32.空賊共同戦線
バーミリオ王国の南部に広がる穏やかな平原が、にわかに騒然となっていた。
二大大国の戦争勃発のうわさを聞きつけた、その道の者たち――傭兵、賞金稼ぎ、血の気の多い荒くれ、そして普段は地上から離れている空賊まで、大陸各地から集まった。国籍も故郷も関係のない彼らは、独自の価値観により、または正義も主義主張もなく、戦いを求めて参戦しようとしていたのだった。
最初の爆撃をいきなり王都近郊の山に受けたバーミリオンは、すぐさま反撃を開始。初撃こそ不意をつかれたものの、いつでも出撃できるように準備を整えてあった飛行艇部隊と地上対空部隊が、わずか2日でウィスタリア軍を国外へと追い返した。
これで王国軍が勢いに乗ったかのように見えたが、帝国の主力部隊が固める国境線を越えることはできなかった。互いに先発部隊の大半を失う激戦の末、現在は本隊を後ろに控えてにらみ合ったまま、国境付近の地域で小競り合いを続けている。
この間に各軍が臨時の募兵を行い、それぞれの思惑で集まってきた者たちを、エリアーデは冷めた目で観察していた。
――質より量、って感じだね。
同じアウトサイダーとして、顔見知りやうわさを聞いている者も多い。どんな顔ぶれかと見学のつもりで来てみたのだが、大手傭兵組合のメンバーや裏家業の猛者たちが見当たらない。ただ、久々の戦を待ち望んでいた鬱憤が、予想以上に多かった。
――質の悪い戦いは長引く……こいつはもう少し様子を見た方がよさそうだな。
早々と見切りをつけたエリアーデは、作戦説明の途中できびすを返した。見上げると、遠く森の向こうにいくつも黒煙が昇っている。ここまで聞こえてくるかすかな爆音は、反対側の岬からだろうか。
――戦争、か……くだらないわね。
「おーい、エリアーデ!」
呼び止めた声は、ふり返るまでもない。ナハツ空賊団の船長が走ってくるのに気付きながらも、エリアーデは歩調を緩めただけで足を止めなかった。
「もう帰っちまうのか?まだ説明も手続きも終わっていねぇのに」
「やめたわ」
「それじゃ、ウィスタリアに付くのか?今のところ、あっちの方が金額が低いぞ」
「そうじゃなくて、ジーク団は参戦しないことにしたのよ」
となりに並んだセファスにちらっと目を向けただけで、エリアーデは話しながら出した結論をいとも簡単に答えた。地上に降りても威風堂々としている金髪長身の美女と無精ヒゲの三十路男の組み合わせは、好奇心の人目をひきつけながらも、まわりは自然と道をあけていく。
「まさか、今さら平和主義になったとか言わねぇでくれよ、エリアーデ船長さん」
「空賊として、空の戦いにはいつでも受けて立つわよ」 エリアーデは不敵に笑った。「でもね、今回の戦争はどうも気に食わないのよ。大陸を二分するほどの戦いなのに、相手も目的もまるで見えない……ただのケンカに巻き込まれるのはゴメンだわ」
「確かに、いろいろ黒いうわさはあるな。バーミリオンの王様はローゼン教の言いなりで宣戦布告したとか、ウィスタリアの大佐が戦争を待っている武器商人との裏取引で奇襲をかけたとか、どれもきな臭い話ばかりだ」
「正義を名乗るつもりなんてさららさないけど、自分で納得できない戦いにまで首を突っ込むほど飢えてはいないわ。……あなたはどうするの、セファス?」
「そうだなぁ」 セファスは空を仰いで肩をすくめた。「ホルト団もユーベル団も様子見を決め込んでいるみたいだし、今のメンツじゃおもしろくなさそうだからな。やっぱり、オレらもやーめた」
「簡単ねぇ」
「空賊の船長は決断力が1番だからな!」
深く考えることなど無縁のナハツ船長は、からからと笑った、エリアーデは呆れてため息をついたが、古馴染みの性格はとっくに知り尽くしている。軽い性格だが人や時勢を見る目の鋭い彼は、初めから参戦する気などなく、おおかたジーク団の後をつけてきて、出方をうかがっていたのだろう。
