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33.あきらめない心

 何度も小規模な衝突をくり返していた国境付近の両軍とも、夜中は静まり返っていた。突然の空賊の急襲を受け、混乱の騒ぎに陥った中、2機のエアプルームが森を飛んだことに気付いた者はいない。


「ぼく達は、アリアドーネ王女さまの指示で避難の手伝いに来ました!」

「さぁ、みんなこっちへ!早く!」


 事前に知らせを送っていたので、ブラント村の住人たちは2人の呼びかけですばやく広場に集まった。しかし孤児院の子供たちは泣いたり怯えたりで、なかなか思うように動けない。


「火の手が近づいている……!」


 北の方角から、どこかの軍が放った火が黒い煙を上げていた。そこで大人たちが子供を1人ずつ抱えて走り、自分で歩ける10人ほどは院長先生がまとめて引率した。


「これで全員が逃げられたかな」

「俺たちも、ソラト達と合流しよう」

「リディ!どこへ行ったの!?」


 先に行ったと思っていた老齢の院長が、子供の名前を叫びながら戻ってきた。誰もいなくなった村から飛び立とうとしていたフウリとアランが駆け寄って事情を聞くと、途中で1人足りないことに気付いたと訴えた。


「他の子供たちは?」

「森で金髪の女の子が、私の代わりに連れて行ってくれました。でも、リディがどこにもいなくて……!」


 すぐ近くに砲弾が落ちて、地面が揺れた。村はずれの物見やぐらが崩れ、北風にあおられた火がすぐそこまで迫ってきている。


「……よし、ぼくが探してくる」

「いや、俺が行く。森の上を飛ぶのは危険だ」

「大丈夫だよ。アランは院長さんを連れて、先に戻っていてくれ」

「お、おい……!」


 勝気で頑固な性格は昔からだが、にっこりと笑ったフウリの目があまりに澄んでいて、アランはなぜか胸騒ぎがした。しかしその不安をうまく口にすることができず、言葉に詰まる彼を置いて、フウリはすばやくエアプルームに乗り込んだ。


「先に行って待っているからな!」


 ようやくそれだけ叫ぶと、フウリは親指を立ててうなずき、赤黒く燃える空へと飛び出していった。低空を走るその後ろ姿をしばらく見守っていたアランは、意を決して地上に視線を戻した。


「俺たちも行きましょう」


 自分にも言い聞かせるように、アランはエアプルームを背負い、老院長の手を取って早足に村を離れた。


――大丈夫。あいつの操縦は島で1番なんだ。


 まばらに広げた緑色の布で覆われた森は、夜とは違う深い暗闇に浸っていた。途切れ途切れに布の木々の間から見える夜空に、赤い光と爆音が絶え間なく飛び交う。アランも走りながら行方不明の女の子を探したが、やはりフウリの様子が気になって上空にばかり目がいった。


「アラン君!こっちだ!」


 獣道の先で、手を振り上げて叫ぶケセドの姿を見つけた。順に立って案内する位置は、彼が最後のはずだが、途中にソラト達はいなかった。


「他のみんなは、村人たちを連れて先に行った。あと2人残っていると、ローシェ君から聞いたのだが」

「女の子がいなくなったって、こちらの院長さんが……今、フウリが探しにいっています」

「この上空を?」

「俺も行きます。ケセドさん、院長さんをお願いします」

「待て、アラン君!今、飛ぶのは危険すぎる!」

「だからって、あいつを放ってはおけない!」


 懸念するケセドの制止を振りきり、アランはエアプルームを起動させて飛び立った。老院長を見捨てるわけにはいかず、自分しか同行できる者がいなかったから仕方なくここまで来たが、ケセドに預けたらもう引き止めるものは何もない。一刻も早くフウリと女の子を見つけて、速やかに飛行艇へと帰還する。それしか頭になかった。


――フウリ、どこだ……!?


