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12.うごめく黒いモノ

 急降下してきたカラスの眼は血走ったように真っ赤で、重く暗い光をたたえていた。最初に突然背後から襲われた女性は、頭と肩から血を流して倒れている。続いて狙われた行商人たちは荷物を放って逃げ出し、このあたりでようやく事態を認識したまわりが騒ぎ出したので、カラスの群れは次の標的を見定めようとするかのように、いったん上空にまとまった。


――どっかに似たようなホラーがあったような。


 ちょうどのその場に通りかかったソラト達は、足を止めて空を見上げた。夕暮れ時のシュデン街道は、両方向に逃げ惑う人々で大騒ぎになっている。空の一角は魔獣と化したカラスの群れに占拠され、黒い塊の中に赤い眼が光っている光景は、とても現実とは思いたくないものだった。


「すごい数だな。ざっと200くらいか?」

「オレの世界じゃ、これくらいいつものことだ。」


 度胸のすわったアランと見慣れているソラトは、まるで珍獣を発見したかのような反応だった。フウリはすぐに上空から目を離して、ちらちらとまわりを見ている。とても直視などできないローシェは、すでに男2人の背中で小さくなって震えていた。


「どうするよ?」

「どうするも何も、残っているのはオレ達だけなのに、見逃してくれると思うか?」


 あれほど往来があったはずの街道が、今やここから見える範囲には人っ子ひとりいなくなっている。乾いた静寂の中でばさばさとうなるような羽音は、明らかにこちらに向けられていた。


「ローシェ。」 フウリが倒れたままの女性を目で示してささやいた。「ぼく達がカラスの相手をするから、その隙にあの人をつれて走れるか?」

「え?あ……う、うん。やってみるわ……。」

「あの坂を下りて少し行ったあたりに、次の宿場町があるみたいだから、ついでに警備隊も呼んできてくれ。」


 横で聞いていたソラトは、何も言わずに感心した。先ほどから周囲を見まわしていたのは宿場までの距離を書いた立て札を探していたからであり、けが人だけでなくローシェも危険から遠ざけるために先に行かせようという素早い判断は、よほど冷静に全体を見ていないとできない。


「いいか?……。」


 さらにフウリが早口で3人に話し、2機のエアプルームが起動したのを確認してから、ソラトは黒い鞘から黒い刀を抜き放った。


「行くぞ!」


 アランとフウリが飛び立ったのと同時に、ソラトはローシェの手を引いて走った。飛行した2人が群れを引きつけている間に、彼は坂のあたりまでローシェとけが人を守って突っ切る。

 これがフウリの考えた作戦だった。


――魔獣に出くわしたのは2度目のはずなのに、大したヤツだな。


 彼女のとっさの決断力に舌を巻きながら、ソラトはこちらに降りてきたカラスに向き直った。普通ではあり得ないほど鋭いくちばしと下降スピードで、よけた数羽が木に突き刺さって穴を開けるほどの力だった。あらゆる生き物を食糧としか思っていない貪欲で凶暴な魔獣を次々と斬り捨て、ローシェが女性を助け起こすまでの時間を作った。


「待ってて、すぐに人を呼んでくるから!」


 意識が戻ったとはいえ足元のおぼつかないけが人をつれて、ローシェは必死に坂を下りていった。あの小柄で気の弱い彼女も精一杯がんばったと、ソラトはうなずいて見送った。


――さて、こいつは面倒だな。


 こちらに向かってきた一部は片付けたものの、上空を見上げてみると、まだ100羽以上が残っていた。明るいオレンジ色の夕日をさえぎってうごめくどす黒い中に、アランとフウリが突っ込んでいっては距離をとって巧みに飛びまわっているが、銃だけではラチがあかない。


――いつもなら、あっという間なんだけど……。


 武器はこの黒い片刃の剣だけではない。背中の両翼と内にある力を使えば、これまでどんな魔獣にも負けなかったのだが、今はその2つをまわりに知られるわけにはいかない。少なくともこの力は、フウリ達にさえまだ黙っていようと思っていた。

 しかし空を飛べないソラトがいくら地上で刀を振りまわしても、いっきにまとめて襲いかかられたら分が悪すぎる。それにローシェが呼びにいった警備隊とやらが駆けつける前にカタをつけないと、もっと厄介なことになるだろう。


「……バレないようにやるか。」


 ソラトは誰にともなくつぶやくと、刀を持たない左手をぐっと握りしめた。他の者には見えない力が彼を中心に広がっていき、その手を思いきり開いた瞬間、頭上に群がったカラス達が突然中心から何かにはじかれたように吹っ飛んだ。


「えっ……!?」


 あたり一面に舞い散る黒い羽にまみれながら、フウリとアランは何が起こったのか理解できなかった。あらゆる方向から執拗に喰らいついてきた無数の赤い眼が、いきなりバラバラと地面に墜落していく。突風が吹いたわけでも竜巻が起こったわけでもないのだから、2人はあっけにとられて空中で立ち止まってしまった。


「なんだ、これ?まさか……」

「フウリッ!」


 叫んだ瞬間には、ソラトの体が動いていた。まわりの目に対する配慮も自身の危険も忘れ、マントの下から白い翼を広げると同時に空に飛び出し、フウリの背後に迫っていた(きり)より鋭いくちばしに刀をひるがえした。衝撃に抵抗して残っていた数少ないカラスは、そのまま今度こそ動かなくなって落ちていった。


「あ、ありがとう……。」

「大丈夫だったか?」

「あぁ、ぼくはなんとも。……それよりソラト、空を飛んでもよかったのか?」


 エアプルームごとふり返ったフウリが背中を目で示したが、ソラトは視線を逸らして何も答えず、動かない200羽ものカラスの黒が撒き散らされた街道のわきへと降りていった。


 彼女が心配して言ったことはわかっていても、ずっと翼を隠していなければならないのは思ったより窮屈だった。物理的に窮屈という以上に、隠さなければならない卑屈さに耐えられない。この世界に来るまでは、地面を歩くのと同じように普通に空を飛んでいたというのに。


――オレはしょせん、よそ者だからな。


 大衆に翼を見せたらどういう反応をされるか、それは容易に想像できる。言葉や文化レベルは同じでも、根本的に違うものは受け入れられるとは限らない。だが……。


「どうしたんだよ、ソラト?どこか怪我したんじゃ……」

「オレのことは放っておいてくれ!」


 つい怒鳴ってしまったが、フウリとアランは理由がわかるはずもなく、呆然と空を漂っていた。ソラトは翼をマントから出したまま、刀を鞘に収めて誰にともなく舌打ちした。


 “よそ者”でも友達として変わりなく接してくれるフウリ達がうれしいと思う反面、まわりの目を気にされるのが悔しくてイライラした。旅に出る時、一瞬に行くと言われた言葉は素直に本心からうれしかったのに、今もその気持ちを信じきれない自分にも腹がたつ。


――オレはひとりで行った方がいいのかもしれない……

「……ッ!?」


 一瞬だった。

 頭上で低くうなるような音がしたと思ったときには、突然視界が真っ暗になった。そしてむせ返るような甘い煙があたり一面に広がり、何が起こったのかもわからないうちに気が遠くなった。


「ごほっ、ごほっ……ソラト!」

「な、なんだ、こりゃ!?」

「よし、捕まえたぞ!」


 遠くでフウリとアラン、そして誰か知らない男が叫ぶ声を聞きながら、ソラトは体が引っ張り上げられる感覚を最後に意識を失った。



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