あいつのために俺ができること 6
青い空を、俺は屋上から見上げていた。
「木田悟、何ぼけーっとしてんだ」
そして隣に居るのは、前園泉だ。信吾から責められ、斉藤を苛めていた親衛隊と一緒に居るからと疑われ、それから俺はまともに信吾の顔を見ていない。
信吾は俺の顔を見たくないのかわからないけれど、教室には来ない。
信吾以外とつるむこともなかった俺は、居場所をなくして、なんだかんだで屋上に顔を出してしまう。
本音を知られた日から、前園泉は何を考えているか知らないけれど、俺に声をかけてくる。そしてその声に誘われるままに屋上に来てしまったりする。
悲しいっていう本音を一度聞かれてしまったからかもしれない。
聞かれてしまったから、それ以上聞かれても一緒だと思っているのかもしれない。ただ、俺は本音を吐き出す場所が欲しかったのかもしれない。
前園泉の事を、俺は利用している。
自分の本音を聞いてくれる。どうしようもない汚い思いを聞いてくれるからって。そういう都合の良い存在だと思っている。
なんだか、そんな自分がやっぱり嫌だと思った。
なんて醜いんだろうって。斉藤だったら。純粋で、優しい斉藤だったら、きっとこんな醜い、都合の良い存在として誰かを利用したりなんかしないのに。
「……ちょっと、色々考えているだけ」
「また、越前信吾の事か」
そう口にした前園泉はどこか不機嫌そうな声を上げた。こいつは、信吾の事が好きではないらしい。信吾と前園泉は今まで交流がなかったはずだから、何で 嫌っているのかはさっぱりわからない。
「俺、信吾にそんなに信頼されてなかったんだな、って思ったんだ」
「あ?」
「だって信用されてたら……、本当に信吾が俺の事を信頼しているっていうならばさ、例え俺が親衛隊と仲良くしていてもあんな風に責めないだろう?」
俺は自惚れていたのかもしれない。信吾の一番の親友であるって。信吾は俺の事を信用してくれるって。
信吾に、俺は信頼されているって。
それぐらいには仲が良いと自惚れていたのかもしれない。
でも実際は信吾は俺の事を疑っていて、信頼なんてしていなかった。悲しい。なんて空しいんだろう。
それでも、俺は信吾が好きで。
大好きで、仕方がない。だからこそ、笑っていてほしいから信吾に疑われても、それでも斉藤を守りたいと思っている。嫌いだけど、あいつなんて大嫌いだけど、それでも信吾が笑ってくれているなら――って。
そんな俺ははたから見てみれば滑稽なのかもしれない。
「泣くな」
気づけば泣いていたらしい俺に、前園泉はそういった。
「お前は頑張っている。あんな馬鹿な奴のために、親衛隊にまで頭を下げて、一生懸命で、お前が頑張っているから、斉藤杏は今まで大きな制裁にあっていない」
頭をぽんぽんと優しくたたかれて、なでられる。涙が益々止まらなくなった。
俺の頑張りを認めてくれる人がいる。知っていてくれる人がいる。それは嬉しかった。
俺は自己満足のために、ただの身勝手な恋慕のために動いている。でもそれでもこんな風に言われると泣いてしまった。
一度涙を見られているからもあるけれども、どうしてか、こいつの前では泣いてしまう。
「可愛いーなぁ」
「……は?」
泣いていたら耳に聞こえてきた言葉に、思わず耳を疑う。驚いて涙も止まってしまったあ。
「木田悟の泣き顔って可愛いよな」
「はぁ!? お前は何を言っている。目が節穴なのか。可愛いっていうのは、斉藤みたいなのを言うんだろうが」
「いーや、木田悟の方が綺麗だし、可愛いって俺は思うけど?」
「……はいはい」
なんだかよくわからないことを言ってからかってくる前園泉に適当に返事を返す。
「本当なんだけどなー」なんて小さくつぶやく前園泉の言葉を俺が聞くことは出来なかった。
そんな穏やかな日々を過ごした翌日、事件は起きた。
「おい、お前が指示をしたんだろう!」
俺は生徒会室に呼び出され、そして冤罪をかけられていた。
頑張って斉藤への制裁が行かないようにと必死に親衛隊の子たちと頑張っていたけれど、制裁は確かにおこってしまったらしい。未遂だったらしいけど、斉藤は強姦されかけたと。
ダメじゃないか、俺。
信吾を悲しませたくないって頑張っていたつもりだったのに、結局斉藤には制裁がいって、こんなことになって。
なんでも、制裁をした子たちが、「木田悟様の指示で――」なんていったらしい。俺が疑いの目を向けられているからこそ、そんなことを言ったのだろう。
生徒会室にいた信吾は、俺の事を見ている。戸惑ったような、だけど、俺がそういう指示を出した事を信じているといった目で。
泣き出しそうだった。
俺はそんなことをしてなんていないのに。ただ、俺は信吾に悲しんでほしくないからって、斉藤を守っていただけなのに。
