。
――だから、壱君の事に関しては心を鬼にすることに決めた。
僕は、学園のためにも壱君を追い出そうといった。
皆は、家とも縁を切らせるべきだといった。
あいつのせいで、学園が荒れたのだからって。
家とか、壱君がいたってチームと縁を切らせることにした。
…だって可哀相でしょう?
壱君と関わりを持つだなんて。きっと壱君はこれまでもこの学園と同じように美形を侍らせて僕みたいな子を作ってたんだと思う。
純粋に可哀相だと思った。
あんな奴と関わっていかなきゃいけないことが。
それに、壱君と関わってたらきっと皆駄目になってくるんだと思った。
そもそも、転入してきた時期が中途半端なのもきっと問題を起こしたからだろうし…。
生徒会とか、皆がトップにたつこの学園を荒らされるのは嫌だと思った。
だって、わかってくれたから。話せばちゃんとわかってくれて、優しくしてくれたから。
”皆アンチ王道の本性を知らないだけだ”
それに、お兄ちゃんがそういってたんだ。
きっと、下手な変装も美形を侍らす手だったんだろう。
暴力をふるわれたり、暴言を吐かれたけど、皆騙されてただけなんだ。
今は、皆優しいから、別にいいんだ。
そして、僕らは壱君を学園から追い出して、親子の縁もチームの絆も切らせた。
これで、誰もアイツの犠牲にならなくなった。
壱君のお母さんは騙されたままだからか、色々いってたけど、それは理事長達がおさめてた。
あんなのとは縁を切った方がいいもんね。
うん、お兄ちゃんもそういってたからきっと正しいよな。
チームの人達はトップの人達は迷惑かけてすまなかったと謝って、壱君の本性をしって怒ってたけど、下っ端は何処か悲しそうだった。
何でだったんだろう?
本性をしって嫌だったからかな。そりゃそうだよね。自分の総長の性格が凄く歪んでたってはじめて知ったらショックだよね。
終わった後、お兄ちゃんに報告したんだ。笑って、追い出してやったって。
そうしたら、最初はお兄ちゃんはよくやったって笑ってたんだ。
でもお兄ちゃんは、母親が反対したとか、下っ端の人達が悲しそうにしてたっていったら、急におかしくなったんだ。
『…一郎は、その、言ったのか。そいつに暴力振るわれていること、とか……。あと、一緒に行くの、嫌だとか…』
そんな風に問いかけられて、何でそんな事聞くんだろうと思ったけど、頭を働かせて迷いながら答えた。
それに、アイツは暴力の心配を美形の前でしかしなかった、嫌だとは言えなかった、睨みが怖くて。
と、思い出しながら答えたら、お兄ちゃんはまた無言になった。
お兄ちゃん? と僕が声をあげれば、またお兄ちゃんは言った。
『……一郎が、嫌がらせされてたの、知ってたのか、その子』
それに対し、知らなかったなんていってたけど、知ってたはずと僕は答えた。
だって、僕が嫌がらせを受けてた事ぐらい学園中がしってた。
それで知らないなんておかしい。
『……アンチじゃなかった。え? もしかして…俺…』
「お兄ちゃん?」
『ごめん、一郎、切る! ちょっと考えさせて』
わからなかった。
お兄ちゃんが何でそういうのか。
元凶を追い出したからほめてくれるかと思ったのに。笑ってくれるかと思ったのに。
何でなのか全然わからなかった。
その電話以降、お兄ちゃんと連絡が取れなくなった。
悲しかったけど、皆が慰めてくれたから、立ち直った。
優しい人達がいれば、僕は大丈夫なんだ。
皆が居る。
それに学園の人達は僕を認めてくれてる。
僕のおかげで皆元通りに戻ったからって。
”救世主”何て言われて照れちゃうよね。
でも、嬉しいなぁ。皆が僕を好いてくれてて。
それから、二年が経った。
僕は三学年になって、皆に認められて生徒会長になった。
ちゃんとできるかわからなくて不安だったけど、元会計だった天と憐の双子と書記だった無口な孝平も生徒会に任命されたから頑張ろうって思ったんだ。
僕は平凡だけど、皆が僕の事慕ってくれてて、親衛隊もできたんだ。
嬉しい。すっごく。あの日々が嘘みたいに充実してるんだ。
新生徒会は、僕らとあと二年に一人と一年に一人だったんだ。
二年の子とはすぐに仲良くなったんだけど、一年の子は本当に全然喋らないんだよ。
何でだろう…?
その子の名前は川上藤次といって、かっこいい子なんだ。
必要最低限しか喋らない、クールな感じで皆に人気なんだって。
それで、ある時、ちょうど川上君と二人っきりになったんだ。
僕はもちろん、話しかけたよ。
だって、一人なんて寂しいでしょう?
