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20.青い屋根の家

・ハーシェル=フォン=ツォレルン……ウィスタリア選帝侯。32歳。

 ウィスタリア帝国の都は、とにかくあらゆるものの規格が違う。

 どこから湧いてくるのかと思うくらいの人口はもちろん、けばけばしい看板、いくつもの店が入った複合施設、忙しく馬車が行き交う道――唯一、他の町より小さなものといえば、それらに押し潰されそうなあの空くらいかと、アランは思った。


――味気ねぇところだな。


 最初の驚きが去ると、冷ややかな質感しか残らない。しかし、何事にも好奇心旺盛で無頓着なフウリは、きょろきょろしながら目を輝かせていた。


「うわ、ゴミだらけのきったない道だな。……なんだ、あの変な像?……あ、見てよあの家。電球がピカピカしているぞ」


 そんな楽しそうな姿を見ていると、ついアランも殺風景な鉄ジャングルにも苦笑してしまうのだった。


「それじゃ、ローシェ、また後でな」

「うん、夜には戻るから」


 ホテル「鉄砂漠のオアシス」でリッカと再会した翌日、さっそく預かっていた手紙を届けに行くことになった。リッカも一緒についてきて、ローシェとはホテルからほど近いところにある帝国大学の前で別れた。魔王について調べている研究者に会うためだが、そもそもこの旅に同行した目的が大学にあった。


「今ごろだけどさ、ローシェの用事ってなんだったのかな?」

「さぁな。そのうちわかるんじゃないか?」


 首をかしげるフウリに、ソラトがわけ知り顔で笑った。アランは彼女が秘密にしている内容にも、ソラトだけが知っているらしいことにも、大して興味がなかった。


――フウリのことなら、放っておくわけにはいかねぇけどな。


 ローシェはかわいい妹のようであり、あの思慮深い洞察力には年下ながら尊敬もしていた。特にフウリの親友なのだから、悪い人種であるはずがない。彼女が心を許しているらしいソラトは、悪くはなくても気に食わないが。


「届け先は、確か宮殿の東側の家だったっけ?」

「うん、青い屋根のな」

「そんな条件だけでわかるのか?」


 アランはあの手紙を受け取ったときから、どうにも違和感を持っていた。相手の名前を明かさず、通りがかりのフリーの空送屋などに頼むなど、不自然な点が多い。おまけに不審な男たちが狙っているらしいとなると、ただの便りとは思えない。


――やっぱり、どう考えてもきな臭ぇな。面倒なことにならなきゃいいが……。


 アランはひとり顔をしかめたが、いざとなったら、背中に引っさげた大槍に賭けてもフウリを守ればいいだけだと思い直した。


「あ、あの家じゃないか?青い屋根の……」


 言いかけたフウリだけでなく、アランとソラトも思わず足を止めてしまった。さすがに皇帝が鎮座する宮殿は、広大な敷地と豪華な建物ですぐに見つけることができ、その東側にまわり込むと――青い屋根は、確かにすぐ隣にあった。ただ、その建物を『家』と呼ぶには、あまりにも一般常識の概念からかけ離れていた。


「まさか、皇帝陛下のお屋敷じゃないよね……?」 リッカが救いを求めるように姉たちに目をやり。

「まだここも宮殿の続きなのか?」 アランが瞬きをするのも忘れてつぶやき。

「でも城壁の外だし、他に青い屋根もないし……」 フウリも呆然としてため息をつき。

「やっぱりここ、なのか……?」 ソラトは呆気にとられて肩をすくめた。


 このあたりには大きな建物がいくつもあるのだが、その中でも特に壮大な、もしかすると宮殿よりも立派かもしれないその屋敷は、まわりの外壁が長すぎて、こちらの端からはあちらの端まで見渡すことができない。正門には繊細な彫刻が施された巨大な柱がそびえ立ち、黒く光る鉄格子が見る者を威圧する。その奥には、青い屋根の白亜の屋敷がどこまでも広がっていた。


 明らかに一般市民の家ではない。依頼された届け先はここしか考えられないが、あのしわしわに枯れた依頼主の老婆とのつながりがどうしても想像できなかった。


「しゃーねぇ、行ってみるしかねぇだろ」


 腹を決めたアランが、思いきって呼び出し鈴を鳴らした。屋敷までもかなりの距離があるので、時間がかかるだろうと思っていたら、すぐに初老の男性が出てきた。


「はい、どちら様でしょうか」

「えっと、空送屋なんですけど」 フウリが空送屋の免許証を見せた。「ナタリアさんという人から手紙を預かってきました」

「ナタリア様……!?」 男性の細い目が急に見開いた。「もしや、そんなことが……とにかく、お入りください。すぐに当家の主人にお知らせして参ります」


 執事らしい男性は、すぐに門を開けて4人を招き入れた。やはりここで間違いないらしいが、あの反応は気になる。アラン達は戸惑いながらも、新たにやってきた案内係の女性についていった。


「こちらでお待ちくださいませ」


 メドウ谷が丸ごと入るのではないかと思うくらい広い屋敷の中をぐるぐると歩いて、これまた豪華絢爛な応接室に通された4人は、案内の女性がいなくなってから、ようやく詰まっていた息を吐き出した。


