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19.鉄砂漠での再会

 大陸最大の規模と人口を有する2つの都のうちの1つ、東の大国の首都ウィスタリアは、南に海を、西に国境線が走る山脈を臨む平原にあり、南海の潮風を受けて夏はかなり暑くなるが、比較的穏やかな気候に恵まれている。陸からも海からも大陸中の物と人が集まり、1,000年にわたって栄え続けてきた古都は、常に政治と経済の中心であり、同時に技術や流行の最先端でもあった。


 ウィスタリア帝国は、もとは6つの国が集まって連合したのが始まりで、君主は議会が選出するという伝統がある。もちろん誰でもなれるわけではなく、当初の各国の長だった一族から代々指名される習わしになっている。

 現皇帝エドモン=ホーエンが治める帝都に足を踏み入れたフウリ達は、道の端っこでぽかんと口と目を開けたまま固まってしまった。しかし他にも同じ“初心者”がそこかしこにいて、まったく目立っていないことの方が驚く。


「はぁ……」


 何度ため息をついても、言葉が見つからない。とにかく人の数も建物の大きさも、桁違いというより規格外である。

 整然と縦横に伸びた道の両側に、いちいち見上げていると首が痛い高層建築が建ち並び、大通りはまっすぐは歩けないほど行き交う人とにぎやかな音が溢れている。おそろしく小さな公園以外には樹木どころか雑草さえ探すのがむずかしく、どこを見ても規則正しく続く金属製の冷たい線は、まさに人によって作られた芸術の完成感さえある。


「いらっしゃい、いらっしゃい!今日は果物が安いよ!」

「早くしないと『フォレスト・フォレット』のコンサートに遅れちゃう!」

「おい、聞いたか?今度、皇帝陛下と教皇猊下(げいか)が会談をするらしいぞ。いよいよ戦争の準備が始まるのか?」

「ママぁ、どこ行ったのー?」

「すみません、街頭インタビューなんですが」

「……え、え?」


 ぼーっと突っ立っていたフウリは、メモとペンを構えた若い女に声をかけられて、やっと現実にかえった。いきなり最近のトレンドなど訊かれても訳がわからず、逃げるように市門の陰まで移動した。


――ダメだ、まるで別の世界に来たみたいだよ。


 もしかしたらソラトもこんな気分だったのかと思っていると、人ごみの中に人以外の姿まで見つけてしまった。


――あぁ、都会っているだけで疲れるな。兎が直立して歩いている幻まで見えてしまうなんて……

「やぁ、君は確か船で会ったね」


 幻ではなく、兎が話しかけてきた。本物だとわかると、もちろんこんなおかしな兎男を忘れるわけがない。


「あんた、なんでこんなところにいるんだ?」

「それは君だって同じじゃないか」

「僕は仕事だよ。っていうか、兎が街を歩いていても、なんで誰も怪しまないんだ?」

「それはボクが紳士な兎だからじゃないかな?」

「兎に紳士も何もないと思うけど……」

「兎をバカにしたら駄目だって言っているぴょん」


 街道を1日中歩いても平気だったのに、フウリはここへ来てからいろいろな意味でいっきに疲れてしまった。黒いスーツと赤い蝶ネクタイという“紳士”の格好をしたウサギは、長い耳と丸い鼻をぴくぴくと動かして、遠い空のどこかに目をやった。


「そろそろ動き出した、かな」

「え?」

「君の目には不思議な強さを感じる。もしも求めるものを見失ったときには、ヘチマ島に行ってみるといいと、君の連れの天使様に教えてやってくれ」

「何を言って……あっ!?」


 海から吹きつけた強い潮風に得体の知れない強大な何かを感じて、フウリは思わず南の空を見上げたが、風が吹きぬけた後に視線を戻すとウサギはいなくなっていた。あたりを見まわしても、流れ続ける人ごみにその姿を探すことはできなかった。


