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「調和が崩壊すると、どうなる」

 頭に何か邪な考えが浮かんだのか、大将蜂の口調が変わった。確かめるように問いかけた。

「知りたいですか」

 妖精が飛翔をとめて泉のほとりへ降り立った。大将蜂も近くの草むらにとまる。義樹との間隔はわずか二メートルの至近距離だ。

「聞かせてもらおう」

「いいでしょう。まず、試練の場がなくなります。そしてここで再生に励んでいた者たちは自由の身になるのです」

「おお、自由! 結構ではないか。そもそも我らは自由を勝ち取るために試練に励んでいるのだ。例えその半ばであっても、恩赦と考えれば問題ない」

「何を想像しているのかわかりませんが、少し思慮が足らない気がします。試練半ばで自由になるということは虫のまま一生を終えることでもあるのです。つまり再生の機会が消滅したということ」


「言ってる意味が分からない」

大将蜂が口を引きつらせて歪めた。

「そうですか。では簡単に説明しましょう。天の計らいによりユッグの森で虫に転生していますが、ほんらい虫の魂と人間の魂はまったく別物です。虫は永遠に虫のままであり、人間に生まれ変わることはないのです」       

「人間に戻れぬだと。ふーむ、それで奴が導かれ――その崩壊を防ぐというのか」

「そうです。ただし導かれたのは一人ではありません。ユッグは三人を選びました」

「ふん確率の問題だな。一匹より二匹のほうが回避できる確率が高くなるからに決まっている」

「どう思おうともかまいませんが、そなたの考えるような生易しいものではありませんよ。ユッグが選んだのは、あくまでも候補にすぎないのですから」

「生易しかろうが難しかろうが、候補だろうが、そんなことはどうでもいい。ともかく我らは我らの意思で行動する。お漏らしの命令など、一切聞くつもりはないことだけを伝えておく」


 大将蜂らが帰っていく。残された義樹の胸中は複雑だ。仮に百歩譲って義樹が導かれし者だとしても、人望も実績もない状態ではきっとこのようにそっぽを向かれてしまうだろう。

「心配無用です。人望も実績も、これからつくればいいのですから」

 妖精が義樹の心を読んだかに言った。ぎくっとして問いかけようとしたが、相手が妖精であれば心を読むぐらい容易いに違いない。それに導かれたといっても候補にしかすぎないと言っていた。ということは、この後何らかの形で決着をつける場が用意されているはずだ。それが何かわからないが、ともかく前へ進むしかないのは確かだった。

       

 では、と澄んだ声を発して、妖精が義樹を見てから草むらに目を向けた。

「ヨウゾウも一緒に行きましょう」

 恐る恐る草むらからヨウゾウが姿を覗かせる。

「今何と……もしかして、僕がユッグの元へ行けると言いましたか」

 妖精に、ヨウゾウがまるで少年のような無垢な目を向けると、泉の先から老くすの木よりも更にくぐもる声がとどいた。

「もちろんだ。おぬしは十分浄化された。さあ義樹とともに、こちらへ参るのだ」

 ユッグだ。ユッグが義樹とヨウゾウに優しく呼びかけていた。     

「おおぉぉぉ――」

 ヨウゾウが泣いている。歓喜の涙だ。どのぐらい転生を繰り替えしたのかわからないが、きっと修業が済んだのだと思う。彼が人間に戻る日は近い、そんな気がした。


 泉のほとりを飛んでいた別の妖精たちが、神秘的な光を振りそそぎながら、義樹とヨウゾウに手を差し出して微笑む。たがいに顔を見合わせ肯くと、妖精に手を引かれて聖域の中へ入った。

 途端にこみ上げるものを感じた。周囲をとり巻く光の優しさに生命が洗われた。ユッグのみならず、光るすべての木々が義樹たち二人を歓迎していたからだった。


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