僕らが喋ってる時ちらちらこっち見てるから一緒に本当は喋りたいんじゃないかなって思ったんだ。
昨日それを天達にいったら、優しいねーって抱きついてきたんだ。
「川上君」
「………何ですか」
「僕、川上君ともっと仲良くなりたいんだ。ねぇ、喋ろう」
そう言ったら、川上君は何だか眉間にしわを寄せた。
どうして、僕が話しかけてるのにそんな顔するんだろう…?
この学園の人達は皆、僕が”救世主”だからって笑ってくれるのに。
もしかして周りと関わりないから、知らないのかな。
「ねぇ、川上君、僕が”救世主”って呼ばれてる事しってる?」
「……はい」
「その当時の話しよっか。僕あの時大変だったけど、皆が居るから立ち直れたんだ」
興味を示したように僕を見た川上君に嬉しくなった。
川上君が僕に興味を持ってくれた事が嬉しい。
誰かに笑いかけてもらえるのが嬉しいんだ。
あの時みたいに周りに冷たい目ばかり向けられるのは、嫌だから。
だから、ペラペラと喋った。
川上君がどんな顔をしてるかも知らないで。
「でね、その雪村壱って子を……」
「……もういいです」
これから、壱君を追い出した時の皆のかっこいい話だったのに川上君はそういった。
あの時の皆は癇癪を起こす壱君から僕を守ってくれてて、かっこよかったんだ。
一生懸命話してた僕は、全然川上君を見てなかったけど、見上げた川上君の目は冷たかった。
それに、思わずびくっとなる。
どうして、川上君はこんな表情をしているの。
どうして、こんな……、僕を”憎い”とでも言う風に僕を見ているの…?
一気に体が固まった。
どうして、あの時向けられた目以上に冷たい瞳を向けられてるの。
何で、どうして…?
わからなくて、胸が痛んだ。
「生徒会長、聞いていいですか」
「え、あ、う、うん」
怖いと思った。
ゾクリッとするような恐怖が、その場を支配する。
川上君の顔を、見れない…!!
「生徒会長は、雪村壱の事を、”自分の事を正しいと思いこんでいて、美形に好かれたがってる最低な奴”って言いましたね」
「……」
怖い、怖い怖い…そんな思いに支配されながら、頷く。
「美形としか仲良くしたくない、怪我をしてた自分をあざ笑ってたって。本当にそう思ってるんですか」
「……そ、そうだよ。だって実際に――…」
「生徒会長の言葉を借りたら最低最悪の自己中人の、雪村壱の事、生徒会長はちゃんと知ってるんですか。性格も、思ってた事も」
「……だ、って」
何で何でこんなに、どうして、仲良くしたいと思っただけなのに。
どうして――……。
「地味で目立たない子が苛められてた、だから苛めてた連中を説教した。
友人が族に絡まれた。それを助けるためにたった一人で乗り込んだ。
悲しい顔をしてたクラスメイトがいた。いきなり聞いちゃ悪いかもと仲良くなることに決めた」
「…?」
いきなり、何を言い出すんだろう。わからなくて、首をかしげてしまう。そんな僕に川上君は続ける。
「喧嘩なんてやめてほしい。笑っててほしい。色んな人と仲良くなりたい。
それでいて友人を死んでも裏切ろうとしない。言った事を全部信じ込む」
「……な、なにをいって」
「客観的に見れば、ただのバカかもしれない。確かにあの人は、後先考えずに行動してしまったり、少し人より手がでやすかったり、周りに居た人が尻拭いをすることもあったさ。
………でも、そんな面倒な尻拭いをしてもいいかなってぐらい、そのバカに救われてたんだ」
わけがわからない。
何の話をしてるの?わからない、ワカラナイ。
どうして、そんな冷たい瞳で僕を見てるの?何で、何で――……。
「頭はいいけど、バカで、だけれども優しくて、周りを放っておけない人。
騙されることだってあって、ハラハラして、一緒にいようって思って、だけど強くて、真っすぐな人。
少なくとも、俺の知る雪村壱は、そんな人間」
そういって、何処か穏やかな顔で、僕には向けられない優しい顔で、川上君は”雪村壱”の名を口にする。
「か、川上君、あいつに、騙されたまま、なの?」
二年もたっているのに、アイツに騙されたままな人が居るなんて…。
ああ、野放しにしたからいけなかったのだろうか。学園から去ったアイツと、出会ったのだろうか…。
「騙されて?
