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その1話②

201X年。4月11日(火曜日)


一昨日起きた事件の後、俺は結局そのままハイテンション変態少女、プリッツを自分のアパートに連れて来て、そのまま学校をサボったのである。


まぁ、本来ならば、その日は俺の命日になる予定だったのだから、少しばかり大目に見て頂きたい。


さて、まずは軽く自己紹介。


俺の名前は嘉藤かとう 正太郎しょうたろう。17才。私立霧別内高校に通う高校2年生だ。


何処にでもいる男子高校生でしかなかった俺であるが、今現在は夢機関の『凄腕』←エージェントの助手としてジョブチェンジしたらしい。


『夢機関』ってのは『世界を識別する楔』だと、プリッツは説明してくれたのだが、俺にはさっぱり意味が分らない。


とは言え、その夢機関と対立する組織、『獏』が俺達のいる現実世界に悪事を企て、それを阻止する為に、プリッツを含めた夢機関のエージェント達がこちら側に送り込まれたのだ。


まぁ。この科学万能の時代に、にわかに信じがたい話しなのだが、俺がこのトンデモ設定に足を踏み入れた事だけは紛れも無い事実であり、俺は生きる意味を手にしたのである。







キーンコンカーン(HR開始前の予鈴の音)



「ふぁぁーー。」


教室中の空気を全て吸い込むような大口を開けて、ぞんざいにあくびをする俺。


「よぉっす!随分と眠そうだな」


「うむ。けしからんのであります。」


机に突っ伏す俺の背中で二人の声が呼びかける。


「ああ。見ての通り、今の俺は脳に栄養を送るべく、光合成中だ。」


声の主達を振り返らず俺は背中で「ほっとけ」と語り、二人を追い払う。


「なるほど。ならば水分も取らねば、干からびてしまうかも知れんな!」


「了解した。急いでバケツを持って来るであります。」


「あわわ。待て待て!起きたから!朝っぱらから水責めするのだけは勘弁してくれ!」


慌てて、起き上がる俺。


「へっへー!俺達が親友にそんな事する訳ないだろう?」


「うむ。冗談であります。」


血相を変える俺をそれぞれの笑顔で迎えるクラスメイトの二人組。


ちなみに、こっちの調子良い男子が 大熊おおくま まなぶ通称、マナプー。で、もう一人の軍人っぽい話口調の女子が、高橋たかはし ゆう通称、閣下である。


マナプーと閣下は元々が同じ中学の出身で、彼らの仲が良いのは当たり前なのだが、高校に入って、俺が加わり、いつの間にか居心地良い関係にまで発展したのである。


そんな俺たちの関係を称して、「仲間」と呼ぶのか?は、ずっと一人で生きてきた俺には理解出来ないが、とにかく『居心地が良い』。その感情だけは俺が認識できる唯一の回答である。


「それにしても、おまえほど物調面の良く似合う男はそうは居ないだろうな」


「ほっとけ、こう見えても俺は、とある秘密組織のエージェント助手なんだぞ」


「はて、もしや現実とアニメの見分けがつかないほどに、心身が病に侵されてしまたので、ありますか?」


「はっはっは。閣下、コイツはどうせ、昨日借りたエロDVDの見すぎで、色々なところが過剰に反応しているだけだ。心配するな」


「ふ、ふ、ふ、不潔なのであります!」


「てめぇ・・・・。大体どうして、昨日俺がエロDVDを借りた事を知っている?」


「だってぇ・・・ポッ」


「BLでありますか?ぼーいず・らぶで、ありまするか!」


意味ありげに頬を染めるマナプーと、何故か必要以上に興奮した様子の閣下。


コイツらと居ると、マジで調子が狂っちまうな・・・・。


「所で、正太郎。その額はどうした?」


「巨大パッチワーク。興味深々であります」


俺の額に張られた大きな絆創膏を指して、二人が言う。


「ああ。これはセイ・・・むぐぅ」


言いかけて、言葉を飲み込む俺を胡乱な目で見つめる二人。


『悟られては成らない。例えキミに取って親友と呼べるもの達であっても・・・・。』


一昨日のプリッツの言葉が脳裏をよぎった。


まぁ。仮にプリッツに口止めされ無かったとしても、俺にはその額の内側の秘密を吐露するつもりなど、元より無かった。だが、この二人が相手となると、思わず正直に語りたくなってしまう自分がいて俺は俺自身が不思議でたまらない。


