あいつのために俺ができること 10
なんとか体が回復して、俺は教室に顔を出した。教室では俺の事を皆心配してくれていた。前園泉がよほど頑張ったのだろう。俺に対する噂は全てなくなっていた。
斉藤杏の事を囲っていた生徒会の連中にも謝られた。
誤解して悪かったと。……良い方向に全てが向かっている。
それは、前園泉が俺が倒れている間に頑張ってくれたからだ。
――そしてそれは、前園泉が俺を欲しいと思ったから。
この前言われた言葉を俺は思い浮かべて、思わず顔が赤くなった。
前園泉は俺が信吾の事をどれだけ好きか知っているというのもあって、無理強いをしようとはしなかった。
前園泉は返事はいつでもいい、なんて言ってそれ以降いつも通りだ。ただ時間がある時には常に俺の傍にいる。……俺に告白のようなものをしてから遠慮がなくなって、寧ろ周りに分かるような言動を初めてしまった。
躊躇いもせずに俺を大切だとするような言動をとる。
……信吾は俺が前園泉と仲よくしていることに心配そうにしているけれど、斉藤と付き合えたことに浮かれているのかそちらを優先している。斉藤とお付き合いをしている信吾とは距離をおいている。斉藤が現れる前より、俺と信吾の距離はあいた。とはいえ、親友と言うことには変わりないけれど。
ただ、俺は完全に失恋した。苦しさは、前よりない。それは多分……前園泉の前で思いっきり泣いて、すっきりしたからだ。そして、前園泉に告白されてそのことばかり考えてしまっているからだ。俺にとってそれだけ前園泉に告白されたことは衝撃だった。
「前園様に告白されたのですね。悟様が幸せになれるような選択をしてくだされば私は嬉しいです」
三森はにこにこと笑って、俺にゆっくり考えればいいといってくれる。
斉藤との案件で仲良くなった生徒会たちの親衛隊たちも斉藤の騒動が治まった今も仲よくしてくれている。俺に挨拶をして、俺に笑いかけてくれて、「悟様の幸せを願ってます!」なんて言ってくれて。
その、周りからの優しい対応に戸惑ってしまう。俺は斉藤みたいに人に好かれるような存在ではないのにってそう思ってしまう。周りから愛されるようなそんな存在なんかじゃないのにと。
「別に好かれてるのはいい事じゃねーか。何を考えてんだよ」
「……だって、俺は斉藤みたいに愛される存在じゃないって自分で分かってるし。それなのに皆、俺に優しいから戸惑ってるだけだ」
……屋上で前園泉と俺は話している。俺に対して告白をしてきた人物と二人っきりになるなんて、軽率な行動かもしれない。けど、前園泉が俺の嫌がる事をしないという信頼感はある。三森も「前園様と一緒になら安心です」って前園泉に対して驚くぐらい信頼しているし。俺が眠っている間の行動も含めて、三森たちの前園泉への好感度は高いらしい。
「木田悟はちゃんと愛される存在だろ。今まで周りにいた連中が見る目なかっただけだ。お前は誰よりも綺麗で可愛い奴だ」
「……それ、言ってて恥ずかしくないのか?」
本当に……少し気を抜くとさらっと恥ずかし気もなくこういうことを言うようになった前園泉に、キャラ違うくないか? と思ってしまう。三森はにこにことして「前園様はきっと好きな方は甘やかす方なんですよ」って言ってたけど。あの前園泉にそんなことを言われるのが俺っていうのも戸惑う。……それに何より俺が戸惑ってしまうのは、俺が前園泉にこういう事を言われる事に対して嫌じゃないことだ。
ただ、戸惑っているだけなのだ。俺は嫌じゃなくて、気持ち悪いとかも思わなくて、寧ろ微かに心が揺れる。恥ずかしくなってそっぽを向いてしまう。バクバクと心臓が鼓動している。
……おかしい。
俺はずっとずっと信吾の事が好きで、今まで誰に告白されたとしてもこんな風に心が動かされる事何てなかった。だけど前園泉の言葉には心が揺れ動く。
信吾だけが好きだったのに、信吾が斉藤と付き合いだした後にすぐ他の奴の言葉に心動かされるなんて、俺の信吾への気持ちはそんなに軽いものだったのだろうか、とかいろんな思いが頭の中を周っていってどうしたらいいのか分からない。
それに好きって告白してきた相手に、ちゃんと答えを出さないのは前園泉に悪いのではないかと思ったりもする。
俺はどうしたいのだろうか。
俺の気持ちはどうなんだろうか。
……恥ずかしがってそっぽ向いた俺の事を、生暖かい目で、前園泉が見ているのが益々恥ずかしかった。
それからひと月ほどたった。
俺と前園泉の関係は変わらない。ただ、前園泉は俺がどんな人間なのか知った上で俺の傍にいる。前園泉も、周りの親衛隊の子たちもただ俺が答えを出すのだけを見守っている。
