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第03話

 アネットは教会内部にある司教室をノックした。

 普通の教会ならすぐ返事が返ってくるのだが、中の人がやたらめったら出歩く為、いつも不安が付きまとう。まぁ、それだけ頻繁にヴィジョンを受けている。すなわちアルミスの寵愛を受けている証なのだろうが。

 返事代わりの机をノックのように叩く音が返ってきた。

 安心してアネットはドアを開ける。だが、部屋の中の人物を見て目を丸くする。

 中にいたのは紛れも無く、この部屋の主である司教だったが、珍しく正装だった。

 本来、司教というものはそうしたものだが、困った事にこの人物は勝手に注文した簡易版司教服でうろつきまわる事が多い。

 その司教がちょいちょいと開け放たれたドアを指差した。そして、アネットの報告をまたずに脇を歩いていく。


「すでにヴィジョンが降りて来ていましたか」


 司教は頷いて、付いて来るように仕草で合図した。

 報告は不要らしい。

 普段は不安の種だが、腐ってもこの教会を率いる人物だ。こういうイレギュラーな事態には頼りになる。もっとも今回に限っては、そのイレギュラーを引き込んだのも司教なのだが。

 アネットは丁寧にドアを閉めて、早足で司教を先導した。



*---*



 これって、性別が違えば一見修羅場の風景なんだろうなー。等と考えつつ蒼白な顔でリーリスは顔の高さまで両手を挙げた。

 その鼻先には頑丈そうな木の棒が突きつけられている。

 なんであたしがこんな目に? そう思うリーリスだが、中の人がパニック状態のところでドアを勢いよく空け入り込んだら警戒されて当たり前である。

 しかも、困った事に


「ね、大丈夫。何にもしないから。これ下ろしてくれない?」

「――――――――っ」


 言葉が通じない。予め聞かされた事を考えれば予期すべき事だったが、まぁどうせ考えていても忘れていただろうな、うん。忘却力に自信のあるリーリスは自分を納得させる。

 だが、どうしたものか。

 ドアの向こうには悲鳴を聞きつけた他の司祭達も集まっている。

 その様子に突きつけられた棒を通じて、相手の警戒が高まっているが分かる。

 ちょっとー、少しはあたしの身の安全を考えてー。

 心の中で悲鳴をあげる彼女だが、外の野次馬には伝わらないようである。

 だが、急にその野次馬が割れるように道を空ける。

 あ、来たか。

 とりあえず、五体無事にこの場を切り抜けられそうなので、リーリスは安心のため息をついた。



*---*



 赤毛の少女がいきなり飛び込んで来た時、反射的に棍を向けてしまった。

 どう見ても日本人ではなかったが、その顔色から敵意がない事が分かる。

 しかし、彼女の着ている灰色の服装はどこか宗教めいていたし、何よりもその首に下がっているペンダントがタペストリーにあるマークと同じだった。ただペンダントの方は、白い玉を口に挟んだ蛇がマークに絡まっている。

 恐らくはさっき見た教会の関係者なのだろう。

 さっきから何かを言っているのだが、何語なのかすら判別が付かない。

 英語はもとより、いままで聞いた事のない発音、イントネーション。

 そして、まるで出口を塞ぐかのように彼女と同じ服装の女性達がドアの向こう側に群がっている。

 繰り返し赤毛の少女が何かを言っている。


「何をいってるか、分からないっ」


 こちらが分からないのだから向こうも分かるはずがないのだが、苛立ち混じりに声を荒げる。

 あれ?

 まどかは眉を潜めた。

 急にドアに群がっていた女性達が左右に分かれたのだ。

 まず入って来たのは30代半ばの女性、他の女性達とは違いシスターを思わせる黒い服に身を包んでいた。首には赤毛の少女と同じペンダント。しかし、彼女のペンダントの意匠では蛇が噛んでいる玉が白いのに対して、黒服の女性の玉は緑色だった。

 その落ち着き具合も、赤毛の少女やドアの外の女性達とは段違いで、色は階級を示しているのではと思わせた。

 そして、その女性の後から入って来た男性の姿に目を見張った。

 あれは夢じゃなかったっ?!

 朽ちた森の中でまどかを抱いて運んでいた男性。服装こそ神父のような黒衣であったが、その顔は忘れようにも記憶に焼きついていた。

 男性は進み出て棍の先を手の平で押さえる。

 まどかは反射的に身を固くしたが、次の瞬間、力が抜けるように棍を下ろしていた。

 男性は笑顔を見せていた。朽ちた森で見せていたのと同じもの。

 それだけで、緊張も不安も溶けていくようだ。

 さらに男性は進み出て、その手の平をまどかの額に当てる。

 まどかは抵抗しなかった。

 この人は大丈夫だ。そう思わせる何かがあった。

 ふと、この男性も他の女性達と同じペンダントをかけているのに気付いた。ただ玉の色は赤色だった。

 男性は手の平を離した。

 なんだったのだろう? まどかはさっきまで触れられていた額に手をやった。

 しかし、すぐに異変に気付いた。


「あんた達、あたしを殺す気? マジで怖かったんだからっ」

「だって助けようがないじゃない」

「第一、リーリスがあんな派手な開け方するのが悪いんじゃん」

「助ける気がないなら、せめて散っててよ。お嫁にいけない身体にされたらどう責任とるつもりだったのよ」

「あなた司祭のクセにお嫁にいくつもりなの?」

「ものの例えよっ」


 赤毛の少女が外の集団にがなっている。

 耳に入ってくるのは先程までと同じ言葉。

 なのに、その意味がダイレクトに伝わってくる。

 額に当てたままの手に思いいたって男性を見れば、彼は変わらぬ笑顔のまま、ただ頷いている。

 代わりに黒衣の女性が言った。


「ようこそ、アースへ。異界のマレビトよ」


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