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不死身の狐  作者: のーが
2/5

「狐」

 虎の威を借る狐という言葉が生まれたように、狐という生物はなんとも狡猾な性格であるとされているが、実際のところどうなのか、俺はよく知らない。

 ある場所では“神の使い”として信仰の対象になっているという話を聞いた事もあれば、人に化けて悪戯を働く事を好むという話も、昔聞いた覚えがある。

 だが、今この時代では、狐は狡猾という印象が最も一般的だ。

 だとすれば、現代においては、たとえそれが虚偽の事実であろうと真実なのだろう。

 つまり、この時代に“狐”などと表現される俺は、狡猾な性格だと周囲から批評されている事になる。

 ――失礼な話だ。

 どうせなら“神の使い”として崇めらる時代に生まれたかったと、一人静かに肩を落とした。


 「なにやってんの、あんた」


 「『あんた』じゃない。“今”は斉藤 (なにがし)だろ? 伊藤 (なにがし)君」


 「……ごめん、やっぱりいい。話しかけたあたしが馬鹿だった」


 出会った頃から気になっていたが、どうもこいつは人の事を『あんた』と呼称する癖がある。相手が俺だから問題は無いが、赤の他人に使うと非常に失礼なので言葉遣いを直してやる必要がありそうだ。


 「ところで伊藤 (なにがし)君。我々は今、何をやっているんだったかな?」


 周囲に荒野が広がる田舎町。ウエスタンという呼び名が似合う場所の中でも二番目に高い建造物の屋上で、俺と相棒は夜に紛れて身を隠していた。

 陽が西へ沈んでから既に長時間が経過しており、左手の腕時計を見れば長針は十一時を指している。


 「どうしてそんな事訊くのよ?」


 「いいから答えろ」


 「……なんで怒ってるのよ……まぁいいわ。答えればいいんでしょ」


 会話する度に互いの口と耳を交互に近づける必要があるほど隠密に行動しているというのに、この無駄な問答の量は一体なんなんだと考えずにはいられない。


 「『とある国のとある町がとある武装集団によって占拠された。イモータル・フォックスは一足先に町へ潜入。潜入後、連絡を受けた我々が町の外で待機。翌日の零時より制圧を開始する。同時に、内側から攻撃を行い、敵軍のかく乱に勤められよ』。そんなお手紙が貴方の家に届いたからでしょ」


 「なるほど、混乱はしていないようだな」


 「当たり前よ、今回より危険な事は何度も経験したんだから、もうこんな事で動じたりしないわ」


 「頼もしいな」


 諸々の事情により、俺の存在は世間では秘密とされている。その関係上、所属している軍の隊員名簿に俺の名前は存在せず、任務を遂行する際にも携帯電話を通じて指令を受け取り、携帯電話によって連絡を行なう。

 故に、軍内部にも俺の正体を知る者は少ない。

 更に、所属している軍は単一ではなく複数なため、地球に散在する各国に飛ばされる事も多く、任務遂行に要する時間より移動時間の方が長い事もざらなので全くもって面倒な立場である。

 ……とは言え、成功報酬として“それなり”の金額が口座に振り込まれるため、現状は文句一つ吐かずに素直に従う事としている。

 ――さて、そろそろか?

