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1章 1

歴史上の有名な人物を、自分なりにアレンジして登場させました。

少しずつ書いていくので、更新に時間がかかるかもしれませんが読んで頂けると幸いです。


       1

 

  ――目覚めよ!

 どこからともなく胸を掻きむしられる声が響き、皆川義樹が通勤路の川べりに目を向けたときだった。

 とつぜん川面から、もくもくと見るからに奇妙な黒い霧が立ち上がり、それが頭上の黒雲と連動してこちらへ迫ってきた。そればかりか見慣れた住宅地が、これまで見たこともない歪んだ殺風景な景色に変わり、なんとそこを歩く人たちが皆のっぺら坊の武士に変身させられていったのである。


 いったいこれは……?

 背筋がぞっとした。寝不足のせいかと目を擦ってみても、まったく変わらない。

 以前、両親が食べてはいけない料理を食べて豚になり、それで別の世界へ連れ去られるという映画を観たが、特にそういったことをした覚えもなかったし、玄関を出るまで普段と何ら変わりない朝だった。違うと言えば、昨夜妻と仲たがいしたことだけ。まさか、そのことのせいで怪奇じみた現象が起きたのだろうか。


 有り得ない、目の錯覚だ。百歩譲って夢でも見ているのかとも考えたが、すぐに打ち消した。

 立ちどまってあれこれ考えているうちに、歪んだ景色が数メートル先まで迫ってきていたからである。それと同時に刀を装着したのっぺら坊の武士も、異様な殺気を撒き散らせ襲いかかるかに間近に接近してきた。


 義樹は身の危険を感じた。どうにものっぺら坊の武士の行動が尋常でないのだ。それに歪みの境と横並びになるのが嫌だった。薄気味悪い世界に呑み込まれ、自分までもが変な衣装を着たのっぺら坊になってしまうと思わされたからだ。それというのも、間違いなく彼らは義樹が先ほど追い越したばかりのサラリーマン。服装こそ違うものの、体型も、年齢も変わっていないからだった。彼らは歪みに取り込まれたとたん、顔を失ったように正気もなくしてしまったのだ。証明するかにのっぺら坊は刀を抜いてにじり寄ってくる。


 冗談じゃない。

 義樹は後ずさりして踵を返すと、早足で駅へ向かった。川と交錯する信号を左へ曲がり、線路沿いの舗道を懸命に走った。すると黒雲も速度を増した。次々と駅へ向かうサラリーマンたちをのっぺら坊の武士へ変え迫ってくる。


 どうなってるんだ。逃げても無駄なのか。

 その不安に拍車をかけるよう、新たに武士となったサラリーマンたちが突如斬り合いをはじめ、一人が義樹を見て凄まじい勢いで向かってきた。

 勘弁してほしい。理由もなく殺されるなんてまっぴらだ。義樹は全力で逃げた。逃げながら周りを見た。幸いなことに歪みは後方だけで、前の方は至って普通だった。風景も人も異常なかった。なら絶対に錯覚だ。駅についてもう一度振り返れば、歪みも消えて、そこにはいつもと変わらぬ通勤風景がある。そう信じて、いや願って急いだ。


 しばらく脇目もふらずに夢中で走り、駅前のロータリーへ差しかかった所で恐々後ろを振り返った。

 消えていた。黒い雲も押しよせてくる気配がなかった。

 何だったんだ? 気が緩むと、全身からどっと汗が湧き出してきた。ただでさえ暑い梅雨の時期、下着もびっしょり濡れている。それにしても、あれは何だったのだ。単なる幻覚だったのか。それか人には見えないだけで、この世界のほかにいくつもの隣り合わせの世界が混在していて、何かの拍子でその扉が開かれてしまったのだろうか。

 だとして考えられるとしたら、やはり昨夜の妻との仲たがいだ。義樹はわだかまりがどうしても消えず、寝室へ行かずにリビングのソファーで寝た。そのとき見たのだ、さっき以上の忌まわしい幻覚を。

 

 夢であるから抗えないと知っていても、噴き上がる感情を義樹は抑えることがどうしてもできなかった。それほど悲惨な夢だった。

 おそらく夢のそこは、形容するなら――地獄なのだろう。とにかく一面が闇だった。それでも目を凝らすと至る所に鋭い刃物の突き出た岩肌の山があり、それらに囲まれた平地は泥沼といっていいぐらいじめっとしていた。


 そこを、もはや人間とは思えないほど醜い姿に変貌した住民たちが、歩くのではなく這いずりまわっているのである。ある者は鞭を持って弱者を追いかけ、その追いかけられた者たちも、逃げながら少しでも力の劣るものを見つけると立場が逆転したかのように嬲りかかっていた。

 すでに人の心を失くしてしまったからだろう。そのため一度死んでしまったら二度と死ねないという不文律も忘れ、終わりのない殺戮の日々に明け暮れている。繰り返される流血と悲鳴。じめっとした泥沼とは彼らの体内から漏れる血に違いない。腐敗し、蛆が湧き、息もできないほどの悪臭に満ちていた。


 そこに義樹がいた。ある一人の人間を捜しながら、その光景を見つめていた。

 義樹の姿は住民たちには見えないのかもしれない。横を通り抜けても襲いかかろうともせず、すぐ近くで彼らは醜い争いを続けている。

 義樹は膝までめり込む腐った血の沼の中を、一歩一歩足を踏ん張り、ときに仮死状態となった人間を手で横へ掻き分けながら奥へ奥へと進んだ。すると、やがて剣先の山の手前に薄っすら建物が見えてきた。その大きな建物を囲むようにして、粗末な掘っ立て小屋としか見えない住居がいくつも横たわっているのを発見した。一つの集落なのだろう。


 しかし人の気配はまったくない。

 義樹は、一軒の住居の扉を開け中を覗いた。小屋の中に数人の人間がいた。なぜか怯えるように隠れている。

 どうしてと思い尋ねても、彼らには義樹の声が聞こえないため泣き喚くだけだった。が、その直後だった。どすんどすんと大きな地響きをさせて、そこ彼処に人の数倍もの大きさがあろう鬼が現れたのだ。

 義樹は瞬時に彼らの嘆きを理解した。それは鬼の食事の時間帯で、彼らは餌でしかないなのだと。

 それがため、まず鬼たちは外で這いずり回っている人間たちを、まるで怪鳥が虫をついばむかに食べはじめた。しかし鬼の胃袋は巨大で、食べても食べても満腹感を味わえない。そのため視界に入る人間をすべて喰い尽してしまう。


 それでも喰い足りない鬼たちは、壁を足で蹴り飛ばし、手で建物をなぎ払う。慌てて飛びだす人間を、煙突ほどもある二の腕を突きだし捕まえる。それを指でつまむと半分に引きちぎり、口の中に血を流し込むのだ。次々と同じことを繰り返しては、そこにいる人間をすべて喰い尽す。

 鬼に捕まり、手で半分にちぎられる行為は見ていても凄まじく、言葉に形容しがたいものだった。きっと痛さも怖さも現実と何も変わらないだろう。いや日々繰り返されるのだから、現実以上であるかもしれない。

 義樹は呆然と見つめることしかできなかった。

 


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