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「知りたいか。なら、シーズを見て思いだすことだ」
「シーズを見て? ではシーズも私と同じ時代に生き、深い関わりを持っていたというのでしょうか」
次から次へと噴き出てくる新たな真実に、義樹は心をとばされ、列車の中で見たシーズの服装を懸命に思い浮かべながら朧げな記憶を手繰った。
女人でありながら立烏帽子に緋色の袴、手には金色の扇、腰には白鞘の太刀を履いていた。ということは町娘でも官女でもなく、男舞いを演じる白拍子の可能性が高い気がする。
しかし白拍子……それを思うだけで、なぜか切ない記憶の一コマ一コマが胸を掻きむしられるように疼き、蘇ってくる。堪らなく愛しさもこみ上げてくる。
白拍子の発祥は平安時代の礒の禅師。けれど彼女の年齢は、すでに当時不惑に達している。脳裏に浮かぶのは若い女性からして別人ということになる。
なら弟子、もしや静御前?
そうだとすると、義樹は彼の人か。頭に傑出した一人の人物の名前が浮かんだが、即座に否定した。彼ほどの稀代の傑物がさしたる才覚もなければ度量もない、義樹のような平凡なサラリーマンと同一であるわけがないのだ。
それでも、もし義樹があの人物だとしたら――フジモンにしろムサシにしろ、シーズにしても、すべての過去世の隠されたピースが埋まり、謎だった符号が一致する。
よもや……?
「そうさ義樹、君は源義経だよ」
義樹の推測を確信にさせたのはヨウゾウだった。ぽんと肩を叩き、彼はこの時を長い間待ちわびたよう、驚くほど快活に言った。ユッグの分身であった小さな光は、義樹がそこへ答を導いた瞬間、ふっと消えている。
「義経、やはりそうだったのか――!」
義経は兄である頼朝を助け、常に最前線で弁慶らと鬼人のごとく戦い、平家を討ち破って源氏の時代を築いた。しかし妬みから兄頼朝に追われ、わずかの郎党を引き連れ奥州へ逃げ延びる。そこでも藤原泰衡の妬みによる奇襲に遭い、追われ、ついには自害し果てる。
すると静御前は……?
はたと義樹はヨウゾウから目を移し、シーズへ視線を当てる。思い浮かべる悲惨な状況をよそに、シーズは健気に悶絶するフジモンの介抱をしていた。
それは義樹が義経だった頃、手柄を立てれば立てるほど兄から疎まれ、心が脆くなっていたとき、少女でありながら母のように、抱いて癒してくれたことと似ていた。その温もりは妙に心地よく、この森へきて――初めて光や空気や風に生かされているんだって知った感覚と同じだった。
一方、リング上ではタマミが義樹とムサシの名をコールし、ムサシがシーズの脇を無言で通りすぎてリングへ上がっていく。観客の興奮は最高潮に達しつつも、リングになかなか上がろうとしない義樹に不満を募らせている。
「では最後に聞くが、私が義経でムサシが弁慶であるなら、シーズは静御前ということになるが、間違いないか」
「その通り。義樹と仲睦まじくしていた過去がくっきり見える」
おおぉぉぉ――義樹の口から言葉にならない感情がほとばしる。シーズはまぎれもなく静御前だった。そして義樹は源氏九郎義経。
けれど彼女は義経が自害したことを知ると、奥州への道半ば、心身を絶望の底に沈ませて、名もなき沼に身を投げ自殺した。吉野で別れて後、彼女の身に何が起こったのだろうか。郎党より、兄の執拗な謀略を逃れ消息を絶ったと聞いた記憶もある。
「あっ、そうだ。ユッグから頼まれていた伝言があるんだ」
ブーイングに変わりつつある会場の空気に駆り立てられ、リングへ向かおうとすると、ヨウゾウが言いにくそうに話しかけてきた。
「じつは義樹を導いて虫にさせてしまったけど、虫にさせても人間に戻す力はないんだってさ」
「え……?」
絶えず心の片隅に保険のような安心感を潜ませていた。虫になっていても導かれたのだし、いつかユッグが人間に戻してくれるはずだと。今、その安心感ごとすべての退路を断たれてしまったことを知る。
以前の義樹であれば、女々しく泣き崩れるだろう。でも逆に力が湧いてきた。べつに自棄になっているわけではないし開き直ってもいない。覚悟だ。覚悟を持った平常心が生まれた。
この気持ちがどこから湧いてくるのかはわからないが、過去世を知ったことにより、心の内にあった無が開放されたような気がする
義樹は一歩ずつリングへと上がる。目の前には巨大なムサシが立っている。観衆は総立ちになって熱狂している。しかし、やがてその声も消える。義樹は心を無にさせムサシだけを見つめていた。




