籠の中の鳥は学園に入学する。8
「緋色」
帝は、僕の名前を呼ぶのが好きだ。
今まで僕と帝しかいなかった世界。だからこそ気づかなかった。けれど、こうして籠の外へと飛び出ると、僕は世界を知っているつもりで知らなかったのだと、それを自覚する。
面白いなと思えた一つの気づきは、緋色と呼ぶ声が二人の時と周りに人がいる時で響きが違うということ。なんだろう、むず痒い気持ちになるけれど、甘いというか。帝って、僕の事が本当に好きなんだなとそれを自覚すると、胸の奥にじんわりと温かい気持ちが広がった。
帝は僕が、帝とその名前を呼ぶとそれだけで嬉しそうな顔をする。孤高のカリスマ会長などと言われていたのは本当だろうかと思えるぐらい、帝は僕に甘くて、僕がちょっと何かするだけで単純なことに幸せそうな顔をする。
そういう帝を見ると、僕は嬉しくなった。
「会長は本当にお嫁さんがいると嬉しそうですよね。こんなに会長がにこにこ笑っているなんて今までなかったのに」
「緋色に話しかけるな」
「帝、威嚇しない」
副会長の言葉に帝が何か言っているので、思わず威嚇しないように口にする。目の前で副会長は、やれやれといった呆れたような表情である。
「緋色が言うなら……」
「……会長は、お嫁さんが望めばなんでもしそうですね」
「俺の緋色の頼みならな」
「もしお嫁さんが大変な願いをしたりしたらどうするんですか?」
「緋色はそんなことをしない」
帝の僕に対する信頼は厚い。というか、帝は本当に僕の言う事をなんでも聞くようなそんな盲目的な一面がある。
副会長は今はともかく、将来的にも僕が帝に愛されることにあぐらをかいて、無茶な命令をするのではないかと思っているのかもしれない。
「そうはいっても……ずっとそうとは限らないでしょう? 人とは変わるものですが」
「緋色はかわったとしても、緋色のままだ。どんな風に緋色が変わっても、俺は緋色を求める。俺が緋色に愛想をつかすことはない。……逆はあってもな」
「副会長さん、未来は分からないけど、僕は別に無茶なことは帝には頼まないよ。帝はきっと、僕が頼めばなんでもやろうとしちゃうから。それに……僕はただ帝とのんびり過ごせればそれでいいから。そして、帝、僕は帝に愛想はつかすことないから」
――僕の望み。
それがなんだろうと考えた時、漠然と今のままがいいと思う。それは僕が今の生活に対して、不満はないということなのだろう。
僕の生活は籠の中の鳥であった頃と、今の生活は違う。けど、それでも生活に対する不満はなかった。
監禁された生活と、外と関わる生活。それは対極なように見えるけれど、僕は今まで変わらない生活を行っている。感覚も何も変わらない。
それが何故か、それを考えたら帝がどちらも僕の傍にいるからと言えるだろう。
帝が僕の傍にいてくれて、変わらずに僕を求めてくれているから――。だからこそ、僕は僕のまま、心を揺さぶられることもなく、此処に居る。
帝を失えば、僕はどうなるだろうか。
帝は僕に嫌われることを恐れているけど、帝は……僕がいなくても生きていられるかもしれない。——そんな帝は想像は出来いけど……。
僕は帝がいなくなったらどうなるだろうか。帝がいなくなったら、僕は生きていられるだろうか。
生きてはいられるかもだけど、今のように満足は出来ないかもしれない。
「……緋色、どうした?」
「……僕は今の生活に満足出来ているなと思っただけだよ。副会長さん、僕は帝がいれば満足だよ。今の暮らしに。だから、そんな無茶何て言わないよ」
「緋色!!」
うわっ、副会長さんに言ったのに思いっきり抱きしめられてしまった。
「可愛い緋色。世界で一番可愛い」
「会長!! 私もいるのにいちゃつかないでください!! あーもう、お嫁さんの気持ちも分かりましたよ。確かにお嫁さんはそんなことをしなさそうですね」
副会長さんは呆れた様子だ。でも納得してくれたようで良かった。
「あ、そういえば会長」
「なんだ」
「また此処に転入生がくるみたいですよ」
「そうなのか、珍しいな」
僕が転入生としてやってきたのも珍しかったらしいが、珍しいことにまた転入生がやってくるらしい。
同じ転入生……ちょっと興味が湧いた。話してみたいなって気持ちを言ったら帝には反対されるだろうか?
帝に抱きしめられながら僕はそんなことを考えるのであった。
――籠の中の鳥は学園に入学する 8
(籠の中の鳥は、自分の望みについて考える)