生徒会長は何をいってるんですか?」
「え、だ、だって僕らが雪村壱を野放しにしたから…、出会って騙されたんでしょう? 学園から去った後の雪村壱に…。川上君顔がいいから…。この学園の事も悪い風にでも…」
そう口にした瞬間、川上君は鋭い目で僕を睨みつけてきて、僕はそれ以上何も言えなかった。
「残念ながら、それは違いますよ。俺はあの人にこの二年、いや、三年近く、会えていません。生徒会長達のせいで」
「…え?」
雪村壱の過去の知り合いなら皆幻滅してるはずじゃ。
何をいって…。
わからなくて、頭が混乱する。
「……俺の家、離婚してるんですよ。二年前に」
「…り、離婚?
それと、何の関係が…」
「俺は、留学してました。やりたいことがあって。その間に、数カ月兄さんや母さんから連絡がなくて不思議だったんです。
父さんが俺に連絡しないのは、よくありましたけど、二人とも留学してる俺を心配して一ヶ月に一回は必ず連絡をくれてたんです。
不思議だったけど、兄さんはまた何か面倒事に足突っ込んでだけど頑張ってるかなって、母さんは、そんな兄さんが心配で俺の方を気にかける余裕ないのかなって。俺と違って、兄さんは無茶をしますから」
突然話しだされた事の関連性がわからなくて、冷たい目が怖くて固まる。
「久しぶりに留学を終えて帰ったんです。迎えは執事で、兄さんや母さんの事聞いても教えてくれなかった。
何でかわからなかったけど、二人がサプライズで出迎えてくれるのかなって思った。
――けど違った。
帰ったらどうなってたと思います?」
冷めた目、あざ笑うような目…。
悲しそうだけど、怒ってる。
僕を見てる。僕を、嫌悪した目。
何で…会ったことなんてないのに。
この学園の生徒は皆僕に優しいはずなのに。
「どうなってた…って」
「兄さんは、家から…いえ、戸籍から排除されてて、母さんは精神的に病んでたんです。
もちろん、何が起こったか理解できなかったです。だって留学する前は、仕事で忙しい父さんはともかく、母さんも兄さんも居て笑ってましたから」
そうして、懐かしそうに、”母さんと兄さんと一緒に騒ぐのが好きだったんですよ”と笑う。
生徒会室に響く、川上君の声……。
「父さんと、”自分の学園にぜひきてくれ”と無理に兄さんを学園に呼びだした叔父は笑ったんですよ?
”あんなのを可愛がってたなんて”、”あの子のせいで大変だった”って。
おかしいでしょう? 父さんにとってあることが起こるまで兄さんは自慢だったはずです。母さんの事も愛してたはずです。それなのに父さんは兄さんを見捨てて、病んだ母さんに”あいつの事は忘れろ”なんて言うんです。
叔父は、兄さんを気持ち悪いぐらいに溺愛してて、兄さんを自分の学園に無理によんだくせに、兄さんを見捨てたんです。
何事もなかったように、笑って、次の後継者はお前だって、お前が優秀でよかった。これで家は安心だって…。ぶち殺してやろうかと思いました」
戸籍から、はずされてた?
母親が、精神的に病んだ?
父親や叔父をぶち殺してやろうかと思った?
そんな、そんな悲しい事…。
「川上君、きっと事情があったんだよ。そのお父さんたちにも、それなのに――…」
「あなたが、それを言うんですか? 事情? 俺はあんな人達を尊敬してた自分を恥じますよ。
俺の大切だった家庭は壊れたんです。兄さんのせいだって言うかもしれませんけど、確かに兄さんのせいかもしれませんけど。
間接的には、あなたたちに―――…兄さんを、雪村壱を追い出したあななたちにも原因があるんですよ?」
そうして、川上君が冷たく笑って、僕は固まった。
雪村壱の弟…? 川上君が?
あの壱君を庇ってた母親が、病んでる…?
そのせいで、離婚した?
「……ぼ、僕らが悪いって、悪いのは学園を荒らした――」
「黙れ」
先ほどまでの丁寧な口調が一気に消える。
何処までも冷たい声に、僕は体を震わせる。
「兄さんに騙されてる? 兄さんが最悪で自己中…? ふざけんな! 美形しか侍らしたくない? そんなわけない。兄さんは、そんな人じゃない」
「た、大変! せ、洗脳でもされてるの…?」
本気でそう思った。
だってあんな人をこんなに信じてるなんておかしいから。
だって、お兄ちゃんの話してくれた”アンチ王道”っていうのはそういうものだから。
それに雪村壱はそういう最悪な人間だったんだ。それなのに、どうして川上君みたいな子が――…。
「…お前は、何を知ってる。兄さんの何を知って、俺が兄さんに騙されたっていって、洗脳されてる、なんて口にする?」
「…い、一緒に、いた、時の、事で、わか、ったんだ」
「…たった三カ月で兄さんを全て理解したって? へぇ、凄いですね。他の人達も俺からしたら、バカですよ。
いきなり兄さんを気にいって、短期間で兄さんをけなしたんでしょう?