「せい・・・?」


「せい、生物学上、俺は男!」


「おう!俺も男だ正太郎!」


意味不明な団結力で手を握り合う俺とマナプー。


「私は女・・・仲間はずれ、なのであります・・・・。」


閣下の周囲にだけ負のオーラが充満して、空気が澱んで行くのが分る。


うおっと、何だか知らんが妙に気まづいぞ・・・・。どうにかこうにかして、この場を取り繕う方法は無いものかと、思考を巡らせてみるが、正直に話す以外に思いつかない。


慌てふためき、頭から大量の汗を流す俺の異変に気づき、マナプーは閣下の耳元で何かを呟きその瞬間、彼女は顔を真っ赤にして俺から目を逸らす。


「マナプー!テメェ。閣下に一体、何を吹き込んだ?」


「何って、お前の自主トレについて俺が代わりに教鞭を執らせて頂いただけさ。」


「はぁー?なんだよ自主トレって?回答次第ではオマエの体中の骨を、一本残らずへし折るぞ!」


「いや~ん。そんな事ボクのお口から言えなぁ~い」


「女人禁制、口にチャックで、あります!」


「ち。お前いつか、ぶっ殺すからな!」


閣下の態度からして、マナプーからイカガワシイ言葉を告げられた事は想像できるが、まぁ。お陰で額の秘密を語らずに済んだ事だし、ここは大いに感謝すべきであろう。


のろのろと、自分達の席にもどって行く二人を目で追い、前に向き直る俺。


ペシ!(俺の後頭部を叩く音)


振り返ると、俺の真後ろに満面の笑顔でこちらにウインクするマナプーの姿があった。


「痛ぁっ。テメー。マジでぶっ殺すぞ!」


(いつか、俺たちに話せる時が来たら、その時は聞かせてくれると、俺も閣下もうれしいと思うぜ)


