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その1話③


そして、放課後。俺とプリッツは『悪夢』を退治すべく『回帰』を引き起こす生徒探しに動き出した。




「なぁ。ウチの生徒だけでも、500人以上はいるぞ。どうやって問題の生徒を特定するんだ?」


しごく自然な疑問をプリッツに投げかける。


「えっへん!コレを使うにょ!『ちきちくポロリン1号くん』れす!」


プリッツは得意げに鼻を鳴らして、紙袋を被った縦縞パンツ一丁の変態おっさんパペットを取り出し、ふんぞり返って言った。


パペットとは操り人形の事だが、人形を操るために垂れ下がった数本の糸が、おっさん人形の首や手足に絡まり、シュールな映像をかもしだしている。


なんだか突っ込み所満載だが、一応、聞いておくとしよう。


「それはなんだ?」


「えへ。コレわにぇ・・・。」と、プリッツは勿体つける様に前置きしてから、続けて、


「『獏』が見せる悪夢には独特の香りが残るのぢゃ、それは夢を操作する上で、嗅覚を刺激することが、もっとも脳内にイメージを反映させやすいからなのれす」


「つまり、その変態おっさん人形が、その臭いを判別して俺達に知らせてくれる訳だな。見てくれの割には案外まともな装置で安心したぜ」


「便利な音声ガイダンス付きの優れものにゃのでぇっす。ポチッとにゃ!」


プリッツがそう言って、おっさんパペットの尻のあたりをまさぐると、ウィーンと起動音の後、


『はぁ。はぁ。あ、ぁィィ・・。』


何とも言えない吐息を漏らして動き出すおっさんパペット。


「前言撤回だ。こんな、どうしようも無いモノを発明したヤツの気が知れねー。」


『くる、きちゃう~はぁはぁ・・・』


「にゃんだとぅ!?その言い草だとボクがまるで変態趣味のトンデモ少女みたいじゃナイカ!」


「俺はそこまで言って無いがな。と、いうかヤッパリお前の発明かよ。」


「むきー!コケコッコー!トサカに来ちゃったゾィ!助手のクセに生意気にゃー!」


凹凸の少ない小さな拳をグルグル回して突進してくるプリッツを片手で制する俺。


『はぁんきちゃ・・・ぅふ・・・』


「とりあえず、ソレをどうにかしろ。そんなモノ抱えて校内をうろついていたのじゃ、問題の生徒を捕獲する前に、こっちが、警察に捕獲されちまう」


「ちぇっ。便利にゃのに、にゃー。」


渋々、おっさんパペットの尻のあたりをまさぐるプリッツ。


『はぁイイイイイ・・・!』


身体をピクピク跳ねあがらせて悶えるおっさんパペット。


「あれ?おかしいにょー?マナーモードに移行しにゃい」


更に、強くまさぐる。


『きちゃうーーーきちゃうー!』


一段と高い声をあげて、悶え狂うおっさんパペット。


「えーい!止めんか馬鹿者!」


俺はプリッツの手からおっさんパペットを奪い取ろうとしたのだが、掴み損ねてしまい、反作用を失ったソレは重力の法則に従って、開かれた窓に吸い込まれるように、外へと落ちてしまった。


「にょぁぁぁぁぁ!何するアルかぁ!?コンチクショー!」


ポカポカポカ!(プリッツの泣きながら百烈パンチ)