兄さんは、人を裏切ったりしない人だったのに。皆、兄さんを裏切ったんですよね」
笑う、笑う、笑う――……。狂気に満ちたような何処か狂った笑み。
恐怖に震えた僕に、また、川上君は笑った。
「…俺に脅えてるんですか。おかしいとでも思えますか? でも、俺がおかしいのは、あんたたちが兄さんを、俺と母さんから奪ったからですよ」
僕らのせいだとでもいうように、非難するような目。
この学園で、一度も向けられたことない目にびくつく。
「知ってました?俺や兄さんを慕ってた人達は、皆此処に入学したんですよ。兄さんが消えてから、手がかりが欲しかったから。
俺ずっと聞いてたんですよ、あなたや生徒会や、他の一匹狼とか呼ばれてた不良とかが、兄さんをすっかり忘れて、後悔もせずに笑ってるの」
あいつを慕ってた連中が、此処にいる?
聞いてた? まさか僕らに復讐でもするために?
「あ、あんな奴の、た、ために復讐なんて…」
「誰が復讐するっていいました? そんな事しませんよ。兄さんを見つけた時に、兄さんが悲しむでしょう。俺が、俺達がそんな事をしたなんて知ったら。
俺は顔はいいですから、あんたと接点持てると思って入学したんです。
兄さんをどうしたか聞きたかったですし。さっき野放しにしたってことはあんた、今の兄さん知らないんでしょう?
じゃあ、俺達はもう此処に用はない」
あいつが、復讐に悲しむ?
自己中で自分が愛されてるの当然と思ってるのがあいつなのに?
自分のためにしてくれたなら喜ぶんじゃ?
あれ…、これはお兄ちゃんがいってた事だっけ?
でも、お兄ちゃんがいってた事は正しいし――…。だから僕は間違っていないはずだ。
「では、俺は…、学園をやめます。もう二度ときません。もちろん、他の連中も…
復讐なんてしませんから安心してください。口にしたのは、あまりにもいら立ったからですから。
別に言いたければ取り巻きにいってもいいですよ?
でもま、思い知ってください。この学園に、あなたを”救世主”と拝み、他の連中を崇める生徒達の中に、どれだけ兄さんのためを思ってこの学園にやってきた人がいたのかを」
そういって、川上君は去って行った。
思い知る?
この学園で雪村壱を慕ってる人がいる?
え、でも、あいつだから。
その、お兄ちゃんがいってた通りの最低で最悪な自己中な子供なんだから…。
川上君はきっとあいつにやっぱり騙されてるんじゃ…。
やっぱり、俺達に、復讐を?
俺達が…、え、でも皆やめるって、これもアイツの作戦…?
ああ、こんな時にお兄ちゃんが、お兄ちゃんと話をできれば、だってお兄ちゃんはきっと何でも、知ってる。
正しい事を…。
でもお兄ちゃんとは連絡が取れない。
皆に、皆に、知らせて。
――アイツが復讐に、復讐に来るって。
アイツの狂気に犯されてる人が、まだいっぱい、いるんだって…。
その次の日、突如として、約50人の生徒がこの学園を去った。
……どういう事かわからなくて慌てふためく周りに僕は昨日川上君に言われた事を。
”復讐をしようとしてる、雪村壱が”という事を伝えた。
だって、よく考えれば川上君は雪村壱の実の弟なのだ。
それなら、復讐しないっていって、するってのはあり得ると思った。
お兄ちゃんがいってた、雪村壱みたいなのは矛盾した事をよくやるって。
そしたら皆憤ってくれたんだ。
川上君は皆やめるっていってたけど、そういって実はまだ居るかもしれない。
だから徹底的に面談をして調査をすすめることにしたんだ。
だって、皆が傷つくのは嫌だったから。アイツの復讐に僕の大事な人達が巻き込まれるのが嫌だった。
結局その結果、理事長のはからいで5人退学になった。
だって、川上君の親衛隊隊長が、
「川上様は、大切な人を探してるといってました。僕は、その、災厄と呼ばれた当時の雪村壱については知らない、ですけど…。川上様の事は少なからずわかってます…。だから、川上様がお慕いしてた人がそんな噂通りの人とは、思えません」
なんて、雪村壱についてどう思うかって聞いたら言うんだ。
だからあやしいからって今は大学に通ってる元会長が退学を言い渡したんだって。
雪村壱みたいなのに惹かれる連中は皆単純なんだってお兄ちゃんが昔いってたんだ。
はまる理由は単純なんだって、だからきっと関わりがあるんじゃないかなって思って…。
