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終章 1

 朝村は車から降りるとサングラスを外し、強烈に突き射す西日に手をかざして建物を見上げた。建物の一角に焦点を定め、歪んだ含み笑いを浮かべた。西へ大きく傾いた紅い太陽が中層マンションのベランダを毒々しく染めている。

 未練だとわかっていてもあきらめきれない朝村は、気づくと静夏の住むマンションの前にいた。

 めちゃめちゃにしてやる。殺傷沙汰になってもかまわない。

 すでに部屋と思しき七階のベランダで、洗濯物を取り込む静夏の姿を確認していた。あとは警戒をされないよう室内へ入り込むだけだ。

       

 朝村と公然の仲であった静夏を、まんまと盗み取った皆川義樹が気に喰わなかった。

 何が、このたび結婚の運びとなりましただ。何が社主のお気に入りだ。それもこれもすべて、新人の頃に朝村が目をかけ抜擢したおかげではないのか。確かに多少の才能もあり、それで我が社の業績も上がった。部長である朝村の好評価にもつながった。だが社主も部下も、みな朝村を飛び越えて奴を称賛することが気に入らなかった。そればかりか抜け抜けと静夏を奪いとった。

 静夏にはいずれ交際を申し込む予定だったのだ。

       

 オートロックの扉の横に最新のインターフォンが設置されている。部屋番号を押して扉を開けてもらおうかとも考えたが、まだ先日のレイプ未遂事件を引きずっているかもしれない。

 何はともあれ、まずは穏便に事を運ばねばと逡巡していたとき、突然オートロックの扉がひらいた。小学生ぐらいの子供が出てきた。朝村はまた歪んだ含み笑いを浮かべる。

        

 乗っていたエレベーターは目的地の階をオレンジ色に点滅させ停止した。朝村は唇を舐め廊下を進んだ。途中の店舗で購入したクッキーの箱を無造作に左手に持ちかえ、ドアノブに手をかけた。鍵がかかっているのを確認すると、思わず舌打ちをし、躊躇わずにインターフォンを押した。

 窓硝子に人影が映っている。

 いくら嫌悪しようが皆川義樹が消息を絶ったのは周知の事実だし、それを心配する上司の訪問を――まさか無下に追い払わないだろう。

        

「皆川ですが、どちら様でしょうか」

 数秒すると中から女性の声がした。その声はインターフォン越しからでも、朝村の胸の疼きを高揚させるには十分だった。

 朝村は興奮を抑え、冷静に返事をした。

「朝村です」

 静夏が名前を聞いて沈黙する。狼狽にさえ聞こえる沈黙だった。

「皆川君のことで、社からことづけを預かってきました――」

 朝村は努めて慇懃に言葉を重ねた。私用であれば追い払われるのもやむを得ないが、公用なのだ。それでけんもほろろに対応すれば人格が疑われる。

        

 だがドアは、一向に開く様子がない。玄関に走りこんで鍵を開けにくる素振りも感じられない。

 西日が、じりじりと朝村の背中を射す。じめっとした汗が肌着に絡みつく。苛立ちが極限に達した。

 静夏の沈黙は続いている。

 朝村は焦れた。そうなると決断は早かった。一か八か、いきなり捨て台詞を決行させた。

「ならばいい。彼は首にする!」

        

 朝村は大げさに踵を返し、その場を去った。そして聞き耳を立てながら数歩エレベーターの方へ進んだ。背中越しに突然ドアチェーンの外れる音がした。ドアが開いた。朝村はにたりとほくそ笑み、後ろを振り返った。静夏が顔を覗かせていた。

 その顔を見て、艶めかしい秘部に舌を這わせた感触が蘇る。体内に分散されていた澱が一部分に掻き集められていく。朝村は上気させて部屋に入った。


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