夏の日の夢
「・・・・・・・・・・」
僕はただボーっ・・と空を眺めながら道を歩いていた。
中学三年の夏、最後の夏休みの最中だった。
もうこの夏休みが終われば本格的に受験勉強をしなければならない。
いや、夏休みが終わってからでは遅すぎるだろう。
本気なら僕のように何も考えずに散歩しているような受験生なんかいない。
朝から晩まで勉強漬けの毎日を送っているはずだ。
本来なら僕もそういう風にしなくてはならないのに・・・
なんかやる気が出ない。
正直面倒くさいのだ。
家にいれば親にガミガミ言われるだけだし、やったところで先生に怒られる。
だるいったらない。
だから気晴らしに散歩にでた。
散歩にでてもたいして気晴らしにもなんないけど・・・
結局逃げてるだけで先延ばしになるだけだしなぁ。
「はぁ・・・」
ため息をつきながら視線を足元に移す。
見慣れた自分の靴が目に映る。
そういえばこんなに晴れない気分は久しぶりだ。
去年なんて部活が忙しすぎてこんなに時間は無かったし。
時間も体力も余れば、悩むような時間が増えるのかな・・・?
「公園にでも・・・行ってみようかな・・・」
ショッピングモールも近いし買い物でもしようかと思ったが、表通りは人が多いからわずらわしい。
余計な出費も痛いしな。
僕は公園に向かって歩を進めた。
「・・・・・・・・・誰もいなーい」
夏休み真っ最中だというのに公園には誰もいなかった。
まぁ、一人のほうが気が楽だというのはあるけど、なんだかさびしいなぁ。
公園で一人きりだとなんだか孤独を感じる。
僕は何も考えずにブランコに腰掛けて揺らしてみる。
ギーコ、キーコ、キーコ。
キーコ、ギーコ、キーコ。
あ、そういえばブランコに乗ったのって久しぶりかも・・・
ちょっと前までなら毎日のように乗っていたのになぁ・・・
この感覚、やっぱりいい。
夏で暑くてもこういう風に感じる風も悪くない。
「隣、空いてる?」
目を閉じて少しうとうとしていた僕に声がかけられた。
隣を見ると同じ学年の子がブランコに座ってこっちを見ている。
「ああ、うん、どうぞ」
「ありがとう」
薄い水色のワンピース。
ショートカットに軽くカールがかった髪。
全体的に柔らかで優しそうな印象を受ける。
「あついねー」
「うん、暑い。夏だしね」
「蝉もミンミンないてるね」
「うん」
他愛もない会話。
あ、この子かわいいな。
こんなにかわいい子の名前を知らないなんて。
「蝉なんだけどね、私のお姉ちゃんが大の苦手ででね。洗濯物にくっついてると嫌だからって私にやらせるの」
「それはいやだね」
「ふふふ、でしょ?」
彼女は静かに笑う。
実際にすることも無かった僕は彼女と駄弁り続けた。
多分聞こうと思えば名前を聞けそうな機会はあったが僕はそれをしなかった。
話していて気分が良かったし、僕が彼女の名前を知らないと知れば気分を害すると思うから。
「にゃーん」
「あ、猫だ。おいでおいで~」
彼女は猫に手招きをする。
猫は立ち止まって警戒していたが少しして恐る恐る近づいてきた。
「ふふっ。かわいいー」
彼女は猫の頭をなでながら顎の下をくすぐる。
猫も気持ちよさそうに目を細めている。
「君も触る?」
不意にそんなことを言われたが僕はそれを丁重にお断りする。
「猫嫌い?」
「いや、なんか僕が近づいたら逃げちゃいそうだし」
「んにゃーお」
「そっか」
彼女は手を止めてまたブランコを掴み足で軽く揺らし始めた。
猫はその彼女のひざに乗り、気持ちよさそうに横になる。
木で出来たゆれる椅子にでも座りながら猫を愛でる人みたいな絵になった。
見てるだけでなんだか癒されそうな気になる。
「人懐っこいね」
「ね」
今日は天気がいい。
真夏の日差しがまぶしいが、ブランコの近くの木がそれをさえぎりいい感じに木陰の中だ。
日を真上に感じる。
そろそろお昼だろうか。
「ねぇ、君はどの季節が一番好き?」
「え?」
「私ね。四季って全部すきなんだけどさ」
「僕も特には・・・」
「うん。でもまぁ夏は嫌いかな」
猫をなでながらそんな事を呟く彼女。
意味は分からない、でもそんなのは分からなくてもいいんだろう。
人にはそれぞれ好みに理由くらいある。
それをどうこう言おうとは思わない。
「にゃあん」
「あっ・・・」
猫は彼女のひざから飛び降り、そのまま走っていく。
その姿を見て、名残惜しいのか彼女は追いかけて行った。
公園は道路で囲まれてる。
飛び出しは危ないがさすがに事故にはならないだろ。
「よいしょ」
僕はブランコから立ち上がって彼女の後を追った。
「待ってよー」
彼女は猫に呼びかけるが猫は止まらない。
猫はそのまま道路を飛び出して横断歩道を渡る。
信号は青。
だが感覚的にそろそろ赤に・・・
点滅を始める前に止めなきゃ。
「おーい、そろそろ赤だぞ!」
僕は彼女に声をかけるが彼女は気付かず走り続ける。
彼女が道路に飛び出す。
横断歩道は・・・赤!!!
「危ない!!!」
「えっ!?」
俺のとっさの叫びに彼女が振り返った。
信号が・・・と僕が叫ぼうとした時。
視界から、彼女が消えた。
「・・・・・・・・・!!!!!」
一瞬、なにが起こったのかわからなかった。
「・・・・・えっ?」
視界からいきなり彼女が消えた。
ノートのページをぱらぱらしていて半分まで書いてあるのにいきなり白紙になるような。
本当に一瞬だった。
ぱっと通ったトラックが彼女を消した。
きぃぃぃぃぃぃぃぃいいいい!!
少しさきでブレーキの音がなりひびく。
「渚ーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
僕はとっさに名を叫ぶ。
教えてもらったわけではないがわかった。
なんでだろう。
分からない、でもそんなことどうでもいい!!