僕に何かあるんじゃないかなって心配した人達が追い出してくれたんだ。
これで、一安心…。
その後は何事もなかった。
そして、高校を卒業してすっかり忘れてた頃に、女の人と一緒に居る壱君と会ったんだ。
…まさか、僕達が出かけるのを調べてたんじゃと思ってびくっとなった。
しかもその女の人はあの雪村壱と付き合ってるなんていった。
僕らはあのこともあったから、まさか今、復讐するつもりなのかもって思った。
だから警戒してたんだ。
皆、雪村壱じゃなくて僕の味方をして言葉を放つ。
あのあと、そっけない風に女の人を連れて去って行ったけど、あれも作戦かもしれない。
だって、お兄ちゃんが行動一つ一つがそういう作戦かもっていってたもん。
その後礼さん(会長)が少し変だったけど、何事もなく終わった。
そして、大学を卒業する頃、礼さんに惹かれてた僕は礼さんと付き合う事になったんだ。
待たせてごめんなさいって告白したら抱きしめてくれて、皆は悔しそうだったけど、僕が幸せなのがわかると笑ってくれたんだ。
皆、皆優しい人。
アイツのせいで荒れた学園を一緒に立て直した人達。
こんな人達を騙してたなんて、やっぱりひどい人だ。雪村壱って人間は。
男同士だからか、反対されたりしたけど、両親の反対押し切って僕は礼さんの所に来たんだ。
礼さんと僕で頼みこんだら本気とわかったのか、義父さんも義母さんも頷いてくれた。
よかった、これで礼さんと一緒にいれる。
礼さんと二人暮らしで、専業主夫って感じでご飯を作って暮らすある日――、
「……いち、ろう」
帰ってきた礼さんの様子が変だった。
確か、義父さんと一緒にパーティーに出てたはずだ。後継者として…。
華々しいデビューのはずだ。確か宝竜寺家とかそういう名家も来るって言う…。
ど、どうしたの、礼さん」
「…いた」
「え?」
「アイツが、居た」
「あい、つ?」
「……壱が、居た」
雪村壱が、居た?
パーティーに? 上級社会の?
どういう事。もしかして、復讐?
頭の名がこんがらがる。わからない。どういう事か追いつかない。
礼さんは、忌々しいとかそういう顔じゃなくて、何処か悲しそうに笑ってる。
…どうして?
「…一郎、アイツが、数年前に一緒に居た女が、宝竜寺家の、跡取りだ」
「え?」
あの時一緒にいた、女性が…?
玄関で、僕らは会話を交わす。だって、中に招き入れる余裕も何もない。
だって、頭はすっかり真っ白だ。
「や。やっぱり、あの人利用されて――」
「違う!」
「え、礼さん?」
どうして、そんな目を向けるの。何で怒鳴るの?
違うって、……。
「俺様は、ずっと、気付いてて、見ないふりをしてた事がある」
「え…?」
「…聞いてくれるか、一郎。中で話そう」
真剣な目で、礼さんがそういう。
ずっと、見ないふりをしてた事?
礼さんは、今も一人称は私的な場では俺様だ。公共の場では違うけれども。
中に入る。
そして、向かい合って、椅子に座る。
「……一郎、俺様は、あの日、壱に再会した時」
「………」
「壱、だけが悪いんじゃない、って事…引っかかってたんだ」
「え?」
アイツだけが、悪いわけじゃない?
どうして、川上君と同じ事を?
あれ、だってお兄ちゃんが、アンチ王道は、そう言う子は相手だけが悪いって、あれ?
え、何で僕らが悪いって、どうして…。
「僕らが、悪い、ってそんなわけ、だって…壱君が…」
「一郎…?」
「だって、壱君は……、最低で、自己中で、そう、いって…あれ、でも…」
わからない。
だってあの日、お兄ちゃんの言葉は正しかった。
僕の言葉に皆耳を傾けてくれた。
だって、だって、
「お兄ちゃんが、そう、いって。そう、壱君は…」
そういってた。お兄ちゃんが、興奮したように僕に教えてくれた。
”脇役総受けフラグ! 楽しみなんだけど”とかわけわかんないこといってたけど、お兄ちゃんの言う事は正しくて…あれ、でも…。
「お兄ちゃん…? ちょっと待て、それは誰だ。一郎は一人っ子だろ?」
険しい顔で、礼さんが聞く。
頭がこんがらがる。
お兄ちゃんは正しい。
でも礼さんは疑問で。
あれ、どういう事なの。
だって、だって――…。
「だって、お兄ちゃんが、言ってたのに。あれ、お兄ちゃんが…」
礼さんの険しい顔が視界に映るけど、そんな事を考えてる余裕はない。
あれ、違う。あれ、違うの?