「痛ててて!てんめぇー!ヨシ!今日こそはぶっ殺す!」


そう叫び、同時に背中に取付いて、首筋に噛みつくプリッツを無理やり振りほどき、反撃の機会を狙ってファイティングポーズを取った俺の横をプリッツはすり抜け、


「とぉーーー!」


と、突然、変身ヒーロよろしくな、叫びを上げて、3階の窓から飛び降りた。


「え?、ちょ、おま。危な・・・・・い?」


俺の動揺もなんのその。プリッツは地面に激突する瞬間、猫の様に身体をよじって、羽根の如く

軽やかに着地を決めた。


「トンデモ少女とは良く言ったものだな・・・。まったく大した奴だ。」


俺はプリッツがそのまま駆け出すのを確認すると、急いで階段を駆け下りて彼女の元へと向かう。



校舎を出て少し走ると、身なりも気にせずに校庭の花壇を詮索するプリッツの姿を見つける事が出来た。


「一応、確認しておくが、平気か?」


「はぁー?にゃに言ってるぅのかな?カナ?コレが平気であろう筈がナカトです!」


「ヨシ。元気そうだな」


「事故とは言え、キミにも責任があるんだからにぇー?!そこんとこ宜しくOK?」


人生の理不尽さを嘆く、サラリーマンの様に声を張り上げるプリッツ。


「うるせーな。唾を飛ばすな」


「にゃんだとぉ~ぉ?!ボクはね、怒ってるんだからね?!だからね?!」


「分かった。分かった。一緒に探すの手伝うから、少し落ち着け。」


「当然れす!」


いきり立つプリッツをなだめて、おっさん人形の詮索を始めて10分が経過した。


「なぁ。あの人形に歩行機能がついてたりしないか?」


「はぁ?馬鹿じゃにゃいの?人形が独りでに歩いたら、気持ち悪いじゃにゃい!」


あのデザインと謎の音声ガイダンスだけで、十分、気色が悪いと思うが・・・・。


「そ、そうか・・・。だけど、これだけ探したのに見つからないんだ。何者かに持ち去られたと、推測するのが妥当じゃないか?」


「それは絶対ににゃいね!何故ならアレを見つける事が出来るのはボクの様な夢の住人かそれに従事する為に特別な権限を有するキミみたいな人間だけなのれす」


俺の額を突いて、きっぱりと否定するプリッツ。


「ほお、見た目以上に謎なハイテクだな」


「いぇす!それに、アレの制作にはボクの半年分のおっさんポイントをつぎ込んでるんだから!代わりを作る為の予算がにゃいすでぃ!」


「おっさんポイント?そう言えば、昨日も5年分のおっさんが、どーとか言ってたよな?おっさんとは

お前らの世界の通貨みたいなモノなのか?」


「つうかぁ?意味がわかんにゃいけど、そんな事より、しゃべって無いでちゃんと探しクリよぉ」


「へいへい。」


しかし、夢の世界とはもっと、こう、ふわふわした雲みたいなお城があったりする、メルヘンチックな世界だと思っていたのだが、なんとも世知辛い世界なのだな・・・・。


俺は工場の裏口で、闇取引されるおっさんを想像して、苦い衝動にかられた。



『くるぅ~きちゃう~!らめぇぇぇぇぇぇぇ!』


唐突に、快楽に悶える甲高い喘ぎ声がどこからともなく聞こえてきて、動きを止める俺とプリッツ。


「いまのって?」


「ちきちくポロリンExcellentスーパーXXくん。だにぁ!」


名前が変わってるし・・・。


俺達は慌てて、声のした方に駆け寄ってみたが、それらしき姿は見当たらない。


「何処だ?」


「あっれ~?確かにこの辺から聞こえたハズ。ねー。どこ?ねー。どこ?」


唇をΣ←(シグマ)の形にして、俺を責めるプリッツのウザポイントは、本日最大の5万ポイントだ。


『はぁーぁぁあっは~くるくるくるるるるぅ~ん』


再び快楽に果てそうな、甘い声。


「あそこだ!」


「みぃつけたぁ~ゾィ!」


ほぼ同時に叫ぶ俺達の視線の先に、2階の踊り場で、更に一つ上の階に向かって歩いて行く女子生徒の姿を俺たちは捉えた。


「じょわっちっ!」


プリッツは地面ギリギリまで屈み込んだと思うと全身のバネを活かし、ロケットの様に垂直に跳ねた。


「お前まさか、空まで飛べるのか?・・・・・・・・」


・・・・すとん。って、まぁ。当然、それは無理だった。


と、言うか殆ど地面から離れないまま、その場に着地。


「てんめぇ~。ちょっと期待してドキドキしちゃったじゃないか!」


「にょひひひ。急ぐおー!」


プリッツは頭に巻いたネクタイを、のぼりの様になびかせて、ロケットスタート。


「ちぃ。またかよー!」


続いて、プリッツの後をむしゃらに追いかける俺。


今日は屋内運動会か?思い返せば、一日中、プリッツ絡みの懸案で走っていた気がする。手間がかかる子ほど可愛いなんて、昔の人は言ったけど、本心なのかどうか聞き返したい気分だ。


