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26.遥かなる再会

 へちまの形をしたその島は、大陸から遠く離れた海の果てに浮かんでいた。

 このあたりは魚の数も種類も豊富で、かつては大漁を目指して多くの船が遠洋航海したよい漁場だった。しかし、『ロス・トイフェル』戦役の末期ごろから海が激しく荒れ始め、さらに魔獣までもが出没するようになると、もはや誰も近付かなくなってしまった。


 途中でサメや猛禽類の襲撃を退け、魔の海域へと乗り込んだソラト達は、乾いた風とよどんだ空に包まれた大地に降り立った。へちま島のほとんどが茶色い不毛の岩地で、生き物の気配はまるでない。


――……いや、ここにいる。


 大型船を沖合に待たせて小舟で上陸し、ソラトは島の中央にそびえる山を見上げた。頂上から絶え間なく吹き付けてくる、熱くて冷たい風――翼ある彼は、そこに溢れる風とは違った力をひしひしと感じていた。


――ここに、魔王が……。


 ここからでもわかる強大な力、探し続けた存在がすぐ近くにある。生き物はおろか魔獣の姿さえ見当たらないのは、草木の少ない岩肌の地だからなのか、他に(あらが)いがたい影響があるせいなのか。ソラトはぞくぞくして体が震えたが、それが恐怖からなのか期待のためなのか、自分でもよくわからなかった。


「なんて真っ黒な風なんだ……」


 フウリが息を呑んでつぶやいた言葉に、ソラトは我に返ると同時に耳を疑った。


「お前、この力がわかるのか?」

「なんていうか、風の声が聞こえるんだ。昔から、なんとなく」

「オレ達と、同じ力があるのか……?」


 この世界の人間は知るはずのない力を、フウリは自覚なく感じ取っていたらしい。やはり無関係ではない2つの世界の間に、いったいどういうつながりがあるのか気がかりだが、今は目の前のことに集中しなければならない。


「……行こう」


 ソラトが見まわすと、友人たちはそれぞれに思いを込めてうなずいた。天高く伸びた岩山は、侵入者たちを待ち構えるように、渦巻く黒雲の間から見下ろしていた。




 神話の昔、まだ世界に何もなかったころ、どこまでも広がる暗闇に、小さな小さな光が生まれた。それは、気が遠くなるほど長い時間の中で偶然、そして必然的に現れた、ひとひらの心――世界への憧れ、生命の息吹、時間の概念、流れゆく存在。

 やがていくつもの心が集まり、ひとつの形あるもの、巨大な樹となった。無の空間に有が生まれたことによって世界が拓け、無数の種子が風に乗って空に広がっていった。世界には色が溢れた。


 それからまた気が遠くなるほどの時間が流れ、さまざまな時代、さまざまな生命があった。魔王率いる悪魔たちの暗黒期、神の使いがもたらした光の平和、“生命の樹”が眠りについた神話の時代の終わり……そして現代に至るまで、大陸では人間の国が繁栄と滅亡をくり返してきた。もはや大陸そのものをくつがえしかねない大規模な思惑の中では、神の恩恵や魔王の脅威は薄れていった――。




 ――今。


「アング ソプス オンフノウブス……」


 夜を支配する、真正の闇。色のない空間にこだまする、重く低い声。


「オウト ベイ アクサ エイス……」


 果てしない黒の世界に踏み入った、5つの色づいた影。彼らを迎えるかのように、ひとつ、またひとつと壁の燭台に炎が灯る。


「アング ソブト オウン ロ アフロート……!」


 暗闇に捧げる祈りが終わると、ソラト達は炎に囲まれた魔法陣の前で足を止めた。

 うっすらと照らし出された部屋は、今は姿を消した古の民が作ったという神殿の一角で、大樹ほどもある巨大な柱が規則的に並んでいる。そのもっとも奥まったところに置かれた祭壇には、円と線を組み合わせて木を形作ったシンボルが描かれている。

 その前で両手を掲げて祈りの呪文を唱えていた人影は、しばらく身動きひとつしなかったが、やがてそのままの姿勢でつぶやいた。


「……よく、来たな」


 先ほどまでの呪文とは違い、低いながらも凛として澄んだ声だった。肩より長い髪は暗い茶色とも明るい黒ともとれる色で、細身の長身に青いローブをまとっている。背中を向けて立っているだけだというのに、力を感じることのできない者さえも無条件に抑制させるほどの、圧倒的な威圧感を放っていた。


「あんたが魔王、なのか……?」


 度胸の()わったフウリは、声が震えることなく口火を切った。しかし、さすがにそこから前へ進むことはできなかった。


「そう呼ばれていることは、知っている」


 青いローブの人影は他人事のように言って、掲げていた両腕を下ろした。ただそれだけの動作をしただけなのに、ローシェとリッカはぐっと目を閉じて、今にも息を止められそうに怯えている。一同を守る役目を自任しているアランは、彼らを背中にかばうようにして半歩前に出た。


