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第03話


「おっ」


 その日、リーリスは驚いていた。

 起される前に起きる事の出来た自分に。司祭としてかなり問題ある認識ではあったが。

 マドカはまだ寝ているか?

 隣のベッドから動く気配ない。

 よしっ、日頃の逆襲だ。

 人はそれを逆恨みと言うのだが、マドカを叩き起こそうとしてリーリスはきょとんとする。


「あれ? いない?」


 動く気配がないのも当たり前である。

 ベッドはもぬけの殻だった。

 きちんと毛布をたたんであるのが几帳面なマドカらしい。


「え? まさか、あたしを見捨てて一人で朝の祈りに行った? そんな薄情な」


 もしそうだとしても、自業自得だとアルミス教会司祭一同は、口をそろえて言うだろうが。

 突然、ドアが開いた。


「あれ? リーリス。起きてたの」

「マ、マドカ?! 何してたの、あんたっ」


 リーリスが驚くのも無理はない。

 マドカは全身汗まみれだった。しかも服は修道服ではなく、彼女が元の世界から持ち込んだ稽古着だった。そういえば棍も手にしている。


「早くに目が覚めたから、ちょっと運動してたの」

「早くって……」


 ただでさえ、朝早い教会でさらに早いとなると、もう朝を通り越すんじゃ。

 そんなリーリスの思いをよそにマドカは稽古着を脱いで肌の汗を拭いていく。

 あの汗の匂いはこれか。

 これだけ全身に汗をかいていればいくら拭っても匂うはずだ。

 汗を拭い終わって修道服に着替えつつマドカは手を止めた。


「リーリス、着替えないの?」

「あ、うん」


 言われてリーリスも着替え始めた。



*---*



「という訳で、どうも毎朝みたいですね」


 司教室でリーリスはエスタークとアネットに報告していた。


「聞いても答えないと?」

「というよりも、何か答えるまでもないって雰囲気は感じるんですが。さすがに何をやってるかわからないと不気味ですね」

「あなたが彼女の後を付けるとか」

「そんな。私が自発的に起きるなんて出来る訳ないじゃないですか」


 エスタークはいつも通り笑顔だが、アネットは沈痛そうに目尻を押さえる。


「不出来な先輩の面倒を見てもらってる彼女には悪いですが、確かに気になりますね」

「不出来な先輩って誰のことですかっ」


 アネットはかまわずエスタークを見る。

 彼は笑顔のまま頷いた。


「分かりました。私が確認しますわ」


 膨れたままのリーリスを押して、アネットは司教室を出て行った。

 エスタークは始終笑顔のままだった。

 ただ、彼の指先が机の上で踊っているのにはアネット達は気付かなかった。

 弧から円へ、そして直線へと転じ弧に帰る。



*---*



 翌朝、マドカ達の寝室を訪ねたアネット。


「遅かったみたいね」


 マドカのベッドは空だった。

 リーリスは気持ちよく寝ている。


「どうしたものかしら」


 戻ってきた所を聞いてみる?

 しかし、正直なところアネットにはマドカが悪事の類をしているとは思っていなかった。

 あれだけアルミスの教えに熱心な彼女だ。教会に害が及ぶような事をするはずもない。

 なによりもリーリスが無理に聞こうとしなかった事もある。

 アルミスの教え、与えられた感情を受け止めよ。

 リーリスは司祭として褒められない点は少なからずあるが、それでもエスファアルミス教会が誇る才能。最年少かつ最短で助祭から司祭になった彼女だ。

 その彼女が聞かなかったという事は受け止める必要はなかったという事だ。


「特にやましい事をしていないのに、問い詰めるのもねぇ」


 迷っているアネットの耳に小さな物音が聞こえた。

 窓の外? しかしこの部屋は宿舎の二階だ。

 窓を開けて下を見ると言葉を失った。

 エスタークが笑顔で手を振っている。

 恐らく小石かなにかを窓にぶつけたのだろうが、司教とはいえ女性宿舎の敷地内で、こんな時間にいるのはいささか問題ありだ。

 だが、エスタークはアネットに向かって下を指差している。

 降りて来い?

 もしかしてマドカのいる場所を知っている?


「もしかして、司教様。始めから知ってたんじゃ。……十分有り得るわね」


 嘆息して、早足で部屋を出て女性宿舎を出る。

 すでにエスタークは先程の位置にはおらず、教会のほうに歩いていっている。

 アネット駆け足で追いつく。


「司教様、この先にマドカが?」


 エスタークは笑顔で頷く。

 まったく、このタヌキが。

 間違っても口にはだせなかったが、言えたらどんなにすっきりするだろう。

 そんな事を考えていたアネットの耳に風切り音が聞こえて来た。

 教会の中庭からだった。

 エスタークが歩みを止めた。

 アネットも歩みが止まった。


 弧から円へ。円から線へ。そして線は弧へ帰る。


 一連の流れに淀みなくマドカの演舞は流麗かつ気迫に満ちていた。

 アネットはマドカの棒術を見るのは初めてであった。

 確かにリーリスから話だけは聞いていた。

 もっとも、彼女の場合凄かったと言うだけだが。

 だが、リーリスに凄いと言わせる事そのものが凄い事だった。

 そして、アネットにもその凄さが伝わった。

 棍の先から迸るような感情の飛沫。

 不覚にも肌が粟立つ。

 棍を使った武術は、アースには存在しないものだが、そこにアルミスの教えが見事に組み込まれていた。


「リーリスといい、この教会は人材に恵まれてますわね」


 アネットの言葉にエスタークが笑顔のまま頷く。

 風切り音が止んだ。

 演舞が終ったようだ。マドカは空を仰いで荒い息を吐いている。

 エスタークが拍手をする。アネットもそれに習った。

 ようやく二人の存在に気付いたか、ぎょっと目をむいた。そして慌てて二人に駆け寄る。

「司教様、司祭長っ。なんでこんな時間にこんなところにっ」

「それはあなたが、こんな時間にこんなところで、すばらしい演舞を披露していたからですわ」

「え、あ、いや、その」


 決まり悪そうにマドカは言葉に詰まってる。

 アネットは不審そうに眉を潜めた。


「どうしたの? それになにもこんな夜が明けるか明けないかという時間にやらなくても。

 あなたなら、その棒術とやらの鍛錬の空き時間は作れるでしょうし、それに一日の作業が終った後でも問題ないんじゃ?」


 マドカは視線を落とした。


「私は法術も使えないのに、アルミス様の教えと関係のない棒術の修練をしています。

 悪い事をしているとは思ってはいません。己の感情に従え、その教えに従っています。

 でも……」


 なるほど。

 彼女が法術を使えないのは純粋に彼女の心の問題であり、努力以前の問題だ。そして、それを彼女も理解しているのだろう。

 問題は、彼女が法術を使えない事と、棒術の鍛錬を同列に考えて、周りから法術の修行を疎かにしていると思われるのでは。そう考えている事だ。

 確かに彼女が法術を使えない事はいずれどうにかしなければとは思っていたが、棒術という異界の武術とアルミス教の教えを融合し見事に昇華させた演舞は彼女一人の世界に閉じ込めてしまうにはあまりにもおしい。

 アネットは横目でエスタークを見ると笑顔のまま頷いている。

 手の平の上ね。

 諦めのため息をついてから、マドカを見た。


「では、実際にみんなに判断してもらってはいかが?」

「……はい?」


 意味が理解できず、まどかは目を点にして聞き返した。




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