「なぁー。おっさん人形は普通の人間には、見つける事が出来ないのじゃ、なかったのか?」


「うん。ソレは間違いない。だって、アレの素材は夢世界の物質で、出来ているもの!だから常人にはアレを見つける事はおろか、触れる事など絶対に不可能。ボクも超、びっくりゃーッス。」


「常人には不可能ねー、つまり常人を超えた超人なら、可能とか?あ、いや。冗談だ。」


「にょ?」


プリッツは訝しげにこちらを見つめて何かを考えている様な風であったが、2階の踊り場を一気に駆け上がり、俺もその後を追う。


超人と言えば、昔のアニメで、額に動物性蛋白質を漢字一文字に表した覆面スーパーヒーローが居た。


しかも彼は覆面ヒーローでありながら、自ら覆面を脱ぎ、顔から発射される謎の光線で奇跡を起こすトンデモヒーローだった。


幼少の頃の俺は、この手のアニメが大好きで、何か困った事があると覆面をはがす仕草を真似して、奇跡を願ったのだ。


えーと、確かその時の技の名前が、


「フェイス・フラッ←(プリッツの尻に顔から激突)→ぶあ!痛っぁ!?」


「にゃん♪」


俺は急に立ち止まったプリッツの尻から覗く、憎らしい顔を睨みつけ、


「俺のミラクル奇跡がどうやらお前の貧相な尻に横取りされちまった。俺の幸運を返せ。」


「にゃ?もしキミが世界の王になるという奇跡を起こそうとしたのなら、ボクは身を挺して世界を守った英雄って事だにぇ!」


「ち・・・。で、どうしたんだ。急に立ち止まったりして?」


「おお!そうだったアルよ!キミの超人って言葉でちょと、思い出したネ」


尻を振って、得意げにするプリッツ。


こいつは興奮すると在日口調になるクセがあるらしいな。



「そ、そうか。一応、言っておくが、超人が顔をフラッシュして、ドブ川を浄化するが如く、悪夢を退治したりとかは先人がやっている有名なネタだから、その線はボツだぞ?」


「にょ?何それ?昔のアニメとかかにゃ?そんな作者のご都合展開とか、現実味に欠ける駄作ネタ出されても、ボクには分らないお!ボクが言ってるのは本物の『超人』ネ!」


「お前、ちょっと言い過ぎだぞ。根強いファンに殺されるぞ」


「もう!正ちゃんうるさいにゃ!」


めずらしく、真顔で怒るプリッツが続けて、


「これはまだ、キミ達人間が強大な石の貨幣を転がし、輪切りのマンモスの肉を主食にしていたはじめ人間だった頃の話にゃ・・・。」


「いや、その件りはおかしいだろ・・・・。」


「とにかく、キミ達人間は、世界の一部である誇りも忘れて、無知で野蛮な、どうしようも無い悪い子ちゃんだったのにぇ。」


「人間の本質はそんなモノだろ」


「で、ボク達は人間の狼藉を抑える為に『悪夢』を開発し、人間に戒めの心を植え付けようと試みたのれす。そしてボク達の予測どおり、悪夢を見た人間は自信を戒め、他者への敬う心を獲得したの・・・。」


「ショック療法みたなものだな。それで?」


「うん。だけどその前に、」とプリッツはを唐突に目の前の物体をよそへ、どかす仕草をして、


「人間の身体にはボク達、夢の住人には備わって居ない、サルペイヤという器官があって、あ。えーと、キミ達人間の言葉で言う所のミトコンドリアの事にゃ。」


そういや、こいつ俺の事をサルペイヤとか言っていた気がするが・・・・。


「ミトコンドリアって、細胞を動かす『電池』みたいなやつだろ?」


「この、サルペイヤが『夢』『現実』『寿限無』の調和を保ち、個体を定着させているのにゃ」


「何だか話が難しいな、もっと簡単な解説をプリーズ」


「にょ?えーと。サルペイヤとは『否定』する事で得る認識にゃ。厳密にはミトコンドリアから、発信された電気信号にゃのだけど、夢を見ているときは現実を否定して、寿限無に近づき。夢から覚めると夢を否定し、寿限無を遠ざける。この作用によって人は無意識のうちに回帰を防いでいる」


