あいつのために俺ができること 7
泉side
木田悟は、綺麗な奴だった。
自分の思いを押し殺して、他人を思える奴だった。
不器用なんだと思う。素直に、もし素直に、木田悟が気持ちを伝えたならば、どんな奴だって少しは心が揺らいだだろう。木田悟の事、知ったらそんな風にしか思えなかった。
最初は興味しかわいていなかった。でも、今は欲しい。
この学園で信じられないぐらい、綺麗な思いを持っている。越前信吾はそんな木田悟を見向きもしないで、斉藤杏を可愛いと、純粋だとそんな風に追いかけている。そんな風に、恋焦がれる。
つい隣で、ずっと親友が苦しんでいたこともしらずに。
木田悟はただ必死だった。必死に、好きな人の好きな相手を守ろうとしていた。嫉妬だってしていたはずなのに。
そんな、木田悟が倒れた。
「おい、大丈夫か!!」
俺は隣に居た。守りたかったから。こんなに綺麗な奴が、一生懸命に、ただ一途に人を思ったからこそ行動できる奴が、疑われて大変な目に合うのが見てられなかったから。
本当に学園の奴らの目は節穴かって思ってた。越前信吾と斉藤杏が学校に戻って、二人が否定して、少しは立場はよくなった。でも、部屋から閉じこもるのをやめた斉藤杏を狙っている連中は多かった。―――木田悟はそれを守ろうとしていた。自分だって狙われているのに。他でもない、斉藤杏のせいで大変な目にあっている。
馬鹿だと思った。
でもやっぱり綺麗だと思った。
自分が大変な立場であっても、行動が出来る木田悟。それは、越前信吾を思っているからで、それを考えると苛々したけど、止められなかった。
体調が日に日に悪くなっていたのは知っていた。でも木田悟は、俺が幾らいっても休んでなんてくれなかった。
ただただ、越前信吾のためにって必死で。
それで倒れた木田悟を見て、俺の中で――――プッツリと何かが切れた。
倒れた木田悟を慌てて抱えて、保健室へと運ぶ。その途中に木田悟の親衛隊隊長に遭遇した。
「悟様!? 前園様、悟様は……」
「無理しすぎたみたいだ。倒れた」
そんな会話をしながらも保健室へと歩く。親衛隊隊長もその後ろをついていく。保健室に向かうまでの間に木田悟にほだされて、木田悟を慕っている生徒たちが集まってくる。こいつは、何処までもまっすぐで、越前信吾のために何かをしたいっていう純粋な思いで行動していて。親衛隊の奴らだって自分と向き合ってくれる木田悟の事を嫌うはずもなく、慕っている。
生徒会も、越前信吾含む人気者と呼ばれる連中も馬鹿だと思う。親衛隊はうぜえ奴多いけれど、一応同じ人間だし、話は通じるものだ。向き合うこともせず、好きな相手に親衛隊の悪さを教え込んで、それで対立をあおって、好きな相手を危険にさらしている。
「おい、お前ら。ちょっと俺の言う事聞け」
保健室へ木田悟を連れていった後、木田悟の事を心配したように見据える奴らに俺は言った。
「いう事を聞けとは?」
「……こいつの現状、どうにかする。うざってえ生徒会たちを黙らせる」
ああ、もう苛々する。何が斉藤杏だ。斉藤杏斉藤杏って、あいつらは煩い。斉藤杏が現れてから、現れたから、木田悟がこれだけ弱ってるのに。木田悟のおかげで、斉藤杏は守られているのに。
―――ああ、苛々する。
木田悟の事を倒れるまで追い詰めた奴らに。
木田悟を知りもしないで疑う単細胞な生徒会たちに。
木田悟の事をよく知っているはずなのに信じなかった越前信吾に。
木田悟がただ純粋に越前信吾のためにって動いてただけなのに、木田悟をはめようとした奴らに。
「……そういう事でしたら、ご協力します」
「僕たちも木田様が冤罪を押し付けられているのは許せません」
そんな風に言う連中。こいつらの中には生徒会の親衛隊もいるはずなのに、それでも木田悟を慕っている。木田悟がこんな目に合う事を信じられないと思っている。
そんな風に話をしていると、慌てて保健室の扉が開かれた。
「悟! 倒れたって――」
「悟先輩!」
越前信吾と、斉藤杏。
二人は保健室内に集まった俺たちを見て言葉を詰まらせる。
「お前ら、何して―――」
「まさか、悟先輩に何かする気じゃ」
などと声を上げる二人に頭わいてんじゃねぇかと思った。
「僕らが木田様に何かするとかありえない」
「木田様に何かするわけないじゃんか」
「お二人は何をしにここに?」