でも、お兄ちゃん。
あれ、でもお兄ちゃんとは、ずっと連絡が。でも、お兄ちゃんは、お兄ちゃんが、お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん…お兄ちゃん。
「一郎!!」
そんな礼さんの言葉に、我に帰る。
だけれども、まだ僕は混乱してる。
「礼、さん、僕、僕、わからない」
「…何が、わからないんだ?」
僕の様子を見て、礼さんが真っすぐに僕を見て言う。
「壱、君が来て、嫌がらせ、とか、されて、そんな時、従兄の…お兄ちゃんが、連絡くれた」
「従兄…? それで、そいつは何ていったんだ?」
「壱君、の事いったら、それはアンチ王道って、だから、だからって…」
僕はとぎれとぎれの言葉で、声にならない声で、言葉を昔の記憶を呼び覚まして話す。
頭がクラクラする。
ああ、色々わからない。
だって、お兄ちゃんが。
お兄ちゃんがあの日僕に道を開いてくれて。
でもそれは、違う?
あれ、わからない。色々わからない。全然わからない。
あれ、あれ…?
僕の話を聞いた礼さんは僕を強く抱きしめて、そしていった。
「…その従兄に会いにいく」
そう、険しい顔で。
そして、混乱したままの僕をのせて、礼さんは車を走らせる。
お兄ちゃん、お兄ちゃん、最近声も聞いてないお兄ちゃん。
きっとお兄ちゃんは正しい事を教えてくれる。だってお兄ちゃんだから。
お兄ちゃんはきっと礼さんの考えを否定してくれる。
あれ、でも本当に? 礼さんが真剣な顔でいってるのに。
わかんない、わかんない。何が起きてるんだろう。
あれ、ワカラナイ。
ずっと、僕は車の中でそんな感じだった。
おばさんの家に会いにいったら、お兄ちゃんは…ひきこもってた。
どうして、お兄ちゃんが?
それも、あの日電話を最後にした日からずっと家で自宅で小説を書いて小説家をしていて、全然外に出ないんだって。
どうして、え、お兄ちゃんがそんな風になったなんて。
あれ、両親と連絡いつとったっけ? あれ、ちゃんと家族や昔の友達と僕話してたっけ?
あれ、いつも礼さん達と僕は一緒にいて…。家から出る時も、あれ…僕は、何を。
でも、僕は礼さんと、礼さんが、好きで。皆が居れば大丈夫で。アイツがいた時、皆支えて。本当はいい人で、皆が、皆が傍に。
だから、アイツは悪くて、あれ、でも礼さんが、どうして、あれ?
わかんない、ワカンナイ、ワカンナイ。
お兄ちゃんの部屋をノックして、僕の声を聞いて、お兄ちゃんは出てきた。
…長いボサボサの髪。切ってないらしい。最後に会った時と全然違う。
あれ、でも何で僕お兄ちゃんと連絡とらなくなってお兄ちゃんを気にしなかったんだろう。あれ、何で。僕とお兄ちゃんは仲良しで。あれ、僕は、お兄ちゃんが…。
頭がクラクラする。
礼さんとお兄ちゃんが話してる。
そんな声も聞こえない。
でもお兄ちゃんが頭を下げてる。どうして、お兄ちゃんは正しいのに。お兄ちゃんは、悪いことなにも…。
そう呟いた僕に、二人は険しい顔をした。
え、どうして。
「どうして、僕が、あれ、悪い? でも、壱君が、あれ?でもなんでただしい、おにいちゃんが、あれ…。違う? 違うの? お兄ちゃん正しくなかった?え、お兄ちゃんは、お兄ちゃんは正しくて――…」
あれ、あれ、わからない。わからないよ。
だって、僕らは正しい事を。
だって、正義だって。お兄ちゃんが、あれ、違うの?
違うなら何で、あれ?
わからないわからないわからないわからないワカらないワカらないワカラないワカラないワカラナいワカラナいワカラナいワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイ――…。
何でお兄ちゃんが謝る?
何で、礼さんが険しい顔を?
あれ? あれあれ? 何で何で何で?あれ?
「……一郎、聞け」
「え、あれ、あれ…? 何であれ、だってだって、だって、壱君は、あれ、だって何でただしいお兄ちゃんが、お兄ちゃんが」
「ごめんな、一郎。気付かなくて、ごめん」
「何で、何で礼さんが、謝って? 何もして、何も――…」
「ごめんな、一郎。気付けなくて、お前が、壊れてるの、気付けなくて」
「こわれ? どうゆう。あれ、だって僕は、僕は――…」
どうして、礼さんが悲しい顔を、どうして…?