「人間の身体は本当に良く出来ているのだな。」




「うみゅ。では、話しを戻すにゃ。ボク達の作った『悪夢』は、長期的に見続けるとサルペイヤを傷つけ、個体を不確定な存在に変異させてしまう副作用があったのれす」


『人間は望まない結果は否定する・・・・』


プリッツのあの時の言葉が何故だか俺の脳裏によぎる。


「それって、アレルギー反応見たいなものなのか?それと、重ね重ねすまないが、副作用の所をもっと分かりやすく説明してくれ」


「うんとー。そうだにぇー。個体が不確定になると言う事は、存在と消失の狭間にうつつを寄せるということ。つまり、おり(いる)。おぬ(いない)。おん(いる、いない、の中間)。『鬼』にゃ!」


「ま、ちょっと強引ではあるが、鬼とは超自然の力をもった人型の生き物。略して『超人』てな。超人であれば、変態おっさん人形を認識することも、持ち帰る事も可能であるということだな?」


「にゃ!あると思います!で、それ以来ボク達は人間に『悪夢』を投与する事を止めて、人間の中の良心に委ねたのぢゃ・・・。」


言い終わると、虚ろな瞳で遠くを見つめるプリッツ。どうやら、コイツの様子からして、何か大変な事件が起こったのであろう事は明らかであったが、それ以上の追及は控えた方が良さそうだ。


「つまり、何者かが、その研究を俺達を(霧別内高校生徒)使って再び始めたって事か・・・。」


「にゃ。あくまでも仮説でしか無いけどにぇ・・・。恐らく犯人は『獏』で、間違いは無いだろうと思う。なぜなら、獏のリーダーこそ、その当時、悪夢を開発した張本人なのだから!」


「なるほど。少しづつだが、真相に近づいて来たな。と、いう事は、獏の目的が『鬼』を誕生させる事であるなら、『回帰』は起こらないのじゃないか?」


「うーん。そこが説明できにゃいのよにぇー。確かに『回帰フィールド』は発生しつつある・・・・。

これだは、間違いようが無い『事実』にゃ。とにかく、現状でボク達に出来る事は!」


「いち早く、対象を見つけ出し、回帰を未然に防ぐ!だな。」


「いぇっす!キミの事、頼りにしているゾイ助手くん!」


その時、


『あなた達、一体なにを騒いでいるのかしら?』


やにわに、俺達の会話に第三者の声が割って入る。


凛とした居出立ちと、左上腕部に、『副会長』の腕章を装着した女子生徒の両腕には変態おっさんパペットが、豊満なバストに埋もれて抱かれていた。


「うん?あいつは、・・・・。」



この状況はヤバい。何故ならその人物は、我が校の誰もが知っていて、誰もが恐れ戦く、あの人物で間違い無いからだ。


「あ。あっああー!ちきちくポロリンESXくん!」


無理やり頭文字だけ揃えやがって、一文字ずれたら、危険な事になるところだっつーの!


興奮して、一歩前に踏み出すプリッツ。


「待て、プリッツ!・・・・。」


「ヘイ彼女。ソレ、ボクのだぞ。返すのぢぁぁぁーー!!」


俺の呼びかけよりも早く、プリッツが突然、池に飛び込むカエルの様に、コミカルな仕草で

女子生徒にフライングアタック!


考えも無く、空中に舞い上がったプリッツと、対峙する女子生徒の間には決定的な違いがあった。

それは、女子生徒には地の利があるという事。


いかに、プリッツが人間離れした身体能力を携えていたのだとしても、空中では自由は制限されてしまうのだ。


女子生徒は、落下してくるプリッツを、しなやかな右脚を垂直に上げて誘い込み、プリッツの隙だらけな後頭部に、踵を物凄い速さで合わせて、床と直角に成るように一気に引き寄せた。


後は、ご想像のとおり、プリッツの頭はゴム毬の様に、不自然な形に歪んで、口からはイカ墨の様などす黒い血を放出しながら、床に転がった。


「はぁ。馬鹿が、無茶しやがって・・・。」


ちじれたラーメンの様に床でのびるプリッツに両手を合わせる俺。


「あら、貴方がきちんと登校して来るなんて珍しい事もあるわね。春だというのに、今晩は大雪かしら?ええ。間違いないわ」


やれやれと、頭を掻く俺を、冷ややかに微笑む女子生徒。彼女の名前は、


大山寺たいさんじ 観月みづき17才。♀


大山寺グールプ令嬢にして、我が霧別内高校生徒会副会長である。


見てくれだけで言うならば副会長もまた、黒髪のインテリ美少女なのだが、彼女もまたプリッツと違った意味で性格が破綻している残念な少女であると、言わざるを得ない。


しかも、副会長の両腕には、おっさんパペットがしっかりと抱かれている。つまり、俺達は偶然にも

渦中の一人に邂逅した訳なのだ。

だが、情けない事に、頼みの綱であるプリッツがあの状態では、俺一人の力ではどうする事も出来ない。ここは適当にやり過ごして、早急に立ち去るのが俺に出来る最良の選択であろう。


