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27.帰還、そして・・・

 南海の孤島から荒れた海を引き返してきたアラン達は、船尾と右脇腹の破損、そして数人の負傷者を出ししながらも、どうにか大陸に帰りつくことができた。行きもそうだったのだが、夜になると魔獣の襲撃が増えるため、船を操る水夫たちまで総出で戦った。だから帝都の明かりが見えたときには、やっと帰ってきたと全員が肩の力が抜けた。


「よく無事に戻ったな」


 へとへとに疲れ果てた彼らを、ツォレルン侯自らが迎えてくれた。船乗りたちも屋敷へ招いてねぎらい、船の破損など気にもかけていない。フウリ達も少し休ませてもらうことになり、アランは一行の中で唯一無傷で体力も残っていたので、屋敷の使用人たちを手伝って怪我人の手当てや荷物を降ろすのを手伝った。


「首尾はうまくいったのかな?」

「はい、まぁ……半分は」 様子を見にきたハーシェルに、アランが苦笑した。「魔王に会うことはできたんですが、またさらにわからないことが増えてしまいました」

「しかし、魔王というものが実在していたというのも驚いた。本当に、よく生きて帰ってきたものだ」

「まぁ、じつはかなりヤバかったんですけど」


 中身は少ないとはいえ身の丈ほどもある木箱を軽々と運び終えて、アランは屋敷の奥に視線を向けた。


――まったく、わからねぇことばっかりだ。


 ソラトは帰りの船の中で話すと言っていたのだが、とてもそんな暇はないほど忙しかった。しかしハーシェルの言うとおり、全員が生きて帰れただけでも奇跡的なことであり、ちょうどいいのでパトロンとして協力してくれたツォレルン侯も加えて、改めてソラトから話を聞くことにした。



 しばらく傷の手当てを受けながら休んだ後、アラン達は屋敷の一室に集まった。そこで腕に包帯をしたソラトが、今まで黙っていたことと今回わかったことを、自分の中でまとめながら話した。

 魔王を名乗っていたのは8年前に行方不明になった実の兄に間違いないこと、異世界だと思っていた2つの世界が過去と未来だったこと、魔王は未来を変えようとして魔獣を作りだしていること……そして、有翼人が持つ不思議な力のこと。


「オレ達は、神話の中で魔法と呼ばれている力がある。大気中にあるエネルギーを集めて、固めたり爆発させたりすることができるんだ」


 ソラトがテーブルの上に向かって軽く手を動かすと、空気の玉が弾けたような音がして、まわりのアラン達の顔に小さな風圧がぶつかった。目には見えないが、確かになんらかの力が存在していることはわかった。


「すげぇ。これが魔法ってやつなのか」

「隠していてごめん。魔王のことがわかるまでは、余計な不安になると思って……」

「ぼくはソラトを信じているから、そんな心配しなくてもいいのに。なぁ?」

「あぁ、まったくだ」


 憤慨するフウリに、アランもニヤリとうなずいた。

 本心を言うと、ずっと何かを秘密にしているらしいことへの不信感と、フウリに対する態度への苛立ちで、ソラトのことはまったく気に食わなかった。だが、船でフウリと話をして以来、彼へのわだかまりは霧が晴れたようにきれいになくなっていた。単に彼女の悩みを聞いたということではなく、アランにとっては『自分を頼って相談してくれた』ということが重要であり、今までわからなかったフウリの気持ちの欠片が見えた気がした。


――あいつの手、あんなに小さくて柔らかかったんだな。


 今も彼女の温かさが残っている手のひらを握りしめ、アランは小さな一歩の大きな前進を実感した。


「いくつも魔法を組み合わせて作り出したトンネル……オレは空間を越えるものだと思っていたけど、どうやら時間のひずみだったらしい。だからオレのいた世界、つまり未来は、このままじゃ確実に滅ぶことになる」

「そんなことはさせねぇよ。俺たちが止めてやる」


 彼女が隣で笑っていてくれれば、魔王も世界の滅亡も怖くはない。今は心からソラトを友人として助けてやりたいと意気込むアランの横で、ローシェが怯えながらも冷静に言った。


「ソラトさん、その……最後にあった大きな戦争は、大陸歴で何年かわかる?」

「暦はオレ達と同じなのかな?滅亡したのはオレが生まれる前、2354年だ」

「なんだって?あと3年しかないじゃないか!」

「つまり、今から3年以内に第二次『ロス・トイフェル』戦役が起こるというのか……」


 フウリがイスを蹴って飛び上がり、ハーシェルが静かにうなった。ほとんどの記録も消滅したソラトの時代では、世界を破滅させた『ロス・トイフェル』の名前だけが残っていたが、それはすなわち過去の悪夢の再来を意味していた。

 大陸中を戦禍に巻き込んだあの凄惨な戦争が再び起これば、今度こそ人の文明は無事では済まないだろうと、それは誰もが思っている。


――なのに、それでも戦争をするヤツはいるんだ。


 これは人間を滅ぼそうとする悪魔と、それに立ち向かって戦う英雄の物語などではない。現実は、すべて人間が自ら選んだ結果なのだ。ならば、だからこそ人間が、自分たちの手で止めなければならない。


「しかし、魔王がいったい何をしようとしているのかがわからんな」

「あに……魔王は、未来を変えると言っていました」


 口元に手を当ててつぶやくハーシェルに、兄の真意をはかりかねるソラトが力なく首を振った。

 魔獣を作っていると認めたり、未来を滅ぼしたと言われている魔王になって未来を変えると言ったり、彼の行動には依然として多くの謎が残っている。それがわからないままで放っておくわけにはいかず、しかしこれからどうしたらいいのか見当も付かない。


「まだ何かを調べなければならないって、最後に言い残していったよな」

「せめて、それがなんなのかがわかれば……」

「旦那さま、お話中のところ申し訳ございません」


 突然のノックと同時に焦った声がして、全員が扉の方を見た。


「どうした?」

「皇帝陛下の御使者より、早文が届きましたのですが……」

「彼らならば構わん、すぐに見せてくれ」


 ツォレルン侯が許可をすると、老執事が足早に入ってきて、大事そうに持っていた書簡を主に渡した。この屋敷に来た日、客室に案内してくれた老人だとアランはのんきに思い出していたが、書簡を読んだハーシェルの顔色がさっと変わった。


「なんだと……」

「悪い知らせなんですか?」


 リッカが遠慮がちに、おずおずと声をかけた。皇帝から直に送られてくる急ぎの文書など、それだけで緊急の問題以外にあり得ない。選帝侯の政治問題に口を挟むべきではないとはわかっていても、いつも冷静で穏やかな彼を驚愕させるほどのこととなると、一市民が僭越せんえつながらも心配になる。

 何度も文面を読み返したハーシェルは、見開いていた目を細めてつぶやいた。


「どうやら、3年も待つまでもないようだ」

「え?」

「バーミリオン王国が、明日、我が国に向けた進軍の準備を開始すると通達してきた」


 アラン達は息を呑んで、思わず腰を浮かせた。ツォレルン侯は厳しい表情で、隣国からの事実上の宣戦布告を知らせる文字を見つめている。


 未来の世界を滅ぼした最終戦争は、もう間もなく現実になろうとしていた。



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