 祈るように心の中で叫ぶアランは、左右から飛び交う砲弾の雨をくぐり抜け、闇の中に目を凝らした。風はないが焦げた匂いがたち込め、時おり爆風で翼があおられる。さらに夜空を貫くライトにつかまれば、両軍から狙われることは必至である。しかしアランは砲弾よりもライトよりも、ただひとつ、白い翼だけを捜した。


「いたッ……おーい!」


 夜の闇に輝く星のような純白の大きな翼を、はるか空高くに捉えた。森すれすれに飛んでいると思っていたのだが、アランよりもさらに上昇気流に乗っていたので、気付くのが遅れてしまった。


「来ちゃ駄目だ、アラン!見つかった!狙われている!」

「白い翼は目立ったのか……子供はどうした!?」

「さっき助けた!ちゃんとここにいるよ!」


 島随一の空送屋としての実力と、なんでも最後までやり遂げる強い責任感で、フウリはこの危険な中からでも行方不明の子供を捜して連れ出していた。アランはひとまずほっとしたが、彼女たちの翼が標的にされている以上、油断できない。


「子供は俺が預かる!お前はとにかく逃げろ!」

「わかった、このコを頼む!」


 交通の便が発達していないファルギスホーン島において、自在に空を駆ける空送屋は、じつは大陸でも屈指のエアプルーム乗りであることを意味している。そんな彼らだからこそ、離れた空中を走りながら子供を渡すという危険な賭けも、まったく危なげなくやってのけた。


「平気か?よく泣かなかったな」


 この女の子も、おとなしく言われたとおりに飛んだのだから、大した勇気だとアランは褒めてやった。


「よし、フウリ!行くぞ!」

「あぁ、……ッ!」


 アランは一瞬、音が消えたと思った。あれほど轟音が響き渡っていた空が、完全な静寂に包まれる。時間が止まったかのような、感覚の麻痺。

 しかし、目の前の光景は止まらなかった。無数の羽が夜空に舞い散り、片翼を失った翼はきれいな弧を描いて森に吸い込まれていく。ゆっくりと、ゆっくりと……だが、とっさに伸ばしたアランの手をすり抜け、遠く彼方へと離れていく。


「フウリーッ!!」


 音がなくなったのは、すぐ目の前で爆発した瞬間だけだった。瞬きをするわずかな間にフウリのエアプルームが打ち砕かれ、音が戻ったときには、アランは声の限りに名前を叫びながら急降下した。




 ……その後のことを、アランはほとんど覚えていなかった。次に気がついたときには、飛行艇ジーク号の一室に座っていた。そのときも呆然と一点を見つめたまま動かなかったが、奥の部屋から出てきたソラトに声をかけられて、初めて我に返った。


「アラン、お前は大丈夫なのか?」

「あぁ……今は、どうなっているんだ?」

「どうにかうまく逃げられて、もう国境から離れている。ブラント村の人たちは、全員無事に避難できたよ。あの、最後の女の子も」

「フウリは?あいつはどうした?」

「……」


 ソラトは視線を落として、隣のイスに腰を下ろした。しばらく黙ったままだったので、アランはイライラしてソラトにつかみかかった。


「なぁ、おい!フウリはどうなったんだよ!」

「……目が覚めない」 ソラトは目を逸らしてつぶやいた。「息はあるけど、いつ意識が戻るかは、医者もわからないって」


 アランはみぞおちを殴られたような感覚を覚え、またイスに倒れこんだ。同時に、あのときの記憶が少しずつよみがえってきた。


――そうだ、フウリのエアプルームが撃墜されて……森に落ちたんだ。あいつを助けて、急いで飛行艇に戻って、それで……。


 3人も乗せてふらふらしている鷹の翼を真っ先に見つけたアリアドーネと、砲撃をしていたエリアーデが駆けつけ、フウリを医務室へと運んだ。それからずっとここで座り込んでいたアランは、ようやく時間がつながったのだが、フウリの姿は今もない。


「直撃は避けられたみたいで、外傷はほとんどない。森の木と布がネットになったから助かったけど、あとは目が覚めないと……」

「俺が……俺が行かせたから、こんなことに……くそっ!」


 行き場のない怒りと悔しさをこぶしでぶつけたが、船の壁はびくともしない。どんなに後悔しても現実は動かないと、そう言われている気がした。


――俺が一緒にいながら、あいつをこんな目に遭わせてしまうなんて……俺はなんのために武術をやってきたんだ?なんのために、あいつのそばにいたんだ……!