「嘉藤 正太郎くん。ええそう、確か貴方の名前はそんな名前だったはず。ええ間違いないわ」


瞬間氷結チルドみたいな冷気を帯びた声で副会長が言った。


「さすがは聖人と名高い副会長様だ。俺みたいな奴の名前までフルネームで言って貰えるなんて、ローマ法王に頭を撫でられるくらいに光栄だ、と、でも言っておこう。」


「くすくす。茶化すのはやめて頂戴。あなたは、そう。特別だもの。ええそう。間違いない。あなた程の人間のクズは地球のへそを裏返す位に、そうは居ないもの」


さすが副会長。一見すると、凄い事を言っている様に聞こえるけど、実は適当に思いついた単語を口にしているだけ、プリッツと同等の匂いがするぜ!


などと、俺は心の中で突っ込みを入れたが、口には出さず話を続ける。


「そうかい。一応、褒め言葉と思って受け取っておくぜ。所で、あんたが抱えているその人形なんだがソレは、そこで転がっている俺の連れのモノなんだ。返しては頂けないだろうか?」


「ソレとは、このどこから見ても無様な愚の骨頂を具現化した、得体の知れない汚物の事を言っているという認識で間違いないのかしら?」


「それだけ、具体的に言えれば、ソレで間違いないだろうな。」


「くすくす。間違いない・・・ですか。いいでしょう。ただし、その前に、間違う筈のない、この私に

この汚物を欲しがる理由を教えてくれませんか?」


「理由?さっきも言っただろう。ソレは俺の連れが、うっかり窓から落としたものなのだ。拾ってくれた礼はするが、使用目的をあんたに話す、義務は無いだろう」


「あはははははは!義務ですって?あなたの様な社会不適合者が義務ですって?」


突然、気でも障れてしまったかのように、大口を開けて、けたけたと笑いだす副会長。


「ぐぬ・・・・・。あんた俺をからかっているのか?」


「失礼しました。失言。ええ、そう間違いない。これは失言でした。お詫びしますわ」


先程の変貌ぶりが嘘だったかの様に、鉄仮面をイメージさせる冷たい表情で副会長は深々と頭を下げ、同時に俺の目の前におっさんパペットを差し出す。


「すまないな。じゃ、俺たちはこれで失礼するよ。」


「お待ちなさい。まだ、理由を聞かせてもらっていませんわ。ええ、間違いない」


プリッツの襟首を掴んで、引きずる俺の背中を副会長が呼び止め、


「だから、ソレは「この汚物は私が校庭の花壇で拾ったモノです。不思議な事にこれは私以外には

不可視で、奇怪な代物でした。ですが、あなたは認識していて「ソレ」と呼んだ。」


俺の言葉を遮り、副会長が更に続けて、


「つまり、あなた方はその奇怪な人形を良く知っているだけでは無く、人形を使ってこの学校で何かを企んでいると、間違うはずの無い私が言うのだから、間違いない結論に至ったわけです。」


くそ、さすがに副会長は鋭い。まさか、俺達の目的を知っていて、先じてプリッツを再起不能に陥れ、たいして脅威に成りえない俺をから、夢機関の情報を得ようとする画策なのだろうか?


いあ、違う。副会長が俺達の目的を知っているなら、わざわざ俺にこんな話しをする意味が無い。それに、新米エージェント助手の俺に揺さ振りをかけた所で、チリ程度の情報しか得られないのは

明白だ。・・・・と、なると、副会長には他に意図があるのでわ?