いきり立つ俺の首を掴んで、小声でマナプーが言った。


「オマエ・・・。」


「それまで、貸しにしとくな!ちなみに利息は10≒1(といち)な!」


「何処の闇金だ!ボケ。」


いたづらっぽく叫ぶマナプーに自分でも気づかないくらい優しい声で、俺は答えていた。


『生きることに意味なんてあるのか?』


昨日の自分の言葉が不意を突く。


知らねぇーよ。だから俺は糞まぶしい太陽に向かって言ってやるのさ。



「夢も希望もありゃしねぇ・・・・。」













その日の昼休み。俺は屋上の昇降口の屋根の上でぼんやりと、寝そべって大空を見上げていた。


本来ならば、あの二人と仲よく昼飯でも食ってるのが高校生活で至福の時なのだろうけど、俺は基本的に一人が好きだし、この場所が好きだ。


そりゃ、アイツらと仲よく成り立ての時は、一度だけ誘われた事もあるが、キッパリ断って以来、それから誘いも無くなった。


別に、意地になっている訳では無いし、二人だって理解してくれた。それが俺なんだ。


ここは俺にとっての聖域、アイツらだってここに足を踏み入れたりしない。だからこそ、俺はアイツらを受け入れた。


「ちぇ。何でセンチになってるんだ俺・・・。気にくわねー。」


頬をそよぐ春風に毒を吐く。


「そーいや、プリッツの奴は今頃、なにやってるんだろうな?」


現在、俺のアパートで事象の検索or解析を行っている筈の彼女を思い出し、回想にふける。







「ぐぁーー!なんじゃこりゃー?」


「ふぉっふぉ!それがボクの助手である証だよ。君たちの言葉でいう所の『聖痕』かにゃ~」


洗面所の鏡の前で喚く俺に、誇らしげにプリッツが言った。


「ふざけんな!すぐに消しやがれ!じゃないと、ぶっ殺すぞ!」


「ひょぇ~。ソイツは無理って相談だぜぃ旦那。ソレが無いとキミは再びあの幼女の前で臓物をぶちまける事になっちゃうんだぜぇ~」


ウシシと悪い顔で笑う禿ヅラを被った悪魔がいた。


「てんめぇ~謀ったなー?!」


「にゃにお~?人聞きの悪い事いっちゃうとボクだって怒っちゃうんだからね?だからね?コレは最終的にキミから言い出した契約なんだからね?プンすかぷんぷん!」


ヒラヒラと契約書を見せつけて、腕組みをするプリッツ。


「ぐぬぬぬ・・。くそう・・・。」


「まぁ。それにぃ~。その聖痕が無いと、ただの人間でしかないキミは『夢』に入ることも触れる事も出来ないんじゃぞョ?」


「夢に入る?触る?そんな話し聞いてないぞ?」


「ぃえす!だってあの時は時間が無くて言えなかったからにぇ!夢機関所属の『凄腕』←(ここ大事)エージェントであるボクが、単純に観光で来たと思ってたのかぃ?」


「ち・・・違うの・・・か?」


一瞬、目玉を米粒くらいに萎縮させて、ブリッツは驚愕の表情で固まったが、続けて、


「うぉう!Shiiiiiiiiit!!!!悔しひょ~!かなしひぃよ~!てか、マジで涙でてきたぁ~わあああん~たすけてぇ~ドラえ・・・・・え・・ぇ?えええ?・・・・え~・・・・ん~~!わあああああん!」


「(うあ。コイツ猫型ロボットの名前をド忘れして、最後誤魔化しやがった。てか、分かりづれい!)

わ、分かったから、泣くな。最初から説明してくれ?な、なあ?」


顔をくしゃくしゃにして、泣きわめくプリッツに困惑する俺は何とか必死でなだめてみるが、今度は・・・・・。


「泣いてなんか、無いんだからネ!コレは目から、し・・・・・・・しぃ↑?し・・・しぃ~~^^し~・・・。」


「(目から塩水か?ほら、言い切ってしまえよ・・・。ち、助け舟を出してやるか。)ゴホン。あ。あ。何だか口の中がしょっぱいなぁ・・・これって何て言ったっけ?しょっぱいアレ・・・。」


「しょっぱい?!あっアアアアアアアアァアァァ!!」


一本だけ毛の長い禿ヅラが『!』の形態をとり、プリッツ本人もこちらに目配せを送る。


「(そう。塩だ!ほら、言い切っちまえよ!)・・・・・!」


「泣いてなんか無いんだからネ!目から、しずかちゃんが出て来ただけ何だかね?からね!」


ぐしゃり!(プリッツの顔面に必殺チョップが炸裂した音)


「痛ひ。兄さんの突っ込みが痛ひ・・・。ぼ、ボク女の子なんだ・・よ?」


「もう、その手は俺に通用せんぞ。今から、洗いざらい正直に全部吐きやがれ!」


「なにおー!!ばっちこ~い。望むところだぁぁぁ!」


二つの大きな眼に大粒の涙を一杯溜めて、やけっぱちになって叫ぶプリッツ。


(つうか、泣きたいのはむしろ俺の方だっつーの・・・!)


プリッツは、それからしばらく身振り手振りを加えながら語りだし、夢の事、敵対する組織、これから遂行すべきミッションなど、ようやく俺がこれかやらねばいけない事の概要が掴めてきた。


時刻は既に、23:00を少し回っていた。


「おっと、もうこんな時間か・・・・。」


「ぷしぇーぴろろろ・・・・・・。」


会話を終えたプリッツは15Rフルに戦ったプロボクサーのように満身創痍で、魂の半分が出かかっている。


俺は冷蔵庫からパックに入ったオレンジジュースを取り出し、プリッツの空になったグラスに注いであげ、残りはそのまま口に注ぐ。


ゴクリと、一口飲んで、プリッツの話しをメモしたノートを開きながら、


「なぁ。なんで悪の組織『獏』は俺たちに悪夢を見せようとしてるんだ?そんなまどろっこしい事しなくてもオマエ達の不思議な力で簡単に世界を制圧できるだろう?」


「良いところに着目したにょえー!それは『寿限無じゅげむ』の力を手に入れる為さーね」


「寿限無の力?そりゃ、あれか?お前が群衆の中に、枕を投げただろ?ソレと一緒の力か?」


「うおっとぅ!いきなり本能だけで確信にせまっちゃったー?まー大体は正解だと思う。但し、それだと地道な上に、仮に成功したとしても、『獏』が望む結果になるとは限らないのにゃ」