 フウリを守るために旅についてきたというのに、肝心なときに目の前で何もできなかった。いっそ自分が代わりに傷つけば、どれだけうれしかったかと、アランは自分を責めずにはいられなかった。それで彼女が助かるなら、もしも少しでも悲しんでくれたなら、それだけで充分なのに。


――……いや。


 叶わない願望ばかり考えている場合ではない。こうなってしまったのが自分の責任ならば、なんとしてでもフウリを助けなければならないとすぐに思い直し、アランは強くこぶしを握りしめて立ち上がった。


「優秀な医者を探そう。帝都になら、フウリを治せるヤツがいるかもしれない。どんな薬がいいのか、それがわかるだけでもいい」

「でも、今は戦争中だから、そう簡単には動けないみたいだぞ」

「だったら、俺が戦争なんかやめさせてやる。バーミリオン国王か?ウィスタリア皇帝か?それともローゼン教の教祖をとっ捕まえればいいのか?どいつでも、かかってきやがれ!」

「……負けたな、お前には」


 力が入るアランに、ソラトが苦笑した。真剣に話していたのに笑われてむっとしたが、ソラトの目は笑っているわけではなかった。


「オレもさ、フウリのことは、なんていうか……家族みたいに大事な存在だと思っているんだ。けど、こうやっていざ大変なことになっても、どうしたらいいのかわからなかった。もしかしたら、どこかであきらめていたのかもしれない。……でも、お前は全然あきらめていないんだな」

「当たり前だ!あいつは俺の……俺は、あいつがいなくなるなんて絶対に嫌だ」

「ははは、普段は結構冷静で落ちついていると思っていたけど、やっぱりフウリのことになると熱いなぁ」

「……!」

「心配するなよ。オレだって、あいつを失いたくない。まだ、あきらめるわけにはいかないよな」


 今までフウリへの気持ちを隠してきたつもりだったのに、ソラトにはしっかりとバレていたらしい。ライバルの励ましには複雑な気分だったが、仲間としては心強い言葉だった。


「それじゃ、早く医者を探す方法を……ぐっ……!」

「ソラト!?」


 笑って立ち上がったとたん、ソラトは胸を押さえてうずくまった。驚いたアランが支えようとしたが、つかんだ腕は陶器のように白く冷たくてぎょっとした。蒼白な顔に脂汗が伝い、ソラトは呼吸をするのも苦しそうに歯を食いしばり、必死に何かに耐えている。


「おい、どうしたんだよ?大丈夫か?おい!」

「がっ……うぅ……」


 つかみ返してきたソラトの手が、アランの腕に食い込んだ。まるで今にも存在が消えてしまいそうなくらい弱々しい鼓動と、小刻みに震える苦しみが伝わってくる。

 それはわずか数分のことだったが、しばらくして力が抜けたソラトは、忘れていた呼吸をして大きく息を吐き出した。


「また、か……」

「またって、お前、何かの発作でもあるのか?」

「わからない。最近までこんなこと1度もなかったのに、この前初めて、今と同じようなことがあって……いきなり何かに心臓をつかまれたみたいな感覚になるんだ」

「おいおい、お前が先に医者に診てもらった方がいいんじゃねぇのか?」

「はは、そうかもな。でも、とりあえずは治まったから、オレはフウリの次に診てもらうことにするよ」

「また1人患者が増えたから、さっさとお医者の先生を探さねぇとな」

 

 男たちは笑い合い、互いをライバルと認めた上で硬く握手をした。フウリのことは譲れないが、信頼するに足る大事な友人でもある。最初はソラトを怪しい男だと警戒していたアランも、今では憎らしいほど安心できる頼もしい存在に思えた。



 さっそく他のメンバーを呼んで、医師を探す件を相談したら、すぐにアリアドーネ王女が心当たりのあるところを思いついた。


「ソーテルネスの町で、小さな診療所を開いている医者がいます。かつては王宮医師にも推薦されたことがあるけど、権力の汚さと関わるのが嫌だと言って辞退したわ。王国で最も優秀な医師の1人である彼ならば、あるいは……」

「あそこなら田舎だし、身動きはしやすいわね」


 エリアーデも同意してうなずく。船長の意思を察したジーク号の部下たちは、何も言われずともすばやく持ち場に走った。


「さぁ、急いでその医者を捕まえて、フウリを助けるわよ!」

「おう!」


 美しき女空賊の号令に、アラン達はひと筋の希望を持って応えた。その場の誰もが、まだあきらめてはいなかった。



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