「俺はそんなことしていません」
久しぶりに見た信吾。好きだなって改めて思う。本当に俺は信吾の事が好きで、信吾に笑って欲しくて。信吾が、幸せになればいいと思ってた。
好きだからこそだ。
そんな顔させたいわけじゃないのに。
俺は斉藤と違って信吾にこんなショックを受けた顔しかさせられないのかと思うと自分で自分の事が嫌になった。
嘘をつくなと責められた。
否定してもそれを聞いてくれることはなかった。
今まで黙秘を貫いていて、それから親衛隊と仲良くして、そういうことが重なって疑われている。信吾は責め立てはしないけれど、会長たちが俺を責め立てるのを見ている。俺の味方ではない。庇いもしない。ただ戸惑っている。
これが、斉藤だったら。
俺の立場にいるのが斉藤だったら―――、信吾は真っ先に庇うのだろうか。
守ってあげなければならないほどか弱くて、かわいらしい外見をしている斉藤なら―――。
俺は信吾にとってそういう存在ではないと知っていたはずなのに、それでも胸が痛んで、ズキズキした。
「化けの皮をはがしてやる」と彼らはいった。
そしてその日から、斉藤の取り巻きたちによって、あることないこと噂を広められ、時には暴行をされそうにもなった。
斉藤を慕っている人間はそれはもう多くて、だけど俺の気持ちを知っている親衛隊たちが助けてくれてなんとか事なきを得ていた。
信吾は、きっと俺のそんな状況は知らない。
襲われたショックで部屋に閉じこもっている斉藤の元へといっているという話だから。あいつは、友人思いで、こういうじわじわと相手を追い詰めるような手段は好きではない。文句があるなら真正面からいうような奴で、この件には関与していないだろう。
でも、あいつにとって、俺よりも斉藤が守るべき存在で。斉藤が大変な時には、俺の事なんて考えられないんだろう。
昔から勉強は苦手で、夢中になることがあればそれに一直線で、それ以外の事に熱意がいかないやつだった。でもそれでも、俺は親友で幼馴染で、俺の事を忘れたことなんてなかった。でも、今は斉藤がいるから。あいつが信吾の一番になってしまったから、俺の事を信吾は気にしていない。
斉藤は人気者で、生徒会の言葉を聞いた生徒たちに囲まれた。
あるとき、「生徒会に目をつけられた木田様がどうなろうと誰も助けねーよな」と襲われかけた時には流石に焦った。
信吾の名を呼んでいたけれど、信吾は来ない。もちろん、来るはずもなくて。喧嘩もできない俺は襲いくる奴らをどうすることもできなくて、半ばヤラレかけた。
「お前、何やってんの」ってそんな風にいって助けてくれたのは、信吾ではなくて、前園泉だった。
前園泉はそれはもう切れていて、俺が止めるまで相手の男たちをぼっこぼこにした。なんであんなに切れていたのかはいまだにわからない。
それから「お前危ないから俺といろ」なんて言われて、前園泉は俺の傍にいるようになった。
前園泉は危険な不良で、そいつと一緒に居ることもあって余計になんか疑われたけど、親衛隊の子たちは「前園さまが一緒にいてくれるなら安心です」と安心していたようだった。実際、前園泉がいるからか俺に手を出してくる奴は減った。
そんな噂を流され、どんどん孤立していく中でも親衛隊の子たちも、前園泉も俺の傍にいた。
そして斉藤が学園に顔を出した二週間後もその状況は続いていた。
斉藤もそして信吾もそんな状況に驚いていて、ただ生徒会だけは「そろそろ本当の事を言え」とニヤニヤしながら迫ってきて。
それに信吾は怒っていた。
「なんでこんなやり方をするんだ」「悟の事疑っていたとしてももっと他にやり方があっただろう」「なんでこんな陰湿なやり方をするんだ」って怒っていて、俺の事を疑っているはずなのに、それでも怒ってくれた信吾を、やっぱり好きだと思った。
斉藤だって怒っていた。根が純粋でまっすぐなんだろう。会長たちに向かって怒っていた。
「確かに最近木田先輩は親衛隊と仲良くしていたりするけど、前に僕の事制裁から助けてくれたりしたんだ。木田先輩が本当にそんなこと指示したなんて思えない」ってそんな風に告げた。
今までやってきたことが無駄になっていなかったことに嬉しかった。それから噂はなくなっていったけれども、それでも俺がやっていないっていう証拠はなくて、疑われたままで、そんな中で斉藤が襲われた後だってこともあって人気者と仲良くしていて、俺はそんな斉藤が危険な目に合わないようにと色々頑張って、その結果――、
「木田悟――!?」
倒れてしまった。
目が覚めた時、色々なことが終わっていた。
end
中途半端だけど一旦ここで切ります。続きは悟以外のsideから始まる予定です。