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Ist  作者: こごえ
第一章
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現実主義者と享楽主義者(4)

「あるかもしれないし、ないかもしれない。あるかどうかわからないものは考えたって仕方がないと思うようにしてるんだ。信じようが信じまいがあるものはあるし、ないものはないんだからね。どんな現実的な可能性を以ってしても説明ができないとしたらそれはきっと呪いでしか説明できない。そのときは潔く呪いを認めると思うよ」

簡単な質問に講釈するかのような語り口でやたらと長ったらしく喋る宮史。口を挟む暇さえないその口上に、梨穂は少しだけ朝倉宮史という人間の本性を垣間見たようだった。宮史の性格を把握し始めた梨穂が今度は質問に廻る。

「それじゃあ阿藤梨絵の呪いはどうです?現実的な可能性とやらで説明できるんですか?」

「今のところはね」

宮史の答に梨穂は「やっぱりそうですか」と呟いた。そんな彼女に

「阿藤梨絵の呪いが本物の方がいいの?」

と気遣うような口調で宮史が訊ねてしまったのは、呟く梨穂の表情がどこか寂しげに見えたせいかもしれない。

「だったらいいなとは思います」

「その方が面白そうだから?」

「ええ。まあ」

先ほどに比べてあからさまに曖昧な返事。そんな様子にますます不審がる宮史を余所に、梨穂は聞き返した。

「朝倉君はどうです?呪いはない方がいいですか?」

「そりゃそうさ。太刀打ちできそうにないものと張り合うのは遠慮したいからね」

即答する宮史。その本音に矛盾したものを感じ取ったのか、梨穂は一言だけ進言した。

「なら最初から関わらなければいいんじゃないですか」

「仰る通り。俺だって御免被りたいのは山々なんだけど…………」

苦笑しながら宮史が濁した語尾に興味を惹かれた梨穂は「何か事情があるんですか?」と迫る。その好奇心を宮史は

「お金がかかってるかもしれないからさ」

身も蓋もない言葉で台無しにした。さすがに呆れかえったらしい梨穂の口からは、宮史を評する一言が咄嗟に漏れ出ていた。

「……現実的なんですね」

「生まれつきなもんで」

宮史は先ほどの梨穂にならい、老けこんだ笑みと共にそんな言葉を返すのだった。

「でも、どうして阿藤梨絵を探すこととお金が関係あるんですか?」

「俺のバイト先って便利屋みたいなものだからさ。そこに学生自治会から依頼があったんだよ。阿藤梨絵を見つけてくれってね。それが俺の阿藤梨絵を探す理由」

梨穂からの新たな疑問を、宮史はややこしい自身の職種を簡潔に説明することで解消する。だが、

「便利屋さん……。そんな面白愉快なバイトがあったなんて知りませんでした」

気がつけば梨穂から羨望を孕んだ眼差しを向けられていた。その視線にえも言われぬ不安を感じ取った宮史は、あくまで現実的見地から梨穂の興味を逸らそうとする。

「っていっても俺は特別に雇ってもらってるだけだから。それに依頼を解決しても報酬を決めるのは役所の人だし、割に合わないと思うよ」

自分好みの職種を、それに就いている宮史が否定的に言うからか、梨穂は膨れっ面で抗議の声を上げる。

「面白ければそれでいいじゃないですか」

「いや、先立つものはお金でしょ」

しかしどこまでも意見の揃わない二人だった。宮史は小さく溜め息を吐くことで話を一旦終わらせ、

「ところで、阿藤梨絵の落し物の件だけど……」

とようやく本題に踏み込んだ。その矢先に梨穂は何かに気がついたように「あ」と声を上げる。

「ひょっとして、朝倉君は自分で依頼を解決しないと困りますか?」

「まあ、そうなるね」

唐突な質問だったが宮史は首肯する。役所に報告した後に報酬、というかたちで給料が払われる都合上、宮史が依頼解決に関与することが必要条件となるのは言うまでもない。

「…………私、とってもいいこと思いついちゃいました」

答えを得た梨穂は、新しい玩具を見つけた子供のように嬉しそうな表情を浮かべて言う。とはいえ、いまひとつ無邪気さが欠けていたからだろう、「一応聞くけど…………。何?」と宮史は恐る恐る訊ねていた。そんな宮史に

「どっちが先に阿藤梨絵を見つけられるか、競争をしましょう」

梨穂は実に享楽的な提案を掲げてみせた。

「断る。協力すればいいじゃないか」

が、すぐさま断固反対を表明する宮史。現実的な提案も忘れない。

「それじゃ面白くないじゃないですか」

「だから面白くする意味がわからない」

しかしやっぱり意見の合わない二人だった。話し合いも益なしと判断したのか、梨穂は頭を振って言う。

「私は享楽的に、朝倉君は現実的に。主義主張を異にする私たちが手を取り合うなんてナンセンスです」

両の手のひらを上に向け、やれやれという仕草までとる。とうとう宮史も諦念の表情を浮かべ、それを見て取った梨穂は満足そうに立ち上がる。

「それじゃ朝倉君。お互い頑張りましょうね」

そしてそれだけ言い残して、美術室の令嬢は優雅に去って行くのだった。一人残された宮史の達観したような呟きが虚しく室内に木霊する。

「…………仕方ないか」


悲「…………」

合「なんで黙ってるんだ?」

悲「いえ、出番がないくせにここを長くして読者様に煩わしい思いをさせないように……せめて黙っていようと」

合「確かにその方が早く次に行くわけだし私たちの出番も自然早く回ってくることになるわけだな。なるほど、実に合理的なアイデアだ。私としたことがどうして考え付かなかったのか……」

悲「喋りすぎですよぅ……」

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