 腕時計を確認すると、短針は五十五分を指している。

 右手を伸ばし、傍らに置いた暗視スコープを装着したライフルを掴んだ。

 サイレンサーは、敢えて付けていない。内側に敵が存在している事を認識させ、敵軍をかく乱するためだ。

 伏せた状態で銃を構え、最も高い建造物の屋上で身を隠しつつ外敵の侵入を心待ちにしているであろう敵軍のスナイパーに銃口を向ける。

 二番目に高いこの場所では、町を囲う外壁に(はば)まれて外の様子を(うかが)う事はできない代わりに、彼の姿は良く見える。

 此方からは丸見えであるにも関わらず、本人は隠れているつもりなのだからなんとも滑稽である。

 おまけに町を包囲している我が軍に対してのみ注意を向けているため、近い位置で銃口を向けている俺の姿に気づく様子は全くない。

 時刻は十一時五十九分。作戦開始まであと一分を切った。


 「カウントを頼む」


 「分かったわ」


 隣で伏せている相棒が俺の左腕に巻いた時計を覗き込み、耳元でカウントを始める。

 ――それにしても、どうして俺はこいつを戦場に連れてきているんだろうな。

 引き金に指を掛けながら、作戦とは別の事を考えていた。

 この女を拾って数ヵ月後のある日、突然『あたしも連れてって!』などと言い出したのが事の発端だったというのは覚えているが……。

 実際、足は引っ張らないし、人手が増えた事によって任務を遂行するための選択肢が増え、以前よりやりやすくなったのは事実だ。


 「三十、二十九――」


 個々で動くならば、相棒が失敗したとしてもカバーする事ができる。

 しかし、今回のようなカウントを任せる行為は(いささ)か危険な気もする。

 失敗時は外側にいる味方の軍人に甚大(じんだい)な被害が発生し、俺の信用も落ちる事だろう。

 時計の秒針を読むだけの単純な作業ではあるが、万が一の失敗は許されない重大な役割でもある。


 「十、九――」


 暗視スコープ越しに敵を見据えながら、作成開始十秒前だというのに関係のない事柄に対しての自問自答を繰り返す。

 ――なぜ、カウントを任せた?

 本来ならば、脳内で数えるべき行為のように思える。

 ただ、実際の時刻を確認しながら数えた方がより正確な情報が得られる事は明白。

 しかし、そうだとしても相棒のカウントが遅れれば失敗に繋がる。

 ――こいつに限って、そんなヘマはあり得ないな。


 「五、四――」


 ともすれば、相棒は敵軍の工作員であり、意図的にカウントを誤って数え、作戦を失敗させようと目論んでいるかもしれない。

 ……そんな憶測をしてはみたが、欠片も相棒の行動を危惧する事はなかった。


 「一――」


 ――そうか、俺はこいつを信頼しているんだな。


 「零」


 答えを理解すると同時に、引き金を引いた。

 標的であった狙撃兵は包囲していた我が軍の動きに反応し、立ち上がろうとしてそのまま地面に倒れた。

 同時に、町の入口付近から激しい銃撃戦を彷彿とさせる幾重もの発砲音が鳴り響く。

 建物の縁に立ち、目下の道路を確認すると、今まさに入口付近へ応援に向かう最中である敵兵の集団が視界に入った。

 仕方ないとは思うが、上から狙っている俺の存在に気づく様子はない。


 「伊藤某君! 君は背後の警戒にあたり、敵軍が階段を上ってきたら俺に教えてくれ!」


 「……その呼び方、まだ続けるんだ」


 占拠された町へ侵入した後、作戦開始までの過程で敵兵に見つかってしまった場合、発見した敵兵と間抜けそうな外見の敵兵を殺害し、衣を剥ぎ取って敵兵に偽装して時間までやり過ごそうと考えていた。

 その際、相棒は俺の事を『斉藤』、俺は相棒の事を『伊藤』と呼称する事とした。双方共にありふれた苗字であるがため、万が一敵兵に名前を問われても、『そういえばそんな名前の奴がいたような気がするな』と思ってくれるかもしれない。

 ……という事を考えていたのだが、任務の内容を再度確認してみれば占拠された町があるのは日本から遥かに離れた国であり、『斉藤』『伊藤』なんて苗字はありふれているどころかとんでもなく珍妙な名前である。

 そもそも、外国人である俺や相棒は敵兵とは顔の造りが全く異なっている。見つかってしまえば作戦失敗となる事は明らかだった。

 ただ、折角考えた名前を使わないのは勿体無いので、本作戦中は互いの事を『斉藤』『伊藤』と呼び合う事とし、相棒に強要した。


 「さて、敵が集まってきたな。始めるぞ」


 「了解よ、後ろは監視しておくわね」


 暗視スコープ越しに映る敵集団、その中でも先頭に立つ人物へ照準を合わせ、引き金を引き、着弾を確認しないまま即座に身を隠す。

 入口から聞こえていた銃声が段々と近づいてくるのが分かる。

 再び縁から身を乗り出すと、照準を合わせていた先頭の兵士が頭部より血を流して地面に倒れている。

 どうやら、弾丸は素直に飛んでくれたようだ。

 敵の姿を視認していない状態で仲間が撃ち殺された事により、混乱した敵集団は物陰に隠れたり、周囲を忙しく見回し索敵する。

 町の外からではなく、中から狙われている事には薄々気づいているだろう。

 このまま同じポイントから狙撃を続ければ、いずれは発見される。

 狙撃地点を移動しようか否かを決めかねていると、目下の道路より激しい銃声が幾重にもなって響いてきた。

 敵軍の混乱に乗じ、味方と思われる軍勢が畳み掛けるように侵攻してきたのだろう。

 だが、敵軍も黙って殺されるつもりはないようだ。

 侵攻する彼等を迎え撃つかのように、道路の反対側から敵軍の応援が現れた。

 俺は静かに銃口の向きを変え、先程と同じように敵援軍の先頭に立つ兵士の頭部へ照準を合わせ、逡巡する事なく引き金を引き、火薬が爆ぜると同時に乗り出していた身を引っ込める。