「じゃ、寿限無とは何なのだ?」


「一言で言うにゃら、世界の記憶だぉ!」


「それまた、随分と壮大な話に飛躍してきたな」


「うんにゃー。そうでもにゃいのよ。世界とヒトの見る夢は繋がっている。いあ、正確にはヒトの夢を世界が見ている。とも、言えるのにゃん。」


指紋がくっきり浮かび上がってそうな人差し指を立てて、偉そうにプリッツが返した。


「なんだか、卵か先か、鶏が先か、の問答に近いな。意味が分らないぜ。」


「ひょっひょ。難しく考えすぎだょ」




「で、寿限無の力を手に入れると、どうなるんだ?」


「何も。」


「はぁ?どういう意味だ?」


「だから、何にも起きないょん」


はっきりと言い放つプリッツ。


「なんだよそれ?、それじゃ別に放置しても、問題は無いのじゃないか?」


「そうとも言えるし、そうじゃないとも、言えるにゃ」


唇をw←の形にして、哲学者の様な口調のプリッツに、俺は半ば苛立ちをぶつけて、


「なんだよソレ。要するに、分らないって事だろ?手の打ちようが無いじゃんか!」


「うみゅ。でもね、『不確かなモノ』」ほど恐ろしいものは、にゃいんじゃゾ?起きなければ、何も生まれ無い、永遠に無のループが繰り返されるわけだからにぇ」


「そう言われると、確かに恐ろし気がするな・・・。で、対策はどうする?」


「それをコレから、二人で探るにゃだよ、助手くんくん!」


「うーん。敵の目的が理解できれば、作戦も練りやすいと踏んだのだが、そう単純じゃ無いってことなのか・・・・。めんどくせーな」


「人間は望まない結果は否定する弱い生き物だからにぇー」


しんみりと、片目をつぶってプリッツが呟く。


「ちょっと待て、やつらの見せる悪夢をどうにか出来れば、少なくても、奴らのやろうとしている目的には近づけるのじゃないか?。」


「にゃお!だんだんボクの助手らしくなって来たジャマイカ?ご褒美にチュッチュしちゃおうかなカナ?」


一本だけ毛の長い禿ヅラを犬の尻尾のように振って、辛抱たまらない様子のプリッツ。


「断る!この変態痴女少女が!」


「ひどぉい。ひどすぎるアルよ。日本人みんな優しいヒト聞いたあるネー」


「何故に在日?ってか、それ以上は国際問題になるから、止めろ!」


ぐいぐいと顔を近づけようとする、プリッツの頬を鷲掴みにして押し返す。


「まぁ。いずれにせよ、当面は敵の出方を見るより、他に方法は無いな。」


「そーさねぇー。ボクもしばらく調査に専念するカトです!」


ビシッと敬礼のポーズを取って、そそくさと俺が彼女用に明け渡した寝室に退散するプリッツ。



こうして、俺とおっさん趣味の変態少女との奇妙な同居生活が幕を開けたわけなのだが、一晩たって現在に戻る。










制服のズボンから、例のノートを取り出し、ぼんやりと眺めてみるのだが、情報が少なすぎて相変わらず『獏』の目的は明確に浮かび上がらない。


「ち。あいつ半日近く話して、会話のほとんどがおっさんの話に脱線しちまうし、重要な情報がほとんどありゃしねーじゃねぇかよ・・・・。」


ポンとノートを軽く床に投げて、横向きに寝そべる俺。


狭い敷地の関係上、我が学び舎は、コの字に建造されている。その為、向かいの棟がこちらから丸見えなのだ。


ふいに、視線を図書室と保健室の間の渡り廊下に移してみると、我が校の制服を着た女子生徒が尻をこちらに向けて、ぐったりと壁に凭れかかっていた。


「あん?校内で行き倒れとか、どんだけサバイバル生活送ってやがんだ。」


