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15.夜を渡る想い

リオネル……ジーク空賊団の元船長。エリアーデの育ての親。

 闇夜の空に浮かぶ2つの船の間にフック付きのロープが伸び、ジーク団の船員たちが次々と敵船に乗り込んでいく。後方からの支援は怠らないとはいえ、相手はもちろん敵襲に際して発砲してくるし、たどり着いても直後に狙われればひとたまりもない。しかし、この程度でひるんでいては空賊など務まらない。


「準備はいい?」


 先に乗り込んだ部下たちが斬り合いを始めたのを見ながら、エリアーデは横にいるフウリとアランに確認した。2人は無言でうなずき、ロープにつかまって迷うことなくいっきに渡っていった。



 我ながら奇妙なことに首を突っ込んだと、エリアーデは思った。

 たまたま補給に立ち寄った街道の宿場町で飲んでいたら、酔っ払いのゴロツキども相手に啖呵たんかを切る少女と、腕の立ちそうな大柄な男と、物陰で怯えている少女という変わった3人組を見かけた。

 その威勢のよさを気に入って声をかけたことも、さらわれた友人を助けたいという彼らに協力すると言ったことも、後悔しているわけではない。むしろ、こういう向こう見ずで熱い若者たちを見ていると、自由を愛する空賊として放っておくわけにはいかない。


 しかし、これから助けるべきその相手が翼のある少年であると聞かされた時、さすがのエリアーデもにわかには信じられなかった。さらっていった飛行艇を追う間、船室で3人から事情を聞き、思わずタバコを持つ手が宙で止まってしまった。


「別の世界から……なるほどね。」


 それだけで、この誘拐事件の背景はすべて読めた。もう少しで落ちそうになっていたタバコの灰をあわてて皿に入れて、エリアーデはソファーに背中を沈めた。


――この近辺の空を飛んでいるのは、ナハツのヤツらに間違いないわ。でも、あいつらがただの通りがかりの一般人を襲うなんておかしいと思ったら……そういうことだったのね。

「なるほどって、どういうことなんですか?」


 向かいのソファーの真ん中、フウリと名乗った勝気な少女が遠慮なく尋ねた。別にかしこまってもらいたいわけではないが、これだけ人見知りしないのもめずらしい。そのとなりでおろおろして縮こまっている、友人の少女ローシェの態度こそが普通なのだ。泣く子も黙る空賊の船長を相手に物怖じしないこの度胸こそ、まさに空賊に必要な唯一最大の資質である。後で勧誘してみようかなどと思いながら、となりの老人に目を向けた。


「親父さん、どう思う?」

「わしがその場にいても、同じように迷わず捕らえていただろうな。」


 右目に眼帯をした老人は、残った1つきりの目を光らせた。このジーク空賊団を作った前船長リオネルは、エリアーデの育ての親でもある。すでに表舞台からは引退しているが、70歳を過ぎた今でも血の気の多い性格と回転の速い頭脳は健在で、エリアーデは師匠としてよき相談相手として尊敬している。何も言わずとも同じ意見だったことで確信を持ち、フウリ達にも説明してやった。


「あたし達空賊の狙いはただひとつ、空の果てにある“生命の樹”の力を手に入れることなのよ。そして神話に出てくる、神の元に住むという白い翼の天使が本当にいたとなれば、みすみす見逃す空賊なんてまずいないわね。」

「あ、なるほど……。」


 ローシェがメガネの奥の瞳を大きくして、仲間の危機ながら素直に納得した。


「あの、でも、それならエリアーデさん達もいいんですか……?」

「痛いところを突くわね。」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

「ふふ、いいわよ。」


 やはりこの危険なご時勢に一緒に旅をしているだけあって、内気そうな彼女もなかなか言いにくいことをはっきりと言う。リオネル老とエリアーデはお互いを見てニヤリと笑った。


「エリアーデ、お主が力を貸そうというのがわかったわい。」

「でしょう?」 エリアーデはタバコの火を消して立ち上がった。「さぁ、そろそろヤツらに追いつくころよ。心配しなくても、助けると約束したからには協力は惜しまないわ。」

――それに無理に捕らえなくても、“樹”の場所を教えてもらうことはできるからね。


 空賊の最大の目的はもちろんあきらめるわけがなく、しかしこんなおもしろい連中を捨てておいては仁義にもとる。エリアーデの言葉を追うように、見張り番から標的確認の知らせが入り、彼らはすぐに甲板へと急いだ。



 途中で何度か船が大きく揺れ、そのたびにロープも左右に振られたが、フウリとアランはどうにか向こうの船にたどり着いた。それを見てから最後にロープにつかまったエリアーデは、残ったローシェにわざと軽く微笑んだ。


