プロローグ
奥深い山峡の、道とも呼べぬ道を進んだ先に火が焚かれていた。その火を囲んでぼやけた複数の影が無表情で蹲っていた。地べたに胡坐を組んで手をかざし、一言も発せず、目を閉じて耳だけを欹てている。
見た目、屈強な出で立ちである。
だが彼らは街道を避け、馬も持たずに山中から山中へと長い逃避行を続けていた。そのため頬は病人のように削げ落ち往時の面影を消している。心身とも極度に疲弊しているせいか、風に撒かれる葉のざわめきを追手と感じ、びくっとして一瞬目を開けるが、すぐにまた力なく微睡みに落ちる。
風に乗り、どこからともなくかすかに笛の音が聞こえてきた。深遠な静寂の森に細い旋律が哀しげに反響する。身の丈七尺、彼らの中でも一際屈強な男が目を開け、重い腰を上げて、音色の方向へ足を進ませる。
白面の華奢な若者が泉のほとりで哀しい調べを奏でていた。月光に照らされた泉の水面に若者の姿が映し出され、頼りなげに揺れる。
「北に進めば奥州、南下すれば鎌倉。どちらへ向かわれるのか」
男は鎌倉の理不尽さに憤っていた。勝ち目など微塵もなかったが真正面から戦いを挑み、せめて多少の怯えを相手に感じさせなくては気がすまないと思っていた。それで朽ち果てるのなら武人の誉れと考えていた。
「奥州へ行くつもりだ」
若者が素っ気なく答える。
「力に屈しながら――その力に庇護されるのでござるか」
男は、若者を睨みつける目からたちまち失望の涙を溢れさせる。木々が、そんな二人を静かに見つめていた。