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第09話

「はい、ほら。傷はちゃんとふさがったわよ」


 男に人質に取られたとき、強引に引きずられた為、ゴブリンの子供の足が擦りむけていたが、傷が何事もなかったように消えていく。

 これも法術。

 竜巻のように無頼者を退治し、一方で慈愛に満ちた笑顔で子供の傷を癒す。

 これがリーリスの本当の姿。

 他の兄弟達もリーリスに群がる。


「こ、こら。あんた達は怪我してないでしょっ」


 その様子を見て感想が口をつく。


「まるで本当の姉みたい」

「まぁ、実際姉みたいなものさ。まだあの子達が幼くて仕事が出来ない時、よくリーリスが面倒見てくれたものさ」


 すぐ後ろにこの食堂の店主にして、子供達の母親ミガがいた。


「あんたも司祭かい? さっきはありがとうね。子供達を助けてくれて」

「い、いえ。違います」

「そうなのかい? その棒を使った技は見事だけど法術とかじゃないのかい?」

「……これは、そんな立派なものじゃありません。ただの武術です」

「子供を救ったものに立派も立派じゃないもないでしょ」


 いつの間にか子供達の包囲を抜けてリーリスが割って入る。


「凄かったよ。マドカの棒術。素晴らしいじゃないっ」

「え?」


 スバラシイ?

 賞賛の声を受けるのは初めてではない。

 だが、それが胸を熱くするような事は初めての経験だった。

 感情を殺し、心が揺るがぬよう平静を保つように努めて。

 ただ、一心に修練に励んだ。

 だが、必要な時にそれは鎖となりマドカの技を封じてしまった。

 もしも、素晴らしいのだとすれば、


「それはアルミス……様の教えだよ」


 子供を人質にとった卑劣さへの怒り、それを何もできないで見ている自分への怒り。


 己が感情に従え。


 その言葉が全てを開放した。


「おーい、リーリス。こいつらどうするんだよ」


 他の客が無頼者達を協力して縛り上げていた。


「あ、そこに置いといて。後で教会で引き取るから」

「生贄にするんじゃねぇだろうな」

「こんなの、生贄にしても拒否されるに決まってるじゃないっ」

「それもそうか」


 客と一緒にリーリスは笑う。


「リーリス。私は帰れないんだよね?」

「う、うん。申し訳ないけど」

「いいの。あそこにはもう私の居場所はなかったから。私を縛る牢獄みたいなものだった。

 だから、ここで自分の居場所を作りたいの。一から」

「ん? どういうこと?」

「たしか、選別の儀式だったよね? アルミス様の司祭になるにはどうすればいいの?」


 複数の無頼者を相手にした竜巻のリーリスであったが、その言葉に顔を引きつらせた。



*---*



 それは真夜中に行われた。

 まずは教会の礼拝堂で祝福と入信の儀式。

 予め定められた段取りでつつがなく進んだ。

 本来なら、ここで終わりのはずだった。

 だが、今夜は特別だった。

 マドカは教会の裏口から外へ出た。

 レンガ造りの建物があった。

 正面の扉を開けると編み籠に薄いローブのような服がたたんでおいてある。

 稽古着を脱ぎ、そのローブを身に纏う。

 さらに扉をくぐる。

 そこには水の道があった。

 膝丈の水路。マドカはゆっくりとそこに足を入れた。

 そして、先を進んでいく。

 法術なのか、それとも張り付いた苔が発光しているのか。明かりのないはずの通路でも先が見える。

 水路を進むうちに、膝丈が腿にそして腰までの深さになる。

 時折、壁から吹き出る水流が腕を、肩を、頬を濡らしていく。

 そして、目の前を水の壁が阻む。

 マドカは躊躇する事なく、水の壁を割って進む。

 その先には司祭達がずらっとならんでいた。

 左側には男性司祭、右側には女性司祭。

 全身に水を浴び、薄いローブから肌が透けていたが気にならなかった。

 それ以上に気が昂ぶっていた。

 やがて、水路の水かさが腰から腿へ、そして膝丈、脛へと下がっていく。

 水路の終わりに到達した。

 目の前にはエスターク司教が。その脇にはアネット司祭長が控えている。彼女はマドカの棍を持っていた。

 少しして一人の女性司祭がこての先を差し出す。リーリスであった。

 こての先にはアルミスの紋章が彫られている。

 事前に説明は受けていた。

 そのこてには水に反応する2つの法術がかけられているのだと。

 一つは転写。そのこてさきに濡れている身体の一部を押し付けるとそこに紋章が刻まれる。それは生涯消える事はない。押し当てる部位は自由との事だ。

 そしてもう一つの法術は……。

 マドカはこてさきに右手の甲を押し当てた。

 ぎゅっと目を瞑る。額を濡らしているのは水滴だけではないだろう。

 打撲でも骨折でも火傷でもない、形容のし難い痛み。

 痛みに耐えかねて、すぐこてから離れてしまっては紋章は転写されない。

 これが選別の儀式。

 自分で道を選び、それまでの自分と別れを告げるための儀式。

 唐突に痛みが消えた。

 こてから手の甲を離すと、まるで刺青のように黒い紋章が描かれている。


「待って。まだ終ってない」


 こてをしまおうとしたリーリスは耳を疑った。

 そして次に目を疑った。

 マドカは今度は左手の甲を伸ばしてきたからだ。


「ちょ、一箇所でいいんだってばっ」


 儀式の最中でありながら、リーリスは思わず叫んでいた。

 だが、咎める者はいなかった。その痛みを知らぬ者はこの場にはいないのだから。

 再びマドカはぎゅっと目を瞑った。

 痛みが消えるまでの時間は何時間にも思えた。

 やがて、マドカが手の甲をこてから外すと、これ以上やられてはかなわないとばかりに、リーリスがこてを引っ込める。

 マドカは両手の甲の紋章をじっくりと確認してからエスタークの脇に立つアネットに手を差し出した。

 アネットは前へ進み出て棍を手渡す。

 棍はマドカの半身。別れを告げるのではなく、共に歩む道を選んだのだ。

 だからこそ、自身と棍の二つ分の紋章を刻んだ。

 エスタークがマドカの目の前に歩み寄った。

 マドカは棍を両手で水平に持ち、両膝をつく。

 そのマドカの首にペンダントがかけられた。

 アルミスの紋章に、アルミスの御先とされる蛇が絡みついた意匠。

 ただ、マドカの知る司祭達がかけているものとは違い、蛇は玉をくわえていなくて口が閉じていた。

 それは、司祭見習いである助祭の証。

 深夜であるにもかかわらず、教会の鐘が鳴った。

 それはあらたなアルミスに仕えるものの誕生を意味していた。

 こうしてマドカはアルミスの助祭となった。



 第一章 完

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