「お友達を連れて帰ってくるまで、あなたはちゃんと物陰に隠れているのよ。」

「は、はい。気をつけてください!」

「なーに、わしがおるから安心せい。」


 震えるローシェに、リオネルがからからと笑った。小柄でしわしわのご老体だが、目の奥の鋭い光は未だ衰えていない。

 ローシェも根はしっかりしているとはいえ、運動が得意とは到底思えないし、大砲がとどろく音だけで頭を押さえてうずくまっているようでは、この先に連れて行くことはできない。というよりも、先に行ったあの2人が飛びぬけて度胸があるだけで、これが歳相応の自然な反応なのだ。エリアーデもそれを責める気などなく、ジーク号と彼女のことは先代船長に任せて、すばやくロープを滑っていった。


「2人とも、さっき話した作戦どおりに行くわよ。」


 ナハツ号の船べりに着地すると、すでに護身銃と長槍を手に準備の整ったフウリとアランに目でうなずいた。頭上で銃弾が飛び交い、至るところで刃がぶつかるかん高い音が響いている。その中をかいくぐって、3人はまっすぐに船室へと降りていった。


「本当に大丈夫なんスか?」 1番後ろから来るアランが少しだけふり返った。

「ウチはこの程度でやられる鍛え方はしていないわ。」


 きっぱりと言うエリアーデは、自分の部下であり大切な仲間でもある空賊団を心から信じている。だからこそ彼らに甲板うえを任せて、その隙に3人の少数精鋭で船内に侵入することができた。信用するに値しない腕前や関係ならば、背後をとられて挟み撃ちという致命的な危険につながってしまうだろう。


「捕らえられているなら、おそらく船底にいるはずよ。まずは階段を探して、下に向かいましょう。」


 話しながら走っていくと、角を曲がったところでナハツ空賊団の船員たちと鉢合わせした。エリアーデは瞬間的に両側の腰から2丁の銃を抜き、相手が構える間も与えず2人の足を撃った。


「敵だぁ!」


 そこで初めて気付いた赤い顔の男たちは、今まで飲んでいたらしい。おぼつかない手で武器を取ろうとしたが、一瞬で繰り出されたアランの槍に叩き落された。そしてひるんだところへ、フウリが銃を突きつける。


「おいっ、ソラトはどこだ!?」

「そ、それが狙いか……!」


 ナハツの船員たちはぎょっとして、足を撃たれた2人をかばいながらも目を見張る速さで撤退していった。脅しのためとはいえ抜いたままの二丁拳銃を撃つこともできず、エリアーデは苦笑するしかなかった。


「あのね、フウリ。自分のほしいものは最後まで相手に悟られないようにするのが、大人の駆け引きってものなのよ。」

「ご、ごめん……。」

「まぁ、今回は相手も相手だから、結果的にはうまくいったけどね。」


 焦って逃げていった彼らは、ご丁寧にも階段のある通路へとまっすぐに走っていった。それを悠々と追って下階へと降りていくと、廊下の端の部屋からさらに数人が飛び出してきたが、こちらに気付くことなく、また下り階段の方へと向かっていった。やはり船底の一室に少年を捕らえているに違いない。


「もしかして、このままついていけば楽勝?」

「でもよ、あっちにはもう何十人も集まっているんじゃねぇのか?」

「この狭い通路じゃ、数が多いからって有利だとは限らないわ。うまく誘い出して……ッ!」


 またしても曲がり角で人影とぶつかりそうになり、3人とも反射的に武器を構えた。しかし同じように飛び退いた人影とフウリが、お互いを見て同時に叫んだ。


「ソラト!」

「フウリ……!?」


 殺風景な茶色一色の木造の船内には不自然なほど鮮やかな朱い髪と白い翼が、そこにあった。話には聞いていても初めて天使を目の当たりにして、エリアーデは金色がかった茶色の目を大きく開いて驚いた。

 しかし、少年はフウリとアランしか見ていなかった。


「どうして、ここに……。」

「ソラトを助けるために決まっているじゃないか!」

「そうだぜ。せっかく無事に再会できたんだから、ちったぁ喜べよ。」

「……。もう、会わない方がよかったのに……。」

「ソラト……?」


 意外な言葉に戸惑う2人から、ソラトは目を逸らしてわずかに後退った。


「オレはひとりで行った方がいい。一緒にいたら、今度はお前らまで狙われてしまう。」

「なんだよ、それ。そんなの関係ない!ぼく達はソラトを……」

「これはオレの問題なんだ。魔王に会う必要があるのはオレだけで、みんなは危険な目に遭うことはない。心配しなくても、オレはひとりでも大丈夫だから。」

「でも……」

「だから……さよなら。」


 言葉を失ったフウリから目を離して、ソラトはすっときびすを返し、別の階段へと歩き去ろうとした。……が、その時、アランが槍を捨てて飛び出した。


「バカ野郎!」

「……ッ!」


 後ろから襟元につかみかかり、ふり向いたソラトの横顔を思いきり殴った。天使の翼は通路の壁にぶつかって倒れこみ、さらにもう1発お見舞いしようとした大きな拳を、フウリがあわてて止めた。


