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 彼らは義樹とは離れた席へ向かおうとしたが、引率の女性に促され、渋々向き合う形で正面へ座った。侍姿の男はそれが不満なのか、足を大きく広げて不遜な態度で義樹を睨みつける。あきらかに怨嗟のこもった目だ。一方山伏は、足の横に錫杖を突き立て視線を合わすことなく瞑想をはじめた。緋色の袴を穿いた女性は目を伏せている。


 と、彼らを引率していた女性がおっとり義樹のほうへ歩いてきた。間近で見ると意外と古風な顔立ちであった。

「大丈夫かな。きみの思考回路はぐちゃぐちゃみたいだけど」

 義樹が答えないでいると、女性は運転手へ確認するかに言った。「サイモン、あなた言わなかったの。本質を探れって」

「伝えた。行先も話したし、理由もマニュアル通りに説明した」

 運転手が閉口する感じで両手をひろげた。その仕草に合わせて、ゆっくり電車が動き出す。


「それにしては、この人ぜんぜん理解していないわね。鈍いのかしら」

 女性は吊革に手を添えると、他の三人へ向かって言った。「あなたたちは意味を分かっていると思うけど、まだ理解していない人がいるので、もう一度説明させてもらうわ」

「――無用である」

 瞑想していた山伏が目を開けた。義樹の反応を見ながら不機嫌そうに錫杖を突き立てた。「通俗的な価値観しか持たず、流されるまま生きてきた者に、いくら説明しても分かる道理がない」

 すぱっと断ち切ってきた。その言葉に反論しようにも、何が何だか分からない状態は事実だったし、義樹は静観を決め込んだ。

「あら、言ってくれるわね」女性が山伏の前へ進み、腕を組んだ。「あなた、あそこへ戻りたいの? いいわよ、いつでも戻してあげる」

「構わん」

 山伏は錫杖を抱え込むようにして目を瞑ると、それっきり黙り込んでしまった。


 再度女性が向き直る。「ここにいる三人は別次元から来たの。もちろん私も、運転手のサイモンもそうよ」

「そのぐらいは見れば分かる。今どきそんな服装をしているのは歌舞伎役者だけだ」

 義樹は言った。

「ずいぶん偉そうに答えるのね。じゃ聞くけど、別次元って何? そこへ、あなたはどうして別次元に住む彼らと同じ場所へ行くの? 答えて頂けるかしら」

 義樹に答えられはずがない。漠然と、そのような世界の存在を理解していても、まさか実際に義樹が体験するとは考えてもいなかったからだ。

 しかし彼らは物の怪ではなさそうだし、いったい何者なんだろう。姿かたちはまぎれもなく人間。しかも言葉が通じるので日本人と考えられる。その彼らとともに、閉ざされた森へ行くのか……なぜ?


「わからないのなら教えてあげるけど、因縁ね。業ともいうけど」女性が言った。「それと彼らは霊よ。私もサイモンもね」

「幽霊? しかし君たちには体がある。幽霊というのは見えないものではないのか」

 薄々そのような類かもしれないと思っていたが、いざそれを断言されると戸惑うものがある。ある程度は納得させてもらわないことには信じたくない。彼らとの関係もだ。しかし導いたのが真実であれば、きっと過去に関わりがある。義樹は三人を食い入るかに見た。


 と視線を感じたのか、それまで目を伏せていた女性がが顔を上げた。

「あなたは、まだ分からないのですね」と、悲痛な眼差しで見返してきた。

 その瞬間、たまらなく胸を抉られた。何より彼女の瞳が濡れていたからだ。

「私を知っているのか」

 問いかけずにはいられなかった。

「逆に、どうして知らないのでしょうか。そのほうが疑問です……」

 女性が、なぜか力なく語尾を沈める。

「よけいなことは言わないでよい」

 何を思ったか、侍が声を荒げて遮る。女性を刀の柄で叩こうとした。が、柄はぴくりとも動かない。目を瞑っていたはずの山伏が、錫杖の先を侍の喉元に突き当てていたのだ。

 眉間にしわを寄せ、侍は引き下がる。その一連の行為で、彼らと義樹の関わりがこれ以上ないくらい複雑だということを思い知らされた。ぼやけた風景の中に、わずかだけ色が見えた。


「やっと、少しだけ気がついたようだけど、君って、サイモンの言う通りね。ほんとうに響かない。思いきりぼんくらだわ。普通なら、彼女に言われた時点で悟っていいはずよ」

 引率の女性が匙を投げるかに吐きすてた。

 分かっていた。サイモンにも言われたが、自分の本質が何であるかまるっきり分かっていないのだ。夢でも暗示されていたが、解明、最近それが心の負担になっていたことは確かだった。そんな気まずさに耐えきれず、車窓に目を向けたとき、不意に小さな物体がよぎるのを視界に捉えた。それも一つではなくて複数。ぞくっとした。


 なんだろう……例えていうならグレムリン、とにかく異形だった。まるで電車と競争でもしている感じで、無邪気に追いついたり追い抜かれたりしている。

「彼らは木霊、自然霊である」

 おっとりサイモンが言った。「怪火や妖怪の姿になったりするが、とても人間好きで、波長が合えば、ま、稀にだが補助霊として人間を守ってくれる。彼らのおかげで成功を収めた人は数知れないだろう」

「要するに霊は人間だけじゃないってことね。風にも土にも水にも、自然にはあらゆるエネルギーが息づいているの。私たちはそれを精霊と呼んでいるんだけど、納得できたかしら。だって彼らにも体があったでしょ。それを霊体というの」

 引率の女性が、窓に張りつく木霊をガラス越しにつつく。木霊はきょとんとして動きをとめる。愛くるしい表情だった。「紫陽花の花の下に座敷童子もいたはずだけど、あなたには着ている服が何色に見えたかしら。白だったら吉事、赤だったら……そうね、別れともとれるし、苦悩の前触れとも言うわね」


 ――赤だった。

 彼らと木霊の霊体、座敷童子の服の色、ここまで説明されて分からないとは言えなかった。だが、納得したとは返答できずに話題を変えた。

「なら、なぜ彼らは時代錯誤を感じさせる服を着ているのだ」

 三人を指さした。錯綜させる答を、少しでも引率の女性から導きだそうと考えた。

「あんた、ほんとうにばかね。あたり前じゃないの。だって彼らは、その時代のままなんだもの」

「そんなことが物理的に可能なのか」

「あんたは確か、新しいものを切り拓くより古い伝統を守ることのほうが信条だったはず。まさか物理を口にするとは驚いた。ま、それは別として、物理を超えたところにこそ真実があるのを覚えておいたほうがいい」

 横からサイモンが柔和に話してきた。だからといって素直に受け入れられるものではない。


 そんな義樹の姿勢に食傷したのか、窓に目を向けると木霊がいなくなっていた。きっと、いつまでも信じようとしない義樹に愛想をつかせたに違いない。

「鈍さを通り越しているわ」

 引率の女性があきれて言った。「じき森へ到着するから、今から心の準備をしておくことね。過酷よ。だって、あなたたちは虫になって試練を受けるのだから」

 ――虫だって?

 


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