と、鼻で笑い、寝返りをうってその光景に背を向けてみたが、何となく胸騒ぎがする。


「ま、まさかな・・・大体アイツはこの学校の生徒じゃないし、そもそも夢の住人って飯くうのか?」言い切って、禿ヅラの少女が今朝、物欲しそうに冷蔵庫の前に佇んでいた事実を思い出した。


「ち。あのバカが!」


昼食に用意したサンドイッチの残りを、乱暴にレジ袋に詰めて、一気に階段を駆け下りる。


(まったく、俺ってヤツはどれだけお人良しなのだ?どうせ誰も俺になど感謝もしないし、気にかけてもくれない。それでも、俺は気になってしまう。実はマゾなのか?いやいあ。それは絶対ねー。)


階段を3段と飛ばしで下り、廊下をがむしゃらに走る。息が苦しい、足を止めたい。


きっと、メロスの野郎もこんな気持ちで走ったに違いない。



「手間かけさせやがって!」てな!


叫んだ先には、なめくじの様に床を這いつくばる女子生徒の姿があった。


「おい。大丈夫か?」


俺はうつ伏せになって動かない女子生徒に肩を貸して、優しく背が壁に付くつくように座らせる。


やはりと言うか、当然、行き倒れの女子生徒の正体は俺の想像した人物で、ほぼ間違い無い。


「う・・・うう・・・ん。」


プリッツは俺に気づき、薄い唇を震わせ、か細い声を漏らす。


「おい。しっかりしろ。まったく腹減ってるなら、俺にどうして言ってくれなかったんだ?」


「ひゃっ。」


俺の言葉に小さな悲鳴を漏らして、委縮するプリッツ。


俺に怒られるとでも思ったのだろうか?確かに文句の一つでも言ってやりたかったが、ここまで弱っている女の子を責める趣味は俺には無い。


「ほら、コレでも喰ってしっかりしろや。」


「・・・いらないです・・・。」


レジ袋からサンドイッチを一つ取り出し、プリッツの正面に差し出したが、小さく肩を震わせるだけで受け取ろうとしない。


「あん?何、意地はってるんだ?食えよ」


プリッツは無言で首を横にふって、否定の意思を表す。


「うん?そういや顔が赤いな。もしかして熱でもあんのか?」


「きゃ?!」


俺は自分の額をプリッツの丸いおでこに合わせて体温を測る。その瞬間、プリッツの小さな身体がぴょんと跳ねた。


「うーん。別に熱は無いみたいだな。どこか痛むのか?」


小刻みに震えるプリッツの体温を感じながら、優しく尋ねた。


「・・・や・・め・・・。」


「あん?なんだって?声が小さくて聞こえねーよ」


「やめて・・・・・。」


息を吐き出すような小さな声で、プリッツは俺の胸を弱々しく前方に押しのけようとする。


俺は妙にしおらしい彼女の反応に虚を突かれて、慌てて後ろに飛び下がって距離をとる。


「あのう、プリッツさんですよね?」


俺はなんと無くドキドキしつつ、自分の身体を抱きかかえるようにして震えるプリッツに問いかける


コクリ。


返事こそは無いが、首だけで肯定の意思を示すプリッツ。


まぁ、一瞬、別人かと思って、ヒヤヒヤしたが、まずは一安心か。


「ちょっと、失礼・・・。」


一応ことわりを入れてから、プリッツの身に異変が無いか細かく目視で確認してみる。


すると、プリッツは黙ったまま俺の視線を恥ずかしそうに、目を伏せてかわし、頬を朱色に染めながら腰をもじもじさせている。


(く。なんだか、可愛いじゃねか・・・。)


不覚にもそう、思ってしまった自分がいた。そもそも、プリッツは西洋人ハープ的な愛らしいフェイスも然ることながら、頭から足の先までの全てのパーツが整っている絶世の美少女なのだ。


