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第05話

「……」


 リーリスに街を案内すると言われて付いて来たものの、あまりの事にマドカは言葉がでなかった。

 街並みがどうとかの問題ではなかった。

 アネットが種族の違いがどうとか言っていたが、その意味を改めて理解した。

 アースは人間、いやヒューマンだけが支配する世界ではないのだ。

 ざっと見ただけでもゴブリン、コボルト、オーガ。木の板を叩くような音に目を向けると、民家の改築作業に勤しんでいるのはスケルトンとゴーストだ。

 ゲームや漫画、ライトノベルではお馴染みのモンスターだが、あいにく棒術一筋に育ったマドカにとってはなじみがない為、特に恐怖心も嫌悪感も抱かなかった。

 ……さすがにスケルトンとゴーストが昼間に堂々と作業してるのはどうかと思ったが。

 ちなみに彼らアンデットはアースでは種族のカテゴリーには入っていない。

 なじみがない為、本来なら種族など分からないはずだったが、エスタークが分けてくれた知識のおかげで言葉ばかりでなく、種族やある程度の文化まで理解できるようになっていた。


「ねぇ、リーリスさん」

「リーリスでいいわよ。こっちもマドカで呼ぶし」

「じゃぁリーリス。アルミスの司祭って誰でもエスタークさんみたいな事が出来るの?」


 マドカは額に手を当てながら聞いた。


「まさかぁ。出来るならマドカにその棒、棍だっけ? それ突きつけられる前にやってるわ」

「それもそうか。あ、そういえば、あの時の事、まだ謝ってなかった。ごめんなさい」

「いーわよ。右も左もわかんなかったもんね。それに司教様はあっさりと静めてたからね、あたしの修行不足よ」

「ありがとう。でもエスタークさんのあれって結局なんだったの?」

「たぶん伝達の法術を改変したものだと思う。

 さすがに異界のマレビトに知識を分け与えるなんて法術が正当な流れをくむものとも思えないし」

「法術って?」

「魔術の司祭版って、魔術そのものが分からないか。

 魔術っていうのは世界の理を知り、知られざる理をもって通常ではありえざる事象を起すもの。魔術を使える人達は魔術師って呼ばれてる。

 そして私達司祭は世界の理ではなく神への信仰をもってささやかな奇跡を起す。それを法術って呼ぶの」

「リーリスも法術を使えるの?」

「勿論! そもそも司祭の条件に法術は必須。だからこそ、他種族の信者はいても司祭にはヒューマンしかいないの」

「どういうこと?」

「あー、それも話してると長くなりそうだし。後で食事でもしながら話しましょ。一応、今日は街の見学だし」


 言われて、マドカは改めて辺りを見渡す。

 ここは元いた世界に例えるならば商店街ってところかな?

 いくつもの店がならんでいる。

 エスタークの知識のおかげで何の店かはだいたい分かる。

 例えば、店先にいくつもの服が見本として飾ってあるのは仕立屋だ。

 良く見れば、今リーリスが着ているものと同じ服がある。


「入ってみる?」

「いいの?」

「お努め上、顔が広いのよ。こんにちはー」


 ドアを開けて中に入ると、オーガの男女が忙しそうに針仕事に勤しんでいたが、二人を見るなり手を止める。


「おや、リーリス。今日は修道服かい? またあばれて正装ダメにしちゃった?」

「ちょっ! おばさん。いつもみたいに言わないで」

「えー、よく破ってるでしょー」


 声は足元から。

 幼いオーガの娘が不思議そうにマドカを見上げていた。


「リーリスお姉ちゃん。この人だれー?」

「んー? この人はねー、遠いところからエスファに来たお客さんよ」

「ほう、見慣れない服だとは思ったが。それは異界の服装かな?」


 男性の方のオーガに尋ねられる。

 今日のマドカは稽古着を着ていた。


「あ、はい。そうです。私の事をご存知なんですか?」

「まぁ、狭い街だからな。それにワシら夫婦は何かと教会にご贔屓されててな」

「おじさん達の腕がいいからだよ」

「おだててもお代はまけんよ」

「まけんよ」


 娘が父親の言葉をリピートする。

 ほほえましい光景に自然と笑みがこぼれる。

 他種族とは言ってもそこまで構える必要はないらしい。


「じゃ、あんまり長居しちゃ仕事の邪魔だからそろそろ次いこっか」

「うん」

「じゃーねー」


 手を振るオーガの童女に応えて、オーガの仕立屋を出た。

 次の目的地は決まっているらしい。

 まっすぐ行くリーリスに付いて行くとやがて香ばしい匂いがしてきた。


「おや、リーリス司祭。また修道服かい? 司祭服を粗末にするなと――」

「もうその流れはいいからっ!」


 そこはパン屋だった。

 店主はリーリスと話している白髪の混ざったコボルトらしい。


「そういえば、マドカの世界にもパンってあるの?」

「ええ、あるわよ」

「ほうほう。これが噂の異界のお嬢さんかい」


 どうやら、噂が街に広まっているのは本当らしい。

 じろじろと見られて居心地が悪い。


「ちょっと、待ってなさい」


 一度、コボルトの店主が店の奥に引っ込んで紙に挟んだパンを二つ持って来た。


「ぜひとも、エスファのものと味を比べてもらいたいな」

「負けず嫌いなんだから」

「光の側だろうと隣の街だろうと異世界だろうと、どこよりもおいしいものを目指してこそ客が来るものさ」

「エスファってこの街の事ですか?」


 聞きながら、マドカはさっそく頂いたパンにかじりついた。

 おいしい。

 特に中に何かが入ってる訳でもなく、薄くスライスした木の実が表面に添えられているだけのパンだったが、口の中で溶けるような感覚は始めてだ。

 少なくともコンビニやスーパーで売ってようなものとは比べ物にならない。

 マドカの表情から察したのか店主は喜色満面だ。


「エスファってのは元々はこの辺り一帯の地名だよ。昔は何もなかったらしいがね。

 この50年で辺境に追いやられてた闇の側の人々が自然とここに集まってこんな街となった。まぁ、今では街を指す意味になってるね」

「アルミス教会があったからね」

「そうだね。だいたいエスファの住人がアルミス様の信者なのもその為かもな」


 パン屋の主人に礼を言って二人は先を行った。

 鍛冶屋を営むヴァンパイヤは筋骨隆々でマドカをして冷や汗をかかせるほどの凄い迫力だった。さすがにリーリスも長居は出来ず挨拶だけに終った。

 ちなみにヴァンパイヤはアースではアンデットではなく一つの種族であり、日の光で灰になったりもしない。

 商店街を抜けエスファの端になると田畑が中心となる。ヒューマンやゴブリンが野良仕事に精を出しているが、リーリスに気付くと手を振ってくる。

 リーリスもそれに応えて手を振った。


「人気者なのね」


 思わず呟いたマドカにリーリスは嬉しそうに言った。


「普段のお努めの成果よ」


 お努めの成果……か。

 一心に棒術の修練に励み孤立した自分とは大違いだ、とマドカは胸の内で自嘲していた。


「普段のお努めって何するの?」

「司祭の場合は望む人へアルミス様の祝福を与えたり、怪我した人を法術で治したり、相談にのったりとまぁ、なんでもやってるかなぁ」


 そして、マドカのほうをちらりと見て


「マドカにも必要かな?」

「え?」

「まぁ、そろそろ良い時間だし、ご飯食べにいこっか」


 二人は来た道を戻っていった。




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