 敵がどれだけ無能だったとしても、いい加減屋上に狙撃兵が居る事くらい気づいているだろう。

 それでも、眼前から迫る敵軍の存在がある以上、迂闊に屋上の様子を探りに行く事は困難を極めるはずだ。分かっていても、どうしようもできないのだろう。

 相変わらず夜空に響き続ける銃声は、鳴り止むどころか勢いを増しているようにも思えた。

 夜空を一瞬だけ見上げると、殆ど同時に階段を見張っていた相棒が近寄ってきた。


 「来たわ」


 「何人だ?」


 「二人よ、二人共スナイパーみたい」


 遠距離用の武器を持って、相手の狙撃兵を背後から襲おうなどとは考え難い。

 おそらく、場所が特定されたのではなく、単に高所から敵兵を狙撃する事が目的であると推測できる。

 無論、推測にすぎないので、相手が此方の存在に気づいている可能性は捨てきれない。

 ならば、排除するまでの事だ。


 「では、これを階段横の壁に設置して電源を入れてくれ。設置が完了したらすぐに戻って来い」


 「分かったわ」


 遠隔操作による起爆が可能な小型爆弾を相棒へ渡すと、彼女は素直に設置作業へ取り掛かった。

 それを確認し、目下の道路へ身を乗り出して戦況を把握する。

 二度目に狙撃した兵士が倒れている地点までは既に味方の軍勢が侵攻しており、我が軍が圧倒的優勢である事は誰の目にも明らかだった。

 しかし、生き残った敵兵に抵抗をやめる気配はない。

 ――勇敢と無謀を履き違えたな。

 再び銃を構え、必死の抵抗を続ける敵兵を掃討する味方を狙撃にて援護する。

 今度は一撃離脱ではなく一撃必殺の弾丸を何度も連続して放ち、なおも無駄な足掻きを続ける敵兵を次々と無力化していく。

 何発か反撃も返ってくるが、狙いを定める余裕など無い彼等に、俺を正確に射抜くことは困難であろう。

 こんな状況で冷静な判断ができるはずがない。

 でたらめな軌道を描く弾丸など気に留めず、淡々と狙撃を続ける。


 「完了よ」


 「よし、では伏せろ」


 相棒による爆弾設置完了の知らせを聞くと、縁から乗り出していた身を引っ込めて階段から上がってきた人物が確認できる地点まで匍匐(ほふく)前進にて移動する。

 相棒には隣に来て同じように伏せるよう指示を出した。

 二人して地面と一体になるように伏せると、ポケットから出した起爆装置を左手に握り、ボタンの保護していた誤動作防止用のキャップを外して親指をその上に乗せる。

 右手で狙撃銃に載せた暗視スコープを覗き、敵兵が現れるのを待つ。

 ……やがて、スコープの中へ見知らぬ男が現れ、視線が合った。


 「衝撃に備えろ!」


 驚愕した男が手に持った銃を構えるより早く、左手の起爆ボタンを強く押す。

 直後、階段を上りきった二人目の男と共に、敵兵は爆発の衝撃によって破壊された建造物の一部と共に、遠ざかっていく断末魔の叫びを上げながら落下していった。


 爆発による残響が完全に静まると、銃声が一切聞こえなくなっている事に気づく。

 ――終わったな。

 不意に携帯電話が振動した。

 相手を確認せずに電話に出ると、かけてきたのは本作戦の司令官殿であり、内容は我が軍の勝利による作戦終了の連絡だった。

 通話が終わると、吹っ飛ばされないように右腕で押さえつけていた相棒が安堵の表情を浮かべながら腕の中から這い出てきて、煙で汚れた顔を上げた。


 「終わったんだよね、じゃ、帰ろ、フォックス」


 「ああ。そうしよう、沙希」


 それが、日常生活における俺達の呼び名であった。


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