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25.波間の向こうに

 選帝侯のお屋敷に泊めてもらい、それぞれの部屋から朝食のテーブルに集まったフウリ達は、それぞれに顔色が違っていた。


「おっはよー!……あれ?リッカもローシェも、なに朝から疲れた顔をしているんだ?」

「姉ちゃん、今日はどうしてそんなに元気なんだよ……」

「ずっと緊張して、全然寝られなかったわ……」


 大きなふかふかのベッドで爆睡したフウリは、いつにも増してテンションが高かった。部屋が爆発してもびくともしない彼女が1番に起きてくるほど、この常識離れした贅沢を満喫したらしい。枕が変わったという次元の話ではないリッカとローシェは、一晩たっても恐縮して落ちつかなかった。


「ふぁー、よく寝た。おはよう、フウリ」

「あ、ソラト……お、おはよう」


 短く言葉を返したフウリは、自分でも目が泳いでいることはわかっていた。ぎこちない動きでソラトから離れた席に座ったが、となりのアランが怪訝(けげん)な顔を向けているのには気付いていなかった。


「ところで、これから君たちはどうするのだ?わたしにできることならば、なんでも協力しよう」


 夜更けまで仕事をしていても朝から爽やかなハーシェルが、客人たちを見まわして言った。大陸の半分を支配する大国の選帝侯が保護をするとなったら、できることどころか、できないことなど事実上ない。

 しかし、フウリ達はこのありがたい申し出に顔を曇らせた。


「次にすることは決まっているんだけど……」

「また、空送屋の配達かな?」

「じつは、ぼく達……」


 フウリは両側の友人たちに目配せして、昨夜相談したことを話した。

 ソラトが空からやってきたこと、魔王に会うために旅をしていること、ローシェが大学で魔獣の生態と謎の現象について教わったこと――。


「天使……本当に実在していたのか」

「オレは天使じゃありません。翼はあるけど、人間です」


 親切にしてくれたツォレルン侯にならば大丈夫だろうと、ソラトがマントを取って翼を広げて見せた。ハーシェルは小さく感嘆の声をもらしたが、ほとんど表情を変えなかった。


「オレの世界は、魔王に滅ぼされました。どうしてそんなことをしたのか知りたくて……この世界も同じにさせないためにも、オレは魔王に会わないといけないんです」

「異世界から来たとはいえ、翼を持つ者が実際にいるのならば、悪魔の王もまた存在しているのかもしれんな。あまりうれしい話ではないが」

「大陸から遠く離れた南の孤島に、異常な観測データを示す発生源があります。そこになんらかの力を持った存在がある可能性が高いので、行って調べてみたいと思うのですが……」


 ローシェは言葉を詰まらせてうつむいた。もちろんそんなところへ旅客船が出ているはずがなく、遠洋漁船でもめったに出向かない距離にある。まして海が荒れている昨今では、出港する船自体が少なくなっているのだから、目的地がわかってもそこへ向かう手段が絶望的だった。


「ならば、わたし船を貸してやろう」


 ハーシェルは、こともなげに言った。大陸一の港を有する帝都には、漁船や旅客船の他に、貴族が所有する大型船も多く停泊している。選帝侯の筆頭ツォレルン家の船ならば、どんな大嵐でも問題ない最新鋭の装備を備えているだろう。


「いいんですか?その……ぼく達なんかのために、そんなに簡単に船を出すなんて」


 大胆放埓(ほうらつ)なフウリも、さすがに驚いた。空送便で手紙を頼むのとはワケが違う。突拍子のない話を信じてくれただけでなく、そんな協力までしてくれるというのは、普通に考えてもあり得ない。荒れた海を航海するだけでなく、どんな危険があるかわからないところへ行くのだ。しかも、個人のために船を出すなど莫大な費用がかかるはずなのに、ハーシェルは肩をすくめただけだった。


「ただ、気に入ったから……という理由では、納得できないかな」

「あ、いえ、そうじゃないんですけど……」

「あの手紙の中で、姉から君たちのことを頼まれているのだ。それに本音を言うと、この先、もしかするとわたしの仕事を手伝ってもらうことになるかもしれなくてな。だから、これはわたしからの勝手な貸しということにしておいてくれ」

「うーん、まぁ、それならいっか」

「いいのかよ」


 アランに横からツッコまれても、フウリはありがたく了承してしまった。大貴族から貸しと言われても、どんな形で返すことになるのか想像もできない。フウリ以外の全員が今から青くなっているのに、悩むということを知らない彼女にとっては、そもそも先ほどの殊勝な遠慮こそが場違いだった。


 朝食を終えたら、ハーシェルはさっそく出港の手配をしてくれた。大型船に燃料や食糧を積み込み、有事にも対応できる屈強な水夫をそろえ、昼過ぎにはウィスタリア港の一角に準備が整った。


「くれぐれも、無事に帰ってくるのだぞ」

「ちょっと行って、すぐに戻ってきますから!」


 ハーシェルも同行しようと直前まで予定を調整していたのたが、どうしても国政の仕事で時間が作れず、せめてもと心配そうに見送りに来てくれた。まるで旅行に出かけるかのように元気に手を振ったフウリは、しかし沿岸を離れたころ、誰にも知られることなく笑みを消していた。



 さすがに大貴族の船は、大きくて速い。大陸に渡ったときに乗ってきた旅客船とは、まるで規格が違う。数時間がたったころから波が大きくうねり始めたが、船はほとんど揺れなかった。