……そのやさしさに、やはり戸惑いは隠せない。
「――悟、聞いているか? 杏がな」
「……ああ」
今、俺は信吾と話している。信吾が話すのは斉藤の事ばかりだ。信吾の話を聞いている最中だというのに、俺は他の事を考えてしまっていた。
「悟、何か悩みがあるのか?」
「いや」
「……やっぱり前園泉とのことか? ああいうやつとは悟は遭わないだろう。断りにくいなら俺から――」
「違うって! 前園泉はそんな奴じゃない!!」
相変わらず前園泉を毛嫌いしているらしい信吾に、思わずそんな反論の声をあげる。信吾は驚いた顔をしている。俺も自分で驚いた。反射的に前園泉を悪く言う信吾に声をあげてしまったから。
……前園泉は信吾が考えているような人間ではない。俺へ告白の返事を待ってくれていて、俺のために動いてくれて。
「悟は、前園泉が大切なんだな。びっくりした。悟がそんな風に声をあげるなんて」
「……そうか?」
「ああ。大切に思っているからこそ、そうなんだろ。悟がそれだけ大切にしているなら、前園泉は俺が思っているよりいいやつなのかもしれないな」
「……ああ。本当にいいやつだよ」
信吾にそう言って、思わず笑ってしまう。
無意識に笑みを溢してしまった後、はっとなる。そもそも俺は信吾が話している間に他の事を考えてしまうこともなかった。目の前の信吾の事をずっと特別に思っていて、好きで仕方がなくて他のことなんて何も考えられなかった。そして信吾に対して声をあげるなんてこともしてこなかった。
それなのに、俺はこうしている間にも前園泉の事を考えていた。
斉藤とのことを話している信吾を見て、ずっと俺は嫉妬していたのに。そういう感情ではなく、俺は前園泉の事を考えていた。
信吾が言うように、俺は前園泉の事を大切に思っている。
――そして、多分……。
俺はその気持ちに気づいた時、「信吾、俺少し用事できたから行く」と口にして駆け出した。信吾の「え、悟?」と呼び止める言葉が聞こえたけれど、俺はただ前園泉の元へと向かった。
「前園泉!!」
「……どうした、木田悟、そんなに慌てて」
俺は戸惑う声をあげる前園泉に突進する。驚愕の表情を浮かべたまま、俺を受け止めた前園泉は戸惑いの表情を浮かべていた。
「俺、前園泉のこと、好きになってたみたいだ」
俺はそう口にして、驚いたままの前園泉の返事を聞かずに続ける。
自分が前園泉の事を好きになっていると気づいたから、待っていてくれてる前園泉にちゃんと答えなきゃと思って駆け出してしまったんだ。
「気づいてなかったけど、信吾が斉藤の事を話していても何も思わなくなってた。信吾の話を聞いていても前園泉の事を考えてた。前園泉は俺が苦しい時、いつもそばにいてくれた。俺が倒れている間にも俺の事を助けてくれた」
苦しい時、前園泉は俺の傍にいてくれた。
それがどれだけ心強かったか、嬉しかったか、それにどれだけ助かったのか。考えてみると前園泉がいたからこそ、俺はこうしてなんとかやってこれた。
全部、前園泉がいたからだ。
「――俺の事、助けてくれてありがとう。傍にいてくれてありがとう。俺の事、好きっていってくれてありがとう。待たせてしまったけど、俺は……前園泉の事、好きだ。ずっとそばに居たいって思った。だから――俺は前園泉の物になりたい」
そう口にして、はっとする。
幾ら気持ちに気づいたからといって、興奮して何を言ってしまったんだと思わず恥ずかしくなって前園泉から離れようとする。だけど、前園泉に抱きしめられてそれは叶わなかった。
「――めちゃくちゃ嬉しい」
顔を上げれば、前園泉は見た事のないような幸せそうな笑みを浮かべていた。それに見惚れているうちに、俺は口づけを落とされるのだった。
あいつのことだけがずっと好きだった。
だから自分の気持ちを押し殺して、あいつが幸せになるためだけに、俺はできることをやろうと動いていた。
あいつ以外の誰かを好きになることなんて、想像もしてなかった。
けど、前園泉が俺の事を助けてくれて、俺が苦しい時、ずっとそばにいてくれた。前園泉がいてくれなかったら、俺は誤解を解く事も出来なくて、こんな風に幸せを感じられなかっただろう。
――人生、何が起こるか分からない。
あいつのことだけが好きで、あいつ以外を好きになれなかった俺が、他の人を好きになって、その隣で笑ってる。
――俺は今、前園泉が傍にいてくれて幸せだ。
end
あいつのために俺ができること。
これで終わりです。元々前園泉とくっつけて終わろうと思っていましたが、思ったより長いシリーズになりました。