――なんだ、今の風……まるで魔王か、さもなきゃ神サマみたいな、とんでもなく大きな存在……。

「ちょっと、いいか?」


 呆然と立ち尽くしていると、後ろからやってきた警備兵に呼び止められた。


「亜麻色の上着に、長い黒髪の、17,8歳の女の子……」

「今度は何なんだよ」


 1人でインタビューアーから逃げてきたので、ウサギと話している間も必死に探していたアラン達が走ってくるのを目で確認しながら、フウリはじろじろ見てくる警備兵に身構えた。ローシェとソラトを襲った男たちがまた来たのかと、反射的に手紙の入ったかばんを両手で押さえたが、警備兵は意外な名前を口にした。


「リッカ=ラトゥールという少年を知っているか?」

「リッカ?ぼくの弟だけど……まさかお前、リッカを誘拐して人質にしたのか!?」

「ち、違う違う!落ちつけ!」

「フウリ、どうしたんだ!?」


 こんなところで弟のことを知る者などいるはずがなく、フウリはすばやく護身銃を抜き、リッカを守るためならたとえ警備兵でもローゼン教でも戦う構えだった。そこへ駆けつけたアラン達まで何事かと騒いだものだから、警備兵はぎょっとして両手を上げた。


「何を勘違いしているのか知らんが、リッカ=ラトゥールからお前を探すように依頼されているのだ」

「リッカが?ぼくを?」

「あいつがこんなところにいるわけないじゃねぇか。こいつぁ罠だぜ、フウリ」

「嘘だと思うなら、12番街のホテル「鉄砂漠のオアシス」へ行ってみろ」


 4人から疑いの目を向けられた警備兵は、怒って行ってしまった。フウリ達は互いに顔を見合わせた。


「どうする?思いきり怪しいぞ」

「でも、あの男の人たちの罠だとしても、どうしてリッカ君のことを知っているのかしら」

「もしローゼン教が関係しているなら、規模と胡散臭さからいって、1番あり得そうだよな」

「……ぼくは行ってみるよ。罠でも本当でも、リッカがいることは間違いないと思うから」


 いてもいなくても、弟の無事を確認するためには危険もいとわない。フウリは3人の反応を待たずに、急ぎ足で12番街へと向かった。


――手紙もリッカも、あんなヤツらに渡してたまるか。


 あれだけ圧倒された大都市にも人混みにも目をくれず、案内板だけに注意しながらずんずんと突き進んでいく。後ろでソラトが待てと叫んでいるのも無視して、ホテル「鉄砂漠のオアシス」に足を止めることなく突入していった。


「お客さま、ご予約は……」

「すみません、それじゃあ4人お願いします」


 引き止めようとした受付嬢も突き飛ばさんばかりの勢いで乗り込んだので、後からローシェが謝りながら予約をとった。この街では安宿の部類なのだが、都会の物価の相場に財布係(ローシェ)が悲鳴をあげているのも構わず、フウリはエントランスホールの真ん中まで来てふり返った。


「リッカ=ラトゥールって客は泊まっていますか?」

「ラトゥール様……あぁ、ではあなたがお姉さまですね?」 受付嬢は納得して微笑んだ。「お通しするよう承っています。3階の右突き当たりのお部屋です」

――本当にいるのか?


 フウリはまだ半信半疑ながら、言われたとおりに階段を上がり、右奥の扉の前に立った。そこで初めて冷静になり、アラン達が追いつくのを待って目で合図をしてから、ゆっくりとドアをノックした。


「はい?……あっ!」


 果たして、内側から扉を開けて顔を出したのは、ファルギスホーン島にいるはずの弟に間違いなかった。


「リッカ!どうしてこんなところにいるんだ!?いや、それより大丈夫か?ケガはしていないか?」

「姉ちゃん、落ちついてよ。僕はなんともないから」


 リッカは見た感じも声も元気そうで、変わったことといえば少し背が伸びたことくらいだった。部屋の中に招き入れられたフウリ達は、誘拐犯や怪しい罠などがないことを確認して、ようやく肩の力を抜くことができた。