しかしながら、あまりにも残念するぎる性格が、これらの要素を全て台無しにしているのだ。従って、完璧なOSを手に入れたプリッツは素敵に無敵に可愛いのである。


仮に、今のプリッツに欠けていると部分があるとするならば・・・。


不意に、脱穀米をバックにサタデー・ナイト・フィーバーのテーマに合わせて踊るドヤ顔のプリッツの姿が脳裏によぎった。


我れながらチープ過ぎるイメージ。だが・・・・・、


「おい、プリッツ。禿づらはどうした?」


「ぇ?ぁのう・・・取られちゃった・・・・。」


ひどく悲しげな表情で、弱々しく答えるプリッツ。


「なるほど。スペアとか無いのか?」


「ない・・・。ボクあれが無いと死んじゃうの。・・・・お願い、助けて!」


俺の制服の袖を両手で引っ張り、悲痛な胸の内を訴えかけるプリッツ。


「うーん。そう、言われてもな・・・。」


今にも泣き崩れそうなプリッツを見て、困り果てる俺。


参った。清純モードのプリッツがここまでの破壊力があるとは思わなかった。変態モードも死ぬほどウザいが、こっちのプリッツも、扱いに困る。


どっちに転んでも、面倒なヤツだぜ、まったく。


「なぁ。ヅラじゃないと、ダメなのか?」


「ボクがおっさんを感じられるモノ、おっさんフレィバーがあれば、家に帰るまでなら・・・・。」


スカートの裾を強くにぎって、赤裸々に語るプリッツ。


可愛らしくとも、おっさん第一か・・・・。そういや、コイツ。おっさんコスを戦闘服とか言ってたな。つまりは、禿ヅラを奪われた事で、防御力を失ったプリッツは弱体化しちまったって事か?