「生徒会長が・・・。」


「え?」


口吃る副会長に、俺は驚き、疑念の目を向けてみたが、真っ直ぐ俺を見つめ返して、


「現、生徒会長である私の兄様の経歴に傷が付くような真似をもし、あなた方が企んでいるのなら私は、全身全霊、命をなげうってでも、あなた達の障害となるでしょう。ええ、そう間違い。」


「ああ。お前の兄貴は次期、大山寺家当主に就任するんだったな。」


そうだった。コイツには文字通りの、二つ名があったのだ。


一つが完璧主義者で知られる彼女はどんな失敗も許さない。それは他者に対しても等しく、求め。自他に厳しすぎる彼女を厭わしく思った生徒達が、『聖人』と皮肉めいて呼んだのだ。


二つ目は、彼女が敬愛する『兄』の存在が大きく関わっていた。彼女ほど兄を大切にする妹は居ない。恐らく、兄の為なら、彼女はどんなにおぞましい行為でも、平然と遣って退けるであろう。


彼女にとって、兄とは絶対であり、彼女の全てなのだ。そんな彼女を裏で生徒達は、


『アニバーター』と呼んでいた。ちなみにバーターとは、交換条件を指すビジネス用語であるが、兄が先に来て優先度が高く、彼女には利益が無いという、皮肉を込められている。


「心配するな、俺達だって命は惜しい。アンタの兄貴に関わる問題は起こさないと約束しよう」


「貴方は分って居ないわね。ええ、間違いないわ。この学校で、問題を起こす事自体が、兄を傷つける、事態を招くことになると、いう事を。」


副会長はわざとらしく言葉を区切って、素早く万年執のペン先を俺の喉元に押し付け静かに凄む。





「嘉藤くん、私の言っている事、間違っているかしら?いいえ間違うはずが無いわ。ねえ、どうかしら?あなたはどう思う?」


銀製のペン先を、俺れの喉へ深く押し付けて嘲う、副会長の瞳が怪しい光を灯す。


こいつ、本当に同い年か?家柄はともかく、とても一介の女子高生とは思えない迫力がある。


それに、あの目は長きにわたり、過酷な死線を何度も潜り抜けてきた『カミソリの刃』の異名を持つ一流スナイパーの目だ。


だが、副会長の後ろに『獏』の存在が潜んでいる以上、ここで立ち往生している訳には行かない。

どうにかして隙を作り、一度退却してから、作戦を練る必要がある。


思慮を巡らせ、副会長を睨みつける俺の喉にペン先を通して、更なる力が加わり、首筋に深紫色のインクが滴る。


実は一つだけ、この状況を打破する、秘策があるのだが・・・・。ええい、迷っている場合じゃない!


「あんたは間違っている。だって俺はアンタの兄貴になんて興味が無いのだからな。俺が何かを企んでる?ああ、そうだ。確かに今から俺は問題を起こす、ただし、それは・・・・、」


意を決して、言葉を紡ぎ出す俺ではあるのだが、最後の言葉がなかなか言い出せずいた。


「それは?どうしたのかしら?」


俺の残りの言葉を促す潤滑油の様に、身体を密着させて、上目使いで見つめる副会長は、とても色っぽくて、可愛らしくて、おかげで俺の心からは、ためらいが消し飛んだ。


「俺、こう見えて、M系草食男子なんだ。」


「はぁ?あなた何っ?んあ?!」


何かを言いかけた、副会長の桃の香りがする唇に、自分の唇を荒々しく重ねる俺。


突然の俺の行動に、副会長は大きな瞳を見開いて、盛大に動揺してくれた様子で、つま先をぴんと張り、力無く垂れ下がった右手の掌から、万年執が床へすべり落ちた。


「にょへー!きたぁぁっぁあぁ!うぇうぇっ。青春だぜ正ちゃん!」


いつの間にか息を吹き返したプリッツが、瞬間湯沸かし器の様に声を高くして、大興奮に叫ぶ。


「ななななな?!」


プリッツは俺と副会長の間に立ち、「熱ち、ちだー」と冷やかしを入れて、両手の人差し指を何度も絡め、そして副会長は顔をゆでタコの様に赤らめて、床に崩れる。


「今だプリッツ。ズラかるぜ!」


「合点しょうちの助平にゃー!」


完全に真っ白になって動かない副会長を尻眼に、俺達はその場から大急ぎで逃げ去った。


すまない副会長。あと、ごちそう様でした・・・・。


俺達はそのまま、そそくさと校門を出て自宅アパートを目指した。




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