わからなかった。
だけど、僕は次の日、病院に通わされた。
ガラガラとその日に僕の中で何かが崩れたのは確かだ。
その時は、自分がどう他人から見えてるかなんて全然気付けなかった。
―――気付いたのは、病院生活から抜けた、一年後…。
わけのわからないまま、僕は入院した。
どうして、どうして、何でばかり呟く僕に医者は根気強く話しかけてくれた。
僕は徐々に冷静になっていく…。
―――そうか、僕は変になってたんだ。そう、気付いた。
お兄ちゃんが謝りに来た。
”ごめんって。現実と小説は違うのに、不安定だった一郎に植え付けてしまったって、色々と、変な思い込みを”
…って、謝るんだ。
ああ、そうだ。いっぱいいっぱいだった僕は、救われるっていうお兄ちゃんの案に縋った。
そして、その当時からきっと僕はおかしかったんだ。
お兄ちゃんの言う通りにしたら、救われた。
だから、お兄ちゃんの言う事は全部正しい。
そう、思い込んでたんだ。
人から冷たい目で向けられたあの地獄が、僕を麻痺させてたんだ。
――夢から何だか冷めた気分だった。
何を、してたんだろう、僕は――…。
そうだ、お兄ちゃんはあの日、連絡をとらなかった日。僕に聞いた。
壱君に言ったかと。
一緒に行きたくないとも怪我の事も僕は言わなかった。
僕は知ってるはずといったけど、壱君は人気者としか会話をしていなかった。
………もし、壱君が本気で僕を親友と思ってて、僕が制裁されてた事を本当に知らなかったら。
その可能性に、ようやく気付いた。
僕はおかしかった。思いこんでたずっと。
そのことでお兄ちゃんは後悔してた。だから、ずっと、ひきこもってたんだ。
僕と壱君の事を後悔してどうしたらいいか、わからなくて。
あの時どうして、僕は気付かなかった?
お兄ちゃんの様子が変なこと気付いてたのに。
皆が慰めてくれたらもう忘れてた。
あの学園の中だけが、僕の世界だった。
あの学園が、僕を救世主と拝むあの学園が、きっとあの頃の僕の全てだった。
いや、きっと冷静になる前まで、きっと僕にとって礼さん達だけが全てだった。
お母さん、お父さん、中学の頃の友人――…沢山の顔が頭をよぎる。
僕は、どうして――…。自分が、大切だった人を気に掛けてなかった不自然さに全然気付かなかったんだろう。
どうして、どうして…。後悔が、募る。
そうだ、川上君も…。あの時も僕はどうして、あんなことをいったんだ。自慢するかのように壱君を追い出した事を。
いや、あの頃の僕にとってそれはおかしいことではなかった。
正しい事だった。
学園が僕の全てで、お兄ちゃんが言う事は全て正しい。
僕は、そう思い込んでた。それ事態がおかしい事なのに、全然わかってなかった。
幸せなつもりだった。普通のつもりだった。
きっと、川上君のいった復讐しないが今は真実だとわかる。
なら、退学にさせた後の五人は、何も関係なかった…?
僕は何をしてた?
今傍にいる皆は、僕に暴力をふるってた、罵声を浴びさせた、冷たい目を向けた。
冷静になった今は思い出すだけで、体がびくっと震える。
そう、なんだ。皆壱君が好きだったはずなんだ。壱君が好きで好きすぎて、だから、僕にあんな…。
それですぐに手の平を返した。
それは、川上君が、いってた、ような…壱君への、裏切り。
ああ、僕はどうして、僕は…。
あんなに、幸せだったのに。
礼さんと付き合えて、一緒にいれて、皆が周りにいて笑って。
救世主と言われて。
都合の悪い事を、見ないふりしてた?僕は何て事を。
だってそのせいで、川上君の家族は、傷ついて。
今考えれば、縁を切らすなんて、ひどすぎて。
だって、実際は…。
ああ、僕は間違ってた。僕は、目をそむけてた。
ずっとずっと、僕はおかしかったんだ。
あの日の川上君をおかしいと思ったけど…おかしかったのは、きっと、僕だ。
それを実感した瞬間、体が震えた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
頬に涙が流れる。
ごめんごめん、謝っても許されないけど、僕は、川上君がいってたとおり、ちゃんと壱君を知らない。
勝手に僕が決めつけた壱君。
お兄ちゃんに言われるままに信じた壱君。
僕は、ちゃんと壱君を見てなかった。
夢を見ていたような、魔法にかかっていたような気分になる。
そう、もう夢は冷めた。
そう、もう魔法は解けた。
でも、これは夢でもなくて、現実。
まぎれもない、現実の事……。
お兄ちゃんがいってた。現実と小説は違ったのにって、後悔して。
その通りだ。
これは小説とかとは違う。現実なんだ。
僕はそれだけ沢山の人の人生を変えてしまった。
人は沢山の繋がりを持ってる、僕は、沢山の人を…。