――あたしを心配してくれるなんて、ナメられたものだわ。
熱気を含んで絡まる風に髪を乱されながら、エリアーデは誰にともなくうそぶいて自嘲した。セファスの気持ちは昔からお見通しだが、今あるこの自由を守りたいと思うときと、彼にうなずきたくなるときと、自分でもわからなくなることがある。
「ところでエリアーデ、よかったらこれから近くの町で酒でもどうだ?」
「よくないから遠慮しておくわ」
「相変わらずつれねぇなぁ。……ん?」
苦笑するセファスが急に足を止めたので、エリアーデも彼の視線を追って空を見た。今にも雨粒が落ちてきそうな黒雲の中に、小さな点がひとつ、こちらに近づいてくるのがわかった。
「ありゃぁ、エアプルームだな。どこかの伝令か?」
「ウチのじゃないわね、あんな白い翼は。でも、あれ、どこかで見たことがある気が……」
「いた!エリアーデさーんッ!」
名前を呼ばれたエリアーデは、眉をひそめるセファスと顔を見合わせた。どこかで見覚えがあると思ったら、近づいてきたエアプルームには、いつか友人を救出する手助けをしてやった少女が乗っていた。
「フウリじゃない。あれから元気にやっていたのね」
「エリアーデさん、お久しぶりです」
「あぁ、あのときの嬢ちゃんか」
彼女の友人を誘拐した張本人は、隠し扉から見かけたことを思い出してつぶやいた。しかしフウリはセファスとの面識がないので、当然ながら気付いていない。というよりも、それどころではないほど慌てていた。
「エリアーデさん、力を貸してください。ぼく達、国境の戦場になったブラント村を助けようとしたんだけど、両方の軍がにらみ合っていて通れないんだ。エアプルームだけじゃ、とても突破することはできなくて……さっきジーク号を見つけて頼んだら、エリアーデさんに聞いてみろって言われたから」
「わかったわ。飛行艇の大砲でかく乱するくらい、簡単なことよ」
「ありがとう!」
即答でうなずいたエリアーデに、フウリは顔を輝かせて、また先にジーク号が停泊している方角へと飛び去った。となりで聞いていたセファスは、めずらしく不安そうに眉をひそめていた。
「お前、事情も聞かないで協力していいのかよ?さっきは、戦争に首を突っ込む気はないとかなんとか言っていたくせに」
「意味のない争いは嫌いだって言っただけよ。別にあなたにまで協力をお願いするわけじゃないから……」
「しゃーねぇ。天下のナハツ空賊団も、ブラント村を助ける手伝いをしてやろうじゃねぇか」
「だから、誰もあなたに頼んでいないから……」
「あの嬢ちゃんがいるってことは、天使様も一緒だろうからな。見逃すテはねぇ……それにあの村には大きな孤児院があるから、早くしないと大変なことになるぞ!」
エリアーデの言葉も無視してひとり張りきるセファスは、さっそうと走っていってしまった。空賊として獲物を狙う気概は忘れず、しかし困っている者を放っておけない人情も持ち合わせている。彼のそういうところが嫌いではないエリアーデは、やれやれと苦笑しながらも急ぎ足で後を追った。
「ジーク号、発進!」
「ナハツ号も後れを取るなよ!」
入り江に停泊していた2艘の飛行艇は、援護を求める少女たちを乗せてすぐに飛び立った。基本的に空賊団同士が協力して戦うことなどないのだが、勝手についてきたナハツ号も勝手に乗り込んできた船長以下3人も、エリアーデは見て見ぬふりをしておいた。
「あの船、ソラトをさらったヤツらじゃ……!?」
「よう、天使様もお元気そうで」
セファスはもちろん、弟分の少年ヒスキと部下の少女シャンディも悪びれることなく堂々と居座っていて、横付けしている飛行艇に気付いたアランが警戒しても、気にも留めていない。
「前にシャンディにも言ったけど、オレは“生命の樹”の場所なんか知らないからな」