「やめろ、アラン!何するんだ!」

「ソラト、てめぇがいなくなって、こいつがどれだけ心配していたかわかってんのか!?」

「……。」

「あぁ、お前のせいで、もう充分危ないことに巻き込まれちまってるぜ。それもこれも、どうにかお前を助けようとして、フウリが自分から危険に飛び込んでいったからなんだよ。こいつは命がけでロープを渡ってきたし、ローシェなんか今にも泣きそうなのをずっと我慢して待っているんだぞ。」


 大柄なアランにいきなり殴りつけられ、腹の底から怒鳴られたソラトは、赤くなった頬を押さえるのも忘れて呆然としていた。


「なぁ、ソラト。」 今度はフウリが前に進み出た。「あの時、魔獣から助けてくれてありがとう。でも、やっぱり油断してしょうがないヤツだから、見ていられなかったかな。」

「そうじゃない。オレはお前が傷つくのを見たくなかったから……。」

「ぼくだって、ソラトがひとりで苦しむのは見たくない。」

「……。」

「アランもローシェも、キミがいなくなって安全になったら、本当に喜ぶとでも思ったのか?ぼくは……嫌だ。」

「オレは……。」 ソラトは言葉に詰まって目を伏せた。「オレも……。」

「ぼくらは友達だ。ソラトがどう思おうと。だから、もう……さよならなんて言うなよ。友達に別れなんて。」


 いつも勝気な少女の声が、少しだけ上ずって聞こえたのは気のせいだったのだろうか。エリアーデはわざと横を向いて、聞かなかったフリをした。


――いいわねぇ、若いって。


 同じように、しかし違う意味でそっぽを向いているアランを見ると、気の毒だが微笑ましくさえ思った。


「さ、行こう。一緒に!」


 少女が差し出した手を、少年は戸惑いながらつかみ、そしてしっかりと握り返して立ち上がった。広がった白い翼が、さらに白く輝いて見えた。


「話は決まったみたいね。そろそろ戻るわよ。」

「えーっと……あんた、誰だ?」

「……本気で気付いていなかったのね。」


 普通にいぶかるソラトに、エリアーデは本日何度目かわからない苦笑で肩をすくめた。この若者たちといると、まったく退屈しない。

 お互いの自己紹介は後でゆっくりとするとして、無事に救出目標と合流できた今は、敵地から速やかに撤収しなければならない。アランが先に引き返し、フウリに促されたソラトもそれに続いた。


「……さて。」 最後に残ったエリアーデがふり返ってささやいた。「お待たせしたわね、セファス。」


 ただの壁に向かって微笑むと、木目がずれて内側に開き、なぜか目を赤くしたナハツ空賊団船長が現れた。


「いい話だよなぁ。オレぁ感動しちまったよ。」

「相変わらずねぇ……。」

「しかしお前、いつから気付いていたんだ?」

「アランが殴ったあたりでね。もしあなたが出てきたら、私もぶん殴ってやろうかと思っていたんだけど。」

「バッキャロウ!オレがそんな野暮なことするかよ。」


 セファスは鼻をすすり上げながら怒った。このお人好しで涙もろい人情家は、つくづく空賊らしくないと、エリアーデは思う。


――でも……。

「おーい、アニキ!おれっちを置いていくなんてヒドいじゃないか!」

「おう、ヒスキ、やっと来たか。いいタイミングだ。」

「セファス、天使がこっちに来なかった?」

「シャンディも一緒だったのか。でも、あいつは今ごろ空の彼方かもな。」

「逃がしちまったのかよ、アニキ!?」

「へへ、すまねぇな。」

「まぁ、そんなことだろうと思っていたわ……。」


 悪びれることもないセファスに、駆けつけたヒスキとシャンディは怒るやら呆れるやらだった。

 しかし彼らだけでなく、この船の全員が船長を信頼して慕っているからこそ、どこか悠長なこの男の雰囲気が船全体になじんでいるのだ。


――空賊には向いていないけど、まわりを惹きつけるものがあるのは確かね。


 そう独りちるエリアーデは、自分もその影響を受けているということには気付いていなかった。


「今回は私が見逃してもらうわよ。」

「簡単に侵入を許したのはこっちも失態だったからな。でも、あの天使の小僧はあきらめちゃいねぇぞ。」

「それは私もよ。」


 同じ空賊同士の目で視線を交わすと、エリアーデはライバル背中に残して立ち去った。


 そのすぐ後にジーク号が猛スピードでナハツ号から離脱し、深夜の空は再び静寂に包まれた。



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