「大丈夫なのか?なんだか、とんでもない相手みたいだぞ」


 いつにも増して翼を小さくしている異世界の住人にも、ことの異様さが伝わっているらしい。


「もしかしたら、怪しいからっていきなり逮捕されたりしてな」

「そんな、ただ手紙を届けに来ただけなんでしょ?」


 フウリが冗談半分で言うと、リッカは本気で顔を青くした。確かに、預かった手紙を渡すだけなのに、わざわざ主人が出てくるまで待たされるというのもおかしな気がする。


――まぁ、1番問題なのは、相手が誰なのかもわかっていねぇことかもな。


 極上のふかふかソファーに座って、アランは心の中でひとりごちた。他の3人も、落ちつかなげに半分ほど腰を浮かせて、キョロキョロと部屋の中を見まわしている。飾ってある絵画や壷などはすべて高級品ばかりで、値段や価値など想像もできない。


「お待たせいたしました」


 ほどなく先ほどの女性が戻ってきて、開いた扉のわきで控える彼女の後ろから、長身で細身の男性が現れた。


「わたしが当家の主、ハーシェル=フォン=ツォレルンです」


 凛とした穏やかな声と、端整な顔立ちのその姿は、無条件の慈愛と威厳があった。年齢は30歳前後で、まだ青年のような若さの中にも、老獪な政治家のような鋭さもある。鮮明な金色の髪と深い青の瞳がまぶしくさえ思えた。


「ツォレルン……って、まさか……!」


 アランとリッカは、その名が思い当たる人物を思い出して飛び上がりそうになった。フウリとソラトは、きょとんとしている。


「知っているのか?」

「ツォレルン家といえば、ウィスタリア選帝侯の筆頭だ。今の皇帝は違う家系だろうけど、事実上、皇帝をも凌ぐ力を持った大貴族だぞ」


 アランが声をひそめて早口に説明し、リッカは青い顔が白くなるほど驚愕している。


 大陸の東半分を治める大国ウィスタリア帝国の皇帝といえば、西のバーミリオン国王以外に並ぶものなき強大な地位であり、それを輩出する権利を持つ6つの大貴族の当主は選帝侯と呼ばれ、並み居る帝国貴族の中でも飛びぬけた富と権力を有している。

 代々、男女関係なく優れた資質も持つ者がこの6つの家系から選ばれて皇帝となるが、世襲による権力の独占を防ぐために、2代続けて親子で帝位を継ぐことはできない。

 数年前に崩御した先代皇帝はこのツォレルン家の前当主だったので、現当主には皇帝になる資格が、少なくとも現皇帝が存命のうちはない。しかしこのツォレルン家は、これまでもっとも多くの皇帝を輩出し、数々の偉業で歴史に名を残してきた名家で、六選帝侯の筆頭と一目置かれている。


 アランの説明はそういう意味だったのだが、大陸の世情などまるで興味も知識もないフウリだけでなく、この世界のことを知らないソラトまで、とりあえずいま目の前にいるこの男がとんでもない人物だということだけは理解した。


「そう硬くならなくてもいい。楽にしたまえ」


 楽にと言われて、素直に肩の力を抜ける相手ではない。こんな高貴な人物を相手にどうしたらいいのかわからない4人がとっさに頭を下げると、ハーシェルは微笑んで再度座るように促した。


――貴族だろうとは思っていたが、まさかここまでの大物だったとはな。


 偉い人といえば集落の村長や港の組合長くらいしか知らなかったのに、本当ならば片田舎の島民など一生会うことも話すこともあり得ない前皇帝の息子を前にして、アランはめまいがする思いだった。無条件に気後れしてしまうのも仕方がない至高の地位だけでなく、その人柄からもにじみ出ている気品と威は、彼の器の大きさを示している。


「君たちは、わたしのことを知っていてやってきたのではないのか?」

「いえ、青い屋根の家に手紙を届けてほしいと頼まれただけなので……」

「ナタリアという女性から、だね?」


 ハーシェルの表情が、わずかにこわばった。フウリがかばんから手紙を取り出して手渡し、彼がそれを読んでいる間、4人は物音を立てないようにそっとソファーに座って待った。


「……そうか」


 しばらくして手紙をひざにおろしたハーシェルは、目を閉じて小さくため息を落とした。何か言葉にならない苦悩を飲み込もうとしているようで、アラン達はますます息をひそめて見守っているしかなかった。


「彼女はどんなふうだったか、聞かせてもらえないかな」

「あ……はい」 向かいに座っていたアランが代表して答えた。「俺たちが呼ばれたのは、宿場町エアホルンの旅籠でした。手紙を預かったとき、ナタリアさんはベッドで横になったままだったんですが、かなりの高齢だし病気だったらしく、話すのも辛そうでした」

「高齢……病気、か……」


 ハーシェルはかぶりを振って、窓の外に目をやった。今にも降りそうなくらい真っ暗な空には、重い雲がどんよりと広がっている。


「彼女はおそらく、もうこの世にはいないだろう」

「えっ?でも、これを受け取ったから、まだ1ヶ月もたっては……」

「ただの病ではない。呪いなのだ」


 まるで自分に言い聞かせるように、ハーシェルはつぶやいた。


「君たちは、セフィロト教の歴代教皇がなぜ全員短命であるか、知っているか?」

「いえ……」


 そんな話さえ知らなかったが、言われてみれば、なかなか教皇候補が現れないにもかかわらず、ほとんどが10年前後で亡くなったり退位したりしていると、社会学や歴史を学んだアランとリッカは思った。


「彼らは癒しの力や神の奇跡を与えられている代わりに、なんらかの呪いをも受けて生まれてくる。呪いはそれぞれに違うのだが、ある者は急速に歳を取っていく運命を課せられていた」

「急速に歳を……」


 ハーシェルの言わんとしていることが見えず、4人は思いをめぐらせた。そしてあるひとつの可能性に行きついたとき、若きツォレルン侯が重々しくうなずいた。


「彼女は(さき)の教皇リア1世……そして、わたしの姉だ」



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