俺が口を開くよりも先に、周りの奴らが口を開いた。口々に言葉をこぼし、睨みつけるように越前信吾と斉藤杏を見据える。
最後に口を開いたのは、木田悟の親衛隊隊長で、何をしにきたんだと怒っている。こいつも俺と同じで木田悟がこんな目に合うのが嫌だったらしい。
馬鹿二人は木田悟の親衛隊隊長にそんな目を向けられる理由がわからないのか戸惑った顔をしている。
「三森なんで…。お前、悟の親衛隊隊長だろうが!」
「なんでとは、何がですか」
「こんな奴を悟の傍に置くなんて」
「こんな奴? 前園様の事ですか? でしたらこんな奴呼ばわりはしないでいただきたいです。前園様は、悟様のためになってくれていますから。僕はこの方に感謝はしこそ、迷惑などとは思いません」
ばっさりとそういった。よくわからないが、俺は木田悟のためにはなれているらしい。
「越前様、貴方は悟様の親友でありながら何も知らない。知ろうともしない。悟様が苦しんでいても、そちらの方を優先する」
憤怒が見られる声で、三森はそう告げる。
越前信吾は、木田悟に思われている癖に何も知らない。親友だというのに知ろうともしない。周りから与えられる情報に惑わされる。
―――木田悟は、信用されていなかったって悲しんでいた。
木田悟が苦しんでいても、こいつは斉藤杏を優先する。斉藤杏に何かあれば、木田悟の事など試みない。
「貴方様も、そちらの方も自覚はないでしょう。寧ろ腹立たしい事に悟様を疑っておられるかもしれません。でも、少なくとも僕は今はあなた方二人を見たくもない」
そんな風に告げるのは、越前信吾と斉藤杏が木田悟がこうなった原因だったからだろう。
大体、斉藤杏がやってこなければ木田悟は越前信吾への恋心へ苦しむこともなかった。
越前信吾が斉藤杏に惚れなければ、木田悟は動こうとは思わなかっただろう。
斉藤杏がもう少し人気者たちに好かれる事でどういう事が起こるかを自覚して行動すれば、こんなことにはならなかった。
越前信吾が幾ら木田悟が何も言わないからといって親友だと信じ切っていれば、木田悟の負担も変わっただろう。
本当、全然自覚なさそうだが、こいつらのせいなのだ。
「……なんで、そんな」
斉藤杏は冷たくされて、泣き出しそうな顔をする。
「杏…! おい、三森、幾ら悟の親衛隊隊長だからといって杏を泣かすのは許さないぞ」
そういって睨みつける越前信吾に、三森はため息を吐いた。
「そうですか。別に貴方たちに許されなくても構いません。寧ろ許さないのはこっちです。倒れた悟様が居る前で、少し責められたぐらいで泣くそちらの方と、悟様の親友であるのに倒れた悟様よりそちらの方を優先するだろう越前様には本当に呆れます」
それだけ告げて、三森は二人を追い出すように指示を出す。二人が去った後、
「いいのか? あんな風にいって。あとから木田悟に怒られるかもしれねーぞ」
気になった事を言った。
「別にかまいません。僕はもう色々嫌だったのです。大体越前様は悟様からの愛情を当たり前のように受け取りすぎなのです。悟様がどれだけ献身的な方か知ってますか? 好きな人のためならって、本人に知られないようにと裏でこそこそ動いているってよくあることなんです。僕は悟様の思いが、通じればよいってずっと思ってた。――でも今は、あんな奴に悟様をやるのは、なんか嫌になってきたのです。
それに、僕らは別に越前様の事も斉藤の事も守りたくない。でも目覚めた時に彼らに何かあったら悟様は悲しまれる。だから幾ら嫌でも守らなきゃいけないのです。少しぐらい鬱憤を晴らしても良いじゃないですか」
そんな風に言われた。こいつも鬱憤がたまっているらしい。それもそうだろう。
「……とりあえず、あいつらの事はおいておくとして木田悟をはめようとした連中を捕まえるぞ」
「はい」
そんなわけで、木田悟が目を覚まさない間に、俺たちは木田悟をはめた連中を探すことになった。それなりに時間はかかったけれど、見つかってとっ捕まえた。
それからそいつらに自白をさせて冤罪を証明したり、
生徒会連中や親衛隊連中を話し合いさせたり、
眠ったままの木田悟に近づこうとしていた斉藤杏と越前信吾を妨害したり、
そうやって木田悟の悪い状況をどうにかしていった。
木田悟が目が覚めたのは、一週間も眠った後の事だった。
中途半端になったけれど、一旦これで切ります。