会いに来た会長に、僕は震えた。
そむけていたことと向き合った瞬間怖かった。
幸せだったのに、
楽しかったのに。
全て全て、消えてしまった。
怖かったのだ、あの目を、あの声を思い出すだけで。
苦しかったのだ、自分がしてしまったことを思い返すだけで。
会長を「礼さん」と親しみをこめて呼ぶことも今の僕にはできない。
そんな僕に礼さんは悲しそうに笑った。
ごめんなさい、ごめんなさい。
怖い怖い怖い怖い。
申し訳なさと怖さが一気に支配して、僕は自分がわからない。
僕は、僕は――。
――そんな入院生活の中で、僕がぽつりと零した死んだ方がいいのかなって言葉に、会長は怒った。
「俺様達が、追い出して、大変だったアイツが、頑張ってんのに、逃げるのは、駄目だ」
って、言ったんだ。
逃げか、と僕は相変わらず会長に少し脅えながら思う。
そうだ、壱君は全然逃げてないんだ。
前を向いている。退学とか、家族に捨てられて、色々あったのに。それでも。
壱君があんなに頑張ってるのに、やってしまった僕が逃げるなんて、きっとしちゃいけないんだ。
そこまで思って、川上君の言葉を思い出す。
”そんな面倒な尻拭いをしてもいいかなってぐらい、そのバカに救われてたんだ”
そういって、優しい目をしていた。
今は関わりも持ってないのに。
それなのに、僕は、都合がいい事に自分が貶めてしまった壱君の”今”を見て逃げちゃいけないと思い知らされる。
頑張らなきゃって思う、間違ってしまったけど、逃げては駄目だって、そんな風に背中を押される。
ああ、そうだ、確かに川上君の言う通りだ。
会長とお兄ちゃんに会いに行った日、会長は零してたじゃないか。
”父さんたちはあいつの味方をした”って。過去をいってもだって。
そうだ、人は”過去”じゃなくて”今”を見てくれる。
”強くて、真っすぐな人”と川上君がいってたように、壱君はそう言う人だ。
ああ、僕は見てなかった。見れてなかった。
ちゃんと壱君って人間をわかってなかった。
「…会長」
「…何だ」
「僕は、いえ、僕らは、何か、間違ってたんですね…。僕は、自分が…おかしいって気付けて、なかった」
「……ああ」
頷く会長が視界に入る。
会長と呼ぶ僕に悲しそうに笑って、だけど脅えてる僕のもとに毎日来てくれる。
壱君を好きになってた時は、恋に盲目になってただけで、きっと、本当は優しい人だ。
「会長、は、優しいです。僕が、こんな、なってるのに」
ポツリと零した言葉に、会長はベッドの横の椅子に座って僕に言う。
「……俺様は、一郎が好きだから。だからな、一郎、また、一から口説いても、いいか?」
「……はい」
駄目になったなら、また一から始めよう。
きっと、諦めない限り、生きてる限りやり直せるはずだから。
とりあえず、決心がついたら追い返される覚悟で壱君に会いに行こうと思う。
そして、謝ろうと思う。
あの時は、ごめんなさいって。
許されることじゃないのはわかってるけど、どうか謝らせてほしいんだ。
end
一郎は無自覚に病んでました。
実際、毎日苛められて、殴られて暴言吐かれるって精神的に病むものだと思いますし。
あの時からずっと一郎はおかしかったんです。
従兄のお兄ちゃんは腐男子で、ただたんに生であるんだって興奮して勢いでいったんです。
でもそのあと、友人たちに現実と小説は違うとか言われて、でもアンチ王道なら、と思ってたけど、一郎の話を聞いて、俺、もしかしてとんでもないことをしたんじゃないかって思ったんです。
一郎はお兄ちゃんの言葉に少なからず救われました。
地獄だった現実を天国に変えてくれる、助言だったから。
実行して、元々限界だったからか、お兄ちゃんが言う事は全部正しいと思いこんでた。
自分にとっての”今”の普通が、”未来”の自分にとって普通とは限りません。
つか、ぶっちゃけ作者は凄く体験してて、後から後悔する方なので。つか、普通に何だか色々変なの気付けません。
わかんないんですよね。ふとした瞬間冷静になって、あれ、何してんだろうってたまになります。
ようするに一郎はそういう状況だったのですよね。
ずっと夢を見て、魔法にかかってて、気付いてなくて、後から気付いて、後悔してる。
そして、夢から覚めたから今まで大好きだった人気者達に恐怖した。
学校に世界を作って、それ以外をどうでもいいと思ってたんです。高校と大学の時、ずっと。
それはおかしいことなのに、誰もそれに気付かない。
だからずるずると何年も此処まで引きずって、そして、ちょっとした出来事で何かが崩れて、冷静になるんです。
あと壱の弟設定は大分前から考えてました。家に帰ったら家族が崩壊してるんです。
だから、藤次は憎んでる。一郎達の事を。
藤次にとって、壱は大事な兄だったから。