あいつのために俺が出来ること 9
「信吾……」
「悟! 良かった、目が覚めたのか!!」
三森に止められて、まだ教室には行けていない。そんな中で、俺が目を覚ましたことを知った信吾がやってきた。その隣に、斉藤を連れて。
胸が痛い。
斉藤が居なくて、信吾だけがここにきてくれていたら。俺のことを、俺だけの事を必死に心配してくれていたら———、そんなことありえないのに、そんなものは俺の願望でしかないのに。そう、思ってしまうのは、俺がやっぱり信吾のことを好きだという気持ちがあるからだ。
三森が、何か言いたそうな顔をしている。
「ああ」
「……悟先輩、俺、全然知らなかった。悟先輩が、俺のために動いてくれていたなんて」
「別に……斉藤のためではない」
斉藤のためなんかでは、全然ない。俺は、信吾のためだけに動いていただけだ。信吾が好きになったのが、斉藤ではなければ斉藤のことを守ることさえもしなかっただろう。それだけ俺は自分勝手な人間だ。
「悟、杏にそんな言い方はないだろ。杏は悟と違って傷つきやすいんだぞ」
「……ああ。ごめん」
「そうだ、悟、俺さ、杏と付き合うことが出来るようになったんだ。誤解して悪かったな」
「ああ」
「悟のおかげで杏が無事だったってしって、悪かった。疑ってしまって……」
「それは、別に良い」
信吾は、俺のことを幸せな気持ちにもさせてくれるけれど、俺のことを絶望にも落とす。相手が特別だからこそ、これだけ気分が上下する。
信吾と、斉藤が付き合う。
俺が望んだこと。俺は信吾に幸せになってほしいと望んでた。だけど、いざこうなると俺の胸はずっと痛い。
それから、二人は俺が元気そうなのを確認して、仲良さそうに手をつないで帰っていった。
「悟様、言えばよかったですのに」
「……何を?」
「越前様のことが、好きだって。そうしたほうがきっとすっきりしましたのに」
「……無理だって。俺は何も言わずに信吾の幸せを願うって決めてたんだから」
最後は前園泉が全てやって、俺は何もできなかったけど、だけど信吾が好きな相手とくっついて幸せになれるのなら俺にとって嬉しいことで。なのに、それを望んでいたはずなのに、泣きたくなってくる。
「悟様……、泣いても大丈夫ですよ」
「誰が泣くか」
泣かない。三森の前で泣けない。
泣きたい、苦しいって気持ちが溢れてくる。自分で選んだこと。俺が応援していた道。だけれども、こんなにも苦しい。
三森が、その後、その場を後にしたので、俺は一人で顔を覆う。
信吾のことが好きだった。信吾を思うと心が温かくなって。誰かを好きになるという気持ちを知った。初めての、強い感情。だけど、好きになる気持ちは温かいだけではないっていうのも信吾の事が本当に好きになって、初めて知った。
好きだからこそ、苦しいものだった。心から、好きだなと思うからこそ悲しいと思った。
俺が選んだ道。俺が、信吾に告白なんてしないことを選んだ。親友の道でいることを選んだ。信吾の幸せを望もうと思った。結果的に信吾は斉藤と付き合うことになった。俺が選んだこと、俺が望んだこと。
だけど、こんなに苦しい。
「……しん、ご」
「……また、泣いてんのか」
ガラッと扉が開いたかと思えば、入ってきたのは前園泉だった。
慌てて涙をぬぐおうとすれば、近づいてきた前園泉に手をつかまれる。
「泣け。俺の前で散々、ないてるだろ。泣いて、すっきりしろ」
なんで、こいつはそんな言葉を俺に口にして俺のことを抱きしめるのか。優しくされると益々涙が出そうになる。
「いいから、泣け」
ぽんぽんと頭に手をやられて、涙腺が崩壊してしまった。俺は涙を流してしまう。そんな俺を慰めるように前園泉は黙ったまま俺のことを慰めてくれた。……ああ、もうなんでこいつ俺にこんなにやさしくするんだよ。こういう時に優しくされると泣いてしまうだろう。前園泉の前では、散々泣いてしまっている。本当に……情けない所ばかり見せてしまっている。
泣き終えた後、
「なぁ、木田悟」
前園泉は俺を体から放して、俺に語りかける。
「……なんだよ」
泣いてしまったことが恥ずかしくて、そっぽを向いてしまう。ああ、俺の代わりに動いてくれたこともお礼を言わなければならないのに。
だけどお礼を言おうと、前園泉の方を向こうとした時耳に聞こえてきた声に俺は思わず固まった。
「俺にしろ」
「……は?」
何の話だ、と思った。何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「俺の物になれっていってんの、意味わかるか?」
「はぁあ!?」
思わず柄にもなく叫んでしまった。
俺の物になれ? 意味が分からない。頭が真っ白になる。先ほどまで信吾のことを考えて苦しくて仕方がなかったのに、その想いを一瞬でかっさらった。
「な、なななにをいってるんだ」
「口説いてんだよ」
「は!?」
「木田悟は鈍感だな、興味がなければこんだけ話に付き合ったりするわけもないだろう。俺はお前を欲しいと思ったからお前が倒れた時も動いたんだ」
俺の顔を、前園泉の方へと向けられる。
「俺の物になれ。俺はお前が欲しい」
「………っ」
俺は前園泉のそんな声に対して、声にもならない声を発してしまったのだった。
end
中途半端ですが、とりあえずここまでです。