「じゃぁ、お前が魔獣を作って人々を襲っているのか?」

「……そうだ」


 短い言葉で返ってきた答えに、これまで黙っていたソラトがかっとなって叫んだ。


「オレ達の世界と同じように、この世界まで壊すつもりなのか!?」

「……」

「どうして『魔王』になんかなろうとしているんだ!?……答えろ、兄貴!」


 フウリ達が息を呑んだのと、青いローブがはためいたのと同時だった。ソラトだけが動じることなく、青い後ろ姿をじっとにらみ付けている。


「ソラト?今、なんて……」


 フウリが目を見張ってのぞき見たが、ソラトは視線を動かなさない。唇を噛んで震えるこぶしを握りしめ、そうでもしないと心に溜まった感情が抑えきれなかった。


「……やはり、わたしを追ってきてしまったのだな」


 ゆっくりとふり返った青い影が、憂いを秘めた声でつぶいやいた。ソラトと同じ漆黒の瞳を細め、重ねたローブのすそをひるがえすと、真っ白な翼が背中に広がった。


「あっ、あのときの……!?」

「フウちゃん、どうしたの?」

「天使様……10年前、お兄ちゃんの事故があった日に出会った……」


 幼いフウリの前に現れ、それ以来ずっと彼女の畏怖と憧れの対象だった翼ある影は、覚えているのかいないのか、まったく表情に変化がなかった。ただ、じっとフウリを見つめる目に、悪意や殺気はなかった。


「ソラトさん、この人がお兄さんって、本当なんですか?」

「あぁ。8年前に突然いなくなった、オレのたった1人の家族……8年?」


 兄を失った思いを知るリッカが、喜ばしいはずの再会を不安そうに尋ねたが、ソラトは答えた自分の言葉に眉をひそめた。フウリが選帝侯の屋敷で語った話とついさっき言ったことに、今さらながら強烈な違和感があることに気が付いた。


――兄貴がいなくなったのは8年前……でも、フウリの前に現れたのは10年前?どういうことだ?


 自分が兄と同じ光のトンネルを抜けたときには気を失っていたが、何年もの時間がたっていたとは思えない。元の世界とは時間の流れ方が違うのかと考えてみても、1日の長さは感覚的に同じである。ワケがわからず混乱する弟を見て、青い影は薄く笑った。


「ソラト、お前は何ひとつわかっていない」

「なんだと……?」

「確かに、わたしは魔獣という存在のほとんどに関与している。だが、先ほどお前は、なぜ『魔王』になろうとしているのかと尋ねたな……その答えを言っても、今のお前は納得も信じることもしないだろう」

「どんな理由があったとしても、兄貴のせいでみんなが魔獣に襲われているのは事実なんだ」

「……それは否定しない」

「だったら、どうして……!」

「ひとつだけ、教えてやろう」 低い音がわずかに鋭くなった。「お前はこの世界を、どこか遠くの異世界だと思っているようだな」

「だって、そうじゃないか。ここには有翼人はいないし、太陽や色がある。オレ達のいたところとは、まったく別の世界だ」

「だが、そのわりには似たような名称や文化があることに疑問を感じている……そして、いま言った時間のずれ」

「それは……」

「異なるようで近い、2つの世界……それも当然だ。1つの同じ世界、時間がつながった過去と未来なのだからな」


 フウリ達はすぐには理解できずに呆然としていたが、ソラトはその一言で、これまで不思議に思いながらも答えがなかった共通点や相違点など、すべてがつながったことで愕然となった。


「それじゃぁ、あれが……オレ達の世界が、この世界の……未来……」


 暗い空、濁った風、くすんだ大地、崩壊した文明――それがこの世界の数年後、あるいは数百年後の姿なのだ。こんなにも色が溢れ、明るい空と柔らかい風に包まれているというのに。


「これで、わたしがここに来て何をしようとしているのかがわかっただろう」

「『わたしは歴史を変える。たとえ魔王と呼ばれることになっても――』……あの紙切れの言葉……」


 ローシェが声を震わせながら小声でつぶやくと、影はうなずく代わりに右手を前に突きつけた。


「そういうことだ。未来を変えるためには、どんなこともする。お前たちがわたしの邪魔をするというならば、弟であろうと容赦はしない!」

「……ッ!」


 何も持っていないはずの手に赤い光が集まり、それがはじける瞬間、ソラトはとっさに両手を広げて立ちふさがった。突然の爆発に、フウリ達は何が起こったのかもわからず、逃げることもできずに突っ立っていたが、煙が消えると、ソラトが盾を構えるようにして彼らを守っていたことに気付いた。