「よかったぁ。あんたが誘拐されて捕らえられているんじゃないかと、もう心配したんだぞ」

「僕は自分でここへ来たんだよ。……あ、とりあえずそのことを話した方がいいかな」


 旅の埃もそのままに、5人では広いとはいえない部屋で適当に座って、フウリ達はリッカの話を聞いた。

 魔王や魔獣について調べているうちに1枚のメモを見つけたこと、それを渡すために船に乗って大陸へやってきたこと、ローシェが帝都へ行きたいと言っていたのを頼りに都を目指したこと、途中で出会った親切な修道騎士がフウリ達を見つけたら案内してくれるよう市門番に紹介してくれたこと……。


「でも、本当に姉ちゃん達が都へ来るか、こんな人がいっぱいいるところで会えるのか、毎日すごく不安だったけど」

「あの内気なあんたが1人でこんな遠くまで来るなんて、今でも信じられないよ。よくがんばったな」

「そんな、いつまでも子供みたいに言わないでよ……」


 恥ずかしそうに抗議するリッカは、身長が大きくなっただけなく、男としても人としてもひとまわり大きくなったように見える。


――なんだか、お兄ちゃんに似てきたな。


 小さいころの記憶にある兄は、12歳も歳が離れていたこともあり、優しくて頼れて尊敬できる、もう1人の父親のような存在だった。引っ込み思案で物静かだと思っていた弟が、いつの間にか兄の面影を重ねる面構えに成長していた。


――ぼくは……ちゃんと目標(おにいちゃん)に近づいているのかな。


 今の自分と同じ年齢のときに事故死したことを思うと、フウリは兄のような立派な空送屋になっているのかと、自分を確認せずにはいられなかった。


「そうだ、せっかくやっと会えたんだから、これを渡さないと」


 リッカは大きなかばんの奥の方から小さな紙切れを取り出して、ソラトに手渡した。フウリ達も横からのぞき込み、色あせたメモの短い走り書きを読んだ。


「『わたしは歴史を変える。たとえ魔王と呼ばれることになっても。翼ある者がこれを見ることがあったら、わたしのところへ来るといい』……なんだ、これ?誰が書いたんだ?」

「わからない。さっきも言ったように、10年も誰も借りていない本の中に挟まっていたんだ」

「『過去と現在と未来の時間軸』……私もその本はまだ見ていなかったわ。そこに挟まれていたことに意味があるのかしら?」


 ローシェはその本の方に興味を持ったようだが、それにしてもメモを書いた者もその意図もわからない。ただ、今のこの状況で推論できる可能性は、ひとつしかなかった。


「オレと同じ世界から来た誰かが、魔王と呼ばれるようなこと――もしかしたら魔獣が出現する原因になることをしている、ってことなのか?」


 ソラトがメモから目を離してつぶやいた。もし本当にそうならば、たとえ本物の魔王ではなくても、会ってみる価値も必要もある。


「問題は、どこにいるのかってことなんだけど……」

「あの、私、これから帝国大学に行こうと思うんだけど、魔王のことを調べている研究室があるから、訊いてみるわ」

「それじゃ頼むよ、ローシェ。ぼくはとりあえず、仕事の依頼を済ませてくるから」


 その日はリッカとの再会を楽しみ、5人で酒とジュースを片手に語り合った。お互いに、これまでの旅の話は尽きない。

 魔獣や空賊を蹴散らしたアランの武勇伝にリッカが感嘆し、フウリは快く送り出してくれた両親を懐かしく思い、手紙が来ないと絶叫している父親のことを聞かされたローシェはため息を漏らし、ソラトは勇気を出してメモを届けてくれたリッカに感謝し、ただ1人酒の飲めるアランが酔った勢いで魔王をぶっ飛ばすと宣言して。


 殺風景な鉄色の都で、その部屋だけは、温かい光と笑いが夜遅くまで灯っていた。



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