まぁ。実は禿ヅラが本体でしたとか、前世の記憶が・・・とかよりは、まだ分かりやすいのかも知れないが、七面倒くさいヤツ。


「なぁ。具体的におっさんを感じるとは、どういう意味だ?」


「だ、誰が見ても・・・・おっさん・・と認識できるもの・・・・。」


なるふぉどなるふぉど。要するにイメージか。なら答えは簡単だ。


「ちょっと、動くなよ?」


「ひっ・・・。」


プリッツを正面に向き直らせ、俺の両手が彼女の頭に触れると、プリッツは両目を固くつむり、身体を強張らせて、必死に耐えている。


「すぐ終わるから、もう少し頑張ってくれ・・・。」


「・・・はい・・・。」


俺はそのまま、自分のネクタイをほどいて、プリッツの形の良い頭に巻きつけ、最後に端と端を合わせて、キュッっと締め終わると、仕上げに軽く頭をポンと叩く。


「よし、出来たぞ。」


「これは・・・?」


自分の頭に巻かれたネクタイの結び目をなぞりながら、プリッツが俺の返事を待つ。


「ああ、ほらコレ使え」


ブレザーの内ポケットから、ミラー付きエチケットブラシを取り出して、鏡面をプリッツに見えるように差し出す。


「・・・・・。」


プリッツは無言のまま鏡に映る自分の姿に、目をぱちくりさせている。


答えを読み間違ったか?一応解説を入れとくか。


「ドラマやアニメで酔っぱらいのおっさんが頭にネクタイ巻いてたりするだろ?そういうイメージだったんだが、抽象的すぎたかな?」


「ぅ・・・・・・・。」


突然、うめき声と共に、プリッツの半身が大きく揺れ、俺は慌てて腰を屈めてプリッツの身体を支える為に彼女の懐に入ろうと姿勢を低くした。その刹那、


「ふぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


奇声を上げてプリッツが垂直に跳ねた。


あとは、ご想像の通り、低い位置から強烈な頭突きを下顎に受けた俺は血へどを吐いて床に転がった。


「つぁ?!戻ったのか?・・・・ゲホゲホ。」


「いぇ~い!プリッツたん加齢に復活!きらーん☆」


「おっさんギャグの切れがエグイな。ようやく異常に戻ったか」


「もう、正ちゃんったら、相変わらず釣れないにぇ~。あー。もしかしてテレちゃっているの?かなカナ?」


「俺の中の悪魔がお前の舌をちょん切ってしまわないうちに、しばらく黙っていてくれないか・・・。」


「ア、アイアイさー!」


俺の右腕に秘められた、邪悪な力に気づき、ひどく素っ頓狂な声で返事をするプリッツ。


相変わらずの、ウザさ選手権No.1の様子は俺の怒りの呼び水でしかないが、それでも逆にコレくらいの方が俺にとっては丁度が良いのかもしれない。


などと、先程までの清純モードのプリッツを思い出し、妙に気恥ずかしさを覚えて、頬を掻く。


「じぃぃぃ~」


そんな俺の心を見透かしてか、ニンマリしてこちらを覗き込むプリッツに、敢えて冷やかに言葉を繋ぐ。


「所でオマエがどうしてウチの学校に居るのだ?」


「そりゃ、もちろんキミに合いに来たのに決まってい・・・←(俺のチョップ炸裂)→ぎゃふん!」


「もごもごふぁ・・・・!。」


「で、どうしてココにいる?そして、どうしてウチの制服を着てる?」


「ふぉえー?2択かぁ。コレは難易度がたかいにぇ・・・。よし!テレフォンいいれすか!?」


ベシベシ!(千手観音チョップが炸裂した音)


「しくしくひっくえっ・・・。コレ・・・。」


プリッツに差し出された例のタブレット端末を受け取り、画面を覗き込むと、我が霧別内高校らしき建物に、いくつかのサークル状のマーキングが記され、そのサークル同士が何層かに重なりき合い、大きなサークルを形成していた。


「なんじゃこれ?」


「回帰フィールド発生予想ポイントにゃ」


「回帰フィールド?」


「うぃ。悪夢が原因で、世界と個人との間に生じた小さなズレが寿限無に共振作用を与え、その作用で生じた波が個体としての個人を崩壊、寿限無に帰依する現象を『回帰』と呼びますのにゃん」


「つまり、回帰フィールドとは複数の回帰の集合地点と、いう訳か・・・・。」


「いぇす!いといず!ぐれあいと!」


「英語の発音記号をストレートに日本語で言いきるのは止めれ。もはや何語ですらないぞ?」


「おお!りあれぅるりぃ~?」


「だから、止めれっての。それはそうと、やっぱりその現象の原因は『獏』なのだろう?」


「もちろんさ!餅&ロン!さ!」


「言い直す事に何の意味が?だいたい・・・・。(まぁいいや、面倒くせーし。)続けて聞くが、獏が悪夢を見せる理由は『寿限無の力』を手に入れる為だろ?だったら、せっかく寿限無に通じる可能性がある人間を放置するのはおかしく無いか?」


「それはごもっともな、意見にゃ!それに何故この学校を回帰フィールドに選んだのかも謎にゃ」


「ちょっと待て、という事は、意図的にこの学校を回帰フィールドに仕立て上げたって事か?」


「そうとも言えるかも!カモ!」


「で、回帰が一斉に発動したらどうなる?」


「霧別内市そのものが、一瞬で消滅しちゃうだろう・・・・にぇ・・・。」


なんてこった!一体、この学校に、この町に何があるって言うのだ?


「わざわざそれを伝える為に俺に合いに来たんだ、止める方法はあるのだろう?」


「あるお!回帰を起こしつつある個人の『夢』に入り、問題の原因となっている『悪夢』をこっぱ微塵

に破壊するのでっす!」


以外に単純な方法だな。だが、お誂え向きともいえる。獏だの寿限無だの、しまいには他人の夢に入るだの、と、あまりにも中二発想すぎる展開にウンザリしていたところだ。


俺には物理的な方法が性に合っている。悪夢ってのがどんなものなんかは分らないが、必ず首ねっこ捕まえて、ぎたぎたにぶん殴ってぶち壊してやる。


それこそが俺に与えられた、生きる意味ってやつなのかも知れない・・・・。

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