――ふぅ……。


 フウリはひとり船べりに持たれて、今にも雨が落ちてきそうな暗い空を眺めていた。こんな豪華な船で大海原に乗り出すなど、いつもなら率先してはしゃいでいるところだが、今日はどうしてもそんな気分になれない。


――ソラトのヤツ……。


 屋敷の廊下で突然抱きすくめれた、あの温かさと戸惑いが、頭からも体からも離れなかった。忘れようとすればするほど意識してしまい、近くにいたら気恥ずかしいのに、離れていたら心配になる。しかし、いったい何をどうしたいのかわからず、自分の気持ちさえ持て余していた。


「お前にため息は似合わねぇぞ」


 ぼーっとしていたので、知らないうちにこぼしていたため息も、いつの間にか隣にアランが立っていたことにも気付いていなかった。フウリはどきっと顔を上げたが、すぐに勝ち気な笑みでにらみ返した。


「似合わなくて悪かったな」

「どうした?さすがに魔王に会うのはビビッたか?」

「それは別にいいんだけど……」


 言われて初めて、魔王の島に向かうために船に乗っていることを思い出した。別の世界を滅ぼした存在でさえ、どうでもいいと言い捨てるほど、今のフウリは心の中のもやもやが気になって仕方がなかった。

 すると、同じように海に向いたままアランが言った。


「あいつと、何かあったのか?」

「え?」

「お前、気持ちを隠すのがヘタなんだよ。朝からずっと、ソラトをちらちら見ながら避けていただろ」

「……まいったなぁ。バレバレだったのか」


 ずはり言い当てられたフウリは、バツが悪くて自嘲した。それなのに、同時に救われたような安堵感(あんどかん)を覚えたのは、なぜだろうか。


「アランはあいつのこと、どう思う?」

「どうって言われてもな……」 今度はアランが困ったように苦笑した。「正直、はっきり言うと気に食わねぇ。でも、信頼できるのは確かだ」

「いいのか悪いのか、どっちなんだよ」

「お前こそ……どうなんだ」


 ぼそっとつぶやいたアランの声が、かすかに震えているように思えた。フウリはどうして彼がそんな質問で緊張しているのかわからなかったが、笑って答えていいものではないような気がした。


「ソラトのことは、初めて会ったときから変な感じがしていたんだ。なんて言うのかな、翼があるからとか別の世界から来たからとか、そういうのじゃなくて……気になるっていうか、放っておけないっていうか」

「それは、つまり……その……好きってこと、なのか……?」

「そうなのかも知れない」


 反論することも動揺することもなく、自然にうなずいた。ごうっと大きな突風が吹きぬけて、船が急角度に揺られたが、2人はただ青黒い波間を見つめて動かなかった。


「好きか嫌いかって言われたら、好きだ。でも、メドウ谷やアザニカ学院の友達が言っているみたいな、カッコいいとか優しいとかで好きだっていうのとは違うんだ」


 自分で何を言っているのか、何を言いたいのかわからなくなってきて、フウリはいったん言葉を切って考え込んだ。


――どの男の子が好きとか、付き合うとか、そういうことじゃなくて……。


 そんな感情は今まで考えたこともなかったから、眉間にしわを寄せて必死に考えた。答えが喉元まで出かかっているのに、どう表現したらいいのかがわからない。


「家族みたいな感じ、とか?」


 横目でさぐるように口を挟んだアランに、フウリははっと向き直った。もやもやが一気に吹き飛んだ。


「それだよ!何か変な感じがすると思ったら、リッカやお兄ちゃんのことを考えるときと似ていたからなんだ!」


 ソラトもきっと同じ親愛の情に戸惑っていたのだと、今あの優しい瞳を思い返すと確信できる。ようやく自分の中の謎が解けたフウリは、アランの手を取ってぶんぶんと振り回した。落ち込んだり叫んだり忙しく変わる表情に、アランまで一緒になってうれしそうに笑った。


「なんだかよくわからねぇけど、とりあえずはよかったな。あいつとも、なんでもねぇみたいだし」

「ありがとうな。誰になんて言ったらいいのかわからなかったんだけど、アランに聞いてもらってよかったよ」


 空送屋になって1年、ずっといつでも隣にいた存在に、今さらながら気が付いた。彼にならなんでも気兼ねなく話せるということも、大きな安心感になっていたことも。うれしいことや困っていることを、すべてわかってくれている。


――アランの手って、こんなに大きいんだ。


 勢いで握っていた手は温かくて、心まで包み込むほど大きかった。


「なぁ、フウリ。その……」

「ん?なんだ、アランも何か悩んでいることがあるなら、ぼくが聞くよ」

「……いや、今はまだダメだ。でも、いつか話すから、そのときは聞いてくれ」

「あぁ、待っているよ」


 フウリがいつもの笑顔に戻ってうなずくと、アランはあいまいな顔で目を逸らした。


「まぁ、その前に、あいつらをなんとかするか」


 2人は同時に前方を見上げた。船が向かう南の空に、黒い影が点々とうごめいている。フウリが護身銃を、アランも大槍を手にしたとき、波の揺れとは違う衝撃が横から襲った。


「なんだ!?魔獣が出たのか!?」

「ソラト!あっちのヤツらを頼む!」


 船室から駆けつけたソラトに、フウリが海面の魔獣に向けて銃を打ちながら叫んだ。すぐに状況を把握して、ソラトも刀を抜き放つ。互いに背中を預けて、前後から向かってくる魔獣を蹴散らしていく2人は、これまでのようにまた笑い合うだけで気持ちが通じていた。



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