「そりゃ残念。でもまぁ、その話は後でゆっくりするとして、今は国境警備隊の急襲作戦だろ?」
ソラトも釘を刺すように言ったが、ソファーでくつろぐセファスはまったく残念がることもなく笑って流した。が、扉を開けて入ってきた人影には、さすがに目を丸くして腰を浮かせた。
「あんた、まさかバーミリオンの……!」
「アリアドーネです。普段は取り締まろうとしている空賊に助けを求める勝手を許してください」
「ほ、本当に本物の王女サマかよ」
「今、戦場になりやすい町を順に避難させています。軍は使えないので、こちらのフウリさん達が手伝ってくれているのですが、今度の村は私たちだけでは手が足りなくて……どうか、協力をお願いします」
「おう、オレ達も初めからそのつもりだぜ。それにこいつぁ、うまくすれば莫大な金が……」
「作戦の概要を説明するわよ」
思わず空賊の性分をこぼしかけたセファスを制して、エリアーデが机に地図を広げた。ジーク号の部隊長クラスが数人、フウリ達6人と王女、そしてナハツ号の3人が、大きな机をぐるっと囲んでのぞきこむ。
「ブラント村は森に囲まれていて、西側には王国軍が山のように押し寄せていることは間違いないわ。でも東側も国境線にかなり近いから、帝国軍の目も厳しいはず。だから、攻め入るとしたらここ、村からしかないわね」
「ということは、二手に分かれて左右から各軍をかく乱すればいいんだな」
「さっすがアニキ!頭いいぜ!」
「へっへん。お前が単純なんだよ、ヒスキ」
「でも、具体的にはその後、どうやって村人を連れ出すつもりなの?」
いたって冷静なシャンディがぼそっと口を挟むと、ふんぞり返っていたセファスの目が停止した。虚しい沈黙。
「ほとんどの住人はすでに避難していて、残っている人数はそう多くないから、夜なら大丈夫だと思うわ」 アリアドーネがこれまた冷静に話を進めた。「でも、問題は孤児院……30人もの子供たちを逃がすには、かなりの時間と手間ががかかるわ」
「飛行艇は森には降りられない。エアプルームに乗せるにも全員は無理だ。せめて見つからないよう、森の外まで抜けられればいいのだが……」
ケセドが地図を見つめながらつぶやいた。それを聞いてしばらく考え込んでいたエリアーデは、ふと顔を上げて笑った。
「よし、それでいこう」
「え?」
「隠せばいいのよ、森を」
エリアーデは引き出しから緑色の布を取り出し、緑に塗られた地図の上に広げた。一見すると、何も変わったようには見えない。すぐに彼女の意図を読んだセファスとローシェは、大きくうなずいた。
「捕獲用の迷彩布なら、ウチにもデカいのがあるぜ」
「夜に広げたら空からはわからないわ。あとは地上から近づけないように、うまく軍を誘導すれば……」
「それじゃ、各自の配備を決めるわよ」
全員が作戦を理解したところで、エリアーデが机のまわりを見まわして説明をまとめた。
「まず、ジーク号とナハツ号が左右に分かれて各軍の注意を逸らせる」
「おう、派手にやってやるぜ!」
「それと同時にフウリとアランがエアプルームで村に飛んで、住人をまとめて動かす」
「任せてくれ!」
「残っている住人は、全部で50人くらいだったな」
「ソラト、リッカ、ケセドさん、ローシェは、森の各所に立って住人を誘導する」
「兵士が攻めてきても、オレがぶっ飛ばしてやる」
「わかりました!」
「飛行艇まで連れて行けばいいのだな」
「が、がんばります……!」
「そして、王女サマはあたしの船で、両軍の地上部隊の動きと、住人たちの避難を監視してちょうだい。全体の指示はあなたに任せるわ」
「ありがとう、みなさん。一刻も早く戦争を終わらせるように働きかけているから、それまで力を貸してください」
こうして奇妙な共同戦線が完成し、夜更けとともに村人救出作戦が決行された。