「ソラト、大丈夫か!?」

「な、何が起こったんだ?」

「力のことを、話していなかったのか」 土煙の向こうで影が笑った。「有翼人には、お前たちが魔法と呼ぶ力があるのだ。もっとも、力のない者には見ることもできないがな」


 魔王と自認する存在が目の前で見せ付けたのだから、理解はできなくても信じないではいられない。ソラトは何も言わずに素早く刀を抜いて、まだ腕を下ろしてもいない影に斬りかかった。


「チッ……!」


 確実にとらえたかと思われた一撃は、茶黒の髪に触れる寸前で止まった。隙を突いた完璧なタイミングで、手加減なく全力で振り下ろしたのだが、爆発を起こす前に張っていた壁が刃を阻んでいた。


「ソラト!ぼく達もやるぞ!」


 フウリが銃を構えてリッカとローシェを後ろに下がらせ、ソラトが跳び退(すさ)ると同時にアランの大槍がうなった。間髪いれずにソラトがもう1度刀をひるがえし、2人の間からフウリが連射する。それでも魔王には傷ひとつなく、そこから動くことさえなかった。


「肉弾戦をしたいようだが、あいにくわたしは武器がないものでな」


 一見すると細身の男が素手で立っているだけなのに、武器を持った3人をも腕の一振りで払い飛ばした。フウリとアランは魔法が見えないので防ぎようがなく、ソラトが一瞬遅れて光を集め、衝撃を正面から受けることだけは避けられた。しかし、柱と壁に叩き付けられた痛みで、すぐには起き上がることができなかった。


――兄貴、本気なのか……?


 ふらふらと立ち上がり、ソラトはようやく恐怖した。この驚異的な力にではなく、悲しいまでの決意に。すべてのものを憂うかのような瞳には、今もなお殺気がないのに、それでもけっして退くことのない、強固な意志。


「兄貴、もうやめてくれ。魔獣を操るのもオレ達が戦うのも、なんの意味もないじゃないか!」

「すべて、未来の世界のためだ」

「未来のために、今を壊してどうするんだよ!オレには、兄貴が考えていることなんか全然わからない!」

「わかってもらわなくても構わない。わたしは、もう引き返せないのだ」

「そんなことはない!」


 フウリがひざをついたまま、兄弟の横から叫んだ。すぐによろめきそうになり、とっさにアランが手を差し出して支えた。


「やり直せないことなんてない。だからこそ、あんたは決まったはずの未来を変えようとしているんじゃないか」

「黙れ。利いた風なことを……」

「10年前にぼくが見た翼は、今と同じ真っ白だった。あんたは魔王なんかじゃない。独りで何かを背負い込もうとして、勝手に魔王を演じているだけだ」

「……」

「どんな訳があるのか知らないけど、兄弟で争っていいはずがない。たった2人の兄弟なのに……傷つけ合うなんて、絶対に間違っている……!」


 アランに支えられながら立ち上がったフウリの青い瞳から、ひとすじの光がこぼれた。


「その瞳……」


 唇の端からこぼれた言葉はソラト達には聞こえなかったが、影は再び集めていた黒い光を消して後ろに下がった。


「いいだろう。今回は見逃してやる。まだ、もうひとつ調べなければならないことがあるからな」

「あっ……!」


 影が最初に唱えていた呪文の続きを口にすると、祭壇から窓の外に向かって青白い光が飛び出した。今度は全員が見ることができたそれに注意を奪われた間に、青いローブの人影は音もなくどこかに消えてなくなっていた。


「とりあえず、助かったみたいだな」

「フウちゃん!みんなぁーッ!」

「け、怪我は大丈夫!?」


 救急セットを持ってきていたローシェとリッカが、転がるように駆けつけて、また座りこんでしまったフウリとアランにすがりついた。アランは日ごろから鍛えていたから、ほとんど外傷もなかったのだが、フウリはどんなに強がっても、細い体に切り傷や打ち身がいくつも見られた。骨にもヒビが入っている可能性があるので、2人は慎重に手当てをした。


「ソラトさんは、痛いところは?」

「……」

「だ、大丈夫?」

「……あ、あぁ。オレはなんともない」


 青い光とローブの影が消えた窓を見つめて立ち尽くしていたソラトは、ローシェの声で我に返った。しかし心は、兄の残した言葉と悲しみで、ここではないどこかをさまよったままだった。


――いったい何をしようとしているんだ?兄貴……。


 結局、兄の真意をはかることはできなかった。だが、8年もの時間をかけて、そして過去という異世界を旅してようやく再会できたのだから、このまま放っておくわけにはいかない。


「とにかく、帰ろう。その途中で、オレのこと、今まで黙っていたことも話すよ」


 ソラトがふり返ると、4人も立ち上がってうなずいた。今はただ、互いに友達の無事を喜ぶことにした。



このところ更新が遅くなっていて、ご迷惑をおかけしています。

しばらくは私事の多忙が続くため、これまでのように1週間に1度の更新がむずかしくなっています。

数ヶ月で落ちつくと思いますが、それまでもできる限りがんばって書いていくので、どうぞよろしくお願いします!

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